伏見宿 (中山道)

伏見宿(ふしみじゅく)は、中山道50番目の宿場(→中山道六十九次)。美濃国可児郡伏見村(現・岐阜県可児郡御嵩町)に存在した。

「伏見宿本陣之跡」

現在は岐阜県可児郡御嵩町

木曽川の流れの変化などにより、渡し場の位置が上流へ移動された。それまでの土田宿は廃宿となり、1694年(元禄7年)上流に位置する伏見に宿が誕生した。

国道21号がかつての伏見宿付近を貫いているため、宿場町の風情は失われている。

概略

最寄り駅

史跡・みどころ

  • 「本陣之跡」碑
  • 新村湊

太田宿までの史跡・みどころ

  • 今渡の渡し場跡
    中山道の三大難所の一つであった。江戸中期に完成し、1927年に太田橋が架かるまでは船着場として機能していた。

主な通行

  • 駱駝 - 1824年(文政7年)8月6日、伏見宿松屋にやってきた。幕府献上品としてオランダ商人の手で輸入されたペルシャの駱駝であるが、幕府が辞退したため興行師の手に渡ったもので、江戸へ向けて中山道をたどる途中、伏見宿に3日ほど滞在し、多くの見物客を集めた。

隣の宿

中山道
御嶽宿 - 伏見宿 - 太田宿
木曽街道
伏見宿 - 土田宿

関連項目

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