安居島
安居島(あいじま)とは、愛媛県松山市に属する有人島。2020年(令和2年)9月の住民基本台帳における人口は13人。
| 安居島 | |
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![]() 安居島の空中写真。2009年4月11日撮影 国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成 | |
| 所在地 |
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| 所在海域 | 瀬戸内海 |
| 座標 | 北緯34度4分15.4秒 東経132度42分26.7秒 |
| 最高標高 | 55 m |
![]() 安居島 安居島 (愛媛県) ![]() 安居島 安居島 (日本) | |
特産品として、ひじきをはじめとした海藻・魚介類がある。釣り客が時折訪れる程度の静かな島である。
地理
松山市北条地区(旧・北条市)の北条港から北北西約13.5キロ、愛媛県と広島県との間の斎灘のほぼ中央に位置する。他の島とは離れており、孤立している。島の約2.5キロ南東には属島の小安居島(無人島)がある。
東西は1.3キロ、南北は約0.2キロ、周囲は3.5キロ。全体が低い丘であり、最も高い地点でも標高55メートルである。集落以外はほとんど雑木林で、果樹園等はほとんどない。島の西側には海水浴場がある。
2010年(平成22年)国勢調査における人口は24人、世帯数は11戸。2015年(平成27年)国勢調査における人口は20人、世帯数は11戸。2020年(令和2年)9月の住民基本台帳における人口は13人。
集落は一箇所のみであり、島の南側にある。2019年(令和元年)時点で診療所や商店はないが、宿泊所が存在する[1]。水道用水は旅客船によって運搬されている[1]。

歴史
近世
江戸期には、周辺の海域の漁場の権利をめぐり松山藩と広島藩とで領地争いが続いていたが、交渉の結果として松山藩の領地になった。
1817年(文化14年)に北条浅海(あさなみ、現在の松山市)の大内金左衛門が移住したのが村の始まりと伝えられる。島には金左衛門の碑が立つ。やがて港が整備され、汐待ち・風待ちの帆掛け舟が立寄るようになり、江戸末期から明治にかけて大いに栄えた。一時は遊郭まであり、遊女にまつわる悲しい言い伝えも遺されている。
教育
1875年(明治8年)には小学校が設置され、戦前には児童数が100人を越えていたが、1983年(昭和58年)に廃校となった。1947年(昭和22年)には中学校が設置されたが、1965年(昭和40年)には四国本土の学校と統合された。
現在の安居島には小学校・中学校ともに存在せず、安居島の児童生徒は旅客船で本土(旧北条市街)の学校へ通学している。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編『角川日本地名大辞典38 愛媛県』角川書店、1981年、53頁、815頁
脚注
- 公益財団法人日本離島センター『日本の島ガイド SHIMADAS(シマダス)』公益財団法人日本離島センター、2019年、647-648頁。ISBN 9784931230385。



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