ボビー・グリッチ

ロバート・アンソニー・グリッチRobert Anthony Grich1949年1月15日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州マスキーゴン出身の元プロ野球選手二塁手)。右投右打。

ボビー・グリッチ
Bobby Grich
2008年6月2日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州マスキーゴン
生年月日 (1949-01-15) 1949年1月15日(75歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
プロ入り 1967年 ドラフト1巡目
初出場 1970年6月29日
最終出場 1986年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

プロ入りとオリオールズ時代

1967年6月6日にMLBドラフト1巡目でボルチモア・オリオールズから指名を受け、プロ入り。

1970年6月29日のワシントン・セネタース戦で、メジャーデビューを果たした。デビュー戦でグリッチは「2番・セカンド」で先発出場。メジャー初打席はケイシー・コックスとの対戦となったが、凡打に終わった。第2打席もコックスと対戦。四球を選んで出塁した。第3打席もコックスと対戦したが、再び凡打。第4打席ではジム・シェレンバックと対戦したが、ここでも凡打に終わり、デビュー戦でヒットを放つ事は出来なかった。1970年は最終的に30試合に出場。20安打打率.211に終わったが、20安打中3本が三塁打など、起伏に富んだシーズンとなった。

1971年はわずか7試合の出場に留まったが、打率.300、出塁率.400を記録。更にメジャー初本塁打も記録した。

1972年に遂にレギュラーに抜擢され、133試合に出場。主にセカンドとショートを交互にこなしながら、内野の全ポジションで試合に出場した。結果は上々で、12本塁打、13盗塁とパワーとスピードを同時に発揮。オールスターゲームには、いきなりファン投票で選出され、「6番・ショート」で試合にも出場した(対戦投手:第1打席から順番にボブ・ギブソンドン・サットンビル・ストーンマンタグ・マグロー。対戦結果:第1打席から順番に三振、凡打、三振、凡打)。更にMVP投票でも14位に入り(1位は148試合に出場し、打率.308、37本塁打、113打点、19盗塁を記録したシカゴ・ホワイトソックスディック・アレン一塁手)、グリッチにとっては大飛躍の年となった。

1973年は成績が更に向上。全162試合に出場し、主要打撃部門こそ伸びなかったものの、大きな収穫となる100四球以上を記録。出塁率が大幅に向上し、MVP投票でも2年連続20位以内となる19位に入った。

1974年は打撃面でも飛躍。オールスターゲーム出場、MVP投票9位ランクインなど、例年通りの活躍を見せた。

1975年には成績が低下した。

1976年には自身3度目となるオールスターゲームに選出された。シーズンオフの11月6日に初めてFAとなった。

エンゼルス時代

1976年11月24日にカリフォルニア・エンゼルスと契約を結んだ。

オリオールズで好成績を残してエンゼルスに入団したグリッチだったが、初めの2年間は本塁打、盗塁共に1ケタに留まり、大きく期待を裏切る形となってしまった。しかし、三十路を迎えたグリッチは1979年に復活。復活と言うよりむしろ、更に飛躍を遂げたと言えるシーズンとなった。盗塁こそ1つで、以前のような走力はなくなってしまったものの、自身4度目となるオールスターゲームに選出。いずれも自己ベストとなる打率.294、30本塁打、101打点を記録、MVP投票でも自己ベストとなる8位にランクインした。しかし、1979年はいくら何でも出来過ぎだったようで、1980年には成績が低下。50日間に及ぶストライキのあった1981年には、わずか100試合出場で打率.304、22本塁打を記録し本塁打王トニー・アーマスドワイト・エバンスエディ・マレーも22本塁打)にも輝いたが、それ以降のシーズンでは大爆発する事もなく、1986年10月2日の試合を最後に引退した。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1970 BAL 301049511201302781100900212.211.279.284.563
1971 7353079001126100050080.300.400.400.800
1972 133528460661282131219150136355337968.278.358.415.773
1973 1627005818214629712225501793210737917.251.373.387.760
1974 1607075829215329619251821711789062011715.263.376.431.807
1975 15065552481136264132095714109710748889.260.389.399.788
1976 144615518931383141321654146718613998.266.373.417.790
1977 CAL 522251812444607712366333741405.243.369.392.761
1978 14459148768122162616042431937517836.251.357.329.686
1979 153609534781573053028710110122591028414.294.365.537.902
1980 1505964986013522214203623755842410816.271.377.408.785
1981 10040435256107142221916124534044715.304.378.543.921
1982 1456055067413228519227653363823810913.261.371.449.820
1983 120477387651131701617862244376276211.292.414.460.874
1984 11643236360931511816458256457327011.256.357.452.809
1985 144571479741161731317853358081337718.242.355.372.727
1986 983663134284180912930131013913549.268.354.412.766
MLB:17年 200882206890103318333204722429198641048310750108750861278157.266.371.424.795
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



一塁(1B)二塁(2B)三塁(3B)遊撃(SS)
















































1970 BAL -92831051.000101001.00020284774.915
1971 -257021.000-5624021.000
1972 16979081.0004595113327.986811001.000811062151746.950
1973 -1624315095130.995--
1974 -16048445320132.979--
1975 -15042348421122.977--
1976 -1403894001291.98520000-----
1977 CAL ---5288141423.983
1978 -1443254191377.983--
1979 -15334043813111.984--
1980 3271031.0001463264639101.989--
1981 -1002303491085.983--
1982 -14233845011112.986--
1983 -1182704152294.969-110001.000
1984 2512010318.97791182249865.9822192311.970-
1985 169890141.000116224380299.9971591912.966-
1986 11758051.00087127221749.980202001.000-
MLB 7141737348.9931765421753811561302.98449194623.9701592294272875.959

タイトル

表彰

記録

関連項目

外部リンク

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