野々村一男
経歴
愛知県名古屋市に生まれる。東京美術学校卒業。同校在学中の1929年、第10回帝展に「座女」にて初入選。1955年、中日文化賞受賞[1]。1981年、「物との、はざま」にて日本芸術院賞受賞[2]。1988年、日本芸術院会員。1989年、勲三等瑞宝章受章[3]。2008年2月11日午前11時33分、老衰のため名古屋市の自宅にて死去[4]。
脚注
- “中日文化賞 受賞者一覧”. 中日新聞. 2022年5月16日閲覧。
- 『朝日新聞』1981年3月4日(東京本社発行)朝刊、22頁。
- 「秋の叙勲 受章者4492人 隠れた功労積み重ねた人にも光」『読売新聞』1989年11月3日朝刊
- “野々村一男氏死去/彫刻家”. 四国新聞社. (2008年2月14日). https://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20080214000425&ref=rss 2020年2月12日閲覧。
参考文献
- 『日本美術年鑑 平成21年版』(東京文化財研究所、2009年)
日本芸術院賞受賞者 | |||||||||||||||||
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| 太字は恩賜賞受賞者。名跡は受賞時のもの。表記揺れによる混乱を避けるため漢字は便宜上すべて新字体に統一した。 | |||||||||||||||||
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