オスカル・ガルベス・サーキット

アウトドロモ・フアン・イ・オスカル・ガルベス(西: Autódromo Oscar Alfredo Gálvez, オスカル・ガルベス・サーキット)はアルゼンチンのブエノスアイレス郊外にあるサーキット。名前はアルゼンチン出身の兄弟レーサーであるフアン・ガルベスとオスカル・アルフレード・ガルベスにちなんで名付けられている。

アウトドロモ・フアン・イ・オスカル・ガルベス

1995年から1998年のF1GPで使用されたレイアウト

湖の周回路を含む、1971年から1979年のF1GPで使用されたレイアウト
所在地アルゼンチン, ブエノスアイレス
標準時GMT -3
オープン1952年3月9日 (1952-03-09)
主なイベントF1, Turismo Carretera, TC2000, SWC
コース長5.81 km (3.61 mi)
コーナー数15
レコードタイム1:27.981 (ゲルハルト・ベルガー, ベネトン-ルノー, 1997年)

敷地内のラインの組み合わせ方によって何通りものコースを造ることができるためF1では1953年~1958年、1960年の開催時、1972年~1977年の開催時、1978年~1981年開催時、フォークランド紛争により休止を挟んだ後の1995年~1998年開催時それぞれサーキットの形状が違い、これら4種類のコースでアルゼンチンGPが開催された。

1970年代のコースは湖の外周路を用いる超高速区間とインフィールドの超低速区間が組み合わさったレイアウトであった。1990年代に使われたのはインフィールドエリアのみを用いた4.259kmの超低速サーキットであり、タイトなコーナーが延々続くレイアウトであった。再開されるもサーキットの形状が大きく変わったことなどから不評で1998年をもって打ち切られた。1999年も開催予定であったが、主催者とFIAの交渉が決裂した経緯がある。

2輪ロードレース世界選手権 (WGP) では1961年から1999年の間にアルゼンチングランプリが計9回開催された。1998年の250ccクラスでは、最終周回のシケインで原田哲也がチームメイトのロリス・カピロッシと接触して目前のタイトルを逃した。

関連項目

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