閔公 (魯)
閔公(びんこう)は、春秋時代の魯の第18代君主。『春秋左氏伝』では「閔公」であるが、『史記』では「湣公」と表記される。名は啓。
| 閔公 姫啓 | |
|---|---|
| 魯 | |
| 第18代公 | |
| 王朝 | 魯 |
| 在位期間 | 前661年 - 前660年 |
| 都城 | 曲阜 |
| 姓・諱 | 姫啓 |
| 諡号 | 閔公 |
| 生年 | 不詳 |
| 没年 | 閔公2年(前660年)8月 |
| 父 | 荘公 |
| 母 | 叔姜 |
生涯
閔公は荘公の子だが、次期魯公は季友が推す庶子の公子斑が有力視されていたため、公位の対象外にあった。しかし、荘公32年(紀元前662年)に荘公が没した直後に魯公となった斑を慶父が暗殺し、慶父の推挙を受けて翌閔公元年(紀元前661年)には魯公の座に就く。
その後、斉に亡命していた季友を呼び戻すために、斉の桓公に季友の帰国を働きかけ、首尾よく実現させる。その際に閔公自らが帰国途中の季友を迎えに行ったことから、閔公は季友を慶父以上に信頼していたことがうかがえる。
だが、閔公2年(紀元前660年)に魯公の座を狙っていた慶父によって、暗殺されてしまう。在位はわずか2年で、正に慶父に振り回された人生であった。
参考文献
- 陸峻嶺、林幹合編、『中国歴代各族紀年表』、1982年、台北、木鐸出版社
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