林昶暋

林昶暋(イム・チャンミン、朝鮮語: 임창민1985年8月25日 - )は、大韓民国光州広域市出身のプロ野球選手投手)。

林昶暋(イム・チャンミン)
Lim Chang-Min
サムスン・ライオンズ #45
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 光州広域市
生年月日 (1985-08-25) 1985年8月25日(38歳)
身長
体重
183 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 2次ドラフト2巡目
初出場 KBO/ 2009年6月14日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 大韓民国の旗大韓民国
WBC 2017年
プレミア12 2015年
イム・チャンミン
各種表記
ハングル 임창민
漢字 林昶暋
発音: イムチャンミン
日本語読み: いむ・ちゃんみん
英語表記: Lim Chang-Min

経歴

アマチュア時代

高校3年生の時の2003年、青龍旗全国高校野球選手権大会で投手の韓基周と共にチームを優勝に導いた。しかし、同年の新人ドラフトに指名されず延世大学校に進学した[1]

2004年は1年生ながら鄭敏爀と共に大学リーグを代表する投手として活躍。

2005年には鄭敏爀、張洹三金大宇らとともに韓国アマチュア国家代表チームに選ばれ、アメリカ合衆国カリフォルニア州オールスターチームと親善野球シリーズに参加した。

2006年には大統領旗全国大学野球大会MVPを受賞し、延世大学の優勝に貢献した。

2007年は北京五輪の第3次エントリーに唯一のアマチュア投手として選出されたが、最終エントリーには至らなかった。

ヒーローズ時代

2009年ヒーローズに入団し2試合に登板した。

同年末に軍へ入隊、2010年より警察野球団に所属。

NC時代

除隊された後の2012年11月18日に車和俊とともにトレードでNCダイノスに移籍した[2]

2013年5月16日、ロッテ・ジャイアンツ戦で相手投手の姜承弦のミスでチームが逆転し、デビュー初の救援勝利を記録した。同年は低い被安打率(0.186)を武器として必勝調のブルペンとして活躍し、後半期のブルペンの安定化に貢献した[3]

2014年もシーズン序盤は必勝租界投だったが、前半期は27試合に登板し、平均自責点6.75、4勝2敗、1セーブ、3ホールドと振るわず二軍に落ちた。後半に復帰すると14試合に登板して平均自責点0.45、2勝1敗、2ホールド、20イニングと安定した姿を見せた[4]。同年の準プレーオフでも4試合全てに登板して6イニング5奪三振、1失点を記録したがチームは敗退した[5]

2015年金珍成との配置転換で抑え投手に転向。30セーブを記録し、オフにはプレミア12の韓国代表に抜擢された[6]

だが2018年以降は出番が減少し、2021年シーズン後に金珍成、朴晋佑とともに自由契約となった[7]

斗山時代

2021年12月、LGツインズを自由契約になっていた金志容とともに斗山ベアーズへ入団した[8]が、シーズン終了後に自由契約となった[9]

キウム時代

2023年から洪成民卞視援鄭玄珉と共にキウム・ヒーローズと契約する[10]。同年オフにFAとなった。

サムスン時代

2024年1月5日、サムスン・ライオンズと契約した[11]

通算記録

年度チーム平均自責点試合完投完封勝利敗戦セーブホールド勝率打者投球回被安打被本塁打四球死球奪三振失点自責点
2013NC3.76540066490.50026464.24110322632927
20144.39410063150.66724055.1505292532826
20153.806100153100.16726664577211722827
20162.576500132660.25030270615305912220
20173.686000432900.571272666010231622727
20186.4380001300.0003378220965
20192.40200001020.0006415141811064
20205.264400720110.77817937.2394232442622
20213.794100030170.00017840.1352204292317
2022斗山3.95320000270.00012427.1263103231512
2023キウム2.515100222610.50020946.2513172401613
通算11シーズン3.73487002729122570.48221574974475222123496232206

背番号

  • 52 (2008年 - 2009年)
  • 46 (2012年)
  • 45 (2013年 - )

脚注

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