1975年の大洋ホエールズ

1975年の大洋ホエールズ(1975ねんのたいようホエールズ)では、1975年の大洋ホエールズにおける動向をまとめる。

1975年の大洋ホエールズ
成績
セントラル・リーグ5位
51勝69敗10分 勝率.425[1]
本拠地
都市 神奈川県川崎市
球場 川崎球場
球団組織
オーナー 中部謙吉
経営母体 大洋漁業
監督 秋山登
« 1974
1976 »

この年の大洋ホエールズは、秋山登監督の1年目のシーズンである。

概要

プロ野球初のツートンユニフォーム採用もカンフル剤にならず、3年連続の5位に沈んだことを受け、往年の名投手・秋山登新監督が就任。秋山監督は元巨人の藤田元司を投手コーチに招聘してなどコーチングスタッフを一新。チームは優勝候補の筆頭だった巨人が長嶋茂雄監督就任で一気に最下位に落ちたことを受けて5月までは混戦模様で、大洋も4月は首位に立つなど健闘した。しかし6月に入ると広島・中日・阪神・ヤクルトの四強によるマッチレースが始まるとチームはそれを追いかけられず、成績は前年から悪化して51勝69敗10分で優勝の広島に21.5ゲーム差をつけられ、1972年以来の4年連続5位に終わって秋山監督の1年目は終了した。投手陣は大エースの平松政次や山下律夫、坂井勝二、間柴茂有などがそれなりの成績を残したが、それ以外のリリーフ投手は不調でチーム防御率3.93は最下位だった。打撃陣はベテランの松原誠や江尻亮、ジョン・シピンがこの年も打ちまくり、打撃成績は優勝の広島などと大差はなかった。カード別成績では4位ヤクルトに10勝13敗3分とまずまずだったが広島には弱く9勝15敗2分、中日にも8勝17敗1分と負け越し、巨人ともども上位チームの引き立て役にまわった。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 左中塚政幸
2 右江尻亮
3 一松原誠
4 二シピン
5 中長崎慶一
6 三ボイヤー
7 遊米田慶三郎
8 捕伊藤勲
9 投平松政次
1975年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 大洋-- ヤクルト-- 広島-- 中日-- 広島-- 広島--
2位 阪神0.5 広島0.5 ヤクルト0.5 阪神0.5 中日1.5 中日4.5
3位 ヤクルト2.5 阪神1.0 阪神1.0 広島0.5 阪神 阪神6.0
4位 広島3.0 中日1.5 中日1.5 ヤクルト1.5 ヤクルト5.0 ヤクルト16.0
5位 中日3.5 大洋2.5 大洋5.5 大洋7.0 大洋8.0 大洋21.5
6位 巨人5.5 巨人6.5 巨人9.5 巨人11.5 巨人14.0 巨人27.0
1975年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝敗分勝率差
1位広島東洋カープ724711 .605優勝
2位中日ドラゴンズ69538 .5664.5
3位阪神タイガース68557 .5536.0
4位ヤクルトスワローズ57649 .47116.0
5位大洋ホエールズ516910 .42521.5
6位読売ジャイアンツ47767 .38227.0

[1]

オールスターゲーム1975

ファン投票 山下大輔
監督推薦 松原誠 中塚政幸

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし
ダイヤモンドグラブ賞
選出なし

ドラフト

順位選手名ポジション所属結果
1位田村政雄投手中央大学入団
2位岩井靖久内野手法政大学入団
3位松本隆春投手横浜商科大学高入団
4位斉藤巧内野手洲本実業高入団
5位根本俊郎投手河合楽器拒否

出典

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.