瓦屋橋
| 瓦屋橋 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 大阪市中央区 |
| 交差物件 | 東横堀川 |
| 建設 | 1966年(昭和41年)竣工 |
| 座標 | 北緯34度40分15.58秒 東経135度30分38.51秒 |
| 構造諸元 | |
| 形式 | 桁橋 |
| 全長 | 37.6m |
| 幅 | 9.0m |
| 地図 | |
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| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
概要
橋の東詰一帯はもともと西成郡西高津村領内だったが、1615年(元和元年)に御用瓦師の寺島宗左衛門が4万6千坪を拝領し、1694年(元禄7年)には南瓦屋町(現在の瓦屋町)として大坂三郷に組み込まれた。このあたりは古代より良質の粘土が取れ、江戸時代には大坂市街における瓦生産の中心地だった。また、現在の大阪市立中央小学校付近には土浦藩が蔵屋敷を置いていた。
瓦屋橋は元禄年間に出された『新版摂津大坂東西南北町嶋之図』や1703年(元禄16年)刊の『公私要覧』では、元禄時代中期に初めて架けられたと言われている。当時の橋は『地方役手鑑』によると橋長十九間二尺(38.0m)、幅員一間半二尺七寸五分(3.8m)の木橋だった。その為、江戸時代には約15年おき[1]に橋が架け替えられた。
明治時代になっても木橋のままだったが、1932年(昭和7年)10月に橋長37.7m、幅員6.5mの鋼桁橋に架け替えられた。四径間よりなり、橋脚は長さ6.5mの鋳鉄製の柱が3本建となっていた。戦後の1966年(昭和41年)に三径間になり、橋脚には場所打杭基礎が用いられて橋の強度は高められた。1969年(昭和44年)に歩道部が拡幅され、全幅員が9.0mとなって現在に至っている。
仕様
- 桁橋。
- 橋長37.6m、幅9.0m。
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