船尾 (印西市)
船尾(ふなお)は、千葉県印西市の大字。郵便番号270-1345[2]。
船尾 | |
|---|---|
![]() 船尾 船尾の位置 | |
| 北緯35度46分53.21秒 東経140度7分45.78秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 船穂地区 |
| 標高 | 18 m |
| 人口 | |
| • 合計 | 516人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
270-1345[2] |
| 市外局番 | 0476[3] |
| ナンバープレート | 習志野 |
| ※座標・標高は船穂コミュニティセンター付近 | |
小字
小字は以下の通り[4]。
- 町田道添(まちだみちぞえ)
- 町田(まちだ)
- 西根(にしね)
- 中峠(なかびょう)
- 白幡(しらはた)
- 平蔵地(へいぞうち)
- 木戸場(きどわき)
- 中台(なかだい)
- 四反目(よんたんめ)
- 新山(しんやま)
- 向ノ地(むこのち)
- 新坂下(しんさかした)
- 鴻ノ巣(こうのす)
- 向久保(むかいくぼ)
- 船戸(ふなど)
- 楝戸(さいかちど)
- 五反町(ごたんまち)
- 亀田(かめだ)
- 馬場下(ばばした)
- 境田(さかいだ)
- 香奠(こうでん)
- 北谷津(きたやつ)
- 馬場(ばば)
- 油免(あぶらめん)
- 本郷(ほんごう)
- 北台(きただい)
- 坊山(ぼうやま)
- 埜地(やち)
- 神明作(しんめいさく)
- 馬坂(まさが)
- 内野(うちの)
- 西ヶ作(にしがさく)
- バラ作(ばらさく)
- 出口(でぐち)
- 名場塚(めいばづか)
- 小池ノ作(こいけのさく)
- 多々羅田前(たたらだまえ)
- 高花(たかばな)
- 原山(はらやま)
- 割地(わりち)
- 四五右エ門(しごうえもん)
歴史
江戸期は船尾村であり、下総国印旛郡のうち。印西領・印西筋に属す。「各村級分」では幕府・旗本大岡氏の相給、元禄14年から幕府・佐倉藩の相給。村高は「元禄郷帳」629石余、「天保郷帳」「旧高旧領」ともに655石余。なお幕府領分の254石余は、寛文・延宝期に惣深新田が開発された時、同時にもと入会地の惣深野に開発された当村の切添新田である。同新田は延宝4年の検地により高請され、本村高に含められた。同年新田反別下畑50町7反余・屋敷5畝余(草深誌)。安政4年「領分村高帳」によれば、佐倉藩領分は反取で、ほかに夫役永1貫11文・林下苅代永50文と見える(旧佐野家文書/千葉市史史料編2)。明治6年千葉県に所属。神社は宗像神社など。寺院は天台宗東光院、ほかに観音堂・薬師堂(印旛郡誌)。明治22年船穂村の大字となる[5]。
施設
コミュニティセンター
- 船穂コミュニティセンター
- 船尾第一集会所
- 船尾第四集会所
交通
路線バス
コミュニティバス
脚注
- “印西市の人口と世帯数”. 印西市 (2017年11月2日). 2017年11月13日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月13日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月13日閲覧。
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 1450頁
- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 744頁
- “印西市立小・中学校の通学区域”. 印西市 (2017年4月4日). 2017年11月13日閲覧。
- “廃止:船穂郵便局(千葉県)”. 日本郵便株式会社 (2016年2月26日). 2018年3月21日閲覧。
- ちばレインボーバス 船尾車庫エリア路線図、2014-03-31閲覧。
- ちばレインボーバス 神崎線 路線別時刻表、2014-03-31閲覧。
- ちばレインボーバス 西の原線 路線別時刻表、2014-03-31閲覧。
- ちばレインボーバス 高花線 路線別時刻表、2014-03-31閲覧。
- 印西市コミュニティバス「ふれあいバス」 - 印西市、2014-03-31閲覧。
- ふれあいバス運行ルート図、2014-03-31閲覧。
- 南ルート時刻表(平成24年6月11日改正)、2014-03-31閲覧。
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