建部順
建部 順(たてべ じゅん、1910年8月8日 - 1966年9月28日)は日本の政治家。浅草区議(2期)、台東区議(1期)、東京都議(4期)、第12代都議会副議長、第17代都議会議長を歴任した。
| 建部順 たてべ じゅん | |
|---|---|
| 生年月日 | 1910年8月8日 |
| 出生地 |
|
| 没年月日 | 1966年9月28日(56歳没) |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 | 藍綬褒章 |
| 在任期間 | 1961年7月 - 1963年4月 |
| 在任期間 | 1957年7月 - 1958年7月 |
| 選挙区 | 台東区選挙区 |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 1951年4月30日 - 1965年6月14日 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 1947年 - 1951年 |
浅草区会議員 | |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 1938年 - 1947年 |
経歴
1910年8月8日、東京府(現東京都)に生まれる[1][注釈 1]。1938年から浅草区会議員を2期9年務めた[1]。1947年から台東区議会議員を1期4年務めた[1]。1951年の東京都議会議員選挙に台東区選挙区から立候補して、初当選する[1][2]。その後、主税委員会委員長(1952年から1953年)、都議会自民党政調会長(1956年から1957年)を歴任した[1]。1957年7月に第12代東京都議会副議長に就任した[1][3]。1958年7月に副議長を退任した[1][3]。退任後は、オリンピック大会準備実行委員会委員長(1961年から1963年)を務めた[1]。1961年7月に第19代東京都議会議長に就任した[1][3]。在任中は全国都道府県議会議長会会長も務めた[1]。1963年4月に議長を退任した。議長退任後に発覚した東京都議会黒い霧事件の影響で、1965年6月に史上初の自主解散となり、都議を退任した[1][2]。1966年9月28日に死去した[1]。
脚注
注釈
- 資料には東京都とあるが、出生当時の行政区域は東京府
出典
- 東京都議会議会局管理部総務課『東京都議会歴代議員略歴集録 昭和18年〜平成13年』東京都議会議会局管理部総務課、2002年、123頁。
- “歴代議長 | 東京都議会”. www.gikai.metro.tokyo.jp. 2021年6月7日閲覧。
- “歴代議長・副議長 | 東京都議会”. www.gikai.metro.tokyo.jp. 2021年6月7日閲覧。
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