山田竹治
経歴
東京都出身[2]。日露戦争に従軍する[2]。その後、東京市議、東京府議、同議長を歴任し[2]、1942年の第21回衆議院議員総選挙(いわゆる翼賛選挙)では東京4区(当時)から大政翼賛会の推薦を受けずに当選する。所属は翼賛政治会から大日本政治会を経て、終戦後は日本進歩党となった。1946年の第22回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。その後は政界に復帰することなく1960年に死去した。
脚注
- 衆議院『第八十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1942年、2頁。
- 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』685頁。
参考文献
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
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