守山宿
概要
江戸時代初期の寛永19年(1642年)に「守山宿」として制札が与えられた。「守山」の地名は、比叡山延暦寺の東の関門として、東門院が創建されたことに由来する。すなわち、比叡山を守るという意味である。
京からの東下りにおいては最初の宿泊地で、「京立ち守山泊まり」と言われ繁栄した。後に、東の吉身、西の今宿が加宿となり、さらに発展した。
天保14年(1843年)の『中山道宿村大概帳』によれば、守山宿の宿内家数は415軒、うち本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠30軒で宿内人口は1,700人であった。
史跡・みどころ
外部リンク
- 中山道守山宿 - 滋賀・びわ湖観光情報
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