ニューヨーク・ジェッツ

ニューヨーク・ジェッツ(英語: New York Jets、略称: NYJ)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州イーストラザフォードに本拠地をおくNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)チーム。AFC東地区に所属している。 チーム名には「ニューヨーク」の地名を冠しているが、1984年以降はマンハッタンから十数km離れたニュージャージー州イーストラザフォードにあるスタジアムを本拠地としている。事務所及び練習施設はニュージャージー州モリス郡のフローラムパークに位置している。愛称はかつての本拠地だったシェイ・スタジアムがラガーディア空港に近かったことに由来する[1]。

ニューヨーク・ジェッツ
New York Jets
創設 1959年8月14日 (1959-08-14)
AFL参入 1960年シーズン
所属地区
チームデザイン
チームロゴ

ボールを模した楕円形に「NEW YORK」、その下に「JETS」と描かれている。
チームカラー
  ゴッサムグリーン
  スポットライトホワイト
  ステルスブラック
ユニフォーム
チーム名
  • ニューヨーク・ジェッツ(1963-現在)
    • ニューヨーク・タイタンズ(1960-1962)
ホームタウン
1960-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1960-現在
1960-現在

ニュージャージー州イーストラザフォード (1984-現在)
ニューヨーク州ニューヨーク (1960-1983)

メットライフ・スタジアム
 ニュー・メドウランズ・スタジアム
(2010-現在)
ジャイアンツ・スタジアム (1984-2010)
シェイ・スタジアム (1964-1983)
ポロ・グラウンズ (1960-1963)

永久欠番
  • 12
  • 13
  • 28
  • 73
  • 90
獲得タイトル
スーパーボウル創設(1966年)以降
スーパーボウル・チャンピオン (1回)
カンファレンス・チャンピオン (0回)
AFC
  • なし
地区優勝 (4回)
AFL東地区
  • 1968
  • 1969
旧AFC東地区
  • 1998
AFC東地区
  • 2002
ワイルドカード(8回)
  • 1981
  • 1985
  • 1986
  • 1991
  • 2001
  • 2004
  • 2006
  • 2009
プレーオフ進出(13/58回)
  • 1968
  • 1969
  • 1981
  • 1982
  • 1985
  • 1986
  • 1991
  • 1998
  • 2001
  • 2002
  • 2004
  • 2006
  • 2009
AFL(1960-1969)における実績
AFLチャンピオン
  • 1968
地区優勝
AFL東地区
  • 1968
  • 1969
球団組織
オーナーウッディ・ジョンソン、
クリストファー・ジョンソン
GMジョー・ダグラス
ヘッドコーチロバート・サラー

歴史

1960年から1980年まで

1960年、アメリカン・フットボール・リーグ(AFL)の一員として創設された。当時はニューヨーク・タイタンズという愛称でポロ・グラウンズを本拠地とした。初代コーチにはサミー・ボウが就任し最初の2シーズンは7勝7敗だったが観客動員は振るわなかった。新ヘッドコーチにブルドッグ・ターナーを迎えた1962年は5勝9敗に終わるとチームは倒産の危機に直面した。これを救ったのはMCAのソニー・ワーブリン、レオン・ヘスらがチームをハリー・ワイズマーから100万ドルで買い取った[2][注 1]、1963年4月15日にチームはジェッツと愛称を変えると共に、1958年、1959年にボルチモア・コルツをNFLチャンピオンにしたウィーブ・ユーバンクをヘッドコーチに迎えた。

1964年、ドラフト1巡でマット・スネルを獲得、1966年のドラフト6巡でエマーソン・ブーザーを獲得した[3]。

1967年にアラバマ大学出身のジョー・ネイマスが入団すると共にチーム成績は向上、8勝5敗1分で終わった。ネイマスは当時14試合だったシーズン、パスで4007ヤードを獲得、プロフットボール史上初のシーズン4000ヤードをマークした。翌1968年にはAFLチャンピオンシップゲームでオークランド・レイダースを27-23で破り、1969年1月12日に行われたスーパーボウルの前身であるNFL-AFLチャンピオンシップ第3回大会(第3回スーパーボウル)においてAFL代表として初めて優勝した。この試合は対戦相手のボルチモア・コルツが有利と予想されていたがネイマスは日曜の試合は勝つと予告して("We're gonna win the game. I guarantee you.")試合は16-7でジェッツが優勝した[4]。同年のワールドシリーズでも同じくシェイ・スタジアムを本拠地とするニューヨーク・メッツが優勝した。

スーパーボウルを制した後、ネイマスは膝の怪我で1970年、1971年、1973年のシーズンの多くの試合を欠場、1972年、1974年は7勝7敗の成績で終わったがプレーオフに出場することなく1976年には11試合でわずか4タッチダウン(TD)しか投げられず逆に16インターセプト(INT)を喫してしまった(ニューイングランド戦での1試合6INTを含む)。1977年ネイマスはウェーバー公示されロサンゼルス・ラムズに移籍した後4試合に出場し34歳で引退した。

1971年のドラフト1巡で獲得したジョン・リギンズは、1975年に1000ヤードラッシャーとなった後、フリーエージェントでワシントン・レッドスキンズに去った[3]。

ウォルト・マイケルズが新ヘッドコーチに就任した1977年、ドラフトでウェズリー・ウォーカーを獲得した[3]。この年チームは3勝11敗になり、1978年チームは先発QBをリチャード・トッドから無名だったマット・ロビンソンに変更して8勝8敗の成績をあげた。このシーズン残り2試合を残して8勝6敗でプレーオフ進出の望みがあったが最後の2試合で連敗してしまった。

1979年には再びトッドが先発QBに返り咲き8勝8敗、1980年にはトッドが30INTを喫して4勝12敗に終わった。このシーズンは開幕から14連敗しており1勝15敗に終わったニューオーリンズ・セインツに敗れている[5][6]。

1970年代のチームは勝ち越すことがなかったが、その間タイトエンドのリッチ・キャスターは3回プロボウルに選ばれた[3]。

1981年から1996年まで

1981年は1970年にAFLがNFLに吸収合併されて以来初めて勝ち越し10勝5敗1分の成績をあげてプレーオフに出場した。トッドはパスで3231ヤード、25TDを獲得、主なターゲットはウェズリー・ウォーカー、ジェローム・バーカムであった。ディフェンスのマーク・ガスティノー、ジョー・クレッコの2人は相手QBに合計40サックを浴びせ、マーティ・ライオンズ、アブドゥル・サラームと共にニューヨーク証券取引所(New York Stock Exchange)をもじってニューヨーク・サック・エクスチェンジ(New York Sack Exchange)と呼ばれた[7]。

1982年にはサック・エクスチェンジに代表されるディフェンスとフリーマン・マクニールの活躍でプレーオフに入ってもロードでシンシナティ・ベンガルズ、オークランド・レイダースを破りAFCチャンピオンシップゲームでマイアミ・ドルフィンズと対戦した[2]。オレンジボウルで行われたこの試合は大雨が降ったにも係わらずドルフィンズはフィールドをカバーしなかったため非常に悪いコンディションで行われたこの試合トッドはパス37本中15本しか成功できず5INTを喫し、ディフェンスがデビッド・ウッドリーをパス21回中9本成功、87ヤード、3インターセプトと抑えたものの0-14で敗れた[2][5][8]。この年12月6日、デトロイト・ライオンズとのマンデーナイトフットボールで、ウェズリー・ウォーカーが3TDをあげた[9]。

1983年にジョー・ウォルトンが新ヘッドコーチとなったが7勝9敗に終わった。シーズン終了後、これまでニューヨーク・メッツのシーズン終了までシェイ・スタジアムでのゲームができず、ロードでの遠征を強いられていたジェッツはニュージャージー州イーストラザフォードにあるジャイアンツ・スタジアムに本拠地を移した。またチームオフィスもタイムズスクエアからマンハッタンに移動した。

1984年、ベテランQBのパット・ライアンが11試合に先発し[10]、前年のドラフト1巡指名のケン・オブライエンはシーズン終盤に先発に昇格した。このシーズンは7勝9敗に終わった。マーク・ガスティノーがNFLシーズン記録となる22サックをあげた[2]。

1985年オブライエンは25TD(ミッキー・シューラーへ7本、ウェズリー・ウォーカーへ5本)、8INTの好成績をおさめ4人のランニングバックが合計18TDをあげて11勝5敗となり初めてホームスタジアムでプレーオフを迎えたが第20回スーパーボウルに出場したニューイングランド・ペイトリオッツに14-26で敗れた。

1986年は開幕から9連勝、10勝1敗の好スタートを切った。ウェズリー・ウォーカーが12TDレシーブ、2年目のアル・ツーンも8TDレシーブをあげたがオブライエンが指を負傷、他にも怪我人が続出して終盤5連敗して10勝6敗でプレーオフを迎えた。プレーオフではパット・ライアンが先発しワイルドカードプレーオフでカンザスシティ・チーフスを破り[11]、ディビジョナルプレーオフでは、敵地に乗り込みクリーブランド・ブラウンズと対戦した。第4Q終了直前、ジェッツ3点リード、ブラウンズの攻撃2ndアンド24でバーニー・コーザーのパスは失敗したがこのプレイでギャスティノーがラフィング・ザ・パッサーの反則を取られてファーストダウンを与えてしまいFGで同点となり、ダブルオーバータイムの末、マーク・モーズリーのFGが決まり敗れた[12]。

1989年、ドラフト2巡で指名されたデニス・バードが7サックをあげた[3]。

1990年にシンシナティ・ベンガルズのオフェンス・コーディネーターであったブルース・コスレットがヘッドコーチとなった。

1991年にブラッド・バクスターが自己最高の11TDランをあげた。過去2シーズンで10勝22敗と大きく負け越していたチームは最終節にドルフィンズを破り8勝8敗ながらプレーオフ出場を決めた[2]。ワイルドカードプレーオフではヒューストン・オイラーズと対戦し10-17で敗れた。

1992年、コスレットはオブライエンに代えて2年目のQBブローニング・ネイグルを起用したが4勝12敗に終わった。11月の試合中、デニス・バードがカンザスシティ・チーフスとの試合中の怪我で下半身麻痺となり引退を余儀なくされた[3]。幸運なことにステロイド治療の末、彼は数ヶ月後には自分の足で歩くことができるようになった。シーズン終了後ドラフト3巡目指名権と引換えにコスレットがかつてベンガルズで指導したブーマー・アサイアソンを獲得した。

1993年シーズン半ばチームは連勝しプレーオフ進出が期待されたが8勝8敗でプレーオフを逃しコスレットは解雇された。4シーズンで26勝38敗の成績であった[13]。

後任のヘッドコーチにはピート・キャロルが就任した。1994年11月27日のドルフィンズ戦で相手QBのダン・マリーノはアーロン・グレンにサックされそうになったがスパイクするフェイクを見せた後、マーク・イングラムへの逆転のTDパスを成功させた。このプレイは"The Fake Spike"として知られている (Clock Play) 。チームは最後の4試合を連敗し6勝10敗でAFC東地区最下位になりキャロルは1年で契約を切られ、フィラデルフィア・イーグルスのヘッドコーチだったリッチ・コータイトが新ヘッドコーチになった。1995年を3勝13敗、1996年を1勝15敗と2シーズン連続でNFL最悪の成績で終えてコータイトは解雇された。(イーグルス時代も含めたコータイトコーチのキャリア最後の39試合は4勝35敗でNFL史上ワーストの成績となっている[14])。

1997年以降

1997年にニューヨーク・ジャイアンツ時代スーパーボウルを制覇しているビル・パーセルズ(ニューイングランド・ペイトリオッツヘッドコーチ)を招いた。前年ドラフト全体1位指名のWRキーショーン・ジョンソンの活躍などでQBのニール・オドネルは17TDパスを投げ、エイドリアン・マレルが1000ヤードラッシャーとなった。チームは9勝7敗だったがプレーオフ出場は逃した。

1998年にはペイトリオッツRBのカーティス・マーティン、控えQBとしてビニー・テスタバーディを獲得した。またケビン・マワイをフリーエージェントで獲得した[2]。チームは1960年代以来となる地区優勝を果たした。この年パーセルはチームロゴやユニフォームを60年代に活躍した時代のものに戻す決定を行った。グレン・フォーリーが2試合先発した後、パーセルは先発QBをテスタバーディに変更、彼は29TDパスを投げてマーティンは1287ヤード、8TDランをあげた。キーショーン・ジョンソンとウェイン・クレベットは共にレシーブで1000ヤードを越えて最後の12試合で11勝をあげたチームは12勝4敗でNFL加入後初の地区優勝を果たした。ディビジョナルプレーオフでジャクソンビル・ジャガーズを破りAFCチャンピオンシップゲームでデンバー・ブロンコスと対戦した。この試合10-0とリードしたがテスタバーディの2つのインターセプト、相手RBのテレル・デービスが167ヤードを走る活躍で10-23で逆転負けした。この年アーロン・グレンが6インターセプトをあげた[3]。翌1999年にはテスタバーディが開幕戦のペイトリオッツとの試合でアキレス腱を断裂、リック・マイアー(4勝6敗)、レイ・ルーカス(4勝2敗)が代わりに先発した。

1999年、シーズン前にレオン・ヘスオーナーが85歳で亡くなっておりシーズン終了後チームはジョンソン・エンド・ジョンソンのウッディ・ジョンソンが買い取った[15]。

2000年のドラフトでは1巡指名権4つを利用してDEショーン・エリス、ジョン・エイブラハム、TEアンソニー・ベクト、QBチャド・ペニントンを獲得した。この年、パーセルズの下でアシスタントコーチを務めていたビル・ベリチックがヘッドコーチに昇格するが、翌日、ペイトリオッツのヘッドコーチとなるため退団し、後任のヘッドコーチには長年アシスタントコーチを務めたアル・グローが昇格した。グローはキーショーン・ジョンソンをタンパベイ・バッカニアーズにトレードし複数のドラフト1巡指名権と交換した[16]。この年のドルフィンズとのマンデーナイトフットボールでは第3Q終了時点で7-30とリードされたがオーバータイムの末、40-37で逆転勝利した[17]。この試合はマンデーナイト・ミラクルと呼ばれている[18]。シーズン終盤の9試合で3勝しかあげられず、9勝7敗でプレーオフを逃しグローは母校のバージニア大学のヘッドコーチとなるために辞任した[19]。フロント入りしていたパーセルズもこのシーズンでチームを去った[20]。

2001年、タンパベイ・バッカニアーズのヘッドコーチ、トニー・ダンジーの下でアシスタントコーチを務めていたハーマン・エドワーズが新ヘッドコーチとなった[21]。エドワーズコーチ就任1年目からプレーオフに進出した[22]。チームはこのシーズン53ヤードの決勝FGを決めて勝利したオークランド・レイダースと再戦した。チャーリー・ガーナーの87ヤードTDランなどで24-37でチームは敗れた。このプレイでヴィクター・グリーンに対するホールディングがあったのではとジェッツファンは思ったが反則はコールされなかった。この年のニューイングランド・ペイトリオッツ戦でモー・ルイスのヒットを受けた相手QBドリュー・ブレッドソーが負傷退場した。その試合がトム・ブレイディがエースQBとなるきっかけとなり、ジェッツは長年ペイトリオッツ相手に苦杯をなめることとなった[3]。

2002年はAFC東地区全4チームが12月になっても地区優勝を争う混戦になった。シーズン当初はテスタバーディが先発し1勝3敗になったところから、ペニントンが先発の座を奪い[23]。22TD、6INTの成績をあげてチームは地区優勝を果たした。コルツとのプレーオフではペイトン・マニングをパス31回中14回成功。137ヤード、被インターセプト2と抑え、41-0で圧勝した[2]。ディビジョナルプレーオフでレイダースに敗れた。

2003年シーズン開幕前に多くの選手がフリーエージェントでチームを離れた。ワシントン・レッドスキンズに移籍した選手が多く彼らは"jetskins"と呼ばれた。プレシーズンゲームでペニントンが手首を脱臼および骨折して[24][25]シーズン半ばまで欠場、それまでテスタバーディが先発しチームは6勝10敗でシーズンを終えた。

2004年には開幕から5連勝した後、続く3試合中2試合を落としたが10勝6敗でプレーオフに進出、プロボウルに選出されているドリュー・ブリーズ、ラダニアン・トムリンソン、アントニオ・ゲイツらを擁するサンディエゴ・チャージャーズと対戦した。17-10とリードした残り20秒、4ダウンでブリーズのパスは不成功に終わったがエリック・バートンがラフィング・ザ・パッサーの反則を取られて1ヤードからのチャージャーズの攻撃となり次のプレイでゲイツへのTDパスが決まり試合はオーバータイムに持ち込まれた。オーバータイムではチャージャーズの新人キッカーのネイト・ケディングの40ヤードのFGが失敗し、ジェッツはダグ・ブライエンが28ヤードのFGを成功し勝利した。続くディビジョナルプレーオフではシーズン15勝1敗のスティーラーズと対戦、サンタナ・モスのパンとリターンTD、レジー・トングのインターセプトTDなどで17-17と同点で迎えた第4Q、ブライエンが47ヤードのFGを狙ったがクロスバーに当たり失敗、デビッド・バレットがその後相手のパスをインターセプト、ブライエンが43ヤードのFGを狙ったがまたもや失敗に終わり、試合はオーバータイムにもつれ、スティーラーズのキッカージェフ・リードの33ヤードのFGが決まりジェッツは敗れた。このシーズン、ブライエンは40ヤードから49ヤードのFGを11回中10回成功していた。

2005年にはワシントン・レッドスキンズからラヴァーニアス・コールズが復帰し、ペイトリオッツのタイ・ロー、ドルフィンズの先発QBだったジェイ・フィールダーを控えQBとして獲得した。またドラフト1巡目指名権と引き換えにレイダースからダグ・ジョリーを獲得したがこのトレードは批判されヒース・ミラーを取るべきだったと言われた。この年のドラフト2巡目でオハイオ州立大学のキッカー、マイク・ヌジェントをブライエンの後任として獲得した。この年もフリーエージェントでラモント・ジョーダン、カリーム・マッケンジーなど多くの選手がチームを離れた。

スーパーボウル出場が期待されて始まったシーズンの第3週、ジャクソンビル・ジャガーズ戦でペニントンが負傷退場、6プレイ後にはジェイ・フィールダーも負傷したため、急遽第3のQBであるブルックス・ボリンジャーが出場し、翌週からは引退したテスタバーディと控えQBとして契約した。第5週のバッカニアーズ戦からテスタバーディが先発し勝利をあげたがその後7連敗した後、第14週のレイダース戦がシーズン最後の勝利となった。このシーズンはRBのデリック・ブレイロック、コーナーバックのデビッド・バレット、ウェイン・クレベット、クリス・ベイカー、ジェイソン・ファビーニ、ケビン・マワイなど主力選手の多くを怪我で欠きその内の何人かはシーズン絶望の怪我を負った。クレベットは脳震盪のためこの年で引退することとなった[2]。

シーズン終了後、ハーマン・エドワーズはイーグルスでアシスタントコーチをしていた時のヘッドコーチ、ディック・ヴァーミールの後任としてカンザスシティ・チーフスのヘッドコーチとなるため退団した。後任のヘッドコーチにはペイトリオッツのディフェンスコーディネーターだったエリック・マンジーニが就任した。ケビン・マワイ、タイ・ロー、ジョン・エイブラハムが退団し再建期と見られていたチームは[26]、2006年シーズン、2つのドラフト1巡指名権でデブリッカショー・ファーガソンとニック・マンゴールドを獲得した[3]。10勝6敗でプレーオフに第5シードで進出し周囲を驚かせた。またペニントンはカムバック賞を獲得した。ペイトリオッツとのワイルドカードプレーオフはジェリコ・コッチェリーへの77ヤードTDパスなどで一時10-7とリードしたが16-37で敗れた。

2007年9月10日、ペイトリオッツのヘッドコーチ、ビル・ベリチックがジェッツのディフェンスシグナルを盗撮していたことが明らかになりNFLより罰金が課せられた。この年ジェッツはシカゴ・ベアーズのランニングバック、トーマス・ジョーンズを獲得した。ペニントンの怪我もあり、2007年シーズン開幕から1勝7敗となったところで、2年目のQBケレン・クレメンスが先発するようになった。この年オフェンスラインが十分なパスプロテクションを行なえず、チームは4勝12敗でシーズンを終えた。この年ジェリコ・コチェリーがレシーブで1130ヤードを獲得した。1000ヤードレシーバーはその後2015年のブランドン・マーシャルまで現れなかった[3]。

2008年同年8月6日、グリーンベイ・パッカーズで活躍したQBブレット・ファーヴを獲得した[27]。エースQBのペニントンは翌日解雇された後、ドルフィンズと契約した。ファーヴはアリゾナ・カージナルス戦では6TDパスを投げて56-35と勝利し、開幕から11連勝していたテネシー・タイタンズの連勝をストップするなど8勝3敗の好スタートを切ったが終盤5試合では2TDパスに対し9INTと不振を極め、チームは最後の5試合中4試合に敗れて9勝7敗でプレーオフ出場を逃した[2][28]。トーマス・ジョーンズは1312ヤードを走り、13タッチダウンをあげた。シーズン終了と共にマンジーニヘッドコーチは解任され[28]後任にはボルチモア・レイブンズのアシスタントヘッドコーチのレックス・ライアンが就任した[29]。ファーヴは現役引退を発表、その後翌シーズン開幕前にミネソタ・バイキングスに加入することとなる[2]。

2009年のドラフト1巡目全体5位で指名したQBマーク・サンチェスやCBダレル・リーヴィスの活躍でチームはワイルドカードでプレーオフに進出、シンシナティ・ベンガルズとサンディエゴ・チャージャーズをロードで破りAFCチャンピオンシップゲームに進出したがインディアナポリス・コルツに敗れスーパーボウル出場は逃した[2]。チームの躍進のさなかジョンソンオーナーの娘のケイシー・ジョンソンは2010年1月4日急死した[30]。

シーズンオフにはトーマス・ジョーンズなどを放出したもののラダニアン・トムリンソン、サントニオ・ホームズなどを補強している[31]。2010年、開幕から11試合で9勝2敗、11勝5敗でプレーオフに進出した。ディビジョナルプレーオフでは12月6日に敵地ジレット・スタジアムで敗れたペイトリオッツを相手に28-21で敵地で勝利し、AFCチャンピオンシップゲームまで進出したが、ピッツバーグ・スティーラーズに敗れ、スーパーボウル出場はならなかった[2]。

2011年、最後の3試合で連敗し、8勝8敗となりプレーオフ出場を逃した。シーズン終了後、ブライアン・ショッテンハイマーオフェンスコーディネーターが退団、ドルフィンズのヘッドコーチを務めていたトニー・スパラノが後任となった[32]。

2012年、オフシーズンに前デンバー・ブロンコスのQBティム・ティーボウを獲得した。ダレル・リーヴィスがシーズン開幕早々にシーズン絶望、さらにエースWRのサントニオ・ホームズも戦列を離れた。プレーオフ出場が絶望となった後、第16週では不調のマーク・サンチェスに代わって、グレッグ・マッケロイが先発した。6勝10敗の地区3位でシーズンを終えた。シーズン終了後、マイク・タネンバウムGMが解任されたが、レックス・ライアンヘッドコーチは続投することが、ウッディ・ジョンソンオーナーより発表された[33]。

2013年、プレシーズンゲームでマーク・サンチェスが負傷してシーズン絶望となったため、新人QBジーノ・スミスが先発QBとなった。この年チームは8勝8敗でシーズンを終えた。

2014年、オフシーズンにマーク・サンチェスを解雇し、マイケル・ヴィックを控えQB待遇で獲得した。この年チームは4勝12敗に終わり、シーズン終了後、ライアンヘッドコーチは解任された[34]。

2015年1月13日、トッド・ボウルズがヘッドコーチに就任することが発表された[35]。この年ドラフト5巡とのトレードでブランドン・マーシャルを獲得した[2]。同年はプレーオフに進出した。

2016年、2017年、2018年は、三年連続して地区最下位となった。2018年はドラフト1巡目指名のサム・ダーノルドを先発QBとして起用したが、オフにHCのボウルズは解雇されて、後任は同地区ライバルのマイアミ・ドルフィンズHCを辞任したばかりのアダム・ゲイズとなった。2018年に前ミネソタ・バイキングスのQBテディ・ブリッジウォーターと契約したが、シーズン開幕前にニューオーリンズ・セインツとのトレードで放出した[36]。

2019年5月にはGMのマイク・マッカグナンが更迭された。同年6月、ジョー・ダグラスがGMに就任した。2019年もプレーオフを逃した。

2020年シーズンはコロナウイルス感染症流行のため、全ホーム試合を無観客とし、開幕から13連敗を喫して地区最下位となりプレーオフを逃した。シーズンはわずか2勝に終わり、ゲイズは解雇された。2021年1月、サンフランシスコ・フォーティーナイナーズのディフェンス・コーディネーターのロバート・サラーがHCに就任した。2021年4月、サム・ダーノルドを3つのドラフト権と交換にカロライナ・パンサーズに放出した。この年のドラフト全体2位でQBザック・ウィルソンを指名した。2021年シーズンも2年連続で地区最下位となりプレーオフを逃した。2022年シーズンは第17週までプレーオフの望みを維持するも、6連敗でシーズンを終えて、3年連続で地区最下位となりプレーオフを逃した。

2023年4月、大型トレードによりアーロン・ロジャースを獲得した[37]。だがロジャースは開幕戦で負傷し、残りシーズンを欠場することになった[38]。第15週にプレーオフ進出の道は断たれた。

2024年シーズン

2024年シーズンのジェッツの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 チーフス テキサンズ レイブンズ ビルズ 49ers バッカニアーズ ライオンズ カウボーイズ
2位 レイダース ジャガーズ ブラウンズ ドルフィンズ ラムズ セインツ パッカーズ イーグルス
3位 ブロンコス コルツ スティーラーズ ジェッツ シーホークス ファルコンズ バイキングス ジャイアンツ
4位 チャージャーズ タイタンズ ベンガルズ ペイトリオッツ カージナルス パンサーズ ベアーズ コマンダース

 :1度対戦  :2度対戦

2023年シーズン及び過去10シーズンの成績
年成績地区勝敗分率DivCon総得点総失点平均得点平均失点
2023 レギュラー敗退3位7100.4122–44–8268355 15.820.9
2022 レギュラー敗退4位7100.4122-45-7296316 17.418.6
2021 レギュラー敗退4位4130.2350-64-8310504 18.229.6
2020 レギュラー敗退4位2140.1250-61-11243457 15.228.6
2019 レギュラー敗退3位790.4382-44-8276359 17.322.4
2018 レギュラー敗退4位4120.2501–53–9333441 20.827.6
2017 レギュラー敗退4位5110.3132-45-7298382 18.623.9
2016 レギュラー敗退4位5110.3132-44-8275409 17.225.6
2015 レギュラー敗退2位1060.6253-37-5387314 24.219.6
2014 レギュラー敗退4位4120.2501-54-8283401 17.725.1
2013 レギュラー敗退2位880.5003-35-7290387 18.124.2

()内はシード順

2023年シーズン成績

AFC東地区 2023
チーム勝敗分勝率DivCon総得点総失点平均得点平均失点得失差
(2)バッファロー・ビルズ 1160.6474–27–5451311 26.518.38.2
(6)マイアミ・ドルフィンズ 1160.6474–27–5496391 29.223.06.2
ニューヨーク・ジェッツ 7100.4122–44–8268355 15.820.9-5.1
ニューイングランド・ペイトリオッツ 4130.2352–44–8236366 13.921.5-7.6
AFC 2023
順
位
チーム地
区
勝敗分勝率DIVCONSOSSOV
地区優勝
1 ボルチモア・レイブンズ 北 1340.7653–38–4 .543.529
2[lower-alpha 1][lower-alpha 2] バッファロー・ビルズ 東 1160.6474–27–5 .471.471
3[lower-alpha 2] カンザスシティ・チーフス 西 1160.6474–29–3 .481.428
4 ヒューストン・テキサンズ 南 1070.5884–27–5 .474.465
ワイルドカード
5[lower-alpha 3] クリーブランド・ブラウンズ 北 1160.6473–38–4 .536.513
6[lower-alpha 1][lower-alpha 3] マイアミ・ドルフィンズ 東 1160.6474–27–5 .450.358
7 ピッツバーグ・スティーラーズ 北 1070.5885–17–5 .540.571
レギュラーシーズン敗退
8[lower-alpha 4] シンシナティ・ベンガルズ 北 980.5291–54–8 .574.536
9[lower-alpha 5][lower-alpha 4] ジャクソンビル・ジャガーズ 南 980.5294–26–6 .533.477
10[lower-alpha 5] インディアナポリス・コルツ 南 980.5293–37–5 .491.444
11[lower-alpha 6] ラスベガス・レイダース 西 890.4714–26–6 .488.426
12[lower-alpha 6] デンバー・ブロンコス 西 890.4713–35–7 .488.485
13 ニューヨーク・ジェッツ 東 7100.4122–44–8 .502.454
14 テネシー・タイタンズ 南 6110.3531–54–8 .522.422
15 ロサンゼルス・チャージャーズ 西 5120.2941–53–9 .529.388
16 ニューイングランド・ペイトリオッツ 東 4130.2352–44–8 .522.529
タイブレーク
  1. 直接対決(第4週、第18週)でビルズがドルフィンズに勝利
  2. 直接対決(第14週)でビルズがチーフスに勝利
  3. カンファレンス勝率でブラウンズがドルフィンズを上回る
  4. 直接対決(第13週)でベンガルズがジャガーズに勝利
  5. 直接対決(第1週、第6週)でジャガーズがコルツに勝利
  6. 直接対決(第1週、第18週)でレイダースがブロンコスに勝利
                                       
    ワイルドカード・プレーオフディビジョナル・プレーオフ
    2024年1月15日
    レイモンド・ジェームス・スタジアム
        1月21日
    フォード・フィールド
        1月28日
    リーバイス・スタジアム
        2月11日
    アレジアント・スタジアム
     5  イーグルス  9
     4  バッカニアーズ  32 
    2024年1月14日
    フォード・フィールド
     4  バッカニアーズ  23
       3  ライオンズ  31  
     6  ラムズ  23 NFC
     3  ライオンズ  24  1月20日
    リーバイス・スタジアム
    2024年1月14日
    AT&Tスタジアム
     3  ライオンズ  31
       1  49ers  34  
    NFCチャンピオンシップ
    1月28日
    M&Tバンク・スタジアム
     7  パッカーズ  48
     7  パッカーズ  21
     2  カウボーイズ  32  
     1  49ers  24  
    2024年1月13日
    アローヘッド・スタジアム
    1月21日
    ハイマーク・スタジアム
     N1  49ers  22
       A3  チーフス  25
     6  ドルフィンズ  7 第58回スーパーボウル
     3  チーフス  26 
    2024年1月15日
    ハイマーク・スタジアム
     3  チーフス  27
       2  ビルズ  24  
     7  スティーラーズ  17 AFC
     2  ビルズ  31  1月20日
    M&Tバンク・スタジアム
    2024年1月13日
    NRGスタジアム
     3  チーフス  17
       1  レイブンズ  10  
    AFCチャンピオンシップ
     5  ブラウンズ  14
     4  テキサンズ  10
     4  テキサンズ  45  
     1  レイブンズ  34  
    • 対戦カードはレギュラーシーズン成績に基づくシード順で決定され、上位シードチームのホームで対戦する。そのラウンドに残ったチームの内の最上位シードが最下位シードと対戦するルールであるため、ディビジョナル・プレーオフの対戦カードはワイルドカードの結果により変動する。
    • スーパーボウル開催地は事前にオーナー会議で決定。その他の試合はシード上位のチームのホームで開催する。
    • チーム名の左の数字はシード順。
    • * は延長戦決着
    • 日付はアメリカ東部時間

    成績

    AFC東地区(4地区制)

    年地区優勝2位3位4位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2023 BUF(2d)1160 MIA(6w)1160 NYJ7100 NE4130
    2022 BUF(2d)1330 MIA(7w)980 NE890 NYJ7100
    2021 BUF(3d)1160 NE (6w)1070 MIA980 NYJ4130
    2020 BUF(2c)1330 MIA1060 NE790 NYJ2140
    2019 NE (3w)1240 BUF(5w)1060 NYJ790 MIA5110
    2018 NE (2v)1150 MIA790 BUF6100 NYJ4120
    2017 NE (1s)1330 BUF(6w)970 MIA6100 NYJ5110
    2016 NE (1v)1420 MIA(6w)1060 BUF790 NYJ5110
    2015 NE (2c)1240 NYJ1060 BUF880 MIA5110
    2014 NE (1v)1240 BUF970 MIA880 NYJ4120
    2013 NE (2c)1240 NYJ880 MIA880 BUF6100
    2012 NE (2c)1240 MIA790 NYJ6100 BUF6100
    2011 NE (1s)1330 NYJ880 MIA6100 BUF6100
    2010 NE (1d)1420 NYJ(6c)1150 MIA790 BUF4120
    2009 NE (3w)1060 NYJ(5c)970 MIA790 BUF6100
    2008 MIA(3w)1150 NE1150 NYJ970 BUF790
    2007 NE (1s)1600 BUF790 NYJ4120 MIA1150
    2006 NE (4c)1240 NYJ(5w)1060 BUF790 MIA6100
    2005 NE (4d)1060 MIA970 BUF5110 NYJ4120
    2004 NE (2v)1420 NYJ(5d)1060 BUF970 MIA4120
    2003 NE (1v)1420 MIA1060 BUF6100 NYJ6100
    2002 NYJ(4d)970 NE970 MIA970 BUF880

    AFC東地区(3地区制)

    年地区優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    2001 NE(2v)1150 MIA(4w)1150 NYJ(6w)1060 IND6100 BUF3130
    2000 MIA(3d)1150 IND(6w)1060 NYJ970 BUF880 NE5110
    1999 IND(2d)1330 BUF(5w)1150 MIA(6d)970 NYJ880 NE880
    1998 NYJ(2c)1240 MIA(4d)1060 BUF(5w)1060 NE(6w)970 IND3130
    1997 NE(3d)1060 MIA(6w)970 NYJ970 BUF6100 IND3130
    1996 NE(2s)1150 BUF(4w)1060 IND(6w)970 MIA880 NYJ1150
    1995 BUF(3d)1060 IND(5c)970 MIA(6w)970 NE6100 NYJ3130
    1994 MIA(3d)1060 NE(5w)1060 IND880 BUF790 NYJ6100
    1993 BUF(1s)1240 MIA970 NYJ880 NE5110 IND4120
    1992 MIA(2c)1150 BUF(4s)1150 IND970 NYJ4120 NE2140
    1991 BUF(1s)1330 NYJ(6w)880 MIA880 NE6100 IND1150
    1990 BUF(1s)1330 MIA(4d)1240 IND790 NYJ6100 NE1150
    1989 BUF(3d)970 IND880 MIA880 NE5110 NYJ4120
    1988 BUF(2c)1240 IND970 NE970 NYJ871 MIA6100
    1987 IND(3d)960 NE870 MIA870 BUF780 NYJ690
    1986 NE(3d)1150 NYJ(4d)1060 MIA880 BUF4120 IND3130
    1985 MIA(2c)1240 NYJ(4w)1150 NE(5s)1150 IND5110 BUF2140
    1984 MIA(1s)1420 NE970 NYJ790 IND4120 BUF2140
    1983 MIA(2d)1240 NE880 BUF880 BAL790 NYJ790
    1982 MIA(2s)720 NYJ(6c)630 NE(7w)540 BUF450 BAL081
    1981 MIA(2d)1141 NYJ(4w)1051 BUF(5d)1060 BAL2140 NE2140
    1980 BUF(3d)1150 NE1060 MIA880 BAL790 NYJ4120
    1979 MIA(3d)1060 NE970 NYJ880 BUF790 BAL5110
    1978 NE(2d)1150 MIA(4w)1150 NYJ880 BUF5110 BAL5110
    1977 BAL(2d)1040 MIA1040 NE950 BUF3110 NYJ3110
    1976 BAL(2d)1130 NE(4d)1130 MIA680 NYJ3110 BUF2120
    1975 BAL(3d)1040 MIA1040 BUF860 NYJ3110 NE3110
    1974 MIA(d)1130 BUF(d)950 NE770 NYJ770 BAL2120
    1973 MIA(v)1220 BUF950 NE590 NYJ4100 BAL4100
    1972 MIA(v)1400 NYJ770 BAL590 BUF491 NE3110
    1971 MIA(s)1031 BAL(c)1040 NE680 NYJ680 BUF1130
    1970 BAL(v)1121 MIA(d)1040 NYJ4100 BUF3101 BOS2120

    AFL東地区

    年地区優勝2位3位4位5位
    チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
    1969 NY(d)1040 HOU(d)662 BOS4100 BUF4100 MIA3101
    1968 NY(V)1130 HOU770 MIA581 BOS4100 BUF1121
    1967 HOU(a)941 NY851 BUF4100 MIA4100 BOS3101
    1966 BUF(a)941 BOS842 NY662 HOU3110 MIA3110
    スーパーボウル開始
    1965 BUF(a)1031 NY581 BOS482 HOU4100
    1964 BUF(v)1220 BOS1031 NY581 HOU4100
    1963 BOS(a)761 BUF(d)761 HOU680 NY581
    1962 HOU(a)1130 BOS941 BUF761 NY590
    1961 HOU(v)1031 BOS941 NY770 BUF680
    1960 HOU(v)1040 NY770 BUF581 BOS590

    スタジアム

    1984年からナショナル・フットボール・カンファレンスのニューヨーク・ジャイアンツが1976年の開場時から使用していたジャイアンツ・スタジアムをホームスタジアムとしている。「間借り」ではなく「共用」ではあるが同スタジアムはジャイアンツ色が強く、また2チームともニューヨーク市内から移転してしまった状態になっている。ニューヨーク市による2012年のオリンピック誘致においてメインスタジアムとしてマンハッタン地区に新スタジアム(en:West Side Stadium)を建設する計画が持ち上がり[39]、実現したならばジェッツの新本拠地となる予定だったが結局開催地選定ではロンドンに敗れ、また市からもMLBのヤンキース、メッツもそれぞれ新球場建設予定であることから予算が認められず、この計画は白紙に戻ってしまった。そのため現在はニュージャージー・メドウランズに両チームの新本拠地(メドウランズ・スタジアム)が建設された。2010年シーズンから供用される同スタジアムでのシーズン開幕戦はコイントスでジャイアンツに譲ったもののマンデーナイトフットボールでジェッツも利用することが決まった[40]。

    主な選手

    永久欠番

    ニューヨーク・ジェッツ 永久欠番一覧
    背番号 名前 ポジション 在籍期間
    12ジョー・ネイマスJoe NamathQB1965–1976
    13ドン・メイナードDon MaynardWR1960–1972
    28カーティス・マーティンCurtis MartinRB1998–2006
    73ジョー・クレッコJoe KleckoDL1977–1987
    90デニス・バードDennis ByrdDL1989–1992
    ウィーブ・ユーバンクWeeb Ewbankヘッドコーチ1963–1973

    これ以外に80番はウェイン・クレベットの2005年試合中の怪我による引退以降誰も着けていない。

    プロフットボール殿堂

    プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
    選手
    背番号名前ポジション在籍期間選出年
    12ジョー・ネイマスJoe NamathQB1965–19761985
    13ドン・メイナードDon MaynardWR1960–19721987
    44ジョン・リギンズJohn RigginsRB1971–19751992
    42ロニー・ロットRonnie LottDB1993–19942000
    81アート・モンクArt MonkWR19942008
    28カーティス・マーティンCurtis MartinRB1998–20052012
    4ブレット・ファーヴBrett FavreQB20082016
    99ジェイソン・テイラーJason TaylorDE20102017
    21ラダニアン・トムリンソンLaDainian TomlinsonRB2010–20112017
    68ケビン・マワイKevin MawaeC1998–20052019
    22, 24タイ・ローTy LawCB2005, 20082019
    22エド・リードEd ReedS20132019
    75ウィンストン・ヒルWinston HillOT1963–19762020
    27スティーブ・アトウォーターSteve AtwaterS19992020
    65アラン・ファニカAlan FanecaOG2008–20092021
    コーチ・エグゼクティブ
    名前役職在籍期間選出年
    サミー・ボウSammy Baughヘッドコーチ1960–19611963
    ブルドッグ・ターナーBulldog Turnerヘッドコーチ19621966
    ウィーブ・ユーバンクWeeb Ewbankヘッドコーチ1963–19731978
    ビル・パーセルズBill Parcellsヘッドコーチ
    GM
    1997–1999
    1997–2000
    2013
    ロン・ウルフRon Wolfパーソナルディレクター1990–19912015

    リング・オブ・オナー

    • 12 ジョー・ネイマス QB 1965–1976
    • 13 ドン・メイナード WR 1960–1972
    • 28 カーティス・マーティン RB 1998–2006
    • 75 ウィンストン・ヒル OL 1963–1976
    • 73 ジョー・クレッコ DL 1977–1987
    • — ウィーブ・ユーバンク コーチ 1963–1973
    • 60 ラリー・グランザム LB 1960-1972
    • 81 ゲーリー・フィルビン DL 1964–1972
    • 24 フリーマン・マクニール RB 1981–1992
    • 88 アル・ツーン WR 1985–1992
    • 85 ウェズリー・ウォーカー WR 1977–1989
    • 99 マーク・ガスティノー DE 1979–1988
    • 93 マーティ・ライオンズ DT 1979–1989
    • 80 ウェイン・クレベット WR 1995–2005
    • — レオン・ヘス オーナー 1968–1999
    • 32 エマーソン・ブーザー RB 1966–1975
    • 41 マット・スネル RB 1964–1972
    • 68 ケビン・マワイ C 1998–2005

    オールタイム・フォー・ディケイド・チーム

    ジョー・ネイマス(1965年)

    歴代ヘッドコーチ

    • サミー・ボウ (1960-1961)
    • ブルドッグ・ターナー (1962)
    • ウィーブ・ユーバンク (1963-1973)
    • チャーリー・ウィナー (1974-1975)
    • ケン・シップ (1975)
    • ルー・ホルツ (1976)
    • マイク・ホロバック (1976)
    • ウォルト・マイケルズ (1977-1982)
    • ジョー・ウォルトン (1983-1989)
    • ブルース・コスレット (1990-1993)
    • ピート・キャロル (1994)
    • リッチ・コータイト (1995-1996)
    • ビル・パーセルズ (1997-1999)
    • アル・グロー (2000)
    • ハーマン・エドワーズ (2001-2005)
    • エリック・マンジーニ (2006-2008)
    • レックス・ライアン (2009-2014)
    • トッド・ボウルズ (2015-2018)
    • アダム・ゲイズ (2019-2020)
    • ロバート・サラー (2021-現在)

    その他

    脚注

    注釈

    1. 後にヘスはWerblinから経営権を買い取った。

    出典

    1. New York Jets (1960-present) sportsecyclopedia.com
    2. Chris Stephano (2015年11月9日). “NY Jets: Top 30 greatest moments in franchise history”. 2022年5月24日閲覧。
    3. Chris Stephano (2016年1月3日). “NY Jets: 30 greatest draft picks in team history”. thejetpress.com. 2022年5月24日閲覧。
    4. Joe Namath made the Super Bowl truly 'Super' profootballhof.com
    5. “On silver anniversary of Mud Bowl, Jets vs. Dolphins has taken turn for worst”. ニューヨーク・デイリーニューズ (2007年12月2日). 2010年12月15日閲覧。
    6. New Orleans Saints 21 at New York Jets 20 pro-football-reference.com
    7. ドラフトに2世選手続々 NFLマニア
    8. The Mud Bowl スポーツ・イラストレイテッド
    9. “MNF History: 1982”. ABC (2002年8月29日). 2013年6月1日閲覧。
    10. Jeff Pearlman (2010年7月30日). “It takes a certain type of player to be successful NFL backup QB”. スポーツ・イラストレイテッド. 2013年11月24日閲覧。
    11. “Jets Bench O'Brien; Ryan to Face Chiefs Sunday”. ロサンゼルス・タイムズ (1986年12月25日). 2013年11月24日閲覧。
    12. 伝説の名勝負ベスト15 大逆転!NFL Number VIDEO ISBN 4-16-911614-3
    13. Timothy Rapp (2011年11月9日). “The 40 Worst Pro Coaches in Sports History 34. Bruce Coslet”. bleacherreport.com. 2013年11月24日閲覧。
    14. Timothy Rapp (2011年11月9日). “The 40 Worst Pro Coaches in Sports History 9. Rich Kotite”. bleacherreport.com. 2013年11月24日閲覧。
    15. The Jets Fill One Opening: New Owner at $635 Million ニューヨーク・タイムズ 2000年1月12日
    16. Richard Cimini (2016年4月25日). “Jets' best draft class featured a record four first-round picks”. ESPN. 2022年5月24日閲覧。
    17. “NFL史上に残る大逆転劇トップ10 -前編-”. NFL JAPAN (2011年6月4日). 2011年8月2日閲覧。
    18. Brian Ditullio (2010年12月2日). “The Monday Night Miracle”. bleacherreport.com. 2013年8月4日閲覧。
    19. “ジェッツHCグロー辞任で、パーセルズ現場復帰の可能性”. NFL JAPAN. 2010年5月21日閲覧。
    20. “パーセルズ、ジェッツを退団”. NFL JAPAN (2001年). 2010年5月21日閲覧。
    21. “ジェッツ、新HCエドワーズを発表”. NFL JAPAN. 2010年5月21日閲覧。
    22. “ジェッツ、HCエドワーズとの契約を1年延長”. NFL JAPAN (2002年2月27日). 2010年5月21日閲覧。
    23. “ジェッツQBペニントン先発へ”. NFL JAPAN (2002年10月1日). 2010年5月21日閲覧。
    24. “ペニントン、全治3ヶ月”. NFL JAPAN (2003年8月26日). 2010年5月21日閲覧。
    25. “ペニントンがケガの後、初めてパス練習を実施”. NFL JAPAN (2003年10月7日). 2010年5月21日閲覧。
    26. “AFC 各地区の展望”. 朝日新聞 (2006年). 2015年1月31日閲覧。
    27. Packers trade Favre to Jets FOXスポーツ
    28. “寸前でプレイオフ逃したジェッツ、マンジーニHCを解雇”. NFL JAPAN (2008年12月30日). 2010年5月21日閲覧。
    29. “ジェッツ、新HCにレイブンズコーチのライアン氏”. NFL JAPAN (2009年1月20日). 2010年5月21日閲覧。
    30. “娘の死と栄光への道、「2つの世界にいた」ジェッツ・オーナー”. NFL JAPAN (2010年1月22日). 2010年5月21日閲覧。
    31. “将来を犠牲にせず、巧みな補強を見せたジェッツ”. NFL JAPAN (2010年3月16日). 2010年5月21日閲覧。
    32. “ジェッツHC、「前OCのシステムは複雑すぎたかも 」”. NFL JAPAN (2012年1月21日). 2012年1月21日閲覧。
    33. “GM解任のジェッツ・オーナー、「ライアンHCはチームに留まる」”. NFL JAPAN (2013年1月1日). 2013年1月2日閲覧。
    34. “ジェッツ、ライアンHCとイドジクGMの解任を発表”. NFL JAPAN (2014年12月30日). 2015年1月31日閲覧。
    35. “再建目指すジェッツ、ボウルズ新HCが誕生”. NFL JAPAN (2015年1月15日). 2015年1月31日閲覧。
    36. ブリッジウォーターと2019年ドラフト6巡指名権を引き換えに、2019年ドラフト3巡指名権を獲得した。
    37. “OFFICIAL”. newyorkjets.com. 2023年4月28日閲覧。
    38. “Jets QB Aaron Rodgers suffered torn Achilles vs. Bills, will miss remainder of 2023 NFL season”. NFL. 2023年9月13日閲覧。
    39. “ジェッツが新スタジアムの計画を発表”. NFL JAPAN (2004年5月19日). 2010年5月21日閲覧。
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    41. 来日チーム情報 NFL JAPAN

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