畑山隆則

畑山 隆則(はたけやま たかのり、1975年7月28日 - )は、日本の元プロボクサーYouTuber青森県青森市出身。青森山田高等学校通信制卒業、青森大学経営学部中退。第28代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者。第34代日本スーパーフェザー級王者。元WBA世界スーパーフェザー級王者。元WBA世界ライト級王者。世界2階級制覇王者。

畑山隆則
基本情報
本名 畑山 隆則
通称 畑耕す
階級 ライト級
身長 173.0cm
リーチ 175.5cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1975-07-28) 1975年7月28日(48歳)
出身地 青森県青森市
スタイル 右ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 29
勝ち 24
KO勝ち 19
敗け 2
引き分け 3
畑山 隆則
YouTube
チャンネル
活動期間 2019年12月21日 -
ジャンル ボクシング
登録者数 39.4万人
総再生回数 1億3061万回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2023年12月5日時点。

現在は竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジムマネージャー、評論家、そして太田プロダクション所属のタレント実業家、YouTuber。

来歴

プロデビュー前

中学時代は野球部に所属、エースで1番として活躍し、将来はプロ野球選手になることを熱望していた。スポーツ推薦で青森山田高校に入学したが、先輩部員と対立し1ヶ月で退部。かねてより、同郷の元WBA世界フライ級王者レパード玉熊国際)の世界戦を見ていたこともありプロボクサーも志望する。高校を中退(引退後に再入学し卒業した。)し単身で上京し、初めにヨネクラジムへ入門するが[1]、大人数の選手や練習生を抱える環境に馴染めず、程なくして京浜川崎ボクシングジムに移籍する。同ジムにて韓国出身の柳和龍トレーナーと出会い、二人三脚でプロボクサー人生を送っていくこととなる。

プロデビュー後

1993年6月17日、東京にて福村和宏(京葉)を相手にプロデビュー戦を行い、初回KO勝ち。以後、4戦4勝(2KO)。

1993年12月18日、東京にて坂本和則角海老宝石)と対戦し、初回KO勝ちを収めて東日本スーパーフェザー級新人王となる。

1994年2月13日、大阪府立体育会館にて小谷繁グリーンツダ)と対戦し、3回KO勝ちを収めて全日本スーパーフェザー級新人王となり、試合後にはMVPを獲得。以後、8戦8勝(8KO)

1995年、前年まで元WBA世界スーパーフライ級王者鬼塚勝也協栄)のマネージャーを務めていたタレント片岡鶴太郎をマネージャーに迎え入れる。

1996年3月18日、東京にて崔重七(韓国)とOPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦を行い、2回KO勝ちを収めて王座の獲得に成功した。

1996年6月19日、神奈川県横浜市にてルディ・カビレスフィリピン)を迎えて初防衛戦を行い、判定勝ちを収めて初防衛に成功した。

1996年9月21日、神奈川県川崎市にてオッキー・バクリンインドネシア)と対戦、9回KO勝ちを収めて2度目の防衛。その後、同年11月に所属する京浜川崎ボクシングジムの会長が不祥事で逮捕されたことにより、柳和龍トレーナーとともに横浜光ボクシングジムへ移籍する。

1997年2月17日、後楽園ホールにて尹東澈(韓国)と対戦、4回TKO勝ちを収めて3度目の防衛。試合後に世界挑戦準備のため王座を返上した。

1997年10月5日、両国国技館にて世界初挑戦としてWBA世界スーパーフェザー級王者崔龍洙(韓国)に挑戦するも、1-1(116-114、114-116、114-114)のドローで王座の獲得に失敗した[文献 1]

1998年3月29日、両国国技館にて再起戦として18戦無敗の日本スーパーフェザー級王者コウジ有沢草加有沢)に挑戦し、9回TKO勝ちを収めて王座の獲得に成功した。

1998年9月5日、両国国技館にて2度目の世界挑戦として前回引き分けた崔龍洙に再び挑戦し、2-0(2者が116-113、114-114)の判定勝ちを収めて2度目の挑戦で無敗のまま世界王座の獲得に成功した[文献 2]

1999年2月13日、有明コロシアムにてサウル・デュランメキシコ)を迎えて初防衛戦。2回にダウンを奪われるも、挑戦者が2度の減点を取られたこともあり、1-1(114-111、113-116、113-113)のドローで規定により初防衛に成功した[文献 3]

1999年6月27日、有明コロシアムにて同級1位の指名挑戦者ラクバ・シンモンゴル)を迎えて2度目の防衛戦を行うも、5回TKO負けを喫し王座から陥落するとともにプロ初黒星を喫した[文献 4]。試合後の同年7月に現役引退を表明し、その後は鶴太郎マネージャーの紹介で芸能界入りし、テレビでのタレント活動を開始。

2000年、引退を撤回しメキシコ系アメリカ人でもあるルディ・エルナンデスを新トレーナーに迎え入れ、プロボクサーとして復帰することを発表する。

2000年6月11日、階級をライト級に上げて復帰初戦で世界挑戦することが発表され、有明コロシアムにてWBA世界ライト級王者ヒルベルト・セラノベネズエラ)に挑戦。約1年のブランクを感じさせない動きで王者を翻弄し、合計5度のダウンを奪った末の8回KO勝ちを収めて王座の獲得に成功し、2階級制覇を達成した[文献 5]

2000年10月11日、横浜アリーナにて元OPBF東洋太平洋ライト級王者坂本博之(角海老宝石)を迎えて初防衛戦を行い、10回TKO勝ちを収めて初防衛に成功した[文献 6]

2001年2月17日、両国国技館にて全階級を通じての日本王座最多防衛回数となる22度の防衛を果たした元日本ライト級王者リック吉村(石川)を迎えて2度目の防衛戦を行い、挑戦者が減点を取られたこともあり、1-1(116-111、112-115、114-114)のドローで規定により2度目の防衛に成功した[文献 7]

2001年7月1日、さいたまスーパーアリーナにて同級1位の指名挑戦者で元WBA世界ライト級王者ジュリアン・ロルシーフランス)を迎えて3度目の防衛戦を行うも、0-3(110-118、111-117、112-117)の判定負けを喫し王座から陥落した[文献 8]。この試合を最後に2002年1月、正式に引退した。

引退後

引退後の2002年7月、元WBA世界ミドル級王者・竹原慎二と共同で竹原慎二&畑山隆則のボクサ・フィットネス・ジム東京都新宿区に開設(2012年、大田区に移転)。当初はアマチュア専用のジムとして運営していたが、2008年に東日本ボクシング協会(日本プロボクシング協会の下部組織)への加盟が承認されたのを機にプロ選手も受け入れるようになり、同い年でもある藤岡奈穂子をジム初の世界王者(WBC女子ミニフライ級、WBA女子スーパーフライ級)に育て上げている。

戦績

  • プロボクシング:29戦24勝(19KO)2敗3分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11993年6月17日1RKO福村和宏(京葉)日本の旗 日本プロデビュー戦/1993年東日本スーパーフェザー級新人王トーナメント予選
21993年8月4日1RKO川田斉志(国際)日本の旗 日本
31993年9月2日4RTKO坂寄友昭(宇都宮)日本の旗 日本
41993年10月4日4R判定上田真也(ヨネクラ)日本の旗 日本
51993年11月4日4R判定市川健二(ワタナベ)日本の旗 日本
61993年12月19日1R 3:00KO坂本和則(角海老宝石)日本の旗 日本1993年東日本スーパーフェザー級新人王トーナメント決勝戦
71994年2月13日3RKO小谷繁(グリーンツダ)日本の旗 日本1993年全日本スーパーフェザー級新人王決定戦/MVP
81994年6月20日3RKO楊熙哲大韓民国の旗 韓国
91994年9月19日4RTKO堀口昌彰(ピストン堀口)日本の旗 日本
101994年11月21日3R 3:04KO表炫雨大韓民国の旗 韓国
111995年2月20日3RTKO文炳洙大韓民国の旗 韓国
121995年5月15日2RKOジュン・マタナガスフィリピンの旗 フィリピン
131995年7月17日2R 0:15KO朴宰佑大韓民国の旗 韓国
141995年10月16日6RTKOフラッシュ・ペナフィリピンの旗 フィリピン
151995年12月12日4RKOバート・ナバレスフィリピンの旗 フィリピン
161996年3月18日2R 1:00TKO崔重七大韓民国の旗 韓国OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座決定戦
171996年6月19日12R判定ルディ・カビレスフィリピンの旗 フィリピンOPBF王座防衛1
181996年9月21日9R 2:10KOオッキー・バクリンインドネシアの旗 インドネシアOPBF王座防衛2
191997年2月17日4R 0:33TKO尹東澈大韓民国の旗 韓国OPBF王座防衛3
201997年5月19日10R判定ホルヘ・ルイス・ロペスメキシコの旗 メキシコ
211997年10月5日12R判定1-1崔龍洙大韓民国の旗 韓国WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ
221998年3月29日9R 1:43TKOコウジ有沢(草加有沢)日本の旗 日本日本スーパーフェザー級タイトルマッチ
231998年9月5日12R判定2-0崔龍洙大韓民国の旗 韓国WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ
241999年2月13日12R判定1-1サウル・デュランメキシコの旗 メキシコWBA防衛1
251999年6月27日5R 1:46TKOラクバ・シンモンゴルの旗 モンゴルWBA王座陥落
262000年6月11日8R 2:30TKOヒルベルト・セラノベネズエラの旗 ベネズエラWBA世界ライト級タイトルマッチ
272000年10月11日10R 0:18TKO坂本博之(角海老宝石)日本の旗 日本WBA防衛1
282001年2月17日12R判定1-1リック吉村(石川)アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国WBA防衛2
292001年7月1日12R判定0-3ジュリアン・ロルシーフランスの旗 フランスWBA王座陥落
テンプレート

獲得タイトル

  • 東日本スーパーフェザー級新人王
  • 全日本スーパーフェザー級新人王
  • 第28代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王座(防衛3=返上)
  • 第34代日本スーパーフェザー級王座(防衛0=返上)
  • WBA世界スーパーフェザー級王座(防衛1)
  • WBA世界ライト級王座(防衛2)

エピソード、引退後

  • 妻はフリーアナウンサー清原久美子で、1子をもうけている。なお、畑山は離婚歴が1度あり、前妻との間にも1子をもうけている。
  • 引退後は、タレント活動を中心に、ボクシングやK-1の解説者など、様々な方面で活躍している。また、中退した青森山田高校へ通信制課程で再入学し、卒業。卒業後は同系列の青森大学へ進学したが中退した。

出演

テレビドラマ

映画

  • 静かなるドン The Movie(2000年公開) - 都通激
  • ROUND1(2003年公開) - 主演・トッポ(映画初主演)
  • アメイジング グレイス〜儚き男たちへの詩〜(2011年8月公開、グアパ・グアポ) - 吉永渉
  • 鷲と鷹(2014年公開)

Vシネマ

  • 溝鼠VS.毒蟲(2009年) - 大黒
  • もう一つの柳川組木槿の花(2009年)

脚注

参考文献

  • ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年
  1. 232頁下段
  2. 233頁上段
  3. 233頁下段
  4. 234頁上段
  5. 247頁上段
  6. 247頁下段
  7. 248頁上段
  8. 248頁下段

関連項目

外部リンク

空位
前タイトル保持者
三谷大和
第28代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者

1996年3月18日 - 1997年7月7日(返上)

空位
次タイトル獲得者
三谷大和
前王者
コウジ有沢
第34代日本スーパーフェザー級王者

1998年3月29日 - 1998年5月18日(返上)

空位
次タイトル獲得者
杉田竜平
前王者
崔龍洙
WBA世界スーパーフェザー級王者

1998年9月5日 - 1999年6月27日

次王者
ラクバ・シン
前王者
ヒルベルト・セラノ
WBA世界ライト級王者

2000年6月11日 - 2001年7月1日

次王者
ジュリアン・ロルシー
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