1952年の日本競馬
1952年の日本競馬(1952ねんのにほんけいば)では、1952年(昭和27年)の日本競馬界についてまとめる。 馬齢は旧表記で統一する。
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できごと
1月 - 3月
4月 - 6月
- 4月1日 - 阪神競馬場では京阪神競馬会社の手により土地が12,315坪広げられ、また常住厩舎や騎手控室などの建物も5棟増設され、賃貸借契約書が初めてとり交わされた[2]。
- 4月 - 啓衆社の白井新平が渡米し、15頭の馬を輸入。白井は9月にも種牡馬およびトロッター種を3頭輸入している[1]。
- 5月 - 大井競馬の開催体である東京都や特別区競馬組合などが協同して、サラブレッドの3-4歳牝馬30頭を輸入する[1]。
- 5月 - 競馬公正委員会が設置される。委員会は関東・関西・北海道の各地域別に委員を定め、競走における人馬の監視、厩舎内部等の監察、不良馬主の排斥などを行うとともに、優秀調教師・騎手の表彰事業も行った[3]。
- 5月 - 農林省は戦争以来中断していた外国産種の輸入を再開、サラブレッド2頭、ノルマン6頭、ペルシュロン4頭、アングロアラブ1頭の計13頭を輸入する[3]。
- 6月 - 競馬の民営化に向けて、農林大臣の諮問機関として競馬制度審議委員会が設置される[3]。
7月 - 9月
10月 - 12月
競走成績
公認競馬の主な競走
脚注
参考文献
- 一般社団法人 中央競馬振興会『日本近代競馬総合年表』中央競馬ピーアール・センター、2018年。
注釈
出典
- 『総合年表』p.160
- 『総合年表』p.163
- 『総合年表』p.161
- 『総合年表』p.162
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