横島 (広島県福山市)

横島(よこしま)は、瀬戸内海にある島。

横島
周辺
所在地 日本の旗 日本 広島県福山市内海町
所在海域 瀬戸内海
所属諸島 芸予諸島
座標 北緯34度20分38.8秒 東経133度16分26.8秒
面積 4.06 km²
横島の位置(広島県内)
横島
横島
横島 (広島県)
横島の位置(日本内)
横島
横島
横島 (日本)
プロジェクト 地形

地理

横島の王城切石山公園の石切山山頂展望台

備後灘に浮かぶ備後群島を構成する有人島。本州福山市沼隈半島の南約0.5kmに位置する[1]。東隣が田島で、2つの島は魚がキスをしているような姿をしている[2]。2島は睦橋、そして田島と本州は内海大橋で結ばれている。北側が百島になる。

面積4.06km2(2015年現在[3])。気候は瀬戸内海式気候。ほぼ山で平野部は狭い。

集落は島の北東部に一つ[4]。福山市が公開するハザードマップでは大規模な津波が到達した場合最大で2-3m浸水被害が発生するとしている[5]。同じくハザードマップでは異常降雨により土石流が発生する可能性があるとして注意を促している[6]

人口は2015年現在で約1,100人[7]。教育機関としては福山市立内海小学校があるものの、少子高齢化は進んでいる[8]。就労者のほとんどは漁業と、建設業や対岸の沼隈半島を拠点としている常石造船関係の製造業に従事している[9]

横田港はこの島の港にあたる。教育機関は内海小があるが、中学校は隣の田島にある。

歴史

近世まで

島には弥生時代以前の遺跡はなく、古墳時代の遺跡・遺物包含層が数か所存在する。これらは島の北東部つまり集落付近に集中しているのも特徴である[10]

横島と田島の間は元々繋がっており一つの島であったが、年代は不明だが航路確保のため開削したと伝わる[11]

島の中央には、横山城跡という中世の郭が存在する[10]。また西音寺には室町時代中期(15世紀)に作られた木造阿弥陀如来立像があり、これは県の重要文化財に指定されている[12]。横島八幡神社が建立されたのは天正8年(1580年)のこと[13]

漁業が盛んになったのは近世江戸時代からである[7][4]。そして対岸の田島とともに船大工・網作りが発達し、そこから鯨網職人が生まれ西海捕鯨へ進出していった[7]。更に隣の「田島浦」が藩の脇港に指定されると北前船などの西廻海運が入るようになり交易港として栄えるようになり、交易品として網が取引された[14]

近代以降

よこしまむら
横島村
廃止日 1955年3月31日
廃止理由 新設合併
横島村田島村内海町
現在の自治体 福山市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
都道府県 広島県
沼隈郡
総人口 4,520
国勢調査、1950年)
横島村役場
所在地 広島県沼隈郡横島村
座標 北緯34度21分16.5秒 東経133度16分58.0秒
ウィキプロジェクト

廃藩置県後の行政区分は福山県深津県小田県岡山県となり、明治9年(1876年)現在の広島県となった。そして「横島村」として村制施行した。

近代以降は半農半漁の島として栄えていく[8]。明治40年(1907年)頃から田島漁民と共にマニラ湾へ漁業移民するものが出ている[11]広島県人の移民)。

昭和26年(1951年)睦橋が完成し田島と繋がり、これが機運となり昭和30年(1955年)田島村と合併し内海町として町制施行した[15]。平成元年(1989年)内海大橋完成により本州と陸続きとなり、平成15年(2003年)内海町は福山市に編入された。

島の南西部、大浜海岸ドルフィンビーチ付近に旧日本陸軍の石油備蓄基地の遺構がある。これは元々大日本帝国陸軍岩国陸軍燃料廠横島出張所で昭和16年(1941年)着工した石油タンク11基から成った。無傷で終戦を迎えたが戦後アメリカ軍が接収し朝鮮戦争時には貯油施設として用いられ、昭和33年(1958年)丸善石油(現コスモ石油)に払い下げられたものの、オイルショックにより昭和50年(1975年)閉鎖された[16][17][18]。その敷地一帯を常石造船が買い取りLPG基地を整備しようとしたが地元住民による反対運動により頓挫した[16]。石油タンク自体は撤去されたが、その周囲を取り囲むコンクリート製の防護壁はそのまま残された。その後、常石グループによって「ドルフィンビーチ」という名称で海水浴場として整備された。2015年には現在はシーパーク大浜としてリニューアルされた。

現代に入り島外への人口流出が顕著となる[8]。内海大橋が完成した際には地域活性化に繋がるとして期待されたものの、人口の減少は止まらなかった[8]。平成22年(2010年)から本格的な地元活性化に取り組み、例えば移住希望者のために空き家を活用したり島外から漁師研修生を受け入れたりしている[7][8]

文化・名所

交通

本州とは睦橋・内海大橋で繋がっているため車で来島できる。逆に橋でつながったためフェリー航路は廃止された[20]

公共交通の場合、内海大橋・睦橋を経由して横島と福山駅または松永駅を結ぶトモテツバスを利用することで来島できる[21]

脚注

  1. 内海町 〜UTUMI-CHO〜”. 内海町観光協会. 2016年3月11日閲覧。
  2. 睦橋”. カンパイ!広島県. 2016年3月11日閲覧。
  3. 平成27年全国都道府県市区町村別面積調”. 国土地理院. 2016年3月11日閲覧。
  4. 武田 2007, p. 176.
  5. 津波ハザードマップ”. 福山市. 2016年3月11日閲覧。
  6. 土砂災害ハザードマップ”. 福山市. 2016年3月11日閲覧。
  7. <横島>研修制度 漁業に新風”. 読売新聞 (2015年9月23日). 2016年3月11日閲覧。
  8. 島の宝 ありのままに”. 読売新聞 (2015年1月3日). 2016年3月11日閲覧。
  9. 武田 2007, pp. 176–177.
  10. 福山市(旧・沼隈郡内海町,沼隈町,深安郡神辺町,芦品郡新市町を含む) (PDF). 広島県教育委員会. 2016年3月11日閲覧。
  11. 兼田明逸『沼隈郡田島村誌 : 「吉備高島宮記」』先憂会出版部、1923年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9655892016年3月11日閲覧
  12. 木造阿弥陀如来立像(福山市内海町)”. 広島県教育委員会. 2016年3月11日閲覧。
  13. 横島八幡神社”. ひろしま観光ナビ. 2016年3月11日閲覧。
  14. ≪インタビュー企画≫捕鯨文化が生んだ技術と組織産業の礎”. 福山市. 2016年3月13日閲覧。
  15. 睦橋 (PDF). 広島県. 2016年3月11日閲覧。
  16. 武田 2007, p. 168.
  17. 八幡浩二「瀬戸内沿岸部・島嶼部における戦争遺跡の実態調査」『アニュアルレポート』、福武財団、2015年、2016年3月11日閲覧
  18. 駐留軍と県行政 (PDF). 広島県立文書館. 2017年9月13日閲覧。
  19. 国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
  20. 横田港(広島県)における「放置型船舶処理促進事業」一掃スキーム実施に関する報告書”. 日本財団図書館. 2016年3月11日閲覧。
  21. トモテツバス 新川線沼南線 時刻表 トモテツバス 2016年8月11日閲覧

参考資料

関連項目

外部リンク

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