茶屋後新田
茶屋後新田(ちゃやのちしんでん[2])は、愛知県名古屋市港区の地名。南陽町大字茶屋後新田[3]・南陽町茶屋後新田とも。
茶屋後新田 | |
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![]() 茶屋後新田 茶屋後新田の位置 ![]() 茶屋後新田 茶屋後新田 (名古屋市) | |
| 北緯35度6分29.89秒 東経136度48分20.95秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 | 名古屋市 |
| 区 | 港区 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 市外局番 | 052 (名古屋MA)[1] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
歴史
茶屋新田開発者である茶屋長意の息子にあたる中島新四郎良延により開発された新田で、茶屋新田の後で開発されたことにより茶屋後新田と称する[2]。開発年についてははっきりせず、『尾州茶屋日記』は延宝5年、『地方古義』は延宝6年、『尾張徇行記』は延宝7年としている[2]。後年、新田の経営悪化により関戸家から借入することになり、文化8年には新田所有権の3分の2が関戸家、3分の1が伊藤家に譲渡された[2]。明治初年には全権を関戸家が掌握した[2]。
茶屋後新田村の字一覧
『明治十五年愛知県郡町村字名調』(1932年、愛知県教育会発行)による
- イ之割・ハ之割・ホ之割・ト之割・リ之割・ル之割・ワ之割・ロ之割・ニ之割・ヘ之割・チ之割・ヌ之割・ヲ之割・カ之割・ヨ之割・タ之割・レ之割[4]
沿革
- 1889年(明治22年)10月1日 - 海東郡茶屋後新田が合併により、同郡福屋村大字茶屋後新田となる[3]。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 合併により、海東郡南陽村大字茶屋後新田となる[3]。
- 1913年(大正2年)7月1日 - 海部郡成立により、同郡南陽村大字茶屋後新田となる[3]。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 町制施行により、海部郡南陽町大字茶屋後新田となる[3]。
- 1955年(昭和30年)10月1日 - 合併により、名古屋市港区南陽町大字茶屋後新田となる[3]。
- 1965年(昭和40年)8月3日 - 港区南陽町大字茶屋新田と境界を変更する[3]。
- 1990年(平成2年) - 廃止。
脚注
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年1月6日閲覧。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 831.
- 名古屋市計画局 1992, p. 845.
- 名古屋市計画局 1992, p. 915.
参考文献
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