中田切 (印西市)

中田切(なかたぎり)は、千葉県印西市大字郵便番号270-2306[2]

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中田切
中田切の位置(千葉県内)
中田切
中田切
中田切の位置
北緯35度49分39.6秒 東経140度12分58.3秒
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 印西市
地区 本埜地区
標高
6 m
人口
2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
  合計 47人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-2306[2]
市外局番 0476[3]
ナンバープレート 習志野
※座標・標高は三区コミュニティセンター付近

地理

北は安食卜杭、東は下井、南は笠神、西は松木に隣接している。

小字

小字は以下の通り[4]

  • 上(かみ)
  • 中(なか)
  • 下(しも)

歴史

江戸期は中田切新田であり、下総国印旛郡のうち。笠神埜原新田に属す。寛文年間下利根川掘割工事の際、相馬郡中田切村の一部が河川敷となり、代替地として笠神村御立野原を開発して成立。寛文11年国手形寺請状改綴によれば、入百姓13、出身地は庄内領4、布川領3、印西領1、武蔵国幸手領3、同羽生領1、常陸国下妻領1(吉植家文書)。はじめ幕府領、元禄14年から佐倉藩領、享保8年から再び幕府領、天保8年から浜松藩領、弘化2年幕府領となるが同4年から再び浜松藩領。村高は「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに見えず、「旧高旧領」116石余。江戸中・後期は笠神埜原新田4か村組の1つで、享保15年四ヶ村組年貢割付状によれば、畑・屋敷・埜地畑から成り反別19町余、年貢は永2貫335文4分余を納入(吉植家文書)[5]

年表

  • 1873年(明治6年) - 千葉県に所属。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行し、下曽根新田、下井新田、松木新田、将監新田、中田切新田、長門屋新田、和泉屋新田、佐野屋新田、甚兵衛新田、中根新田、行徳新田、松虫新田、押付新田、萩原新田、安食卜杭新田の大部分、小林新田、酒直卜杭新田が合併し埜原村が発足。埜原村大字中田切新田となる。
  • 1910年(明治43年) - 中田切新田が改称し、埜原村大字中田切となる[5]
  • 1913年(大正2年)4月1日 - 本郷村・埜原村が合併し、本埜村が発足。本埜村中田切となる。
  • 2010年(平成22年)3月23日 - 印旛村・本埜村が印西市に編入。印西市中田切となる。

世帯数と人口

2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
中田切 11世帯 47人

施設

  • 三区コミュニティセンター
  • 白山神社

脚注

  1. 印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
  4. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 1453頁
  5. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 622頁
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