原爆資料館停留場

原爆資料館停留場(げんばくしりょうかんていりゅうじょう、原爆資料館電停)とは、長崎県長崎市川口町にある長崎電気軌道本線の路面電車停留場である。駅番号は201号系統2号系統3号系統が停車する。

原爆資料館停留場
停留場。左奥に見える建物は長崎西洋館
げんばくしりょうかん
Atomic Bomb Museum
19 平和公園 (0.4 km)
(0.2 km) 大学病院 21
所在地 長崎県長崎市川口町13番地先
北緯32度46分13.9秒 東経129度51分49.73秒
駅番号 20
所属事業者 長崎電気軌道
所属路線 本線(1号系統・□2号系統3号系統
キロ程 2.5km(住吉起点)
赤迫から2.8 km
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
2,100人/日
-2015年-
開業年月日 1920年大正9年)7月9日

歴史

当停留場は1920年(大正9年)の路線延伸に合わせて開業した停留場である[1]。当初は浜口停留場(はまぐちていりゅうじょう)と称していた[2]。その後浜口町停留場(はまぐちまちていりゅうじょう)に改称、その時期は大正末[3]または昭和初めごろ[2]とされる。

当停留場の開業とともに開通した区間は当初専用軌道で、浦上駅前から当停留場までは東寄りに迂回し住宅の裏を抜けるルートをとっていた[1][4]。しかし1945年(昭和20年)8月9日の原爆投下により長崎電軌の路線は全線不通となる[5]。当停留場を含む区間が復旧したのは1947年(昭和22年)、このとき浦上駅前から当停留場までは都市計画に基づいて直線で結ばれることとなり、旧線は廃止された[6]

1990年(平成2年)には平和公園停留場寄りすぐのところに長崎西洋館が開館[7]。敷地を本線の軌道が横切り[8]、建物の中を路面電車がくぐるという特異な光景が誕生した[9][10]。当初は建物の中に停留場を設ける計画もあったが実現はしていない[10]。原爆資料館停留場に改称したのは2018年(平成30年)のことである[11]

年表

構造

原爆資料館停留場は専用軌道区間にあり、軌道は道路から独立している[19][20]。ただし長崎駅前方面は当停留場を出るとすぐに右へ曲がって国道206号と合流し、併用軌道となる[19][21]ホームは2面あり、南北方向に通じる2本の線路を挟んで向かい合う(相対式ホーム[19][20]。線路の東側が長崎駅前方面行きのホーム、西側が赤迫方面行きのホーム[20]。戦前は赤迫方面行きのホームが道路を渡った先にあり、両ホームは離れていた[1]

長崎駅前方面のホームには日本語と英語による駅自動放送が流れる。国道との合流地点で軌道は国道の歩道を横切っているため、電車の通過を歩行者に警告する赤色灯とスピーカーが停留場の屋根の端に取り付けられている。

停留場は1990年の長崎西洋館開館を受けて西洋風に装いを改めた[7]。また2006年には構内の軌道に芝生を植えて緑化されている[17]。長崎電気軌道での軌道緑化は当停留場が初めて[22]

利用状況

長崎電軌の調査によると1日の乗降客数は以下の通り。

  • 1998年 - 3,458人[3]
  • 2015年 - 2,100人[23]

周辺

当停留場を出発後、長崎西洋館に設けられたトンネルに侵入する5000形電車

停留場のすぐそばに複合商業施設の長崎西洋館があり[3]、隣の平和公園停留場との間で本線の軌道は建物の中をトンネル(西洋館トンネル[24])にてくぐり抜ける[20]。なお、長崎西洋館は2023年5月31日に閉館した[25][26]。長崎電気軌道は土地建物の売却も検討しているが、建物内を通過する路面電車の軌道変更の予定はないとしている(建物の取り壊しや改装をする場合には安全運行の維持が前提となるとしている)[27]

停留場の旧称は浜口町であったが所在地は川口町[23]。浜口町の町域は国道206号を挟んで向かい側に広がる。

隣の停留場

長崎電気軌道
本線(1号系統・□2号系統・3号系統)
平和公園停留場(19) - 原爆資料館停留場(20) - 大学病院停留場(21)
  • 1944年(昭和19年)までは隣の松山町停留場(現在の平和公園停留場)との間に下の川停留場が存在した[2][4]

脚注

  1. 田栗 2005, p. 47.
  2. 今尾 2009, p. 57.
  3. 田栗 & 宮川 2000, p. 50.
  4. 100年史, p. 129.
  5. 田栗 & 宮川 2000, p. 96.
  6. 田栗 & 宮川 2000, p. 98.
  7. 100年史, p. 115.
  8. もともと軌道は国道206号沿いにあったが、都市計画道路浦上川線の建設に伴い移設された結果、社有地を横切るようになっていた。長崎西洋館はその土地を有効活用するために建設されたものである。
  9. 100年史, p. 26.
  10. 田栗 & 宮川 2000, p. 51.
  11. 電停名称変更のお知らせ”. 長崎電気軌道 (2018年3月30日). 2018年4月4日閲覧。
  12. 田栗 2005, p. 157.
  13. 100年史, p. 196.
  14. 100年史, p. 197.
  15. 100年史, p. 199.
  16. 田栗 2005, p. 156.
  17. 100年史, p. 200.
  18. 浅野孝仁 (2018年7月31日). “長崎電気軌道:13カ所停留場、新名称に 35年ぶり、あすから”. 毎日新聞(地方版・長崎) (毎日新聞西部本社): p. 23
  19. 100年史, p. 130.
  20. 川島 2013, p. 47.
  21. 川島 2007, p. 119.
  22. 小川 2012, p. 258.
  23. 100年史, p. 124.
  24. 100年史, p. 96.
  25. 長崎西洋館「閉館のご案内
  26. 建物の中を路面電車が走る「長崎西洋館」 33年の歴史に幕”. 朝日新聞 (2023年6月1日). 2023年6月2日閲覧。
  27. 来年5月閉鎖「西洋館」長崎電気軌道、売却含め検討 路面電車軌道は維持 長崎新聞 2022年6月5日閲覧

参考文献

  • 今尾恵介(監修)日本鉄道旅行地図帳 12 九州沖縄、新潮社、2009年。ISBN 978-4-10-790030-2。
  • 小川裕夫『路面電車で広がる鉄の世界 チンチン電車と都市計画がわかる本』秀和システム、2012年。ISBN 978-4-79-803498-0。
  • 川島令三全国鉄道事情大研究 九州篇 2、草思社、2007年。ISBN 978-4-7942-1562-8。
  • 川島令三『四国・九州ライン 全線・全駅・全配線』 第5巻 長崎・佐賀エリア、講談社〈【図説】 日本の鉄道〉、2013年。ISBN 978-4-06-295161-6。
  • 田栗優一『長崎「電車」が走る街今昔』JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉、2005年。ISBN 4-533-05987-2。
  • 田栗優一、宮川浩一『長崎のチンチン電車』葦書房、2000年。ISBN 4-7512-0764-4。
  • 長崎電気軌道株式会社『長崎電気軌道100年史』2016年。

関連項目

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