李鍾旭

李 鍾旭(イ・ジョンウク、: 이종욱1980年6月18日 - )は、大韓民国ソウル特別市出身の元プロ野球選手外野手)、野球指導者。2008年北京オリンピック 野球 金メダリスト。

李 鍾旭(イ・ジョンウク)
Lee, Jong-wook
NCダイノス 1軍作戦走塁コーチ #93
2013年の李鍾旭
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 ソウル特別市
生年月日 (1980-06-18) 1980年6月18日(43歳)
身長
体重
178 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 中堅手
プロ入り 1999年 2次ドラフト2巡目(2003年入団)
初出場 2006年4月9日
最終出場 2018年10月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • NCダイノス (2019 - )
国際大会
代表チーム 大韓民国の旗大韓民国
五輪 2008年
WBC 2009年
獲得メダル
男子 野球
大韓民国の旗 韓国
オリンピック
2008野球
ワールド・ベースボール・クラシック
2009野球
イ・ジョンウク
各種表記
ハングル 이종욱
漢字 李鍾旭
発音: イジョンウク
英語表記: Lee Jong-Wook

経歴

現代時代

嶺南大学卒業の後、2003年現代ユニコーンズに入団した[1]が、当時の現代は2年連続優勝を成し遂げるなど、最強の戦力を誇ったため、新人であった彼にまで出場の機会は回ってこなかった[2]。1年目の後、兵役を遂行するため、入隊して国軍体育部隊に配属された。

2年間の服務を終えた後、現代から戦力外通告を受け、無籍の身分になった[3]

斗山時代

その後、高校からの旧知の仲である孫時憲が彼を推し、金卿文監督も機動力を重要視していたため2006年にテスト生として斗山ベアーズに拾われることになる[4]

当時戦力が弱体化していると言われた斗山でチャンスをつかみ、シーズン序盤は代走要員だったが、5月以降は1番打者としてレギュラーに定着。オールスターにも監督推薦で出場。新人王こそ柳賢振に奪われたが盗塁王のタイトルに輝いた。彼の素質を見抜けず戦力外通告を決めた現代球団のフロントは後に激しく叱責されたという。

2007年は、持ち前の脚力をより発揮できるよう左翼手から中堅手へコンバートされ、初めてゴールデングラブ賞を受賞した。

2008年北京オリンピック野球韓国代表に選出された。対アメリカ合衆国戦ではサヨナラ犠飛を放つなど代表の優勝に貢献。前年47盗塁を決め足の早さを買われて2009年第2回WBC韓国代表にも招集され、1次ラウンドでは全試合から得点を記録するなどチャンスメイクに成功していたが、打率が低く2次ラウンド途中から打撃好調の李容圭に外野の座を明け渡すことになった。

2009年は4月11日に史上14回目のサイクルヒットを放つも、試合中の骨折もあり長期離脱したことで、斗山移籍後初めて出場試合数が100を下回った。

2010年は100試合以上に出場し復活を遂げ、2年ぶりにゴールデングラブ賞も受賞した。

2012年は成績不振だったが、2013年は2年ぶりの打率3割を記録し、オフシーズンにはFAの権利を行使してNCダイノスに4年契約で移籍した[5]

NC時代

NCでは外野の主力として出場し続けた。

2017年オフに2度目のFAを行使し、NCと契約期間1年で再契約した[6]

2018年限りで現役を引退しNCの二軍コーチへ転身する[7]

プレースタイル・人物

通算打率が2割9分を超す俊足好打の選手。変化球や左投手を苦にしているが、カットが上手く三振も少ない。また、1番打者としては珍しい得点圏打率が高く2007年には.385、2010年には.359を記録した。シーズン中の本塁打は少ないが、ポストシーズンには比較的多く本塁打を放っている。俊足を生かし、塁に出て相手投手をかき回し乱れさせること得意としている。盗塁数は年々減少傾向にあるが、量より質を重視し現に成功率も高い。三塁打も多く脚力もさることながら技術も優れている。

外野手としても足を生かした幅広い守備範囲も評価が良い。肩の強さは標準的だが打球判断も水準が高い。積極的なプレーのためか怪我が多いが長期離脱は少ない。

詳細情報

年度別打撃成績







































O
P
S
2003
一軍出場なし
2004兵 役
2005
2006

120388761101461325112476016.284.358.360.718
20071234658414720121464710527460.316.417.382.799
200812245898138145028478565343.302.354.378.730
2009823124886114128374283853.276.334.346.680
201011441366129162545309494632.312.397.383.780
2011121436641321155442015545164.303.385.380.765
201212143757105171039218464324.240.284.313.597
201311040177123236652307415762.307.439.369.808
2014N
C
12443873126284678154436053.288.411.342.753
201512544063118252552174577851.268.368.350.718
2016134453731382445571535573112.305.408.376.784
2017107318529815053492333050.308.403.371.774
201843122122870181141620.230.311.252.564
通 算1446508184314782255141543340925656796129.291.379.359.738

背番号

  • 39 (2003年、2006年 - 2018年)
  • 93 (2019年 - )

タイトル

  • 盗塁王:1回 (2006年)

表彰

  • ゴールデングラブ賞:3回 (2007年、2008年、2010年)

脚注

  1. “<프로야구소식> 현대, 이상열 등 24명과 재계약”. 聯合ニュース. (2003年1月8日). オリジナルの2016年10月25日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20161025102520/http://sports.news.naver.com/general/news/read.nhn?oid=038&aid=0000043216 2010年12月2日閲覧。
  2. 김종훈 (1998年11月3日). “롯데, 초교고급 투수 김사율지명”. 京郷新聞. http://dna.naver.com/viewer/index.nhn?articleId=1998110300329126001 2010年12月2日閲覧。
  3. 이석무 (2006年9月2日). “이종욱-박재상 돌풍 '야구 선수로 뜨려면 상무로 가라'”. 마이데일리. オリジナルの2012年7月11日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20120711142322/http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=107&oid=117&aid=0000058697 2010年12月3日閲覧。
  4. 박종규 (2009年5月7日). “김시진 감독, "정수성 있어서 이종욱 포기했었다"”. OSEN. オリジナルの2013年5月1日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20130501211502/http://osen.mt.co.kr/article/G0905070146 2010年12月3日閲覧。
  5. 이우찬 (2013年11月17日). “FA '이종욱 4년 50억-손시헌 4년 30억', NC 품으로”. OSEN. オリジナルの2016年10月27日時点におけるアーカイブ。. https://archive.today/20161027035440/http://sports.naver.com/kbaseball/news/read.nhn?oid=109&aid=0002659384 2016年10月27日閲覧。
  6. https://sports.news.naver.com/kbaseball/news/read.nhn?oid=396&aid=0000467003&redirect=false
  7. https://sports.news.naver.com/kbaseball/news/read.nhn?oid=529&aid=0000028288

関連項目

外部リンク


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