1952年の名古屋ドラゴンズ

1952年の名古屋ドラゴンズでは、1952年の名古屋ドラゴンズの動向をまとめる。

1952年の名古屋ドラゴンズ
成績
セントラル・リーグ3位
75勝43敗2分 勝率.636[1]
本拠地
都市 愛知県名古屋市
球場 中日スタヂアム
球団組織
オーナー 小山龍三
経営母体 中日新聞社名古屋鉄道との輪番制)
監督 坪内道典
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この年の名古屋ドラゴンズは、坪内道典監督の1年目のシーズンである。

概要

前年から中日新聞社名古屋鉄道が隔年で球団運営を交代する体制が導入されたことにより、この年は中日側の当番となり前副社長で顧問の小山龍三オーナーとなった[注 1]

天知俊一前監督に代わって坪内道典監督が就任したこの年、チームは開幕から好調で巨人をマークし、阪神と2位を争った。投手陣ではエースの杉下茂がチーム最多の32勝、松竹から移籍の大島信雄12勝をあげるなど健闘しチーム防御率2.82はリーグ3位で、打撃陣でも西沢道夫原田督三などがそれなりの成績を収め、西沢が打点王、杉山悟が本塁打王をそれぞれ獲得。チーム本塁打は77本で、巨人と同一の1位だった。最後は阪神との2位争いに敗れ巨人と7ゲーム差の3位に終わったものの、4位の大洋を大きく引き離してシーズンを終えた。対戦成績では負け越したものの2連覇の巨人に9勝11敗、阪神には9勝10敗1分と健闘した。この年の開幕前、1951年8月の火災で焼失した中日球場の再建工事が完成し開幕から使用開始となった。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 鈴木隆
2 松本和雄
3 原田徳光
4 西沢道夫
5 児玉利一
6 杉山悟
7 野口明
8 牧野茂
9 大島信雄
1952年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 名古屋2.5 大洋3.0 大阪5.5 大阪3.0 大阪6.0 大阪5.5 大阪3.5
3位 大洋4.0 大阪3.0 名古屋5.5 名古屋6.5 名古屋7.0 名古屋7.0 名古屋7.0
4位 大阪4.5 名古屋5.0 大洋12.5 大洋12.5 大洋18.5 大洋21.5 大洋25.0
5位 国鉄8.0 松竹18.0 国鉄21.0 国鉄25.0 国鉄31.5 国鉄31.5 国鉄33.0
6位 松竹9.0 国鉄18.5 松竹24.5 松竹29.0 広島37.5 広島43.5 広島44.5
7位 広島10.5 広島19.0 広島25.5 広島29.5 松竹39.5 松竹44.0 松竹48.0
1952年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
優勝読売ジャイアンツ83370 .692---
2位大阪タイガース79401 .6643.5
3位名古屋ドラゴンズ75432 .6367.0
4位大洋ホエールズ58620 .48325.0
5位国鉄スワローズ50700 .41733.0
6位広島カープ37803 .31644.5
7位松竹ロビンス34842 .28848.0

[1]

オールスターゲーム1952

ファン投票 野口明 杉山悟
監督推薦 杉下茂 大島信雄 西沢道夫 原田徳光

できごと

選手・スタッフ

[2][3]

表彰選手

リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
西沢道夫 首位打者.353初受賞
打点王98打点初受賞
杉山悟 本塁打王27本初受賞
杉下茂 沢村賞2年連続2度目
ベストナイン
選手名ポジション回数
野口明捕手2年連続2度目
西沢道夫一塁手2年ぶり2度目
杉山悟外野手初受賞

脚注

注釈

  1. 小山は中日新聞の前身の1紙である名古屋新聞が運営していた名古屋金鯱軍の監査役に就いていたことがある。

出典

  1. 年度別成績 1952年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年8月3日閲覧。
  2. ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 108
  3. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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