古利根沼
歴史
明治時代以前の利根川は、我孫子の青山から湖北の根古屋にかけて、南側へ大きく迂回して流れていたため、しばしば堤防が切れて大きな被害をもたらした[1]。そこで、明治末期から大正時代にかけての利根川改修によって流路変更が行われ[2]、本流の湾曲部が取り残された結果、古利根沼ができた[2]。
2015年現在でも千葉県と茨城県の県境線は古利根沼を通っている。このため古利根沼と利根川に挟まれた細長い地域は、取手市取手の一部及び小堀(おおほり)[1]となり、茨城県に所属している[1]。このことによる弊害として、この地域に住んでいる小中学生は舟を使って利根川を渡り学校へ通わなければならなかった。現在は、取手駅周辺地域まで取手市コミュニティバス(ことバス)が運行されており、交通の便は改善されている。
脚注
- “利根川・古利根沼:我孫子市公式ウェブサイト”. www.city.abiko.chiba.jp. 我孫子市. 2022年9月26日閲覧。
- “古利根沼周辺の現状特性と課題”. 我孫子市. 2022年9月1日閲覧。
外部リンク
- 古利根沼周辺の現状特性と課題(PDF)
- 古利根沼の周辺 - 歴史的農業環境閲覧システム(農業環境技術研究所)
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