木下 (印西市)

木下(きおろし)は、千葉県印西市大字郵便番号270-1326[2]

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木下
木下駅南口
木下駅南口
木下の位置(千葉県内)
木下
木下
木下の位置
北緯35度50分25.9秒 東経140度8分56.4秒
日本の旗 日本
都道府県 千葉県
市町村 印西市
地区 木下地区
標高
6 m
人口
2017年(平成29年)10月31日現在)[1]
  合計 1,680人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
270-1326[2]
市外局番 0476[3]
ナンバープレート 習志野
※座標・標高は幸町集会所ことぶき会館付近

近世には利根川に面した河港河岸)として木下河岸が置かれ、江戸と利根川下流地域を結ぶ交通・物流の要衝として栄えた土地である。

地理

北は茨城県利根町布川、北東は竹袋、東は木下東、南東は竹袋、南は木下南、南西は竹袋、西は大森に隣接している。

小字

小字は以下の通り[4]

  • 池田(いけだ)
  • 平台(ひらだい)
  • 金戸(かねど)
  • 大下(おおしも)
  • 木下町並(きおろしまちなみ)
  • 樽場(たるば)

歴史

江戸時代竹袋村であり、下総国印旛郡のうち、印西領、印西筋に属す。もと竹渓村、1616年(元和2年)から竹袋村となったともいう。

1663年(寛文3年)から幕府領、1698年(元禄11年)から旗本阿部氏・三枝氏の相給、1701年(元禄14年)から佐倉藩領、1723年(享保8年)から淀藩領。村高は、「元禄郷帳」547石余、「天保郷帳」「旧高旧領」ともに535石余。

1723年(享保8年)「淀領郷村帳」によれば、小物成として夫役1貫254文余・百姓林銭永1貫730文・船役銭12貫254文・木下河岸運上永10貫文・糠藁代永250文・山銭鐚12貫374文を上納(田辺家文書)。

1772年(明和9年)指出帳写によれば、反別田33町1反余・畑屋敷9町2反余・新田14町7反余・新畑18町9反余、ほかに山畑20町3反余・百姓林34町余、米積場・諸荷物附揚附下場があり、茶船20・小船12・酒屋通船1・渡場馬渡船1など、家数191・人数708、馬70(吉岡家文書/県史料下総)。

また木下河岸では銚子方面から鮮魚が陸あげされ、江戸へ向けて輸送された。1679年(延宝7年)からは、鹿島・香取・息栖の三社参詣に、同河岸からの木下茶船が活躍した。

1873年(明治6年)千葉県に所属。神社は稲荷神社など。寺院は天台宗三宝院(印旛郡誌)。1889年(明治22年)木下村の大字となる[5][6]

年表

世帯数と人口

2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字世帯数人口
木下 806世帯 1,680人

施設

交通

鉄道

道路

文化財

脚注

  1. 印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
  4. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 1449頁
  5. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 530頁
  6. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 531頁
  7. 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 303頁
  8. 木下貝層(印西市)
  9. 木下万葉公園(印西市)

関連項目

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