相嶋 (印西市)

相嶋(あいじま)は、千葉県印西市大字郵便番号270-1321[2]

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相嶋
相嶋の位置(千葉県内)
相嶋
相嶋
相嶋の位置
北緯35度50分39.2秒 東経140度8分33.9秒
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 印西市
標高
6 m
人口
2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
  合計 29人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-1321[2]
市外局番 0476[3]
ナンバープレート 習志野

地理

北は我孫子市布佐、東は茨城県利根町布川、南は浅間前、西発作に隣接している。

小字

小字は以下の通り[4][5]

  • 六軒堤根南(ろっけんつつみねみなみ)
  • 六軒堤根北(ろっけんつつみねきた)

歴史

江戸時代は相島新田であり、下総国相馬郡のうち。江戸前期から手賀沼開墾により成立した新田村。

寛文年間(1661年~1673年)に開発され、1682年(天和2年)から手賀沼新田請方の反高場となり、年貢を上納。1725年(享保10年)までは布佐村下あるいは布佐村分と称した所のうちと思われ、幕府領。1730年(享保15年)筧播磨守により手賀沼古新田のうち相島新田として検地され村高21石余、さらに1766年(明和3年)・1794年(寛政6年)にも検地が行われ、村高27石余となり、以後村高は『天保郷帳』『旧高旧領取調帳』ともに27石余で、『元禄郷帳』には見えない。1866年(慶応2年)の割付によると、田2町8反余。小物成には、鳥猟運上1貫880文、沼役永333文。鳥猟の布瀬村を親浜とする浜組へは1836年(天保7年)から参加。検地帳での屋敷数は、享保年間(1716年~1736年)に1、明和年間(1764年~1772年)に2[4]

沿革

世帯数と人口

2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
相嶋 19世帯 29人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

番地小学校中学校
全域印西市立大森小学校印西市立印西中学校

交通

道路

脚注

  1. 印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
  4. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 51頁
  5. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 1449頁
  6. 印西市立小・中学校の通学区域”. 印西市 (2017年4月4日). 2017年11月13日閲覧。

関連項目

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