インディアナポリス・コルツ

インディアナポリス・コルツ(英語: Indianapolis Colts、略称: IND)は、アメリカ合衆国インディアナ州インディアナポリスに本拠地をおくNFLチーム。AFC南地区に所属している。ホームスタジアムはルーカス・オイル・スタジアム。本部と練習場は、同じインディアナポリスのインディアナ・ファームビューロ・フットボールセンターに位置している。

インディアナポリス・コルツ
Indianapolis Colts
創設 1953年1月23日 (1953-01-23)
NFL参入 1953年シーズン
所属地区
  • NFL(1953-現在)
    • AFC(1970-現在)
南地区(2002-現在)
中地区(1970-2001)
    • 西カンファレンス(1953-1969)
コースタル地区(1967-1969)
地区分けなし(1953-1966)
チームデザイン
チームロゴ
 
チームカラー
  スピードブルー
  白
  フェイスマスクグレー
  アンビルブラック
ユニフォーム
チーム名
  • インディアナポリス・コルツ(1984-現在)
    • ボルチモア・コルツ(1953-1983)
ホームタウン
インディアナポリス・コルツの位置(アメリカ合衆国内)
1984-現在
1984-現在
1953-1983
1953-1983

インディアナ州インディアナポリス(1984-現在)
メリーランド州ボルチモア(1953-1983)

ルーカス・オイル・スタジアム(2008-現在)
RCAドーム
 フージャー・ドーム
(1984-2007)
メモリアル・スタジアム(1953-1983)

永久欠番
獲得タイトル
スーパーボウル創設(1966年)以降
スーパーボウル・チャンピオン (2回)
カンファレンス・チャンピオン (7回)
AFC
地区優勝 (13回)
NFLコースタル
旧AFC東地区
AFC南地区
ワイルドカード(9回)
プレーオフ進出(22/58回)
AFL合併(1969年)以前
NFLチャンピオン
カンファレンス・チャンピオン
NFL西
ワイルドカード
球団組織
オーナージム・アーセイ
GMクリス・バラード
ヘッドコーチシェーン・スタイケン

概要

1947年から1950まで存在したボルチモア・コルツを直接の前身として、1953年にメリーランド州ボルチモアを本拠地とする同名のボルチモア・コルツ(Baltimore Colts)として創設された。1970年には、アメリカン・フットボール・リーグ(AFL)のNFL合併に伴い結成されたアメリカン・フットボール・カンファレンスに所属している。1984年に本拠地をボルチモアからインディアナ州インディアナポリスへ移転し、現在の名称となった。

スーパーボウルにはボルチモア時代の第3回でニューヨーク・ジェッツ(当時、AFL)に敗れたのち、第5回(対ダラス・カウボーイズ)と、インディアナポリス移転後の第41回(対シカゴ・ベアーズ)の2度制覇している。

歴史

NFLには、ボルチモア・コルツという名称のチームが2つ存在していた。初代コルツは、1946年のAll-America Football Conference (AAFC) 創設時のチームのひとつで、1950年のAAFC合併時にNFLに加盟したが、そのシーズン後に解散している。

現在のインディアナポリス・コルツは、長い旅を経て今の場所に落ち着いた、と言える。NFLの公式記録としては、コルツは、1953年にボルチモアで発足したことになっている。1953年、NFLは、ボルチモア市に旧ダラス・テキサンズのフランチャイズを与えた。このフランチャイズは、コルツ発足までに、ボストン・ヤンクス (1944-48)、ニューヨーク・ブルドッグズ (1949)、ニューヨーク・ヤンクス (1950-51)、ダラス・テキサンズ (1952) と移動してきたものである。

ボルチモア・コルツ

一方、初代ボルチモア・コルツは、1946年にAAFCに創設されたマイアミ・シーホークスを前身とし、同チームが1947年にボルチモアに移転して誕生した。このコルツは1950年にNFLに加盟し、シーズンを1勝11敗で終えた。同チームは1950年のシーズン後に解散したが、ファンクラブやマーチングバンドなどの支援団体は活動を続け、チームの復活を働きかけた。詳しくは、en:Baltimore Colts (1947-50) を参照。

コルツの初代QBであるジョニー・ユナイタス

1953年、キャロル・ローゼンブルームが、新生NFLボルチモア・コルツの筆頭オーナーとなった。1958年、プロフットボール殿堂入りヘッドコーチ、ウィーブ・ユーバンクの下、同じく殿堂入りクォーターバックのジョニー・ユナイタス率いるコルツは、ヤンキースタジアムでのNFLチャンピオンシップで、ニューヨーク・ジャイアンツを23-17と下した。延長戦となったこの試合は、「史上最高の試合」とも称される[1][2])。コルツは翌1959年にもジャイアンツに31-16と勝利し、NFLチャンピオンシップを獲得。1960年代前半、コルツはNFL上位チームの地位を堅持していたが、1964年のNFLチャンピオンシップではクリーブランド・ブラウンズの前に0-27と敗れた。

1967年、コルツはレギュラーシーズンの最終週を無敗のまま迎えたが、ロサンゼルスでのロサンゼルス・ラムズ戦で10-34と敗れた。コルツ、ラムズ共に11勝1敗2分けであったため、この直接対決で勝利したラムズが西カンファレンス海岸地区の1位となり、コルツはプレイオフに進出することができなかった(両チームの同シーズン初対決は、ボルチモアのホームで24-24の引き分けに終わっている)。

1968年、シーズン成績13勝1敗のコルツは、ブラウンズとの再戦のチャンスを得、NFLチャンピオンシップゲームで34-0とブラウンズを下した。このレギュラーシーズンの成績とブラウンズ戦の圧勝により、コルツは「史上最も偉大なフットボール・チーム」とマスコミから称されることになった。ボビー・ボイド (DB)、マイク・カーティス (LB)、ジョン・マッキー (TE)、トム・マッテ (RB)、フレッド・ミラー (DL)、アール・モラル (QB)、ウィリー・リチャードソン (WR)、ボブ・ビューゲル (OL) といったプロボウル出場メンバーを擁するコルツは、第3回スーパーボウル(公式に「スーパーボウル」と呼ばれることになった初の大会)に出場した。スプレッドの賭けではコルツが17点有利とされたがこの試合では番狂わせが待っていた。ジョー・ネイマスとマット・スネルの率いるAFLチャンピオンニューヨーク・ジェッツに7-16と敗れた。この試合では試合途中から怪我のため先発出場しなかったジョニー・ユナイタスも交代出場したが逆転はならなかった。皮肉にも、このときのジェッツのヘッドコーチは、かつてコルツを2度のNFLチャンピオンに導いたウィーブ・ユーバンクであった。

1970年、NFLとAFLの統合された際にクリーブランド・ブラウンズ、ピッツバーグ・スティーラーズと共にボルチモア・コルツはAFCに移り、オークランド・レイダースを27-17と下してAFCチャンピオンシップを獲得した。コルツは、統合後最初のスーパーボウル、第5回スーパーボウルでNFCのダラス・カウボーイズと戦い、ジム・オブライエンのフィールドゴールで16-13と勝利した。

1972年7月13日、ローゼンブルームとロバート・アーセイは、コルツとロサンゼルス・ラムズの所有権を交換したが、両チームの本拠地は変わらなかった。コルツは1970年代、さらに4回のプレイオフ出場を成し遂げた。1971年はワイルドカードで出場、1975年から1977年にかけて3年連続でAFC東地区優勝を果たした。この3年間、チームを引っ張ったのは、NFLで最も優秀なディフェンシブライン (通称「サック・パック」)だった。しかし、1978年以降、チームは9シーズンに及ぶ低迷期に入る。1978年最初の2試合でコルツは無得点に終わった。これはNFLチームとして初の不名誉な記録であった。1981年のチーム最大の課題は、ディフェンスだった。コルツはNFL記録となる533失点を喫し[3]、サック数は史上最低の13、パントリターン数は近年のNFL最低記録の12だった。翌年も、オフェンスが崩壊していた。1982年11月28日、リッチ・スタジアムでのバッファロー・ビルズ戦で、コルツのオフェンスチームは、一試合を通じて一度も敵陣に攻め込むことができなかった。18年後の2000年まで、NFLで同様の記録が作られることはなかった。1982年は、57日間に及ぶ選手のストライキのために9試合しか行われず、コルツは0勝8敗1分けでこのシーズンを終えた[注 1]。

インディアナポリスへの移転

スタジアム老朽化に伴い、チームオーナーのロバート・アーセイは新スタジアム建設を求めたが、ボルティモア市との交渉ははかどらず、アーセイはひそかにインディアナポリス市への移転交渉を進めた。この移転計画を知ったメリーランド州議会は、チームの所有権をボルチモア市に強制的に移転する法案を提出した。ここに至ってアーセイは密かに移転を決意し、1984年3月29日の夜中に大手引越会社メイフラワー・トランジットのトラック数台で、秘密裏にインディアナポリスに荷物を運び出し、移転を決行した。ボルティモア市との間に訴訟が発生したが、1986年までには和解した。ストライキが再び行われた1987年にチームはロサンゼルス・ラムズ、バッファロー・ビルズとの三角トレードによってエリック・ディッカーソンを獲得した。この年ディッカーソンの活躍もありチームは10年ぶりに地区優勝を果たしプレーオフに出場した。

1988年にドラフト3巡目でQBクリス・チャンドラーを指名した。同年、デンバー・ブロンコスとのマンデーナイトフットボールでは、MNF記録となる55得点をあげた。それまでの記録は1982年にサンディエゴ・チャージャーズがあげた52得点であった[4]。

1990年にはNFLドラフト全体1位でQBジェフ・ジョージを獲得したがこの指名権を得るためにクリス・ヒントンとアンドレ・ライズンをアトランタ・ファルコンズに放出した。1991年、チームは1勝15敗のNFLワーストの成績に終わり1992年のドラフトでは全体1位、2位指名権を得てスティーブ・エントマン、クウェンティン・コリャートの指名を果たした。1994年にドラフト全体2位で獲得したマーシャル・フォークは最優秀新人選手に選ばれる活躍を見せ、翌1995年には9勝7敗の成績ながらQBジム・ハーボーやフォークの活躍でAFCチャンピオンシップゲームまで進出したが、ピッツバーグ・スティーラーズに16-20と敗れた。1996年も地区3位ながらワイルドカードでプレーオフに出場したが初戦でスティーラーズに敗れた。1997年は3勝13敗の地区最下位で終えたが、1998年のドラフト全体1位でペイトン・マニングを獲得した。

ペイトン・マニングの時代

のちにNFLの顔とも言うべき存在となるQBのペイトン・マニング

1998年も3勝13敗の地区最下位に終わったが1999年、チームは13勝3敗と飛躍的に成績を改善させて地区優勝を果たした。1999年以降チームは2001年を除き毎年プレーオフ出場を果たす強豪となった。2002年からはタンパベイ・バッカニアーズのヘッドコーチだったトニー・ダンジーがヘッドコーチに就任、弱点だった守備が改善されていった。

2003年にはAFC南地区のタイトルを獲得し、プレーオフではデンバー・ブロンコスに41-10、カンザスシティ・チーフスに38-31と勝利したがAFCチャンピオンシップゲームでニューイングランド・ペイトリオッツに14-24で敗れた(この試合では審判が機能していなかったという批判がなされた。試合全体を通じて7回しかペナルティが宣告されず、そのうちの6回はスナップ前にコールされたものだった。この試合でペイトリオッツCBタイ・ローが行った接触プレイは翌年には禁止されタイ・ロー・ルールとも呼ばれる)。

2004年シーズン、開幕戦でペイトリオッツに敗れたが4連勝、バイウィーク後に連敗したがシーズン終盤に8連勝を果たしAFC南地区のタイトルを手にした。第16週のホームでのプレーオフ出場がかかったサンディエゴ・チャージャーズ戦時点でQBのペイトン・マニングはシーズン48TDパスというダン・マリーノの記録にあと一歩と迫っていた。16-31とリードされた場面でドミニク・ローズが88ヤードのキックオフリターンTDをあげて8点差に追い上げ、残り時間4分47秒、4ダウン4 で自陣25ヤードラインからの局面でパントではなくギャンブルを選択し成功、最後はWRのブランドン・ストークリーへのシーズン49回目のTDパスが成功し、ダン・マリーノの記録を破った。2ポイントコンバージョンも成功し31-31の同点となり試合は延長にもつれこんだ。コルツはマイク・バンダージャットのFGで34-31の勝利を収めプレーオフ出場が決まった。 ワイルドカード・プレーオフではホームで49-24と勝利する。この試合、マニングは33回中27回のパス成功で4TD、インターセプトは1回のみ、457ヤード獲得という驚異的な記録を残したが翌週のディビジョナル・プレーオフでペイトリオッツの前に3-20と敗れた。レギュラーシーズンでトップクラスの得点力を誇ったコルツオフェンスは相手ディフェンスにことごとく阻まれてシーズン唯一タッチダウンをあげられない試合となった。ディフェンスもペイトリオッツのボールコントロールオフェンスを止めることができず、7分を超えるドライブを3回許し、この3回で合計17点を奪われる結果に終わった。

2005年シーズンでは開幕13連勝を果たしたが第15週のサンディエゴ・チャージャーズ戦に敗れしかも多くの選手が怪我をしてしまった。翌週のシアトル・シーホークスにも敗れた。プレーオフではピッツバーグ・スティーラーズと対戦したが最後の最後までオフェンスラインがスティーラーズのLB陣のブリッツに対応しきれずマニングが思ったようなプレイをすることができなかった。しかし後半残り1分21秒相手RBジェローム・ベティスがボールをファンブル、それをコルツCBニック・ハーパーがリカバーし再度攻撃の機会が与えられた。残りわずかの時間でオフェンスはFG圏内までボールを進めたがKマイク・ヴァンダージャットが46ヤードのFGを失敗しシーズンが終わった。

2006年シーズン、2年連続の9連勝もあり地区優勝を果たした(AFC第3シード)。シーズン初めから故障者に悩まされ、特にディフェンスの先発選手4人がシーズン序盤でシーズン絶望になるなど、ディフェンスはがたがたになり、第14週のジャクソンビル・ジャガーズ戦ではランだけで375ヤードを許すという有様であった。 しかしポストシーズンでFSボブ・サンダースが戻るなどコルツディフェンスは息を吹き返し、ワイルドカードプレーオフではカンザスシティ・チーフスのRBラリー・ジョンソンのランを終始押さえ23-8で勝利、ディビジョナル・プレーオフではボルチモア・レイブンズのランなどを全般的に押さえ15-6で勝利した。

ホワイトハウスに招待された第41回スーパーボウル優勝メンバー

AFCチャンピオンシップでは2年連続敗れているペイトリオッツと対戦した。試合は前半一時3-21にまで点差を広げられたもののFGで3点を返しハーフタイムを6-21で折り返した。後半の最初のドライブでマニングのQBスニークによるTDで締めくくると、次のペイトリオッツの攻撃を3回で止めた。続くオフェンスではダン・クレッコへのTDパス、2ポイントコンバージョンが成功し同点となった。その後タッチダウンを奪われ21-28となった。第4Q残り13分24秒、コルツRBドミニク・ローズがエンドゾーン手前でファンブルしたがそれをCジェフ・サタデーがリカバー、TDをあげた。オフェンスラインマンが2回(ペイトリオッツのRTローガン・マンキンズとコルツのCジェフ・サタデー)タッチダウンをあげる試合はプレーオフ史上初のことであった。その後ペイトリオッツ、コルツともにFGで追加点を重ね31-34で後半2分17秒からコルツのオフェンスとなった。残り1分でのRBジョセフ・アダイのTDランで38-34と逆転し、最後ペイトリオッツの攻撃ではトム・ブレイディのパスをCBマーリン・ジャクソンがインターセプト、コルツが勝利した。最大18点差での逆転はチャンピオンシップ史上最大の逆転劇となった。第41回スーパーボウルでは最初のキックオフリターンでデビン・ヘスターにTDを決められたり、アダム・ビナティエリのFG失敗などがあったが、第4Qにケルビン・ヘイデンが相手QBレックス・グロスマンのパスをインターセプトするなど、ベアーズに29-17で逆転勝利し、36年ぶり2回目の優勝を達成した。

スーパーボウル優勝後も連続してプレーオフに出場していたが2年連続プレーオフ初戦で敗れ、2008年シーズン終了と共にトニー・ダンジーヘッドコーチは辞任した。

2009年、ジム・コールドウェルがヘッドコーチに就任し、オフェンスコーディネーターも退団したためコルツの栄光もここまでと予想したアナリストも多かったがチームは第16週にニューヨーク・ジェッツに敗れるまで開幕14連勝を果たした。この試合第3Q途中からチームはマニングなどの主力選手をベンチに下げた後に逆転負けを喫したがジム・アーセイオーナー、コールドウェルヘッドコーチはスーパーボウル制覇こそが大事でありシーズン16戦全勝にはこだわっていないことを改めて強調した。その後、14勝2敗でレギュラーシーズンを終え、AFC第1シードでプレーオフに進出。順調に勝ち上がりAFCチャンピオンシップゲームにおいてニューヨーク・ジェッツを30-17で下し第44回スーパーボウルへの進出を果たした。しかし、スーパーボウルではNFC代表のニューオーリンズ・セインツに31-17で敗れ、3年ぶりのスーパーボウル制覇は成し得なかった。

2010年、最終週に地区優勝を決めて、9年連続のプレーオフ出場となり、ダラス・カウボーイズが1975年から1983年に作ったNFL記録に並んだ[5]。しかし2011年1月8日、ワイルドカードプレーオフでニューヨーク・ジェッツに敗れた。

2011年シーズンは227試合に連続先発出場していたペイトン・マニングが開幕から欠場、急遽ケリー・コリンズを獲得したが[6]、コリンズも故障しシーズン絶望となり[7]、カーティス・ペインターが先発QBとして起用されたが連敗を止められず、ダン・オーロフスキーが先発QBとなった。オーロフスキーが先発に昇格して3戦目でシーズン初勝利、翌週のヒューストン・テキサンズ戦でも連勝した[8]。2012年のNFLドラフト全体1位指名権が獲得できるため、シーズン終盤ファンの中にはチームの敗戦を望む声も見られた。最終戦に敗れ2勝14敗、シーズン終了後、ジム・ボリアン副社長、クリス・ポリアンGM、ジム・コールドウェルヘッドコーチが解任され[9]、ボルチモア・レイブンズのディフェンスコーディネーター、チャック・パガーノを新ヘッドコーチとして迎えた[10]。3月にチームはペイトン・マニングを解雇、その後ダラス・クラーク、ジョセフ・アダイ、ゲイリー・プラケットらを解雇した[11]。

マニング退団以降

2012年のドラフト全体1位でスタンフォード大学のQBアンドリュー・ラックを指名した。10月1日、パガーノヘッドコーチが急性骨髄性白血病にかかっていることが明かされ、オフェンスコーディネーターのブルース・エリアンスが暫定ヘッドコーチに就任した[12]。12月24日、3ヶ月ぶりにパガーノヘッドコーチは復帰した。パガーノが不在の間、チームは2年ぶりのプレーオフ進出を決めている[13]。

その後は2013年、2014年と連続して地区優勝を果たしたが、2015年、2016年と連続してプレーオフ出場を逃し、2017年1月21日にはGMのライアン・グリグソンが解雇された。2017年もまた大きく負け越してプレーオフを逃し、パガーノは解任された。後任にはフィラデルフィア・イーグルスのOCであったフランク・ライクが就任した。2018年には最終戦で勝ってワイルドカードでプレーオフに進出し、初戦は勝利したがディビジョナルプレーオフでカンサスシティ・チーフスの前に敗退した。

2019年8月24日、プレシーズン中にアンドリュー・ラックが引退を発表した。2019年はプレーオフを逃した。シーズン後、ロサンゼルス・チャージャースよりフィリップ・リバースが移籍した。

2020年4月3日、インディアナポリス移転後から使い続けていた「COLTS」のロゴマークを変更した。2020年シーズンはワイルドカードでプレーオフに進出したが初戦で敗退した。リバースは2021年1月20日引退を表明した[14]。同年2月18日、フィラデルフィア・イーグルスからQBカーソン・ウェンツをトレードで獲得した[15]。

2021年は最終戦でリーグ最下位のジャクソンビル・ジャガーズに敗れて地区二位で終わり、プレーオフを逃した。2022年3月9日、ワシントン・コマンダーズとの間で、ウェンツと2022年のドラフト2巡目を渡す代わりに、2022年のドラフト3巡目、2023年のドラフト3巡目を譲渡されるトレードが成立した[16]。2022年3月21日、アトランタ・ファルコンズとの間で2022年のNFLドラフト3巡目指名権を渡す代わりにQBマット・ライアンを得るトレードを成立させた[17]。

2022年シーズン途中、3連敗を喫し3勝5敗1分となった時点でHCのフランク・ライクは解雇され、ジェフ・サタデーが暫定HCとなった[18]。NFL選手引退後はテレビ放送のコメンテーターを務めたのみでNFLのコーチ経験の全くないサタデーの起用は論議を呼んだ。第15週にはミネソタ・バイキングス相手に前半を33-0とリードしながら、NFL史上最大の逆転負けを喫して地区優勝を見せられた。プレーオフは逃した。2023年2月14日、元イーグルスOCのシェーン・スタイケンがHCに起用された。2023年3月、マット・ライアンを放出した。

2023年シーズンは開幕から新人QBのアンソニー・リチャードソンを起用するも10月にシーズン終了につながる負傷を負い、ベテランのガードナー・ミンシューが代わった。最終週までプレーオフの可能性を残したが敗退して逃した。

2024年シーズン

2024年シーズンのコルツの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 チーフス テキサンズ レイブンズ ビルズ 49ers バッカニアーズ ライオンズ カウボーイズ
2位 レイダース ジャガーズ ブラウンズ ドルフィンズ ラムズ セインツ パッカーズ イーグルス
3位 ブロンコス コルツ スティーラーズ ジェッツ シーホークス ファルコンズ バイキングス ジャイアンツ
4位 チャージャーズ タイタンズ ベンガルズ ペイトリオッツ カージナルス パンサーズ ベアーズ コマンダース

 :1度対戦  :2度対戦

2023年シーズン及び過去10シーズンの成績
年成績地区勝敗分率DivCon総得点総失点平均得点平均失点
2023 レギュラー敗退3位980.5293–37–5396415 23.324.4
2022 レギュラー敗退3位4121.2651-4-14-7-1289427 17.025.1
2021 レギュラー敗退2位980.5293-37-5451365 26.521.5
2020 ワイルドカード敗退2位(7)1150.6884-27-5451362 28.222.6
2019 レギュラー敗退3位790.4383-35-7361373 22.623.3
2018 ディビジョナル敗退2位(6)1060.6252-47-5433344 27.121.5
2017 レギュラー敗退3位4120.2502-43-9263404 16.425.3
2016 レギュラー敗退3位880.5003-35-7411392 25.724.5
2015 レギュラー敗退2位880.5004-26-6333408 20.825.5
2014 カンファレンス敗退1位(4)1150.6886-09-3458369 28.623.1
2013 ディビジョナル敗退1位(4)1150.6886-09-3430305 26.919.1

()内はシード順

2023年シーズン成績

AFC南地区 2023
チーム勝敗分勝率DivCon総得点総失点平均得点平均失点得失差
(4)ヒューストン・テキサンズ 1070.5884–27–5377353 22.220.81.4
ジャクソンビル・ジャガーズ 980.5294–26–6377371 22.221.80.4
インディアナポリス・コルツ 980.5293–37–5396415 23.324.4-1.1
テネシー・タイタンズ 6110.3531–54–8305367 17.921.6-3.6
AFC 2023
順
位
チーム地
区
勝敗分勝率DIVCONSOSSOV
地区優勝
1 ボルチモア・レイブンズ 北 1340.7653–38–4 .543.529
2[lower-alpha 1][lower-alpha 2] バッファロー・ビルズ 東 1160.6474–27–5 .471.471
3[lower-alpha 2] カンザスシティ・チーフス 西 1160.6474–29–3 .481.428
4 ヒューストン・テキサンズ 南 1070.5884–27–5 .474.465
ワイルドカード
5[lower-alpha 3] クリーブランド・ブラウンズ 北 1160.6473–38–4 .536.513
6[lower-alpha 1][lower-alpha 3] マイアミ・ドルフィンズ 東 1160.6474–27–5 .450.358
7 ピッツバーグ・スティーラーズ 北 1070.5885–17–5 .540.571
レギュラーシーズン敗退
8[lower-alpha 4] シンシナティ・ベンガルズ 北 980.5291–54–8 .574.536
9[lower-alpha 5][lower-alpha 4] ジャクソンビル・ジャガーズ 南 980.5294–26–6 .533.477
10[lower-alpha 5] インディアナポリス・コルツ 南 980.5293–37–5 .491.444
11[lower-alpha 6] ラスベガス・レイダース 西 890.4714–26–6 .488.426
12[lower-alpha 6] デンバー・ブロンコス 西 890.4713–35–7 .488.485
13 ニューヨーク・ジェッツ 東 7100.4122–44–8 .502.454
14 テネシー・タイタンズ 南 6110.3531–54–8 .522.422
15 ロサンゼルス・チャージャーズ 西 5120.2941–53–9 .529.388
16 ニューイングランド・ペイトリオッツ 東 4130.2352–44–8 .522.529
タイブレーク
  1. 直接対決(第4週、第18週)でビルズがドルフィンズに勝利
  2. 直接対決(第14週)でビルズがチーフスに勝利
  3. カンファレンス勝率でブラウンズがドルフィンズを上回る
  4. 直接対決(第13週)でベンガルズがジャガーズに勝利
  5. 直接対決(第1週、第6週)でジャガーズがコルツに勝利
  6. 直接対決(第1週、第18週)でレイダースがブロンコスに勝利
                                       
    ワイルドカード・プレーオフディビジョナル・プレーオフ
    2024年1月15日
    レイモンド・ジェームス・スタジアム
        1月21日
    フォード・フィールド
        1月28日
    リーバイス・スタジアム
        2月11日
    アレジアント・スタジアム
     5  イーグルス  9
     4  バッカニアーズ  32 
    2024年1月14日
    フォード・フィールド
     4  バッカニアーズ  23
       3  ライオンズ  31  
     6  ラムズ  23 NFC
     3  ライオンズ  24  1月20日
    リーバイス・スタジアム
    2024年1月14日
    AT&Tスタジアム
     3  ライオンズ  31
       1  49ers  34  
    NFCチャンピオンシップ
    1月28日
    M&Tバンク・スタジアム
     7  パッカーズ  48
     7  パッカーズ  21
     2  カウボーイズ  32  
     1  49ers  24  
    2024年1月13日
    アローヘッド・スタジアム
    1月21日
    ハイマーク・スタジアム
     N1  49ers  22
       A3  チーフス  25
     6  ドルフィンズ  7 第58回スーパーボウル
     3  チーフス  26 
    2024年1月15日
    ハイマーク・スタジアム
     3  チーフス  27
       2  ビルズ  24  
     7  スティーラーズ  17 AFC
     2  ビルズ  31  1月20日
    M&Tバンク・スタジアム
    2024年1月13日
    NRGスタジアム
     3  チーフス  17
       1  レイブンズ  10  
    AFCチャンピオンシップ
     5  ブラウンズ  14
     4  テキサンズ  10
     4  テキサンズ  45  
     1  レイブンズ  34  
    • 対戦カードはレギュラーシーズン成績に基づくシード順で決定され、上位シードチームのホームで対戦する。そのラウンドに残ったチームの内の最上位シードが最下位シードと対戦するルールであるため、ディビジョナル・プレーオフの対戦カードはワイルドカードの結果により変動する。
    • スーパーボウル開催地は事前にオーナー会議で決定。その他の試合はシード上位のチームのホームで開催する。
    • チーム名の左の数字はシード順。
    • * は延長戦決着
    • 日付はアメリカ東部時間

    成績

    AFC南地区(2002年-現在)

    年度地区優勝2位3位4位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2023 HOU(4d)1070 JAX980 IND980 TEN6110
    2022 JAX(4d)980 TEN7100 IND4121 HOU3131
    2021 TEN(1d)1250 IND980 HOU4130 JAX3140
    2020 TEN(4w)1150 IND(7w)1150 HOU4120 JAX1150
    2019 HOU(4d)1060 TEN(6c)970 IND790 JAX6100
    2018 HOU(3w)1150 IND(6d)1060 TEN970 JAX5110
    2017 JAX(3c)1060 TEN(5d)970 IND4120 HOU4120
    2016 HOU(4d)970 TEN970 IND880 JAX3130
    2015 HOU(4w)970 IND880 JAX5110 TEN3130
    2014 IND(4c)1150 HOU970 JAX3130 TEN2140
    2013 IND(4d)1150 TEN790 JAX4120 HOU2140
    2012 HOU(3d)1240 IND(5w)1150 TEN6100 JAX2140
    2011 HOU(3d)1060 TEN970 JAX5110 IND2140
    2010 IND(3w)1060 JAX880 HOU6100 TEN6100
    2009 IND(1s)1420 HOU970 TEN880 JAX790
    2008 TEN(1d)1330 IND(5w)1240 HOU880 JAX5110
    2007 IND(2d)1330 JAX(5d)1150 TEN(6w)1060 HOU880
    2006 IND(3v)1240 TEN880 JAX880 HOU6100
    2005 IND(1d)1420 JAX(5w)1240 TEN4120 HOU2140
    2004 IND(3d)1240 JAX970 HOU790 TEN790
    2003 IND(3c)1240 TEN(5d)1240 JAX5110 HOU5110
    2002 TEN(2c)1150 IND(5w)1060 JAX6100 HOU4120

    AFC東地区(1970年-2001年)

    • BUF:バッファロー・ビルズ、MIA:マイアミ・ドルフィンズ、BOS→NE:ボストン・ペイトリオッツ→ニューイングランド・ペイトリオッツ、NYJ:ニューヨーク・ジェッツ、BAL→IND:ボルチモア・コルツ→インディアナポリス・コルツ
    • 1982年シーズンはストライキの影響により、地区別成績ではなくカンファレンス上位8チームがプレイオフ進出するルールであったが、ここでは地区別に変換して表記する。
    • 括弧内の数字はプレイオフ出場時のシード順(シード制導入前は表記なし)、文字はv:スーパーボウル優勝、s:スーパーボウル敗退・カンファレンス優勝、c:カンファレンス決勝敗退、d:ディビジョナルプレーオフ敗退、w:ワイルドカードプレイオフ敗退。1982年についてはd:2回戦敗退、w:1回戦敗退。
    年地区優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2001 NE(2v)1150 MIA(4w)1150 NYJ(6w)1060 IND6100 BUF3130
    2000 MIA(3d)1150 IND(6w)1060 NYJ970 BUF880 NE5110
    1999 IND(2d)1330 BUF(5w)1150 MIA(6d)970 NYJ880 NE880
    1998 NYJ(2c)1240 MIA(4d)1060 BUF(5w)1060 NE(6w)970 IND3130
    1997 NE(3d)1060 MIA(6w)970 NYJ970 BUF6100 IND3130
    1996 NE(2s)1150 BUF(4w)1060 IND(6w)970 MIA880 NYJ1150
    1995 BUF(3d)1060 IND(5c)970 MIA(6w)970 NE6100 NYJ3130
    1994 MIA(3d)1060 NE(5w)1060 IND880 BUF790 NYJ6100
    1993 BUF(1s)1240 MIA970 NYJ880 NE5110 IND4120
    1992 MIA(2c)1150 BUF(4s)1150 IND970 NYJ4120 NE2140
    1991 BUF(1s)1330 NYJ(6w)880 MIA880 NE6100 IND1150
    1990 BUF(1s)1330 MIA(4d)1240 IND790 NYJ6100 NE1150
    1989 BUF(3d)970 IND880 MIA880 NE5110 NYJ4120
    1988 BUF(2c)1240 IND970 NE970 NYJ871 MIA6100
    1987 IND(3d)960 NE870 MIA870 BUF780 NYJ690
    1986 NE(3d)1150 NYJ(4d)1060 MIA880 BUF4120 IND3130
    1985 MIA(2c)1240 NYJ(4w)1150 NE(5s)1150 IND5110 BUF2140
    1984 MIA(1s)1420 NE970 NYJ790 IND4120 BUF2140
    1983 MIA(2d)1240 NE880 BUF880 BAL790 NYJ790
    1982 MIA(2s)720 NYJ(6c)630 NE(7w)540 BUF450 BAL081
    1981 MIA(2d)1141 NYJ(4w)1051 BUF(5d)1060 BAL2140 NE2140
    1980 BUF(3d)1150 NE1060 MIA880 BAL790 NYJ4120
    1979 MIA(3d)1060 NE970 NYJ880 BUF790 BAL5110
    1978 NE(2d)1150 MIA(4w)1150 NYJ880 BUF5110 BAL5110
    1977 BAL(2d)1040 MIA1040 NE950 BUF3110 NYJ3110
    1976 BAL(2d)1130 NE(4d)1130 MIA680 NYJ3110 BUF2120
    1975 BAL(3d)1040 MIA1040 BUF860 NYJ3110 NE3110
    1974 MIA(d)1130 BUF(d)950 NE770 NYJ770 BAL2120
    1973 MIA(v)1220 BUF950 NE590 NYJ4100 BAL4100
    1972 MIA(v)1400 NYJ770 BAL590 BUF491 NE3110
    1971 MIA(s)1031 BAL(c)1040 NE680 NYJ680 BUF1130
    1970 BAL(v)1121 MIA(d)1040 NYJ4100 BUF3101 BOS2120

    NFL西カンファレンス・海岸地区(1967年-1969年)

    年地区優勝2位3位4位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1969 LA(c)1130 BAL853 ATL680 SF482
    1968 BAL(s)1310 LA1031 SF761 ATL2120
    1967 LA(c)1112 BAL1112 SF770 ATL1121

    NFL西カンファレンス(1953年-1966年)

    年優勝2位3位4位5位6位7位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1966 GB(V)1220 BAL950 LA860 SF662 CHI572 DET491 MIN491
    スーパーボウル開始
    1965 GB(v)1031 BAL1031 CHI950 SF761 MIN770 DET671 LA4100
    1964 BAL(n)1220 GB851 MIN851 DET752 LA572 CHI590 SF4100
    1963 CHI(v)1112 GB1121 BAL860 DET581 MIN581 LA590 SF2120
    1962 GB(v)1310 DET1130 CHI950 BAL770 SF680 MIN2111 LA1121
    1961 GB(v)1130 DET671 BAL860 CHI860 SF761 LA4100 MIN3110
    1960 GB(n)840 DET750 SF750 BAL660 CHI561 LA471 DAL0111
    1959 BAL(v)930 CHB840 GB750 SF750 DET381 LA2100
    1958 BAL(v)930 CHB840 LA840 SF660 DET471 GB1101
    1957 DET(v)840 SF840 BAL750 LA660 CHB570 GB390
    1956 CHB(n)921 DET930 SF561 BAL570 GB480 LA480
    1955 LA(n)831 CHB840 GB660 BAL561 SF480 DET390
    1954 DET(n)921 CHB840 SF741 LA651 GB480 BAL390
    1953 DET(v)1020 SF930 LA831 CHB381 BAL390 GB291

    主な選手

    永久欠番

    インディアナポリス・コルツ 永久欠番一覧
    背番号 選手 ポジション 在籍期間
    18ペイトン・マニングPeyton ManningQB1998–2011
    19ジョニー・ユナイタスJohnny UnitasQB1956–1972
    22バディー・ヤングBuddy YoungRB1953–1955
    24レニー・ムーアLenny MooreHB1956–1967
    70アート・ドノバンArt DonovanDT1953–1961
    77ジム・パーカーJim ParkerOL1957–1967
    82レイモンド・ベリーRaymond BerryWR1955–1967
    89ジノ・マーケッティGino MarchettiDE1953–1966

    プロフットボール殿堂入り

    プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
    選手
    背番号名前ポジション在籍期間選出年
    70アート・ドノバンArt DonovanDT1953–19611968
    34ジョー・ペリーJoe PerryFB1961–19621969
    89ジノ・マーケッティGino MarchettiDE1953–1964, 19661972
    82レイモンド・ベリーRaymond BerryWR1955–19671973
    77ジム・パーカーJim ParkerOL1957–19671973
    24レニー・ムーアLenny MooreHB1956–19671975
    19ジョニー・ユナイタスJohnny UnitasQB1956–19721979
    83テッド・ヘンドリックスTed HendricksLB1969–19731990
    88ジョン・マッキーJohn MackeyTE1963–19711992
    29エリック・ディッカーソンEric DickersonRB1987–19911999
    28マーシャル・フォークMarshall FaulkRB1994–19982011
    96リチャード・デントRichard DentDE19962011
    88マービン・ハリソンMarvin HarrisonWR1996–20082016
    32エジャリン・ジェームスEdgerrin JamesRB1999–20052020
    18ペイトン・マニングPeyton ManningQB1998–20112021
    コーチ・エグゼクティブ
    名前役職在籍期間選出年
    ウィーブ・ユーバンクWeeb Ewbankコーチ1954–19621978
    マイク・マコーマックMike McCormackコーチ1980–19811984
    ドン・シュラDon Shulaコーチ1963–1969[※ 1]1997
    ビル・ポリアンBill Polian社長、GM1998–20112015
    トニー・ダンジーTony Dungyコーチ2002–20082016
    1. 1953–1956の間、DBとしてコルツに在籍

    Ring of Honor

    歴代ヘッドコーチ

    • キース・モルスワース 1953
    • ウィーブ・ユーバンク 1954-1962
    • ドン・シュラ 1963-1969
    • ドン・マカファーティ 1970-1972
    • ジョン・サンダスキー 1972
    • ハワード・シュネレンバーガー 1973-1974
    • ジョー・トーマス 1974
    • テッド・マーチブローダ 1975-1979
    • マイク・マコーマック 1980-1981
    • フランク・クッシュ 1982-1984
    • ロッド・ダウハウワー 1985-1986
    • ロン・マイヤー 1986-1991
    • リック・ベンチュリ 1991
    • テッド・マーチブローダ 1992-1995
    • リンディ・インファンテ 1996-1997
    • ジム・E・モーラ 1998-2001
    • トニー・ダンジー 2002-2008
    • ジム・コールドウェル 2009-2011
    • チャック・パガーノ 2012-2017
    • ブルース・エリアンス 2017 暫定ヘッドコーチ
    • フランク・ライク 2018-2022
    • ジェフ・サタデー 2022 暫定ヘッドコーチ
    • シェーン・スタイケン 2023-

    脚注

    注釈

    1. この他にシーズンを通じて無勝利に終わったチームは1976年のタンパベイ・バッカニアーズ(加入したシーズン)、2008年のデトロイト・ライオンズなどがある。

    出典

    1. “リーグ史上に残るオーバータイム名勝負トップ5”. NFL JAPAN (2011年7月19日). 2011年8月2日閲覧。
    2. Brian Ditullio (2010年12月2日). “The Greatest Game Ever Played”. bleacherreport.com. 2013年8月4日閲覧。
    3. ライオンズ全敗阻止へ、「最終戦は俺たちのスーパーボウル」 NFL JAPAN 2008年12月28日
    4. “MNF History: 1988”. ABC (2002年8月29日). 2013年6月1日閲覧。
    5. “9年連続プレイオフのコルツ、「特別なこと」とオーナー”. NFL JAPAN (2011年1月3日). 2011年12月1日閲覧。
    6. 生沢浩 (2011年9月22日). “マニング不在のコルツ、開幕連敗で迫る決断の時【前編】”. NFL JAPAN. 2011年12月1日閲覧。
    7. “マニング代役のQBコリンズが今季絶望に”. NFL JAPAN (2011年10月26日). 2011年12月1日閲覧。
    8. 生沢浩 (2011年11月29日). “ジャーニーマンの意地、大仕事で流浪に終止符を【後編】”. NFL JAPAN. 2012年1月9日閲覧。
    9. “コルツ、コールドウェルHCを解任”. NFL JAPAN (2012年1月18日). 2012年1月18日閲覧。
    10. “コルツ、パガーノ新HC就任が意味するものは?”. NFL JAPAN (2012年1月26日). 2012年1月26日閲覧。
    11. “マニング退団のコルツ、TEクラークとRBアダイも解雇”. NFL JAPAN (2012年3月10日). 2012年3月10日閲覧。
    12. “コルツHCが白血病で入院、復帰までエリアンズOCが暫定HCに”. NFL JAPAN (2012年10月2日). 2012年10月20日閲覧。
    13. “3カ月ぶりに復帰のコルツHC、オーナーのサポートに感謝”. NFL JAPAN (2012年12月25日). 2012年12月25日閲覧。
    14. “コルツQBリバースが引退、17シーズンを過ごしたNFLから退き高校のコーチへ”. NFL JAPAN (2021年1月21日). 2021年4月4日閲覧。
    15. “イーグルスがQBウェンツをコルツにトレード、ドラフト指名権2つを獲得”. NFL JAPAN (2021年2月19日). 2021年4月4日閲覧。
    16. “Commanders acquiring QB Carson Wentz from Colts in trade”. NFL. 2022年3月10日閲覧。
    17. “ファルコンズがQBライアンをコルツにトレード、ドラフト3巡目指名権と引き換え”. NFLJapan. 2022年3月22日閲覧。
    18. “3勝5敗1分を受けてコルツがライクHCを解雇”. NFL Japan. 2022年11月8日閲覧。

    外部リンク

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