デール・マーフィー

デール・ブライアン・マーフィー(Dale Bryan Murphy、1956年3月12日 - )は、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド出身の元プロ野球選手。右投右打。

デール・マーフィー
Dale Murphy
アトランタ・ブレーブスでの現役時代
(1984年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オレゴン州ポートランド
生年月日 (1956-03-12) 1956年3月12日(68歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手、一塁手、捕手
プロ入り 1974年 MLBドラフト1巡目
初出場 1976年9月13日
最終出場 1993年5月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

現役時代

1974年のMLBドラフト1巡目でアトランタ・ブレーブスから指名され入団。

1976年9月13日にメジャーデビュー。当初は捕手だったがチームメイトに捕球が困難とされるナックルボーラーのフィル・ニークロがいたことから、また盗塁を刺せなかったため1978年以後は一塁手を守ることが多くなり、1980年より外野手に転向した。

1982年は打点王のタイトルを獲得し、チームを地区優勝に導く。しかし、ポストシーズンではセントルイス・カージナルスとのナショナルリーグチャンピオンシップシリーズ(NLCS)に敗れ、ワールドシリーズ進出はならなかった。オフにはMVPを受賞した。ブレーブス選手のMVP受賞は1957年のハンク・アーロン以来で、当時のフランチャイズはミルウォーキーであったため、アトランタ移転後は初めてであった。また、ゴールドグラブ賞も受賞した。

1983年はファン投票でMLBオールスターゲームに選出された。最終的に36本塁打、30盗塁を記録し「30-30」を達成。2年連続で打点王のタイトルを獲得した。オフには2年連続でMVPを受賞した。また、2年連続2度目のゴールドグラブ賞も受賞した。

1984年もファン投票でMLBオールスターゲームに選出された。最終的に本塁打王のタイトルを獲得した。オフには3年連続3度目のゴールドグラブ賞を受賞した。

1985年もファン投票でMLBオールスターゲームに選出された。最終的に2年連続で本塁打王のタイトルを獲得した。オフには4年連続4度目のゴールドグラブ賞を受賞した。

1985年もファン投票でMLBオールスターゲームに選出された。オフには5年連続5度目のゴールドグラブ賞を受賞した。

1986年7月8日に1981年9月26日からの連続出場が途絶えた。これにより歴代13位の740試合連続出場を記録。

ブレーブスでは15年間プレーし、1901安打、371本塁打、1143打点を記録し、先輩のハンク・アーロン、エディ・マシューズに次ぐ球団記録を作った。(その後、後輩のチッパー・ジョーンズが2726安打、468本塁打、1623打点を記録してマーフィーの記録を抜き、現在は通算4位。)

1988年には前年の打率.296から一気に.226まで低下。1990年8月3日にフィラデルフィア・フィリーズにトレードされる。1980年代半ばからずっと低迷を続けたチームは、この1990年も最下位に終わるが翌1991年から2年連続でリーグ優勝し、ワールドシリーズ出場を果たす。

1993年4月3日にコロラド・ロッキーズの創設メンバーとしてトレードされ、同年5月に引退。

引退後

マーフィーのブレーブス在籍時の背番号「3」。
アトランタ・ブレーブスの永久欠番に1994年指定。
2011年8月13日

引退の翌1994年、古巣・ブレーブスはマーフィーの在籍時の背番号『3』を永久欠番に指定した。

なお現在もマーフィーがブレーブスの永久欠番指定選手で唯一、アメリカ野球殿堂未選出である。資格初年度は1999年からだが、最高得票が2000年の23%で、それ以降は10%台のまま最終年度の2013年を迎えたが18.9%の得票率で殿堂入り資格を失っている。


2013年の第3回WBCのアメリカ合衆国代表の1塁コーチを務めた。

また彼は敬虔なモルモン教徒であり、引退後はモルモン教の布教活動に従事した。2004年にはユタ州知事選への立候補も噂された[1]。現在はユタ州に在住。

2017年にかつて在籍したアトランタ・ブレーブスの新球場トゥルーイスト・パークの近くにレストラン「Murph's」をオープンさせている。

家族

息子のショーン・マーフィーは2008年のNFLドラフト4巡でマイアミ・ドルフィンズに指名された[2]。


詳細情報

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1976 ATL 197265317600239000070090.262.333.354.687
1977 1876765248124014010000083.316.316.526.842
1978 15158353066120143232097911735423314515.226.284.394.678
1979 10442938453106722118057610538526712.276.340.469.809
1980 156633569981602723329089962259911338.281.349.510.859
1981 104416369439112113144501451244807210.247.325.390.715
1982 16269859811316823236303109231104939313410.281.378.507.885
1983 16268758913117824436318121304069012211015.302.393.540.933
1984 1626916079417632836332100197037920213413.290.372.547.919
1985 16271261611818532237332111103059015114114.300.388.539.927
1986 1606926148916329729293837701755214110.265.347.477.824
1987 159693566115167271443281051660511529713611.295.417.580.997
1988 15667159277134354242497735037416212524.226.313.421.734
1989 15464757460131160202078432066510214214.228.306.361.667
1990 97394349388114017146559203411118411.232.312.418.730
PHI 5723521422579178928010120304611.266.328.416.744
'90計 15462956360138231242358393046114113022.245.318.417.735
1991 153599544661373311822681100748309320.252.309.415.724
1992 1863625101021770000100133.161.175.274.449
1993 COL 26494216100770002510155.143.224.167.391
MLB:18年 21809040796011972111350393983733126616168660986159281748209.265.346.469.815
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

年
度
球
団
捕手(C)一塁(1B)左翼(LF)中堅(CF)右翼(RF)
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
捕

逸
企
図
数
許
盗
塁
盗
塁
刺
阻
止
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率
試

合
刺

殺
補

殺
失

策
併

殺
守
備
率

タイトル

表彰

記録

背番号

脚注

  1. “Dale Murphy: Baseball MVP, mission president, governor?”. ブリガムヤング大学 (2003年1月21日). 2007年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月4日閲覧。
  2. “Panthers sign Dale Murphy's son to practice squad”. bleacherreport.com (2010年9月9日). 2012年3月3日閲覧。

関連項目

外部リンク

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