大山崎町
大山崎町(おおやまざきちょう)は、京都府南部に位置し、乙訓郡に属する町。
| おおやまざきちょう 大山崎町 | |||||
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| 国 |
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| 地方 | 近畿地方 | ||||
| 都道府県 | 京都府 | ||||
| 郡 | 乙訓郡 | ||||
| 市町村コード | 26303-6 | ||||
| 法人番号 | 4000020263036 | ||||
| 面積 |
5.97km2 | ||||
| 総人口 |
16,223人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||||
| 人口密度 | 2,717人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | |||||
| 町の木 | アカマツ | ||||
| 町の花 | サクラ | ||||
| 町の鳥 | ウグイス | ||||
| 大山崎町役場 | |||||
| 町長 | 前川光 | ||||
| 所在地 |
〒618-8501 京都府乙訓郡大山崎町字円明寺小字夏目3 北緯34度54分10秒 東経135度41分18秒 ![]() | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
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■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町・村 | |||||
| ウィキプロジェクト | |||||
概要

天王山からの景色、大阪方面
京都府で最も面積の小さい市町村である。旧山城国乙訓郡。河の北という意味で「河陽(かや、かよう)」の別名がある。
かつて明智光秀を豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)が破った山崎の戦いは天王山山麓で行われた。この故事から雌雄を決することや勝負の分かれ目のことを「天王山を迎える」(または単に「天王山」)と呼ぶ成句が生まれた。
大阪府の島本町山崎から京都府の大山崎町にかけての山崎の地はまた名水で知られ、日本における製油発祥の地である離宮八幡宮には石清水(いわしみず)の名の元となった湧き水があった。 また山崎駅前の妙喜庵には、千利休の現存する二例の茶室作例の一つである茶室待庵(国宝)が現存する。
地理

天王山登り口
地域
- 字大山崎
- 字円明寺
- 字下植野
歴史

天下分け目の山崎の戦い

東海道名所風景・山嵜
古代
- 奈良時代
- 平安時代
中世
- 鎌倉時代
- 正治2年(1200年) - 藤原定家が水無瀬離宮への道中の途中で山崎の油売り小屋に泊まる。
- 貞応元年(1222年) - 美濃国司が大山崎神人に不破関の無料通行を許す(大山崎油座)。
- 建治2年(1276年) この頃、京都の油販売を山崎神人が独占。
- 応長元年(1311年) - 伏見上皇、山崎神人のために淀などの関津料を免除する。
- 南北朝時代・室町時代
- 室町時代
議会
施設

山崎郵便局
運動施設
- 大山崎町体育館
経済
交通

大山崎JCT
鉄道
町の中心となる駅:大山崎駅
路線バス
- 長寿苑(老人福祉センター)の利用証または障害者手帳の保有者は、当センター以外の公共施設への来訪手段としても乗車可能となっている。
- 3路線各1日3便運行。土休と12月28日~1月4日は運休。
高速道路
- 西日本高速道路(NEXCO西日本)
出身関連著名人
脚注
出典
- 『日本文徳天皇実録』巻七斉衡二年十月癸巳
- “町議会議員名簿”. 大山崎町. 2021年4月12日閲覧。
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 大山崎町 (oyamazaki.town.official) - Facebook
- 大山崎町 (@oyamazaki_town) - X(旧Twitter)
- 地図 - Google マップ
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