敬懐皇后
生涯
赤烏5年(242年)、孫和が皇太子となり、その生母が重んじられるようになると、王夫人は宮中を退出して公安に移住した。そのまま公安で生涯を終え、棺も公安に埋葬された。
永安元年(258年)、孫休は即位すると使者を遣わし、王氏に敬懐皇后の諡号を贈って追尊するとともに、敬陵に改葬した。王氏の家には跡継ぎがいなかったため、異父弟の文雍が亭侯に封ぜられた。
小説『三国志演義』には登場しない。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.