バレーボール日本男子代表

バレーボール男子日本代表(バレーボールだんしにほんだいひょう)は、国際大会で編成される日本の男子バレーボールのナショナルチーム。2018年度までは、日本バレーボール協会での正式名称は全日本男子バレーボールチーム(ぜんにほんだんしバレーボールチーム)であったが、2019年1月からはバレーボール男子日本代表に変更された。

バレーボール日本男子代表
国または地域 日本の旗 日本
大陸連盟 アジアバレーボール連盟
協会 日本バレーボール協会
監督 フィリップ・ブラン
国名コード JPN (Japan)
FIVBランキング 4位(2023年10月版)[1]
オリンピック
出場回数 9回
初出場 1964 東京
最高成績 1位金メダル(1972)
世界選手権
出場回数 16回
初出場 1960 世界選手権
最高成績 3位銅メダル(1970、1974)
ワールドカップ
出場回数 15回
初出場 1965 ワールドカップ
最高成績 2位準優勝(1969、1977、2023)
アジア選手権
出場回数 22回
最高成績 1位優勝(1975、1983、1987、1991、1995、2005、2009、2015、2017、2023)

歴史

アジア選手権で最多優勝10回を誇る男子日本代表は、アジアを代表する古豪チームでもある。

1927年に大日本排球協會が設立され、1951年に国際バレーボール連盟へ加盟[2]。 1960年世界選手権(第4回大会)に初出場を果たすと、1960年代から1970年代にかけて世界の強豪国として活躍し1964年東京オリンピックで銅メダル、1968年メキシコオリンピックでも銀メダルを獲得した。東欧の強豪・東ドイツを破り、金メダルを獲得した1972年ミュンヘンオリンピックでは、準決勝のブルガリア戦でセットカウント0-2からの逆転劇を演じ、当時メディアからは「ミュンヘンの奇跡」と呼ばれた[3][4] [5][注 1]。

その後、1980年代(川合俊一・熊田康則・井上謙らのブームはあったものの[8])から2000年代にかけて長い低迷の時期を迎えた。1992年バルセロナオリンピック以降、3大会連続でオリンピック出場権を失っていたが、北京オリンピック世界最終予選において、16年ぶりのオリンピック出場を決めた。だが、2008年北京オリンピックでは5戦全敗で1次リーグで敗退、11位タイという結果に終わった。オリンピックで1勝もできなかったのはこれが初めてであった。

翌年の2009年ワールドグランドチャンピオンズカップ(グラチャンバレー)では1977年ワールドカップの銀メダル獲得以来、主要国際大会において32年ぶりとなる銅メダルを獲得したが、金メダルのブラジルや銀メダルのキューバにもストレート負けを喫するなど、課題も残した。2010年バレーボール男子世界選手権では2次リーグで敗退して前回の8位を下回る13位タイに終わった。翌年の2011年バレーボール・ワールドリーグでは1勝11敗の15位に終わるも、福島第一原子力発電所事故の影響ですべてアウェーの試合だったことを考慮され、プレーオフ免除で2012年の出場が認められた。2011年バレーボール男子アジア選手権では5位に終わり、4大会ぶりにメダルを逃した。2011年ワールドカップバレーボールは開幕5連敗に始まり、エジプトと中国に2勝したのみで過去最低タイの10位に終わり、勝つチャンスをミスで不意にしてしまう勝負弱さを露呈した。ロンドン五輪最終予選では、昨年のW杯の惨敗を受けてサーブやブロックの強化を図り、その成果は所々で現れてはいたが大事なところで勝ち点を取りこぼし、最終戦直前にオーストラリアがアジア枠で出場権を獲得したため、日本代表の敗退が確定して消化試合となったイラン戦でもストレート負けに終わった。

2013年より代表初の外国人監督として、かつてアメリカ代表のコーチを務めたゲーリー・サトウ(アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国)が就任した[9][10]。が、成績不振のため2014年2月5日付でゲーリー監督を解任し、後任の監督に南部正司が就任したことが発表された[11]。南部監督は2015年4月、石川祐希、柳田将洋、高橋健太郎、山内晶大の若手4選手を次世代の日本代表のリーダー候補として「NEXT(ネクスト)4」と命名すると発表した[12]。彼らをキャラクター化したコメディタッチのミニアニメ『ガンバレー部NEXT!』も同年、フジテレビで放送された。「NEXT4」らが出場した9月のワールドカップの男子大会は徐々に観客数が増え、顕著には視聴率には直結しなかったものの[13][14]中盤からは会場(Aサイト)が連日満員となった[15][16]。ところが翌年の2016年6月、リオデジャネイロ五輪最終予選では4敗した5日目の時点で日本代表の五輪出場の夢が絶たれた。試合中に両エースである柳田・石川の負傷もあった[17][18][19]。

2017年、中垣内祐一監督の就任にあわせて元フランス代表のフィリップ・ブランがコーチを務めた。2019年ワールドカップバレーボールでは初となる5連勝を含めて8勝3敗で終え、28年ぶりの4位となった[20]。

2021年8月1日東京オリンピックでバレーボール男子の1次リーグ最終戦が行われ、A組の日本男子はイランに3―2で競り勝ち通算3勝2敗の同組3位で準々決勝に進んだ。日本男子の8強入りは1992年のバルセロナ五輪以来、29年ぶりの快挙となった。

2021年10月14日、中垣内監督のもとでコーチを務めたブランが日本代表の次期監督に内定したことが日本バレーボール協会から発表された[21]。

2023年9月30日〜10月8日に行われたパリ五輪出場をかけたバレーボールのワールドカップでフィンランド、エジプト、チュニジア、トルコ、セルビア、スロベニア、アメリカと対戦した。10月7日に行われた第6戦 スロベニア戦でセットカウント3ー0(25-21、25‐22、25‐18)でストレート勝ちを収めた。セット率でスロベニアを上回るため最終戦を残しプールBの2位が決定。すでに1位を決めていたアメリカに続き、パリ五輪出場権を獲得した。

詳細は、FIVB パリ五輪予選 ワールドカップバレー2023を参照。

呼称について

かつては競技スポーツ全般において、日本のナショナルチームを「全日本」と呼ぶことが通例であったが他の競技ではこの呼称は使われなくなってきており、バレーボールに関しても報道機関によっては「日本代表」と呼称している場合があった。日本バレーボール協会では2018年までの「全日本」「全日本チーム」という呼称を変更し、2019年より「日本代表」という呼称を使用することとした。

日本バレーボール協会では、「監督名+ジャパン」のような(例: 「植田ジャパン」)メディアからの番組放送上の呼称発信ではなく、協会が自らキャッチフレーズを提唱することを決定している。2009年3月から4月にかけてチームの愛称を公募した。2009年6月、一般公募の中から協会での選考の結果、チームの愛称を「龍神NIPPON」とすることを表明した[22][23]。のちに龍をモチーフにした、キッズバージョンのキャラクター「龍神くん」も登場した[24][25](女子は「火の鳥ちゃん」[26])。

2024年4月、愛称「龍神NIPPON」は廃止された[27]。

ユニフォームについて

女子に遅れること6年、男子も2009年のグラチャンバレーから、ノースリーブ型を採用した[28]。

東日本大震災が発生した2011年、ワールドカップで着用したユニフォームのデザインテーマはTSUBASA(ツバサ)[29]。左胸(日の丸の上部)に、こころはひとつと、女子同様に縫いつけられた[注 2][注 3]。

2013年[30]、ユニフォームが半袖に変わった(戻った)。黒い長袖のアンダーシャツを着用する選手も数名出てきた[31]。

サプライヤーのアシックスは、2020年東京五輪に向けて「Star cluster(星団)」をコンセプトに定め、2017年は「Light emission(発光)」をテーマにフラッシュイエローの新色を採用した(他の2パターンは従来通り赤と白で、黒は休止)[32]。

過去の成績

オリンピックの成績[33]

世界選手権の成績

ワールドリーグ・ネーションズリーグの成績


現在の代表

過去の代表は「日本男子バレーボール代表選手の一覧」を参照。

2022年FIVB男子バレーボールネーションズリーグ代表 [35] は下記の通り。

監督 フランスの旗 フィリップ・ブラン
コーチ 日本の旗 伊藤健士
コーチ 日本の旗 深津貴之
コーチ フランスの旗 ブルーノ・シャトー
No.P選手名身長所属
1 OP 西田有志 187cm ジェイテクトSTINGS
2 MB 小野寺太志 200cm サントリーサンバーズ
3 S 深津旭弘 183cm 堺ブレイザーズ
4 OP 大竹壱青 202cm パナソニック・パンサーズ
5 OH 大塚達宣 194cm 早稲田大学
6 MB 山内晶大 204cm パナソニック・パンサーズ
7 OH 高梨健太 189cm ウルフドッグス名古屋
8 S 関田誠大 175cm ジェイテクトSTINGS
9 S 大宅真樹 178cm サントリーサンバーズ
10 MB 高橋健太郎 202cm 東レアローズ
11 OH 富田将馬 190cm 東レアローズ
12 OH 髙橋藍 188cm 日本体育大学
13 L 小川智大 176cm ウルフドッグス名古屋
14 OH 石川祐希 191cm パワーバレー・ミラノイタリアの旗
16 OP 宮浦健人 190cm ジェイテクトSTINGS
17 OH 山崎彰都 190cm ウルフドッグス名古屋
18 OH 仲本賢優 187cm パナソニックパンサーズ
20 L 山本智大 171cm 堺ブレイザーズ
21 S 永露元稀 192cm ウルフドッグス名古屋
22 OH 樋口裕希 191cm 堺ブレイザーズ
24 L 高橋和幸 170cm ジェイテクトSTINGS
26 MB 村山豪 192cm ジェイテクトSTINGS
30 MB エバデダン・ラリー 195cm 筑波大学
34 MB 甲斐優斗 200cm 専修大学
36 MB 小宮雄一郎 193cm パナソニック・パンサーズ

2020年東京オリンピックの代表メンバー [36] は下記の通り。

監督 日本の旗 中垣内祐一
コーチ フランスの旗 フィリップ・ブラン
コーチ 日本の旗 村島陽介
No.P選手名シャツネーム身長所属備考
01 OP 清水邦広SHIMIZU193cmパナソニック・パンサーズ
02 MB 小野寺太志 ONODERA 201cm JTサンダーズ広島
03 S 藤井直伸FUJII183cm東レ・アローズ
06 MB 山内晶大YAMAUCHI204cmパナソニック・パンサーズ
11 OP 西田有志NISHIDA186cmジェイテクトSTINGS
12 S 関田誠大 SEKITA 175cm 堺ブレイザーズ
14 OH 石川祐希ISHIKAWA191cmパワーバレー・ミラノイタリアの旗
15 MB 李博LEE193cm東レ・アローズ
17 OH 高梨健太TAKANASHI189cmウルフドッグス名古屋
19 OH 大塚達宣OTSUKA194cm早稲田大学
20 L 山本智大YAMAMOTO171cm堺ブレイザーズ
21 OH 髙橋藍R.TAKAHASHI188cm日本体育大学

歴代の監督一覧

名前国籍就任時の所属在任期間
多田徳雄注1日本の旗1923年、1925年、1927年、1930年
前田豊注2日本の旗1954年
長崎重芳注3日本の旗1955年、1958年、1960年、1962年
和田助則注4日本の旗1955年
坂上光男注5日本の旗中京女子大学1957年、1958年、1961 - 1964年
松平康隆日本の旗NKK1965 - 1972年
小山勉日本の旗富士フイルム1973 - 1976年
中村祐造日本の旗新日鐵1977 - 1980年
中野尚弘日本の旗長崎中野蒲鉾店1980 - 1984年
斎藤勝日本の旗東海大学1984 - 1986年
小山勉 (再)日本の旗富士フイルム1986 - 1988年
南将之日本の旗旭化成1989 - 1990年
大古誠司日本の旗サントリー1991 - 1995年
辻合真一郎日本の旗新日鐵1996年
寺廻太日本の旗NEC1997 - 2000年
田中幹保日本の旗堺ブレイザーズ2001 - 2004年
植田辰哉注6日本の旗新日鐵2005 - 2013年
ゲーリー・サトウアメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国2013 - 2014年
南部正司日本の旗パナソニック2014 - 2016年
中垣内祐一注7日本の旗堺ブレイザーズ2017 - 2021年[37][38]
フィリップ・ブランフランスの旗日本代表コーチ2021年 -
注 戦前は単発的にあった極東選手権競技大会と、日満華競技大会などが開催された時のみ全日本チームが結成された。1923年以前の極東選手権に参加したバレーボールチームは、YMCAのメンバーに陸上競技などの選手を借りてきて編成した。
注1 1923年、1925年、1927年極東選手権競技大会(神戸高商単独チーム、23、25年は12人制、27年以降は9人制)、1930年極東選手権(神戸高商+広島二中OB)
注2 1954年香港遠征(9人制)
注3 1955年アジア選手権(9人制)、1958年東京アジア競技大会(6人制)、1960年世界選手権(6人制)、1962年アジア競技大会(6人制、9人制)
注4 1955年アジア選手権(6人制)
注5 1957年モスクワ世界青年友好大会(6人制)、1958年東京アジア競技大会(9人制)、1961年ヨーロッパ遠征(6人制)、1962年-1964年(6人制)
注6 2012年に協会に辞表提出するも受理されず、2013年3月末までの契約期間中は補佐的な立場で残ることとなった。2013年バレーボール・ワールドリーグ予選(2012年9月)では、コーチ職だった諸隈直樹(所属:キャリアスポーツ)が監督代行となった。
注7 2017年の初めは、コーチ職のフィリップ・ブランが監督代行。

歴代の主な主将

※は後に全日本男子監督に就任

1960-1970年代

丸谷統男、出町豊、小山勉※、池田尚弘※、南将之※、中村祐造※、猫田勝敏、嶋岡健治

1980年代

田中幹保※、山田修司、杉本公雄、川合俊一

1990年代

米山一朋、植田辰哉※、松田明彦、中垣内祐一※、荻野正二、竹内実

2000年代

泉川正幸、加藤陽一、小林敦、荻野正二 (再)、宇佐美大輔注1

2010年代

山村宏太注2、越川優、阿部裕太注3、清水邦広注3、深津英臣、柳田将洋

2020年代

石川祐希注4

注1 2010年世界選手権では、両足首手術のため不参加だった宇佐美の代わりに、山村が主将を務めた。
注2 2013年グラチャンバレーの第4戦(イタリア戦)では、山村がベンチメンバー12人から外れたため、越川がキャプテンマークが付いた17番のユニフォームで試合に臨んだ[39]。
注3 2015年のワールドリーグ等で阿部がベンチメンバーから外れた際は、清水がキャプテンマークが付いた1番のユニフォームで試合に臨んだ。その後、2015年のワールドカップより、正式に阿部から清水にキャプテンを引き継いだ。
注4 東京チャレンジ2021では、不参加の石川に代わって、小野寺太志が主将を務めた。
注5 2022年バレーボールネーションズリーグでは、左足首負傷で欠場の石川に変わって、山内晶大が主将を務めた。

脚註

注

  1. 当時、全日本のスターティングメンバーの平均身長は約190cmで、大会最長身だった[6]。[7]の考察によると、全日本男子チームの平均身長は、1963年=181.6 cm、1968年=187 cm、1976年=189.5 cm、2007年=192 cm。
  2. 女子よりも大きいサイズ。
  3. 熊本地震の発生後の2016年のリオ五輪世界最終予選でも女子と共にユニフォームに同様の対応をした。

出典

  1. “FIVB Senior World Ranking - Men”. FIVB. 2022年5月10日閲覧。
  2. “Asian Volleyball Confederation (AVC)”. FIVB. 2010年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年6月30日閲覧。
  3. あのときの五輪〜1972年ミュンヘン大会 - どらくスペシャル
  4. “「ミュンヘンの奇跡」 バレーボール・南将之”. 日本トップリーグ連携機構. 2010年6月30日閲覧。
  5. “スーパーエース中垣内、ミュンヘンの奇跡・南将之ら、男子バレー名アタッカー列伝”. スポーツナビ. 2010年6月30日閲覧。
  6. “バレー界の巨人・松平康隆さん死去…五輪男子「ミュンヘンの奇跡」で金に導く”. スポーツ報知 (2012年1月6日). 2012年1月9日閲覧。
  7. 福田隆, 糸岡夕里, 遠藤俊郎「バレーボールワールドカップ2007男子における出場チームの特徴と試合結果に関する一考察」『愛媛大学教育学部保健体育紀要』第7号、愛媛大学教育学部保健体育学教室、2010年3月、31-38頁、NAID 120006527589。
  8. “モテ男”川合、ガイチら、男子バレーのイケメンを紹介 - スポーツナビ
  9. バレーボール全日本男子、新監督に初の外国人 読売新聞 2013年2月18日閲覧
  10. バレー男子初外国人監督 ボーナスも破格(日刊スポーツ) - goo ニュース
  11. 全日本男子チーム監督交代を決定 新監督には南部正司氏が就任 - 日本バレーボール協会 2014年02月06日
  12. 男子バレー石川ら「NEXT4」結成 日刊スポーツ 2015年4月21日
  13. VOL.37 2015年9月7日(月) ~ 9月13日(日) 週間高世帯視聴率番組10(最新) | ビデオリサーチ
  14. VOL.38 2015年9月14日(月) ~ 9月20日(日) 週間高世帯視聴率番組10(最新) | ビデオリサーチ
  15. 男子バレー代表、まさかの会場満員!?若いエースと爽快な試合が面白い。 - Number Web
  16. 「空席」から「完売」へ。石川効果で盛り上がる男子バレー! - スポルティーバ 公式サイト
  17. 日本、五輪遠のく痛恨の黒星 柳田負傷で石川の負担重く - 産経ニュース(奥村信哉)、2016年6月1日
  18. リオ五輪バレー世界最終予選男子 日本 0 - 3 オーストラリア - FNN、2014年6月3日
  19. 石川「自分が決めないと」右足首痛め途中で退く - 日刊スポーツ、2016年6月3日
  20. 【バレーボール】ワールドカップバレー・日本×ブラジル フジテレビ【FNN Live News α】 JCCテレビすべて 2019年10月15日
  21. “バレーボール男女日本代表チーム 新監督内定のお知らせ”. 日本バレーボール協会 (2021年10月14日). 2021年12月2日閲覧。
  22. “全日本男子チームの愛称決定!”. 日本バレーボール協会 (2009年6月1日). 2010年7月26日閲覧。
  23. “龍神NIPPON”. 日本バレーボール協会. 2010年8月7日閲覧。
  24. 愛称:龍神NIPPON|全日本男子 日本バレーボール協会
  25. 火の鳥NIPPON・龍神NIPPON 選手キャラクターシール バレーボールステーション
  26. 新戦術「Hybrid6」でロシアに勝利し白星スタート! FIVBワールドグランプリ2014ファイナル東京大会 日本バレーボール協会
  27. “日本バレーボール協会が新エンブレム発表 女子代表「火の鳥ニッポン」、男子代表「龍神ニッポン」の愛称は廃止”. デイリー. 2024年4月3日閲覧。
  28. “全日本男子チーム・龍神NIPPON 新ユニフォーム発表”. 日本バレーボール協会 (2009年11月13日). 2010年11月18日閲覧。“全日本男子ユニフォーム”. 日本バレーボール協会 (2009年11月13日). 2010年11月18日閲覧。
  29. プレスリリース-アシックス・企業情報トップ 平成23年10月20日
  30. “FIVBワールドリーグ2013開幕! ゲーリー・サトウ新監督の初陣は黒星”. 日本バレーボール協会 (2013年6月1日). 2014年2月7日閲覧。
  31. 龍神NIPPON、ベネズエラに勝利し白星スタート! 2016リオデジャネイロオリンピック世界最終予選兼アジア大陸予選大会 - 日本バレーボール協会、2016年5月28日
  32. 全日本男子バレーボールチームの試合用ユニホームについて - アシックス、平成29年5月15日
  33. オリンピック出場の歴史 - NPO法人日本バレーボール・オリンピアンの会
  34. 日本の試合結果|2012ロンドンオリンピックバレーボール世界最終予選
  35. “Japan team roster”. 2022年5月20日閲覧。
  36. “東京オリンピック エントリー”. 2022年4月27日閲覧。
  37. 全日本バレーボールチーム 男子・中垣内祐一監督、女子・中田久美監督の就任が内定 - JVA、2016年10月25日
  38. 龍神NIPPON・中垣内祐一新監督、火の鳥NIPPON・中田久美新監督が所信表明 全日本男女チーム新監督就任内定記者会見を開催 - JVA、2016年10月26日
  39. MSN産経ニュース. “【バレー】”. 2013年11月24日閲覧。

関連書籍

関連項目

外部リンク

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