1954年の大阪タイガース

1954年の大阪タイガース(1954ねんのおおさかタイガース)では、1954年シーズンの大阪タイガースの動向をまとめる。

1954年の大阪タイガース
成績
セントラル・リーグ3位
71勝57敗2分 勝率.555[1]
本拠地
都市 兵庫県西宮市
球場 甲子園球場
球団組織
オーナー 野田誠三
経営母体 阪神電気鉄道
監督 松木謙治郎
« 1953
1955 »

この年の大阪タイガースは、2回目の松木謙治郎監督体制の5年目にして最後のシーズンである。

概要

松木監督就任5年目のシーズンは開幕投手に小山正明を据えるが、これが吉となり開幕からまずまずの滑り出し。しかし、この年は4連覇を目指す巨人や球団創設以来一度も優勝できなかった中日が勝ちに勝ちを重ねたこともあり、チームは6月以降3位で定着。7月25日放棄試合事件、通称「第2次難波事件」(または「7.25事件」)が起き、松木監督と主砲の藤村富美男が退場処分を受けた。没収試合後の影響もあったのかチームは成績が伸びず、前年とほぼ横ばいの成績ながらも貯金14の3位で終了。シーズン終了後、松木監督は没収試合の責任を取り辞任した。

チーム成績

レギュラーシーズン

開幕オーダー
1 金田正泰
2 吉田義男
3 与儀真助
4 渡辺博之
5 田宮謙次郎
6 日下章
7 石垣一夫
8 西江一郎
9 小山正明
1954年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 9月終了時 最終成績
1位 巨人-- 中日-- 巨人-- 巨人-- 中日-- 中日-- 中日--
2位 中日1.5 巨人0.0 中日3.0 中日4.0 巨人1.5 巨人6.0 巨人5.5
3位 大阪2.5 大阪2.0 大阪6.5 大阪8.0 大阪10.0 大阪15.0 大阪16.0
4位 国鉄5.0 国鉄4.0 国鉄7.5 国鉄13.0 国鉄22.0 広島26.0 広島29.5
5位 広島10.0 広島7.5 広島13.5 広島15.5 広島22.0 国鉄27.0 国鉄32.0
6位 洋松11.0 洋松19.0 洋松26.5 洋松31.5 洋松43.5 洋松51.0 洋松55.0
1954年セントラル・リーグ最終成績
順位球団勝率
1位中日ドラゴンズ86404 .683優勝
2位読売ジャイアンツ82471 .6365.5
3位大阪タイガース71572 .55516.0
4位広島カープ56695 .44829.5
5位国鉄スワローズ55732 .43032.0
6位洋松ロビンス32962 .25055.0

オールスターゲーム1954

コーチファン投票監督推薦
松木謙治郎 吉田義男
金田正泰
徳網茂
藤村富美男
白坂長栄
渡辺博之

できごと

選手・スタッフ

表彰選手

リーグ・リーダー
選手名タイトル成績回数
渡辺博之 打点王91打点初受賞
吉田義男 盗塁王51個初受賞
ベストナイン
選手名ポジション回数
渡辺博之外野手初受賞

脚注

注釈

  1. 当時の阪神甲子園球場には夜間照明設備はなかった。

出典

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