1995年の横浜ベイスターズ

1995年の横浜ベイスターズ(1995ねんのよこはまベイスターズ)では、1995年横浜ベイスターズの動向をまとめる。

1995年の横浜ベイスターズ
成績
セントラル・リーグ4位
66勝64敗 勝率.508[1]
本拠地
都市 神奈川県横浜市中区
球場 横浜スタジアム
球団組織
オーナー 中部慶次郎
経営母体 マルハ
監督 近藤昭仁
« 1994
1996 »

この年の横浜ベイスターズは、近藤昭仁監督の3年目のシーズンである。

概要

序盤は5割前後を推移したがこの年に首位を独走したヤクルトに引き離され広島巨人とのAクラス争いとなる。5月20日からの5連勝で13勝11敗と貯金を作ると、7月にも4連勝を2度記録して11勝7敗と勝ち越し巨人と3位争いを演じる。7月14日からの3連戦で巨人を抜いて3位に浮上するが、8月に入ると負けの込む試合が目立ち始める。それでも8月中旬の5連勝で貯金を6まで伸ばすも、8月22日からの巨人戦で3連敗して巨人に3位を明け渡すとそれ以降はAクラスに浮上することなく貯金2と勝ち越しながらも4位でシーズンを終えた。投手陣は前年までと違って投壊も目立ち、チーム防御率4.37はリーグ5位で1989年以来6年ぶりの防御率4点台(リーグ最下位の阪神は3.83)。先発投手でも斎藤隆三浦大輔の8勝が最高で、五十嵐英樹が6勝にとどまり、前年まで2年連続開幕投手の有働克也がわずか4勝の上防御率5点台に終わった。打撃陣はグレン・ブラッグスロバート・ローズを筆頭に石井琢朗波留敏夫ら後のマシンガン打線の主力が打ちまくりチーム打率は.261のリーグ2位を記録した。正捕手は谷繁元信(93試合出場)と秋元宏作(101試合出場)の併用となった。近藤監督は若手が成長し手応えを感じていたが志半ばで解任され、後任にはバッテリーコーチの大矢明彦が就任[2]

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 石井琢朗
2 進藤達哉
3 佐伯貴弘
4 ブラッグス
5 ローズ
6 駒田徳広
7 畠山準
8 谷繁元信
9 野村弘樹
1995年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 ヤクルト-- ヤクルト-- ヤクルト-- ヤクルト-- ヤクルト-- ヤクルト--
2位 広島4.0広島5.5広島5.5広島3.5広島6.0広島8.0
3位 巨人4.5巨人巨人7.5横浜8.5巨人10.5巨人10.0
4位 横浜横浜横浜8.0巨人8.5横浜12.5横浜16.0
5位 中日6.0阪神10.5阪神13.0阪神21.0阪神30.0中日32.0
6位 阪神8.0中日12.0中日17.0中日24.5中日31.0阪神36.0
1995年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
1位ヤクルトスワローズ82480 .631優勝
2位広島東洋カープ74561 .5698.0
3位読売ジャイアンツ72581 .55410.0
4位横浜ベイスターズ66640 .50816.0
5位中日ドラゴンズ50800 .38532.0
6位阪神タイガース46840 .35436.0

オールスターゲーム1995

  • ファン投票
佐々木主浩
駒田徳広
ローズ
ブラッグス
佐伯貴弘
畠山準
  • 監督推薦
盛田幸妃
石井琢朗

選手・スタッフ

[3]

表彰選手

リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
佐々木主浩 最優秀救援投手39SP3年ぶり2度目
ベストナイン
選手名ポジション回数
ローズ二塁手2年ぶり2度目
ゴールデングラブ賞
選手名ポジション回数
駒田徳広一塁手3年連続6度目
石井琢朗三塁手3年連続3度目

ドラフト

  • 網掛けの選手は逆指名による入団
順位選手名守備所属結果
1位 細見和史投手同志社大学入団
2位 関口伊織投手日本通運入団
3位 横山道哉投手横浜高入団
4位 杉山俊介捕手砂川北高入団
5位 鶴岡一成捕手神港学園神港高入団

出典

  1. 年度別成績 1995年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年9月21日閲覧。
  2. ベースボールマガジン 2022年6月号 (横浜ベイスターズ盛衰記)、39頁
  3. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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