小島七郎
経歴
山口県吉敷郡山口町(現在の山口市)出身。1913年(大正元年)、東京帝国大学法科大学を卒業。ハルビンで西伯利亜新聞社の社長となり、さらに東京通信社の理事を務めた。
牛込区会議員、同議長、東京市会議員を経て、1924年(大正13年)の第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選した。その後、東京市会議長に就任した。
その他に関東醸造株式会社取締役、哈爾浜取引所監査役などを務めた。墓所は多磨霊園。
脚注
- 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。
参考文献
- 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
