1999年の横浜ベイスターズ

1999年の横浜ベイスターズ(1999ねんのよこはまベイスターズ)では、1999年の横浜ベイスターズの動向をまとめる。

1999年の横浜ベイスターズ
成績
セントラル・リーグ3位
71勝64敗 勝率.526[1]
本拠地
都市 神奈川県横浜市中区
球場 横浜スタジアム
球団組織
オーナー 中部慶次郎
経営母体 マルハ
監督 権藤博
« 1998
2000 »

この年の横浜ベイスターズは、権藤博監督の2年目のシーズンである。

概要

前年、権藤監督1年目で38年ぶりのセ・リーグ優勝と日本一を達成したチームは、球団史上初の連覇達成を期待されたが、開幕6連敗を喫する。マシンガン打線の好調を投手陣が無駄にするなど、投打のアンバランスが現れ開幕ダッシュには失敗。それでも5月以降は巻き返し、7月には広島や阪神を抜いて3位に浮上。しかし、打線は好調でも先発陣が打ちこまれる試合は相変わらず続き、11年ぶり優勝の中日に10ゲーム差を付けられて、3位でシーズンを終えた。

打撃陣は、円熟期のロバート・ローズはじめ、前年まで2年連続首位打者の鈴木尚典、大ベテラン駒田徳広、切り込み隊長の石井琢朗、2番の波留敏夫などが打ちまくって、リーグ打率は中日・巨人をしのぎ.294の1位で、本塁打も前年の100本から140本へと増えた。

一方、投手陣のチーム防御率は、前年の3.49から4.44へと大幅に低下した(この年の防御率1位は中日の3.39)[2]。先発の川村丈夫(17勝)と斎藤隆(14勝)が2人で31勝を挙げ、前年は故障でシーズンの大半を離脱していた福盛和男が三浦大輔と並んで9勝を挙げたが、前年に13勝(斎藤とともにチーム最多勝利)を挙げた野村弘樹は故障でわずか7試合登板・1勝に終わる。救援陣も、守護神の佐々木主浩は防御率1.93・19セーブを記録したが、シーズン途中で故障のため戦線離脱。中継ぎ陣は、プロ初勝利を含む6勝(2敗2セーブ・防御率2.16)を挙げた森中聖雄を除き、多くの投手が前年より成績を落とした[注 1]。

シーズン終了後、ロッテを自由契約になった小宮山悟を獲得。一方で佐々木がフリーエージェント (FA) の権利行使を宣言してMLBのシアトル・マリナーズへ移籍し、チームは転換期を迎える。

チーム成績

レギュラーシーズン

オーダー変遷
開幕:4/25/16/17/28/19/1
1 遊石井琢朗 遊石井琢朗遊石井琢朗遊石井琢朗遊石井琢朗遊石井琢朗
2 中波留敏夫 中波留敏夫中波留敏夫中波留敏夫中波留敏夫中波留敏夫
3 左鈴木尚典 左鈴木尚典左鈴木尚典左鈴木尚典左鈴木尚典左鈴木尚典
4 二ローズ 二ローズ二ローズ二ローズ二ローズ二ローズ
5 一駒田徳広 一駒田徳広一駒田徳広一駒田徳広一駒田徳広一駒田徳広
6 右中根仁 右佐伯貴弘三ポゾ三ポゾ右中根仁[注 2]右佐伯貴弘[注 3]
7 三進藤達哉 三ポゾ右中根仁[注 4]右佐伯貴弘三進藤達哉三進藤達哉
8 捕谷繁元信 捕谷繁元信捕谷繁元信捕谷繁元信捕谷繁元信捕川﨑義文
9 投三浦大輔 投戸叶尚投福盛和男投斎藤隆投斎藤隆投福盛和男

[3]

1999年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 中日-- 中日-- 中日-- 中日-- 中日-- 中日--
2位 巨人5.0 阪神2.5 巨人2.0 巨人5.0 巨人3.0 巨人6.0
3位 阪神 広島5.0 阪神4.5 横浜8.0 横浜8.5 横浜10.0
4位 広島6.5 ヤクルト 広島4.5 ヤクルト11.5 ヤクルト13.5 ヤクルト15.0
5位 ヤクルト 巨人7.0 横浜5.0 阪神12.5 阪神15.0 広島24.0
6位 横浜7.0 横浜7.5 ヤクルト8.0 広島14.0 広島20.0 阪神26.0
1999年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝敗分勝率差
1位中日ドラゴンズ81540 .600優勝
2位読売ジャイアンツ75600 .5566.0
3位横浜ベイスターズ71640 .52610.0
4位ヤクルトスワローズ66690 .48915.0
5位広島東洋カープ57780 .42224.0
6位阪神タイガース55800 .40726.0

オールスターゲーム1999

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選出なし
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斎藤隆
川村丈夫
佐々木主浩
島田直也
谷繁元信
石井琢朗
ローズ
鈴木尚典

選手・スタッフ

[4]

表彰選手

リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
ローズ 首位打者.369初受賞
打点王153打点6年ぶり2度目
石井琢朗 盗塁王39個2年連続3度目
ベストナイン
選手名ポジション回数
ローズ二塁手3年連続5度目
石井琢朗遊撃手3年連続3度目
ゴールデングラブ賞
選手名ポジション回数
駒田徳広一塁手7年連続10度目
進藤達哉三塁手3年連続3度目

ドラフト

網掛けの選手は逆指名による入団

順位選手名ポジション所属結果
1位 田中一徳外野手PL学園高入団
2位 木塚敦志投手明治大学入団
3位 村西哲幸投手比叡山高入団
4位 鈴木寛樹投手掛川西高入団
5位 南竜介投手報徳学園高入団
6位 七野智秀内野手PL学園高入団
7位 中野渡進投手三菱自動車川崎入団
8位 八馬幹典内野手三菱自動車京都入団

脚注

注釈

  1. 島田直也(前年60試合登板・5勝7敗1セーブ・防御率2.36)は39試合登板・0勝4敗4セーブ・防御率5.36、五十嵐英樹(前年40試合登板・5勝2敗1セーブ・防御率2.61)は24試合登板・0勝3敗2セーブ・防御率5.40、阿波野秀幸(前年50試合登板・4勝1敗・防御率4.67)は40試合登板・2勝8敗1セーブ・防御率6.32、横山道哉(前年53試合登板・4勝4敗・防御率3.09)は43試合登板・4勝3敗2セーブ・防御率4.93、関口伊織(前年42試合登板・4勝5敗・防御率4.10)は一軍登板なし。
  2. 偵察メンバーの福盛和男から交代。
  3. 偵察メンバーの斎藤隆から交代。
  4. 偵察メンバーの横山道哉から交代。

出典

  1. “年度別成績 1999年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年9月22日閲覧。
  2. マシンガン打線はセ・リーグ記録のチーム打率.294も3位に沈む――プロ野球最強打線を振り返る
  3. 『2000 ベースボール・レコード・ブック』ベースボール・マガジン社、1999年。ISBN 4-583-03622-1。
  4. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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