1958年の中日ドラゴンズ

1958年の中日ドラゴンズでは、1958年の中日ドラゴンズにおける動向をまとめる。

1958年の中日ドラゴンズ
成績
セントラル・リーグ3位
66勝59敗5分 勝率.528[1]
本拠地
都市 愛知県名古屋市
球場 中日スタヂアム
球団組織
オーナー 小山龍三
経営母体 中日新聞社
監督 天知俊一
« 1957
1959 »

この年の中日ドラゴンズは、3回目の天知俊一監督体制の2年目のシーズンである。

概要

打撃力の強化を狙ったチームは早稲田大学森徹を獲得すると、1番に岡嶋博治、2番の中利夫といった俊足選手を据えてシーズンが開幕。開幕すると投手陣は杉下茂大矢根博臣伊奈努などの活躍で好調でチーム防御率2.40はリーグ2位で、打撃陣でも森が主に4番を打つなど若手が頭角を現し、本塁打も前年から増加したもののそれまでクリーンナップを打っていた西沢道夫杉山悟原田督三が衰えるなど戦力が過渡期のチームは5月に7勝12敗で大きく負け越し、巨人と8ゲーム差の4位に転落。6月は7勝9敗で波に乗れ5位に沈むなど、苦しい戦いが続いた。7月以降は盛り返して国鉄とのAクラス争いに勝ち最終的に3位を勝ち取ったが、前年と違って優勝争いに絡めず天知監督はこの年を最後に辞任し、エースの杉下が後任監督となった。シーズン終了後1954年の優勝メンバーのうち、投手陣の大黒柱で戦前は捕手を務めた服部受弘や主砲の西沢が引退。さらに杉山が国鉄に移籍し、河合保彦西鉄に移籍するなど、戦力が一気に若返った。なお杉下は監督就任について「就任の条件としてベテランを引退させ、主力を移籍させることだった」と後年語っている。前述の投手陣は2ケタ勝利3人のほかにも伊奈努児玉泰も2ケタ近い勝ち星をあげてリーグ1位の54完投、リーグ2位の22完封を記録。打撃陣では1番の岡嶋が盗塁王を獲得し、4人が20盗塁以上を記録するなど走りまくってリーグ1位の155盗塁を記録した。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 岡嶋博治
2 中利夫
3 井上登
4 森徹
5 西沢道夫
6 杉山悟
7 牧野茂
8 吉沢岳男
9 中山俊丈
1958年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 大阪-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人-- 巨人--
2位 国鉄2.5 国鉄1.0 国鉄5.0 大阪4.5 大阪5.5 大阪5.5
3位 中日4.5 大阪2.5 大阪5.0 国鉄12.0 中日15.0 中日9.0
4位 巨人5.0 中日8.0 大洋12.0 中日12.5 国鉄16.5 国鉄17.5
5位 大洋5.0 大洋9.0 中日12.5 大洋16.5 大洋22.0 広島19.5
6位 広島7.0 広島9.5 広島16.5 広島20.5 広島25.0 大洋23.5
1958年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
1位読売ジャイアンツ77521 .597優勝
2位大阪タイガース72580 .5545.5
3位中日ドラゴンズ66595 .5289.0
4位国鉄スワローズ58684 .46017.5
5位広島カープ54688 .44319.5
6位大洋ホエールズ51736 .41123.5

[1]

オールスターゲーム1958

ファン投票 井上登
監督推薦 大矢根博臣

できごと

選手・スタッフ

[2][3]

表彰選手

リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
岡嶋博治 盗塁王47個初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
井上登二塁手4年連続4度目
森徹外野手初受賞

出典

  1. 年度別成績 1958年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年8月2日閲覧。
  2. ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 108
  3. 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。
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