西が丘

西が丘(にしがおか)は、東京都北区町名[5]。現行行政地名は西が丘一丁目から西が丘三丁目[5]住居表示実施済み区域である[5]

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西が丘
町丁
北緯35度46分05秒 東経139度42分41秒
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京
特別区 北区
地区 赤羽地区
人口情報2023年(令和5年)1月1日現在[1]
 人口 8,483 人
 世帯数 4,399 世帯
面積[2]
  0.596438851 km²
人口密度 14222.75 人/km²
郵便番号 115-0056[3]
市外局番 03(東京MA[4]
ナンバープレート 練馬
ウィキポータル 日本の町・字
東京都の旗 ウィキポータル 東京都
ウィキプロジェクト 日本の町・字

地名の由来

もとは北区稲付西町三・四・五丁目・稲付梅木町・稲付出井頭町の全部、及び稲付西町一・二・六丁目・稲付西山町・稲付島下町の各一部[5][6]

町名制定の際、稲付西町の町民が「西」の字を含む新町名を要望し、北区がその要望を聞き入れて制定された[5]

地理

東京都北区の西縁部に位置し、板橋区との区境を成す[5]。町域の北と東は赤羽西に、南は上十条に、西は板橋区清水町及び蓮沼町に接する。南東の十条仲原とは四つ角の1点で接し、南西の板橋区稲荷台とは近接するが境界線は接していない。

西が丘一丁目は戦前海軍住宅として計画整備された場所で、街区が十字に整備され並木も植えられている[5]。西が丘二丁目は米軍管理下の東京兵器補給廠(TOD地区)のうち、稲付射場として使用されていた区域及びその北側の住宅地を中心としている。西が丘三丁目は、最西端にあたる旧稲付出井頭町の一部(国際興業バス赤羽営業所付近)を除いて旧米軍駐留地(TOD第1地区)であり、三丁目の大半を占める返還後の旧米軍駐留地には国立西が丘サッカー場をはじめとする公共施設及び集合住宅が建設されている[5]

河川(用水路)

  • 稲付川 - 根付用水・稲付用水・中用水・北耕地川の別名を持ち、町域南辺を東流していた用水路隅田川に合流していた。1967年に開始された工事で暗渠化された。

地価

住宅地の地価は、2023年令和5年)7月1日公示地価によれば、西が丘1-18-11の地点で47万6000円/m2となっている[7]

歴史

鎌倉時代以降、源頼朝武蔵入りに際して真っ先に麾下となった豊島清光を出し、この地一帯を支配した豊島氏室町時代末期の1478年文明10年)に倒した扇谷上杉氏家宰太田道灌が現在の赤羽西に建てた稲付城の城下にあたる[5]。また後に上杉定正による太田道灌謀殺の後、稲付城に拠った太田資高太田康資後北条氏への内応により北条氏の支配するところとなった[5]。後に太田康資は北条氏への謀反が露見し安房国逃亡、稲付城は廃城となった[5]

江戸時代に入り、当地はこの稲付城の名をとった稲付村の一部となった。この稲付村は、明治時代初期の廃藩置県より浦和県(現埼玉県)に編入され、1874年明治7年)3月8日大区小区制では第九大区第六小区に編入された[5]1878年(明治11年)11月2日郡区町村編制法で稲付村は東京府北豊島郡に編入され、東京府下となった[5]。この際、第四大区第十七小区となった[8]。翌1879年(明治12年)3月14日、東京府数町村連合会規則により、稲付村外二ヶ村連合村(稲付村・上十条村・下十条村3ヶ村連合)を設置したが、1889年(明治22年)4月1日町村制施行により連合村を形成した上十条村・下十条村とは合併せず、神谷村下村岩淵本宿町袋村赤羽村と合併し、岩淵町の一部となった。

岩淵町が王子町と合併し王子区となった際、東京市の設置した町界町名地番整理委員会によって新たに編入される予定の20区の町村に対し、委員会の定めた6方針のうち「(ヘ)小字をもって地番区域とする町名整理は小字名に旧町村を冠したものを新町名とすること」が適用され、岩淵町稲付は王子区稲付町一~五丁目・稲付庚塚町・稲付西町一~六丁目・稲付梅木町・稲付西山町・稲付出井頭町・稲付島下町となった。ただし、稲付西町は1932年(昭和7年)1月に既に改称されており、それがそのまま採用された形となった[5][9][6]。また、この際町名に冠される「旧町村名」に関しては1889年(明治22年)から1932年昭和7年)まで所属した岩淵町から採った「岩淵」ではなく、それ以前の旧村であった稲付村の「稲付」が冠された。また、この東京市編入の際に「稲付」の読みがそれまでの「イネツケ」から「イナツケ」と変更された[9]。このことに関しては若干の混乱と不満があったといわれる[9][10]。この間、台地を中心とした軍都赤羽台の周縁地区として整備された。

1905年(明治38年)、現在の北区立梅木小学校付近に火工廠稲付射場(6800余)が建設された[8][11]。また、翌1906年(明治39年)には稲付から志村にかけて83,000坪の敷地に東京陸軍兵器補給廠が建設された[11][12]。また、海軍住宅も建設されている。東京陸軍兵器補給廠及び稲付射場は第二次世界大戦後、進駐軍にTOD第1地区として接収されるところとなり、1958年(昭和33年)まで返還されなかった[12]。返還された土地は使途をめぐって北区・板橋区・東京都及び国の間で紛糾したが、1969年(昭和44年)5月に国有財産審議会において38,000平方メートルの土地を国立競技場用地(国立西が丘サッカー場)としての払い下げが正式に決まることで一応の決着を見た[12]。北区側はこの土地を地下鉄操車場として使用することを主張していたが叶わず、この運動は地下鉄7号線(現・東京メトロ南北線)早期建設運動へと方向転換された[12]。返還後、1965年(昭和40年)11月1日の住居表示実施により西が丘一丁目及び二丁目が成立。西が丘三丁目は上記返還地の用途決定及び板橋区との境界調整の後、1971年(昭和46年)7月1日の住居表示実施により成立した[5]

沿革

  • 1871年明治4年)11月浦和県(現埼玉県)から東京府に編入される。
  • 1878年(明治11年)11月2日郡区町村編制法により、稲付村が東京府北豊島郡に編入される。
  • 1879年(明治12年)3月14日:東京府数町村連合会規則により、稲付村が上十条村・下十条村と稲付村外二ヶ村連合村を形成する。
  • 1889年(明治22年)4月1日町村制施行に伴い、稲付村が岩淵本宿町・神谷村・下村・袋村・赤羽村と合併し、岩淵町の一部となる。
  • 1932年昭和7年)10月1日:王子町が東京市に編入され東京市王子区となり、従前の岩淵町稲付は王子区稲付町一~五丁目・稲付庚塚町・稲付西町一~六丁目・稲付梅木町・稲付西山町・稲付出井頭町・稲付島下町となる。このうち稲付西町一~六丁目・稲付梅木町・稲付出井頭町・稲付西山町・稲付島下町が現行の西が丘一~三丁目の区域に相当する。
  • 1943年(昭和18年)7月1日東京都制が施行され、上記各町はそれぞれ東京都王子区の町名となる。
  • 1947年(昭和22年)3月15日:王子区と滝野川区が合併し、北区が成立。上記各町はそれぞれ東京都北区の町名となる。
  • 1965年(昭和40年)11月1日:稲付西町三・四・五丁目の全域、稲付西町一・二・六丁目の各一部、稲付梅木町の全域、稲付西山町の一部の区域に住居表示を実施し、西が丘一丁目・西が丘二丁目が成立。
  • 1971年(昭和46年)7月1日:稲付出井頭町の全域、稲付西山町・稲付島下町の各一部の区域に住居表示を実施し、西が丘三丁目が成立。

世帯数と人口

2023年(令和5年)1月1日現在(東京都発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
西が丘一丁目 1,798世帯 3,310人
西が丘二丁目 980世帯 1,872人
西が丘三丁目 1,621世帯 3,301人
4,399世帯 8,483人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[13]
7,952
2000年(平成12年)[14]
7,107
2005年(平成17年)[15]
7,448
2010年(平成22年)[16]
8,709
2015年(平成27年)[17]
8,478
2020年(令和2年)[18]
8,673

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[13]
3,293
2000年(平成12年)[14]
3,109
2005年(平成17年)[15]
3,523
2010年(平成22年)[16]
4,152
2015年(平成27年)[17]
4,005
2020年(令和2年)[18]
4,169

学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2023年10月時点)[19][20]

丁目番地小学校中学校
西が丘一丁目2〜7番、10〜15番
21〜24番、33〜36番
北区立西が丘小学校[注釈 1]北区立稲付中学校
1番、8〜9番
16〜20番、25〜32番
37〜48番
北区立梅木小学校
西が丘二丁目全域
西が丘三丁目全域

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[22]

丁目事業所数従業員数
西が丘一丁目 99事業所 774人
西が丘二丁目 50事業所 373人
西が丘三丁目 22事業所 1,329人
171事業所 2,476人

事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[23]
176
2021年(令和3年)[22]
171

従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[23]
1,930
2021年(令和3年)[22]
2,476

交通

鉄道

町域内に鉄道駅は存在しないが、徒歩圏内に都営三田線本蓮沼駅板橋本町駅JR赤羽駅十条駅が存在する。

また、かつては赤羽駅 - 川口駅間から西が丘三丁目(旧・稲付出井頭町)まで引込線が引かれていた[6]。これは軍用貨物線の跡地であり、その一部は赤羽緑道公園(北区赤羽台及び赤羽西)として整備されている[11][24]

バス

道路

施設

国立スポーツ科学センター
NTT十条ビル
スポーツ施設
教育機関
集合住宅
  • 関東財務局西が丘宿舎(国家公務員合同宿舎)- 西が丘3-11-1他
  • 国家公務員宿舎 西が丘住宅 - 西が丘3-3-9
  • 国家公務員宿舎 西が丘第2住宅 - 西が丘3-1442-17外
  • 都営西が丘三丁目アパート(旧・都営稲付アパート)- 西が丘3-8[28]
  • 都営稲付第2アパート - 西が丘3-1[28]
  • 都営西が丘二丁目第2アパート - 西が丘2-16[28]
  • 区営西が丘一丁目アパート - 西が丘1-44-13
その他

その他

日本郵便

脚注

注釈

  1. 校名は西が丘だが、十条仲原四丁目5-17に所在する[21]

出典

  1. 住民基本台帳による東京都の世帯と人口(町丁別・年齢別)  令和5年1月 (CSV). 東京都 (2023年4月6日). 2023年12月17日閲覧。 (ファイル元のページ)(CC-BY-4.0)
  2. 『国勢調査町丁・字等別境界データセット』(CODH作成)”. CODH. 2024年1月2日閲覧。(CC-BY-4.0)
  3. 西が丘の郵便番号”. 日本郵便. 2023年11月17日閲覧。
  4. 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店、1978年。
  6. 『古地図ライブラリー別冊 古地図・現代図で歩く昭和30年代歴史散歩』人文社、2004年8月、pp94-95。
  7. 国土交通省地価公示・都道府県地価調査”. 国土交通省. 2023年12月29日閲覧。
  8. 川崎房五郎監修、北区教育会教育研究所、同小・中学校社会科研究部『教師のための郷土資料集(昭和33年度)』東京都北区、1958年、pp223-231。
  9. 『新修北区史』東京都北区役所、1971年3月、pp448-451。
  10. 『北区の史跡と傳説(78)稲付』「北区新聞」所収。
  11. 『写真と地図で読む 知られざる軍都 東京』洋泉社、2006年4月、pp44-53。
  12. 北区史編纂調査会『北区史 通史編 近現代』東京都北区、1996年3月、pp550-565。
  13. 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  14. 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  15. 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  16. 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  17. 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  18. 令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
  19. 小学校通学区域一覧”. 北区 (2023年10月27日). 2024年1月2日閲覧。
  20. 中学校通学区域一覧”. 北区 (2023年10月27日). 2024年1月2日閲覧。
  21. 西が丘小学校 北区役所
  22. 経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
  23. 経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
  24. 赤羽緑道公園 歩きたくなるまち 東京都北区、北区観光協会
  25. 東京都北区西が丘のバス停一覧 バス時刻表 NAVITIME
  26. 営業所・案内所 国際興業バス
  27. 東京都立中央・城北職業能力開発センター赤羽校 TOKYOはたらくネット、東京都産業労働局
  28. 都営住宅団地一覧 - 北区 東京都住宅政策本部
  29. 各種お問い合わせ NTT東日本 南関東 東京事業部
  30. 大松寺 曹洞禅ナビ、曹洞宗
  31. 郵便番号簿 2022年度版 (PDF). 日本郵便. 2023年10月28日閲覧。

関連項目

外部リンク

※十条仲原とは四つ角中央の一点で接する。

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