過去に存在したマイカルの店舗

過去に存在したマイカルの店舗(かこにそんざいしたマイカルのてんぽ)では、マイカル(ニチイ時代を含む)によって運営されていたニチイやサティビブレ店舗について記述する。

イオングループ > マイカル > 過去に存在したマイカルの店舗

2011年(平成23年)3月1日、営業中であったサティは全国91店舗が全店(広島サティを除く)で店舗ブランドイオンへ転換し[1]、残る広島サティは2011年(平成23年)7月18日に閉店した[2]

凡例

  • 無印はマイカルが経営していた店舗
  • ※はイオン九州が経営していた店舗
  • ✩はニチイから転換した店舗
  • ○はイオングループ買収後に設置された店舗
  • ×は建物が解体された店舗

イオンに改称された店舗

北海道

北海道では「サティ」店舗で閉店しなかった店舗は2002年に「ポスフール」に改称されているため、「サティ」から直接「イオン」に改称した店舗は存在しない。

東北

東北エリアの店舗は、店舗ブランドが「イオン」へ変更された後、2020年(令和2年)3月1日に運営がイオンリテールからイオン東北へ移管された[広報 1]

岩手県

延べ床面積約42,356m2[3]、店舗面積約19,420m2[3](うち直営店舗面積約14,846m2[3])。
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
マイカルの5年9ヶ月ぶりの新店舗としてイオン盛岡南ショッピングセンター(現・イオンモール盛岡南)内に開業[7][8]

秋田県

延べ床面積約35,055m2[3]、店舗面積約23,060m2[3](うち直営店舗面積約15,746m2[3])。
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
マイカル東北が、2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
敷地面積約79,996m2[11]、地上2階建て[11]・延べ床面積約36,864m2[3]、店舗面積約13,334m2[3](うち直営店舗面積約7,168m2[3])。
マイカルがイオングループの傘下に入ったことにより、隣接するジャスコ横手南店との間でグループ内で競合する状況となっていたため、2004年(平成16年)3月21日にファッションや子供用品に特化する改装を行うと同時に、隣接するジャスコ横手南店を食品や住居用品などを扱うスーパーセンターへ業態転換(イオンスーパーセンター横手南店へ)して一体的な運営を行い、競合を解消した[12]

山形県

敷地面積約16,336m2[13]、地上3階建て[13]・延べ床面積約27,674m2[13]、店舗面積約18,029m2[14]
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]

福島県

敷地面積約25,048m2[15]、地上3階建て[15]・延べ床面積約37,201m2[15]、店舗面積約24,223m2[14](うち直営店舗面積約15,810m2[14])。
片倉工業の工場跡地に出店した[15]
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
延べ床面積約34,043m2[3]、店舗面積約21,862m2[3](うち直営店舗面積約12,500m2[3])。
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]

茨城県

  • 古河サティ(古河市旭町1丁目2−17[17]、1998年(平成10年)9月9日開業[17][18] → イオン古河店)
延べ床面積約28,212m2[14]、店舗面積約20,700m2[14](うち直営店舗面積約16,549m2[14])。
  • 高萩サティ(高萩市大字安良川字壱町田231番地[19]、1995年(平成7年)7月21日開業[20] → イオン高萩店)
ホソガネニチイとしては初めてのサティ業態として[21]、ブランドものを低価格で扱う独自の輸入品売場などを備えた生活百貨店として開業した[22]
延べ床面積約16,283m2[14]、店舗面積約10,344m2[14](うち直営店舗面積約8,139m2[14])。

群馬県

店舗面積約19,240m2[23][3]、駐車台数約3,300台[23]
イオンモールが開設した[24]イオン高崎ショッピングセンター(現・イオンモール高崎)内に開業[25]

埼玉県

  • 大井サティ(入間郡大井町大字亀久保字東久保326[16]現・ふじみ野市ふじみ野1丁目2−1)、1998年(平成10年)10月7日開業[16] → イオン大井店)
延べ床面積約61,232m2[14]、店舗面積約24,234m2(うち直営店舗面積約19,446m2[14])。
延べ床面積約79,603m2[3]、店舗面積約24,877m2(うち直営店舗面積約21,803m2)。
  • 北浦和サティ✩(さいたま市浦和区常盤10丁目20−29[29][30]、1980年(昭和55年)10月31日開業[29][30]、イオン北浦和店)
敷地面積約15,581m2[29]、鉄筋コンクリート造地上4階一部5階建て[29]、延べ床面積約32,612m2[29]、店舗面積約15,315m2[29](直営店舗面積約9,468m2[29])、駐車台数約500台[29]

店舗面積約15,533m2(うち直営店舗面積約11,621m2)、延べ床面積約33,088m2[3]、売場面積15,552m2[31]

北浦和駅西口商店街の奥にある埼玉工業の開設した建物への出店で、開業時からスポーツクラブのピープルを併設していた[30]
  • 熊谷サティ(熊谷市本石2-135[32]、2000年(平成12年)11月16日開業[32][33] → イオン熊谷店)
店舗面積約21,608m2(うち直営店舗面積約18,589m2)、延べ床面積約64,034m2[14]
片倉フィラチャーの核店舗として出店した[32]
敷地面積約17,610m2[36][35]、鉄筋コンクリート造地上4階建て[36][35]、延べ床面積約20,990m2[35]、店舗面積約16,163m2[35](直営店舗面積約8,890m2[35])、駐車台数約260台[35]
ニチイとして開業した後、1995年(平成7年)10月7日にサティへと業態転換[37]
イオンへと転換した後、2020年(令和2年)2月29日閉店[38]。閉店後の建物は解体され、跡地はイオンリテール運営の「そよら武蔵狭山」が開業[広報 2][39][40]。核店舗はイオンスタイル武蔵狭山[広報 2][39]
延べ床面積約16,728m2[42]、店舗面積約9,602m2[42](うち直営店舗面積約7,445m2[42])。
ニチイとして開業した後、1995年(平成7年)11月17日にサティに業態転換[43]
イオンに転換した後、2021年(令和3年)3月19日に「イオンスタイルせんげん台」へと再度転換した[広報 3]
  • ニチイ新座ショッピングデパート → 新座サティ✩(新座市東北2丁目15−17[44][45]、1979年(昭和54年)11月23日開業[46]、イオン新座店)
延べ床面積約44,952m2[3]、店舗面積約17,561m2[3](うち直営店舗面積約11,659m2[3])、駐車台数約700台[47]
(2代目)ニチイ新座ショッピングデパートとして開業[48]した後、サティに業態転換[49]
開業時に本格的な温水プールや屋上テニスコートなどを併設して注目された[50]
2024年(令和6年)2月29日に建替えのため閉店予定[51]

千葉県

  • 市川妙典サティ(市川市妙典5丁目3−1[52]、1999年(平成11年)4月1日開業[52][53] → イオン市川妙典店)
敷地面積約26,751m2[52]、地上5階建て[52]・延べ床面積約85,010m2[52]、店舗面積約29,831m2[52](うち直営店舗面積約22,314m2[52])。
9スクリーンのシネマコンプレックスや、関東地区で初めての都市銀行のインストアブランチである富士銀行(現・みずほ銀行)が出店するなど、複合的な機能を持った3棟で構成される商業施設として開業した[54]
敷地面積約16,858.91m2[56]、地下・鉄骨鉄筋コンクリート造・地上・鉄骨造・地下1階・地上7階建て[56]、延べ床面積約63,034.79m2[56]、店舗面積約27,719m2[56](うち直営店舗面積約12,200m2[14])。
ゴルフ練習場・新稲毛ゴルフガーデンの一角を利用して建設された「スリースター稲毛ビル」の地下1階から地上2階までの商業施設部分の南側部分出店した[56]
大型店進出が相次いでいたJR稲毛駅前への開店に対し、地元商店街が大型店のさらなる進出は大きな打撃となるとして地元主導型の運営を条件として出店を容認したため、地元商店などが出資する稲毛商業開発株式会社が中山製鋼所が建設したショッピングセンターを一括して借り上げ、マイカルをテナントとして入居させる形で「サティ稲毛メテオショッピングセンター」として[57]開業した。
地元主導の象徴として商業施設の管理・運営を担っていた稲毛商業開発は開業以来毎年赤字が続いていたところに[58]1999年(平成11年)3月に中山製鋼所がマイカルに敷地と建物を売却してテナントが大家になる状況が生じたため[57]、マイカルと営業権の譲渡を交渉して清算可能な水準の金額を得られることになったことから2000年(平成12年)6月30日に臨時株主総会を開催して同日付で解散し[58]、翌日からマイカルによる管理・運営に移行した[58]
2階に手織りのペルシャ絨毯やパキスタン絨毯を扱う本格的な専門店「セラフィアン絨毯」が入居していたが、2011年(平成23年)1月26日に閉店した[59]
  • 北小金サティ(松戸市小金1、1994年(平成6年)3月1日開業[60] → イオン北小金店)
延べ床面積約35,921m2[3]、店舗面積約11,628m2[3](うち直営店舗面積約10,286m2[3])。
延べ床面積約37,076m2[3]、店舗面積約16,827m2[3](うち直営店舗面積約11,310m2[3])。
1999年(平成11年)3月6日に映画館や飲食店、雑貨大型店などが入る新館2番街(現・ユーカリプラザ)が開業した[63]
2016年(平成28年)6月10日に直線距離で200mほど離れた場所の「イオンタウンユーカリが丘」に「イオンスタイルユーカリが丘」が開業することに伴い、同年6月5日閉店[広報 4][広報 5]。その後改装が行われ、山万が運営、オーケーストアを核店舗とするショッピングセンター、「スカイプラザ・モール」[広報 6] が2017年11月28日に開業した。イオンシネマユーカリが丘(旧ワーナー・マイカル・シネマズユーカリが丘)のみ移転せずユーカリプラザで営業を続けたが、2018年(平成30年)5月31日をもって閉館し[広報 7]、同年6月15日より佐々木興業株式会社が運営する「シネマサンシャインユーカリが丘」として営業している。

東京都

敷地面積約29,930m2[64]、地下1階地上7階建て[64]、延べ床面積約73,934m2[64]、店舗面積約34,181m2[64](うち直営店舗面積約26,600m2[64])。
大木伸銅工業の創業の地である徳丸工場が周辺の住宅地化や市街地化の進展により生産が困難になってきたため1994年(平成6年)5月に閉鎖され、跡地を東京都と共同で再開発しようとしたが長期化が予想されたためマイカルとの共同開発に転換し、開業した[66]
衣料品の製造小売(SPA)でマイカル版ユニクロにあたるアットウィル1号店など専門店を多く出店させたり、シネマコンプレックスのワーナー・マイカルを併設した店舗であった[67]2018年11月に改装オープンし、イオン板橋ショッピングセンターの核店舗であるイオン板橋店は「イオンスタイル板橋」へと転換した。
延べ床面積約21,288m2[3]、店舗面積約11,484m2[3](うち直営店舗面積約10,133m2[3])。
「矢野新商事」がデベロッパーとなってニチイ西新井ショッピングデパートとして開発され[70]、1991年(平成3年)4月26日にサティへと業態転換[68]
イオン日の出ショッピングセンター(現・イオンモール日の出)の核店舗として[73]開業した[74]

神奈川県

敷地面積約14,235m2[75]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て[75]、延べ床面積約21,692m2[75] → 約45,613m2[3]、店舗面積約13,306m2[75](直営店舗面積約6,860m2[75]) → 約15,951m2[3](うち直営店舗面積約13,096m2[3])、駐車台数約400台[75]
ニチイ天王町店として[77]開業した後、1992年(平成4年)2月19日に増床した上で天王町サティに業態転換[77]。また、周辺でマンション開発が進んでニューファミリー増加するなど住民構成が大きく変化したことを受けて2005年(平成17年)3月11日に地域密着型の食品に特化した店舗へと改装した[78]
イオンへ転換した後、2020年(令和2年)2月9日閉店[79]。閉店後の建物は解体され、跡地には「イオンスタイル天王町」を核店舗とする「イオン天王町ショッピングセンター」が2022年(令和4年)10月18日に開業した[広報 8]
  • 東神奈川サティ✩(横浜市神奈川区富家町1[80][81]、1978年(昭和53年)9月20日開業[80]、イオン東神奈川店)
敷地面積約15,096m2[81]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上25階建て[81]、延べ床面積約72,950m2[81]、店舗面積約13,608m2[81](直営店舗面積約8,679m2[81]) → 約16,600m2[80](うち直営店舗面積約11,631m2[80])、駐車台数約250台[81]
ニチイ東神奈川ショッピングデパートとして開業[80]した後、サティへ業態転換。
東神奈川駅前の東海金属本社工場跡地に建設された「トーカイプラザ」に出店[80]。1駅隣の横浜駅西口に1978年(昭和53年)9月30日に竣工した「芙蓉ビル」にニチイ横浜店(現:横浜ビブレ)も開設している[82]
イオンへ転換した後、2017年(平成29年)7月に「イオンスタイル東神奈川」へ再度転換[83]
敷地面積約6,844m2[84]、延べ床面積約32,284m2[84]、店舗面積約15,692m2[84](うち直営店舗面積約13,343m2[84])。
在日アメリカ軍が接収していた跡地に整備された[85]マイカル本牧の一番街の核店舗として開業[86]。1996年(平成8年)3月20日にマイカル本牧の改装に合せて食品売場を1.5倍に拡張し[87]、1999年(平成11年)3月6日に更に食品売場を約1.4倍に拡張して総菜売場を拡大する[86]など改装のたびに食品関連の強化を図った。
みなとみらい21などとの競合で客を奪われたため、2005年(平成17年)にマイカル本牧は5番街を閉鎖するなど大幅に縮小している[88]
延べ床面積約36,955m2[3]、店舗面積約22,359m2[3](うち直営店舗面積約20,616m2[3])。
延べ床面積約42,043m2[3]、店舗面積約24,709m2[3](うち直営店舗面積約18,198m2[3])、駐車台数約1,200台[47]
ニチイ海老名店として[92]開業した後、1993年(平成5年)4月24日に海老名サティに業態転換[92]
延べ床面積約62,390m2[14]、店舗面積約25,000m2[94]
新百合ヶ丘ビブレとして開業した後、2003年(平成15年)11月7日に一部を新百合ヶ丘サティへ業態転換[95]
小田急電鉄新百合ヶ丘駅前に開業した複合商業施設の核店舗として、食品からファッション関連まで幅広く取り揃えると共にシネマコンプレックスのワーナーマイカルシネマズも併設した新百合ヶ丘ビブレとして開業した[96]
マイカルの経営再建策の一環として幅広い客層に対応出来る品揃えによる収益改善を図るため、食品売場を併設していて主婦や家族連れが中心となっているビブレをサティに業態転換することになり、当店もその対象となった[97]
イオンへ転換した後、2018年(平成30年)4月27日に「イオンスタイル新百合ヶ丘」へと再転換された。
  • 茅ヶ崎サティ(茅ヶ崎市茅ヶ崎2丁目7-71[98]、1995年(平成7年)3月1日開業[98] → イオン茅ヶ崎店[99]
敷地面積約25,465.27m2[100]、鉄骨造り地下1階地上4階建て[100]、延べ床面積約61,657.32m2[100]、店舗面積約26,400m2[98](うち直営店舗面積約20,400m2[98]
国道1号神奈川県道404号遠藤茅ヶ崎線に面した日本精麦工場跡地に建設された「ニチバクビル」に出店した[100]
イオンへ転換された後、イオンスタイル湘南茅ヶ崎へ再転換[101]。2023年(令和5年)6月1日には都市型ショッピングセンターである「そよら湘南茅ヶ崎」としてリニューアルオープン。イオンスタイル湘南茅ヶ崎はそよらの核店舗として規模を縮小し、食品・日用品・健康用品に特化した構成となった[広報 9]
延べ床面積約85,127m2[42]、店舗面積約31,618m2[42](うち直営店舗面積約23,796m2[32])。
イオンへ転換した後、建て替えのため2018年(平成30年)2月28日閉店[103]。閉店後の建物は解体され、2019年(令和元年)10月12日に「イオンスタイルつきみ野」として再開業。売場規模を縮小し、食料品・日用品・医薬品の日用必需品に絞った小型スーパー業態となった[広報 10]
延べ床面積約103,988m2[105]、店舗面積約21,239m2[105]
JR横浜線相模線京王電鉄相模原線が乗り入れる橋本駅北口の市街地再開発事業の核店舗として2000年(平成12年)3月4日に橋本ビブレとして開業[105]。マイカルの経営再建策の一環として、幅広い客層に対応出来る品揃えによる収益改善を図るため、食品売場を併設していて主婦や家族連れが中心となっているビブレをサティに業態転換することになり[97]、ビブレからの転換店舗第1号として橋本サティへ業態転換した[106]

新潟県

  • 県央サティ(燕市大字井土巻字切間710[107]、1991年(平成3年)4月26日開業[108][74] → イオン県央店)
延べ床面積約43,115m2[3]、店舗面積約17,139m2[3](うち直営店舗面積約10,755m2[3])。
  • 新潟サティ(新潟市小新字梅田3112[109](現・新潟市西区小新南2丁目1-10)、2000年(平成12年)10月20日開業[110] → イオン新潟西店)
鉄骨造り地上4階建て塔屋1階[109]・延べ床面積約104,914m2[109]、店舗面積約42,132m2[109](うち直営店舗面積約35,003m2[109])。

石川県

延べ床面積約68,233m2[3]、店舗面積約26,512m2[3](うち直営店舗面積約18,978m2[3])。
1.6 km西にある白山市横江町に「イオンモール白山」が2021年(令和3年)7月19日に開業するのに先立ち、2021年(令和3年)5月31日閉店[113][114]。イオンシネマ(旧ワーナー・マイカル・シネマズ)などの一部テナントもイオンモール白山に移転した。
閉店後の建物は解体され、跡地には「アークスクエア御経塚」としてホームセンタームサシヤマダデンキ、イオンスタイル御経塚からなる複合商業施設が開業した[115]
延べ床面積約40,000m2[118]、店舗面積約23,000m2[116](うち直営店舗面積約17,400m2[116])。

山梨県

店舗面積約9,650m2[119]
地元主導型ショッピングセンター「スコレーショッピングタウン」の核店舗・ニチイ石和店として開業した[119]
1997年(平成9年)4月18日に石和サティに業態転換[74]
2008年(平成20年)5月30日にマイカルのショッピングセンター初のマックスバリュが出店[120]。2015年(平成27年)3月14日にディスカウントストア「ザ・ビッグ」にリニューアルされている[121]この経緯から旧マイカル店舗では唯一、総合スーパー内にディスカウントストアが出店する特殊形態で2022年現在も営業している。

長野県

  • 飯田サティ(飯田市鼎一色456、1995年(平成7年)6月30日開業[122] → イオン飯田アップルロード店)
延べ床面積約19,273m2[14]、店舗面積約12,796m2[14](うち直営店舗面積約11,449m2[14])。
延べ床面積約2,880m2[3]、店舗面積約2,274m2[3](うち直営店舗面積約1,998m2[3])。
サンマートオジマヤ駅前店[123]として開業した後、1981年(昭和56年)にアスク木曽福島店へ改称。2003年(平成15年)3月1日、アスク木曽福島から木曽福島サティに改称した。
2006年(平成18年)2月4日に伊那谷と木曽谷を結ぶ権兵衛トンネルが開通してアピタ伊那店などの伊那地区の競合店が木曽地区にチラシを配布するなど競争が生じたため土日を中心に売上が減少するなどの影響を受けている[124]
鉄筋コンクリート造地上3階建て・塔屋2階[125]、延べ床面積約23,559m2[3]、店舗面積約13,000m2[127](うち直営店舗面積約9,961m2[3])。
設置者はニチイグループのアライド信州[126](当時、後のマイカル信州[128])。店舗のある豊科町(現・安曇野市の一部)の開業当時の人口は約25,000人と少なかったものの周辺地域から需要を吸収して売上を順調に伸ばし、同レベルの人口である辰野町に辰野サティを開業させる誘引となった[129]
なお、豊科町(当時)の商圏人口は2009年(平成21年)には約16万5000人に増加している[130]

愛知県

延べ床面積約85,359m2[14]、店舗面積約29,735m2[132](うち直営店舗面積約22,300m2[14])。
1999年(平成11年)3月29日にウルトラマン倶楽部や手塚治虫キャラクターショップなどの専門店や直営を中心とする食品売場を充実させた大型商業施設として開業した[133]
延べ床面積約33,708m2[42]、店舗面積約22,966m2[42](うち直営店舗面積約20,024m2[42])。
1998年(平成10年)9月22日にシネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズ豊川やボウリング場やテーマレストランなどを併設した大型商業施設として開業した愛知県内のサティ2号店[134]

三重県

敷地面積約110,595m2[135]、延べ床面積約153,358m2[135]、店舗面積約59,995m2[135]
マイカル桑名の3つの核店舗の1つとして開業した[136]
2015年(平成27年)4月17日にマイカル桑名はイオンモール桑名として新装開店した[137]
延べ床面積約60,389m2[14]、店舗面積約25,347m2[14](うち直営店舗面積約17,684m2[14])。
衣料品を販売する[139]ニチイ津店として開業[141]。ジャスコと共に核店舗として津ショッピングセンターエルに出店していたニチイ津店を1994年(平成6年)4月23日に増床して津サティに業態転換した[141]。2011年(平成23年)3月にマイカルとイオンリテールの合併に伴って「イオン津ショッピングセンター」となった[142]
建て替えのため[142]2024年(令和6年)2月12日に閉店した[140]。別棟のイオンシネマ津(旧:ワーナー・マイカル・シネマズ津)は同日以降も営業を継続している[広報 11]

滋賀県

敷地面積約13,953m2[143]、延べ床面積約60,908m2[143]、店舗面積約16,500m2[143] (うち直営店舗面積約12,000m2[143] )。
隣接地に[144]、専門店街やシネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズ近江八幡などが入居する2番街「マイカル・アクア21」が2000年(平成12年)10月6日に開業して既存の店舗とあわせた全体をマイカルタウン近江八幡として運営するようになった[145]
イオンモール草津の核店舗として開業[147]。イオンへ転換した後、イオンスタイル草津と改称(時期不詳)。
出店した時点では滋賀県内最大の規模でシネマコンプレックスなども併設されたショッピングセンターのイオンモール草津の核店舗である[147][146]

京都府

敷地面積約15,335m2[148]、延べ床面積約55,528m2[3]、店舗面積約12,564m2[3](うち直営店舗面積約9,949m2[3])。
イオンモール高の原の核店舗として開業[150]
  • (2代目)ニチイ伏見店 → 伏見サティ☆×(京都市伏見区御堂前町616[151]、1978年(昭和53年)11月10日開業[74] → イオン伏見店)
延べ床面積約14,243m2[14]、店舗面積約8,656m2[14]
旧伏見店が手狭で防災上の問題も生じていたことから約100mほど離れた場所に移転し[152]、2代目の伏見店として開業[74]
2020年(令和4年)12月31日をもって建て替えのため閉店[153]なお、建て替え期間中は近隣に仮店舗として「イオン伏見プラザ店」を開設している。
  • 向日町サティ☆×(向日市寺戸町小佃14[45][154]、1970年(昭和45年)9月23日開業[155]、イオン向日町店)
敷地面積約5,107m2[155] → 約12,052m2[154]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[155] → 鉄骨5階建て[156]、延べ床面積約6,682m2[155] → 約24,343m2[154]、売場面積約4,857m2[155] → 約14,142m2[154](直営売場面積約11,072m2[154])。
ニチイ向日町店として開業[157]した後、増築・改装のため一旦営業を休止し、1981年(昭和56年)11月18日に再開業した[74]
1997年(平成9年)4月19日に売場面積を約1.5倍増床して専門店などを導入し、サティに業態転換した[158]
2004年(平成16年)から毎年1回アルバイトを含めた従業員が、使い古しのタオルで作ったぞうきんなどを店舗周辺の福祉施設に寄贈するなどの活動を行っている[159]
2014年(平成26年)12月25日時点で専門店が34店出店していた[156]
2015年(平成27年)5月31日閉店[160]。閉店後の建物は解体され、跡地は分譲マンションが併設された複合施設となり、1階と2階はグループ会社のダイエーが運営する「イオンフードスタイル東向日店」が入居し、2018年(平成30年)4月21日に開業、3階と4階は向日市役所の東向日別館となった[広報 12]
  • 大久保サティ☆×(宇治市大久保町井ノ尻45-1[161][162]、1979年(昭和54年)3月8日開業[161]、イオン大久保店)
敷地面積約11,046m2[161]、鉄筋コンクリート造地上4階建て[161]、延べ床面積約22,192m2[161]、店舗面積約15,726m2[161](当社店舗面積約11,308m2[161])、駐車台数約600台[161]
ニチイ大久保店(1961年開業、1969年建替の大久保100番館。後に平和堂へ譲渡。宇治市広野町西裏100)として開業。それに代わる2代目のニチイ大久保店として[163]オークボスポーツレーンの跡地に開業
近鉄大久保駅近くに位置した4階建ての店舗[164]。2015年(平成27年)11月30日時点で専門店が27店出店し、1階が食料品売り場で、2階~4階が衣料品や日用品の売り場となっていた[164]
2016年(平成28年)5月31日閉店[広報 13]。跡地は京都府城陽市に所在した「ほうようリハビリテーション病院」が「宇治リハビリテーション病院」として新築移転され[165]、2023年(令和5年)7月1日に開院した[166]

大阪府

  • 和泉府中サティ(和泉市肥子町2丁目2−1[167]、1990年(平成2年)3月1日開店[167] → イオン和泉府中店)
敷地面積約27,939m2[167]、鉄骨造地下1階・地上5階建て[167]、延べ床面積約68,809m2[167]、店舗面積約20,243m2[167](うち直営店舗面積約10,650m2[167])。
2001年(平成13年)1月1日に開業したマイカル茨木(現・イオンモール茨木)の核店舗の一つとして、ビブレ茨木などと共に開業した[168]なお、茨木ビブレは2015年(平成27年)2月28日をもって閉店している)。
イオンへ転換した後、2015年(平成27年)4月29日に「イオンスタイル茨木」に再転換している。
  • 北千里サティ(吹田市古江台4-2−50[169]、1994年(平成6年)4月22日開業[106][74]、イオン北千里店)
敷地面積23,598.21m2[170]、地下1階・地上8階建て[170]、延べ床面積27,829.573m2[170]、店舗面積約14,000m2[14](うち直営店舗面積約11,178m2[14])。
北千里ビブレとして開業[106]したが、店舗周辺の狭商圏を対象として総菜や野菜などの食品を充実させると共に衣料品の商品構成を見直し、2003年(平成15年)2月27日にサティへ業態転換した[106]
  • 鴻池サティ☆(東大阪市鴻池町1丁目1−72[171]、1977年(昭和52年)11月23日開業[74]、イオン鴻池店)
延べ床面積約25,322m2[3]、売場面積約7,686m2[172] → 店舗面積約14,160m2[3](直営売場面積約6,700m2[172] → 約12,044m2[3])、駐車台数約460台[172]
敷地面積約11,765m2[173]、鉄筋コンクリート造地上5階建て[173]、延べ床面積約28,165m2[173]、店舗面積約13,290m2[173](当社店舗面積約8,200m2[173])、駐車台数約700台[173]
2019年(令和元年)5月19日閉店[174]。閉店後の建物は撤去され、跡地にはイオンリテール運営の「そよら新金岡」が開業した[広報 14]。そよら業態としては、海老江に続く2店舗目の出店[広報 14]
  • 枚方サティ(枚方市岡本町7-1[175]、1990年(平成2年)4月28日開業[176]、イオン枚方店)
敷地面積8,427m2[175]、地下1階・地上15階建て[176]、延べ床面積約48,791m2[175]、店舗面積約25,130m2[175](うち直営店舗面積約10,827m2[14])。
1990年(平成2年)4月に京阪電鉄枚方市駅前の再開発事業で建設されたショッピングセンター「ビオルネ[177]の核店舗、枚方ビブレとして開業[178]。2008年(平成20年)2月27日にサティへ業態転換した[178]
当店の入居するショッピングセンター「ビオルネ」を管理・運営する枚方市の第三セクターのビオルネは競合店対策の改装費用の負担や競合に伴う売上減少を受けて2010年(平成22年)9月6日に大阪地方裁判所に民事再生法の適用を申請して同日保全命令を受けた[179]
敷地面積57,290m2[180]、延べ床面積約38,239m2[180] → 約69,657m2[3]、店舗面積約31,630m2[3](うち直営店舗面積約17,779m2[3])。
地元主導型ショッピングセンター「トーク岸和田」の核店舗として、ニューキャッスル協同組合や「株式会社トーク岸和田」と共同で管理を行う形態で開業した[180]
JR東岸和田駅近くに出店しており、1994年(平成6年)にニチイから「東岸和田サティ」に転換して映画館やスポーツ施設なども併設した複合商業施設となった[181]。1999年(平成11年)3月10日には店舗面積を約10,000m2増床して新装開業した[181]
2020年(令和2年)8月31日閉店[広報 15]。閉店後の建物は撤去され、跡地にはイオンリテール運営の「そよら東岸和田」が2023年(令和5年)9月26日に開業した[広報 15][182]
敷地面積7,968.94m2[185]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下2階・地上18階建て[183]、延べ床面積67,095.91m2[185]、店舗面積約15,927m2[183](うち直営店舗面積約12,460m2[183])、駐車台数約1,000台[183]
東大阪市の近鉄奈良線・布施駅前の布施駅北口第一地区第一種市街地再開発事業として開発された[185]複合施設ヴェル・ノール布施の核店舗として1996年(平成8年)3月1日に布施ビブレを開業し[183][184]、2008年(平成20年)3月28日に改装して布施駅前サティに業態転換した[186]

兵庫県

敷地面積約47,658m2[187]、延べ床面積約157,056m2[187]、店舗面積約45,088m2[187]。駐車台数約4,000台[187]
JR大久保駅の南側で神戸製鋼所が事業主体として開発が進められたニュータウンである「オーズタウン」の中核施設として[189] 1997年(平成9年)10月23日に開業したマイカル明石の核店舗の1つとして明石ビブレやシネマコンプレックス等と共に開店した[188]
敷地面積約27,000m2[190]、延べ床面積約35,853m2[190]、店舗面積約17,767m2[190](直営店舗面積約11,550m2[190])。
淡路市南部にある人工島の志筑新島に立地する[192]ショッピングセンター「アル・クリオ」の核店舗で[191]、地元の商業者による専門店街が併設されており[193]、マイカルの経営破綻後に専門店街のうちの6店が廃業して本社にサティの店舗存続を求める状況が生じたが閉店を免れた[193]
店舗に隣接する大手総合商社などのリゾート計画がとん挫した跡地で進められた「850人が暮らす日本のフロリダ」を目指した構想の第1弾として2004年(平成16年)春に開業した182室の高齢者住宅の入居率が2005年(平成17年)4月で50%に達せず2期工事着工のめどが立たない等店舗周辺の開発はかつての構想より大幅に遅れている[192]
2005年(平成17年)10月14日から18日まで淡路島の食材にこだわった特産品を製造する業者でつくる「淡路島物産協会」の特設販売コーナーを開設されて特産品の販売が行われた[194]
  • 小野サティ☆(小野市王子町字太良右兵ェ門868-1[195]、1982年(昭和57年)9月1日開業[195]、イオン小野店)
敷地面積約28,000m2[195]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[195]、延べ床面積約14,647m2[195] → 約34,662m2[3]、店舗面積約5,939m2[195](当社店舗面積約4,500m2[195]) → 約21,745m2[3](うち直営店舗面積約14,500m2[3])、駐車台数約740台[195]
神姫バス小野営業所跡に建設された建物を賃借して出店した[196]ニチイ小野店を店舗面積2倍強に増床して1992年(平成4年)11月20日に小野サティへ飲食やサービス部門も増強して業態転換した店舗である[197]
敷地面積約46,816.73m2[198]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[200]、延べ床面積約34,505m2[200] → 約58,748m2[14]、店舗面積約14,935m2[200](当社店舗面積約10,535m2[200]) → 約33,286m2[14](うち直営店舗面積約21,471m2[14])、駐車台数約1,100台[200]
日本製麻兵庫工場跡地の一部を鹿島建設が買収して開発したショッピングセンターに出店していた[201]
一部を加工側商工会議所などが出資して設立した第三セクターの「加古川商工開発」が買い取って地元業者が出店する加古川方式で注目された[201]
国道2号に面しており[202]、開業時は地域唯一の大型店だったためニチイグループ2位の売上高を誇ったこともある有力店舗だったが、マイカルの経営破綻後には商品調達が出来ずに客数が30%近く減少するなど破綻の影響を大きく受けた店舗の一つとなった[193]
2006年(平成18年)11月1日に加古川市の総合窓口業務を行う「東加古川市民総合サービスプラザ」が開設され、各種の証明の交付・申請や届け出書類の受付から公金の収納などの市役所の窓口機能を年末年始と偶数月の第三土曜日を除く当店の営業日は毎日市民が利用できるようになった[202]
延べ床面積約61,625m2[14]、店舗面積約25,298m2[14](うち直営店舗面積約17,716m2[14])。
三田市のニュータウン内に[193] 第三セクターの北摂コミュニティ開発センターが建設した「センチュリーRIVA!」の核店舗として自社直営の物販の売場が中心の一番街とシネマコンプレックスのワーナー・マイカルシネマズやレストラン街が入居する別館の二番街からなる複合型ショッピングセンターとして2000年(平成12年)11月1日に開業した[203]
敷地面積約32,993m2[205]、地上5階建て[205]・延べ床面積約72,646m2[205]、店舗面積約23,578m2[205](うち直営店舗面積約15,000m2[205])。
第2次世界大戦前に外国人居留地として開発された通称ジェームス山と呼ばれる住宅地の小高い山の上に1997年(平成9年)6月6日に開業した店舗で[207]、ボウリング場やスポーツクラブ、レストラン街やフードコートなどサービス施設を充実させると共に[206] 明石漁港も近いため比較的舌の肥えた住民の多い土地柄とされることを考慮した品揃えを行っていた[207]
  • 西神戸サティ(神戸市西区王塚台7丁目131−1、1988年(昭和63年)11月10日開業[74] → イオン西神戸店)
延べ床面積約24,166m2[14]、店舗面積約12,029m2(うち直営店舗面積約9,297m2)。
神戸市西区の住宅街にある神姫バスが保有していたビルに核店舗として出店していた[208]
2014年(平成26年)12月31日閉店[208]
  • 姫路サティ[209]姫路市白国字談合田47[210]1979年(昭和54年)9月1日開業[211][210] → イオン姫路店)
    敷地面積約33,300m2[210]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[210]、延べ床面積約21,677m2[210] → 約26,332m2[14]、店舗面積約11,023m2[210](当社店舗面積約6,580m2[210]) → 約18,976m2[14](うち直営店舗面積約10,762m2[14])、駐車台数約900台[210]
東洋紡績工場跡地の再開発事業として姫路市が推進した「北部副都心計画」の核店舗として出店した[212]
鉄骨造2階建て塔屋付[213]・延べ床面積約10,945m2[213]、店舗面積約8,636m2[213]
サティの食品売場のノウハウを集約した食品専門店[215]サティ食品館として[216]1994年(平成6年)5月1日に三木サティ食品館として開業し[215]、周辺の住宅開発の進展など商圏環境の成熟化に対応して食品館の市道を挟んだ[216]向かいの敷地に別棟方式で衣料品・住関連売場を増築して衣食住のフルライン店舗へ改装して[217] 1998年(平成10年)9月3日に三木サティとして開業した[216]

奈良県

  • ニチイ五條ショッピングデパート → 五條サティ☆(五條市今井2-150[218](旧・須恵2-4[219])、1970年(昭和45年)3月27日開業[219] - ?閉店)
敷地面積3,824m2[219] → 約5,412m2[218]、鉄筋コンクリート造地下1階地上2階一部3階建て[219]、延べ床面積4,342m2[219] → 約14,842m2[218]、売場面積約3,253m2[219] → 売場面積約7,023m2[172](直営約5,919m2[172]) → 売場面積約8,151m2[218](当社店舗面積約6,792m2[218])、駐車台数約340台[172] → 約100台[218]
敷地面積約17,117m2[220]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[220]、延べ床面積約11,910m2[220] → 約18,933m2[118]、店舗面積約7,932m2[220](当社店舗面積約5,758m2[220]) → 約12,909m2[118](うち直営店舗面積約10,040m2[118])、駐車台数約460台[220]
ニチイ西大和ショッピングデパートとして開業[221]1993年(平成5年)10月23日に西大和サティに業態転換した。
2000年(平成12年)12月1日にシネマコンプレックス開業[222]
2021年(令和3年)7月31日閉店[223]。隣接のイオンシネマ(旧ワーナー・マイカル・シネマズ)は営業を継続していたが、2022年(令和4年)8月21日に閉館[224]

鳥取県

敷地面積約14,286m2[225]、延べ床面積約48,585m2[225]、店舗面積約17,860m2[225](うち直営店舗面積約8,500m2[225])。
米子サティ(初代) → 米子ビブレ(2001年(平成13年)2月25日に閉店[226]) → 米子駅前サティ(2001年(平成13年)3月に再びサティとして開業[226]
1990年(平成2年)6月29日に米子駅前に(株)米子ニチイにより開店[227]。グループ企業再編により、(株)サンインニチイ→(株)マイカルサンインの経営から、1996年(平成8年)3月13日に米子ビブレに業態転換に伴って(株)マイカルに移管されて直営店舗となる[228]。再度サティに業態転換したが、現在のホープタウンが「(2代目)米子サティ」を名乗っていたため店名を「米子駅前サティ」[229] とした。
2003年(平成15年)に経営破たんしたマイカルへの支援と市民の交流の場の提供を兼ねて米子市が4階に「市民交流広場」を開設していたが、2004年(平成16年)~2007年(平成19年)の年間利用日数が98~127日と低迷していた上マイカルがイオンの傘下に入って経営を支援する必要がなくなったとして2008年(平成20年)12月末で廃止とされた[229]
JR米子駅前であるが郊外店舗への対抗策として店舗併設の米子市開発公社が所有する立体駐車場を無料としていたが、買い物客や施設利用者以外も無償で駐車出来て近隣と不公平になっているとして有料化する方針であることが2009年(平成21年)6月10日開かれた米子市の第三セクター米子駅前開発の株主総会で明らかになった[230]
マイカルグループのスポーツクラブであったエグザス米子店(米子駅前サティ内)と松江店(松江サティ内)はコナミによる買収後もホープタウンが2010年(平成22年)までエグザスブランドで運営していたが、現在はコナミブランドに転換している。
2015年(平成27年)10月移転では、店舗の敷地と駐車場棟は一般財団法人「米子市開発公社」が所有し、建物は第三セクターの「米子駅前開発」が所有して全館を賃貸しているが、赤字縮小のためにイオンリテールが約4.81億円で取得した後、米子市に無償で譲渡して再賃貸することを希望している[231]
しかし、この所有形態の変更に伴うリスクとして老朽化の進んだ建物の維持管理費増大や、将来的な賃料収入の見込みが不明朗なことなどの問題点を指摘する批判がなされている[231]

島根県

イズミが店舗面積33,498m2ゆめタウン出雲を出店することやジャスコ日吉津店が店舗面積36,589m2へ増床する動きに対抗して[233]、既存店舗の北側に繋げてL字形となるように8,584m2の増床を行って店舗面積30,893m2へ拡大すると共に飲食店やフードコートなどの飲食関連の充実や直営の食品売り場拡大を図る計画を2008年(平成20年)2月7日に大規模小売店舗立地法に基づいて島根県に届出を出し[234]、2008年(平成20年)9月27日に増床して専門店を30店舗増やして100店舗とすると共に直営の食品売場などを拡張してリニューアルオープンした[235][236][237]
2020年(令和2年)4月24日に直営売場の改装に伴い、「イオンスタイル松江」へ転換。
鉄筋コンクリート造4階建て[240]、延べ床面積約6,930m2[240] → 約10,251m2[14]、店舗面積約7,593m2[14](うち直営店舗面積約6,628m2[14])。
1975年(昭和50年)11月29日に開業したサンプラザマルシン(核店舗は広電ストア運営による「ひろでん益田店」)が前身である[241]。広電ストアが経営権をマイカルサンインに委譲し[239]建物を改築して1997年(平成9年)に益田サティとなった[239]

広島県

敷地面積約17,067m2[242]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[242]、延べ床面積約21,929m2[242]、店舗面積約10,607m2[242](当社店舗面積約7,676m2[242])、駐車台数約600台[242]
(2代目)ニチイ尾道店として開業し[244]1994年(平成6年)に尾道サティへ業態転換した[245]
老朽化のため、2019年(平成31年)2月28日閉店[245]。閉店後、建物は解体され、2020年(令和2年)9月18日に「イオンスタイル尾道」として開業[245][246]
敷地面積約5,300m2[248]、鉄筋コンクリート造地上5階建て塔屋1階[248]、延べ床面積約10,435m2[248]、店舗面積約9,377m2[248](当社店舗面積約6,400m2[248])、駐車台数約500台[248]
延べ床面積約12,600m2[118]、店舗面積約9,180m2[118](うち直営店舗面積約6,400m2[118])。
商店街から約1㎞離れた国道2号国道31号の交差点付近に郊外型ショッピングセンターとしてNAC加盟の地元スーパー「三浦ストアー」を核店舗として開発が進められ[249]、ニチイ海田ショッピングデパートとして開業[74]1994年(平成6年)9月20日にサティへ業態転換した。
2018年(平成30年)2月28日閉店[250]。閉店後の建物は解体され、マックスバリュ海田店として開業[251]
敷地面積約6,103m2[254]、鉄筋コンクリート造地下1階地上2階建て[254]、延べ床面積約20,410m2[14]、店舗面積約8,837m2[14](うち直営店舗面積約5,080m2[14])。
廿日市駅から西へ約1.5㎞の日本製麻工場跡地にニチイ廿日市ショッピングデパートとして開発され[254]1990年(平成2年)5月23日にサティへ業態転換した。
2014年(平成26年)4月30日閉店[255]
店舗跡は廿日市市が土地建物を約13.1億円で取得し、隣接するJA広島総合病院と合わせて地域医療拠点として整備する計画が進められている[255]
敷地面積約135,000m2[257]、延床面積約78,000m2[257]、店舗面積約57,000m2[257]
三菱重工業広島工場の跡地に建設した「イオンモール広島祇園」に出店した[256]

山口県

敷地面積約16,112m2[258]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[258]、延べ床面積約27,184m2[258]、店舗面積約6,909m2[258](当社店舗面積約4,459m2[258])、駐車台数約630台[258]
JR防府駅前にニチイ防府店として[259]1982年(昭和57年)4月1日に開業し[74]、宝酒造が防府工場跡地に建設した宝酒造防府ビルを借りて[260]1999年(平成11年)3月2日に店舗面積を約3倍に増床して食品部門などの物販を拡充すると同時にシネマコンプレックスやレストラン街などを導入して大規模化と総合化を図ってサティへ業態転換し[259]、2003年(平成15年)9月20日に寿司や弁当、揚げ物、惣菜などの売場を一箇所に集約してデリカゾーンとするなど生活場面を想定した売場編集の見直しを行って買い回り性の向上を狙った改装を行った[261]
2011年(平成23年)3月1日にイオンリテールとマイカルが経営統合したことに伴ってイオン防府店に名称が変わる際には食品売り場の改装を行った[262]

香川県

JR坂出駅前にニチイ坂出店として開業。1993年(平成5年)2月10日に建物を改築し、サティへと業態転換した[74]
店舗面積約22,993m2(うち直営店舗面積約15,147m2)、延べ床面積約58,566m2[3]
坂出駅前再開発計画に伴う建て替えのため、2024年(令和6年)2月29日をもって閉店した[265][266]。閉店後は建物を取り壊した上で、新店舗として出店する計画がある[267]
延べ床面積約83,030m2[14]、店舗面積約26,546m2[14](うち直営店舗面積約20,495m2[14])。
2005年(平成17年)6月に子ども用品を専門とする「キッズプラザ」を開設して家族連れの集客力を高め、2007年(平成19年)2月23日に地場の野菜や果物の産直コーナー、香川県産の魚類を使った干物コーナーを設置すると共に、四国の地酒や焼酎の取り扱いを増やすなど、地場産品の取り扱いを増やすなど食品部門を強化し、有名ブランドのコーナーの拡充やスキンケアなどのカウンセリングを充実させるなどして、化粧品売場の専門性を高めるなどの改装を行った[271]

愛媛県

延べ床面積約27,512m2[14]、店舗面積約13,619m2[14](うち直営店舗面積約10,928m2[14])。
2003年(平成15年)3月21日に地場商品の食品の取り扱いの強化やファッション衣料でのブランド品の品揃えの充実などを中心とした改装を行ってリニューアルを行った[273]

高知県

敷地面積約29,965m2[274]、鉄筋コンクリート造地上3階建て塔屋1階[274]、延べ床面積約17,991m2[274] → 約24,069m2[14]、店舗面積約9,953m2[274](当社店舗面積約6,506m2[274]) → 約13,217m2[14](うち直営店舗面積約11,486m2[14])、駐車台数約530台[274]
高知市街地西側の国道沿いの[276]高知パルプ跡地に[277]、ニチイ高知ショッピングデパートとして開業[275][74]、1991年(平成3年)にサティへ業態転換[275]

福岡県

敷地面積約19,806m2[278]、鉄筋コンクリート造地上4階建て塔屋2階[278]、延べ床面積約19,079m2[278]、店舗面積約13,098m2[278](直営店舗面積約10,074m2[278])、駐車台数約600台[278]
ニチイ大野城店として開業[279]、1998年(平成10年)にサティへ転換[279]
2017年(平成29年)8月31日閉店[広報 16]
ダイエー原店の撤退後、改装工事を行った上でサティとして開業[282]
2019年(平成31年)1月31日閉店。店舗は建て替えられ、閉店時の核店舗の名称を引き継いだ「(2代目)イオン原店」として2020年(令和2年)11月19日開業[広報 17]
鉄筋コンクリート造一部鉄骨造地上2階建て塔屋1階[283]、延べ床面積約12,342m2[283]、店舗面積約8,794m2[283](当社店舗面積約6,711m2[283])、駐車台数約580台[283]
ニチイ粕屋店として開業。2000年(平成12年)4月23日に建物を改築し、サティへ業態転換[284]
延べ床面積約105,313m2[14]、店舗面積約29,302m2[14](うち直営店舗面積約21,302m2[14])。
2010年(平成22年)4月23日に直営売場を「戸畑サティ」から「イオン戸畑店」に名称変更し、5月28日にイオン戸畑ショッピングセンターとして開業した[285][広報 18]

佐賀県

1996年(平成8年)9月に九州初のシネマコンプレックスとしてワーナー・マイカル・シネマズ上峰が当店に併設されて開業したが、佐賀市や福岡県久留米市などに相次いで競合するシネマコンプレックスが開業して競争が激化している中で最新技術の3D映像に対応できない上に老朽化しているとして2010年(平成22年)2月28日に閉館となり[287]、イオン上峰店も売り上げの減少や建物の老朽化により2019年(平成31年)2月28日に閉店した[288]

鹿児島県

サンシティ・リブレとして開業、2000年(平成12年)にサティへ店名変更。
2016年(平成28年)2月14日閉店[広報 19]。同年3月10日に隣接地に建設したイオンタウン姶良の核店舗として「イオン姶良店(2代目)」が開業した[290]
延べ床面積約29,000m2[3]、店舗面積約18,000m2[291][3](うち直営店舗面積約13,000m2[3])。
隼人町見次地区に国分・隼人地区で2002年(平成14年)10月時点で最大の売り場面積18,000m2を持ち、優良進出企業を擁するテクノポリスの存在するために根強い経済力を誇っていた国分・隼人地区をバックにマイカルの民事再生法適用申請を受けて経営再建に入った後も売上げは順調に推移してマイカル九州の店舗網のなかでも最優良店と位置づけられていた[292]

閉鎖された店舗

「サティ」から閉店せずに「イオン」に改称した店舗については「イオンに改称された店舗」を参照。

北海道

すべて旧マイカル北海道(後のポスフール、現イオン北海道)が運営していた。この項ではポスフールに改称する前の閉鎖店舗について述べる。

  • ホクホー標茶店(川上郡標茶町旭2-2-8、開業時期不明 - 閉店時期不明)
  • ホクホー万代店(岩内郡岩内町万代7-11、開業時期不明 - 閉店日不明)
1977年(昭和52年)に「恵庭ファミリーデパート」開業。「ホクホー恵庭店」を経て、1992年(平成4年)に「ニチイ恵庭店」へ改称したが、不採算であること、敷地が狭く増床によるサティ化が不可能なこと、千歳サティと商圏が重なることなどが要因で閉鎖。
店舗跡にはラルズの「ビッグハウス恵庭店」が開業。
  • ニチイ栗山店(栗山町松風3-115、開業時期不明 - 1998年(平成10年)1月閉店[広報 20]
店舗跡には、1998年(平成10年)3月に北雄ラッキーの「ラッキー栗山店」が開業した[293]
店舗面積約11,066m2[298]、延べ床面積約34,625m2[298]
プールやホールを併設したニチイ大谷地ショッピングデパートとして開業[295]。1999年(平成11年)10月8日に増床し、サティへ業態転換した[299]
当店は閉店が決まっていたため、道内他店が「ポスフール」に改称された2002年(平成14年)5月以降も「サティ」ブランドを継続していた。
閉店後、2003年(平成15年)4月16日に札幌東急ストア(現・東光ストア)が1階の核店舗で[300]ツルハが2階の核店舗となる複合商業施設「キャポ大谷地」が開業した[301]
  • 手稲サティ✩×(札幌市手稲区手稲本町2-5-3-1[302]、1981年(昭和56年)11月30日開店[302] - 2000年(平成12年)8月末閉店[303]
敷地面積約20,200m2[302]、鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て塔屋1階[302]、延べ床面積約18,242m2[302]、店舗面積約10,263m2[302](当社店舗面積約6,581m2[302])、駐車台数約50台[302]
閉店後、2005年(平成17年)6月に津司が「卸スーパー」を開店し[304]、同年9月1日にオカモトグループの大型ゲーム施設「ヴァリオス手稲店」が開店した[305]が、後に閉店。その後同グループのジョイフィット札幌手稲が入居したが、2015年(平成27年)12月31日をもって撤退[広報 21]。その後2017年までに建物新築のため解体され[306]同年12月28日にパチンコホール「KEIZ手稲店」が跡地に開業した[307]
  • 新琴似サティ食品館(札幌市北区新琴似8条10-1-22、1996年(平成8年)11月1日開業[308] - 2001年(平成13年)1月21日閉店[309][広報 22]
閉店後の店舗は北雄ラッキーが買収し[310]、2001年(平成13年)3月9日に北雄ラッキー新琴似四番通店が開業[311]
店舗面積約3,265m2[298]
マイカル北海道では初のサティ食品館業態の店舗として開業した食品主体のSSM店舗だった[308]

東北

マイカル東北の運営店舗のうち、優良店舗7店は2001年(平成13年)9月1日付でマイカル本体に移管。直後にグループは破綻。残りの店舗の内、イオングループの店舗と隣接していた横手サティを除き不採算店舗としてすべて閉鎖し、その後会社清算となった。

青森県

  • ニチイ佃店(青森市佃1-20-8[314](旧・大字松森字佃150-12[315])、1968年(昭和43年)10月25日開店[315] - 1997年(平成9年)3月閉店)
売場面積968m2[316]。旧・武田ストア店舗[317]
閉店後は解体され、長年空き地状態が続いている。
  • ニチイ松原店(青森市松原町3-14-27[318][315]1970年(昭和45年)8月1日開店[315] - 1997年(平成9年)3月閉店)
売場面積899m2[316]。旧・武田ストア店舗[317]
閉店後は解体され、現在は「武田マンション」。
  • ニチイ旭町店(青森市金沢町1-3-10[318]1968年(昭和43年)12月5日開店[319] - 1985年(昭和60年)閉店[320]
売場面積611m2[316]。旧・武田ストア店舗[317]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「亀屋みなみチェーン食彩館旭町」が入居したが、後に閉店。
現在は、スーパーマーケット「マエダストア旭町店」が入居している。
  • ニチイ黒石店(黒石市大字甲徳兵衛町24[318]1969年(昭和44年)11月開業[321] - 1997年(平成9年)3月閉店)
延べ床面積約4,452m2[322]、売場面積3,446m2[321][322] → 4,610m2[314]。旧・武田ストア店舗。
閉店後は解体され、現在は駐車場。
  • ニチイ八戸店(八戸市六日町25[323]、1971年(昭和46年)10月7日開業[324] - 1996年(平成8年)9月1日閉店[325]
延べ床面積約12,075m2[322]、店舗面積約7,407m2[322](直営店舗面積約6,469m2[322])。
青森ニチイが運営する八戸ショッピングプラザとして八戸市中心部に出店していた[324]
東北ニチイグループの第一号店として開店し、1977年・78年のピーク時には年間売上高が38億円に上った[325]が、中心街での相次ぐ競合店の開業、景気低迷や郊外型大型店の進出などのあおりを受け、1994年度の売上高は最盛期の約半分である20億円を割り込むまでに悪化した[325]
閉店2年前の1994年(平成6年)には、開店当初から入居し地下食品部門を担当していたユニバースニチイ店が撤退し[326]、同年暮れには三陸はるか沖地震の影響で老朽化した建物が深刻なダメージを受けるなど、店舗としての機能が減退していた[325]
一時期サティへの業態転換に向けて検討が重ねられていたが、現店舗では敷地面積や駐車場の不足などによって増改築が出来ず、店舗展開上の最低条件を満たせないことから断念された[327]
売場面積5,663m2[314]
跡地は現在、コンサートホール八戸店。

岩手県

売場面積2,396m2[318]
1979年(昭和54年)[328]に盛岡市三本柳にあった店舗で[329]、当初は盛岡近郊における店舗面積13,000m2を誇る郊外型大型店の先駆けとして開店した[328]ニチイ都南店(後の盛岡南サティ)があったが、2006年(平成18年)3月31日に閉店した[330]
  • 盛岡南サティ(初代)✩×(盛岡市三本柳5地割字百目木21[331]、1979年(昭和54年)4月27日開業[332] - 2006年(平成18年)3月31日閉店[330]、ニチイ都南店 → 盛岡南サティ)
敷地面積約40,198m2[332]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[332]、延べ床面積約31,276m2[332]、店舗面積約12,536m2[332](当社店舗面積約7,700m2[332])、駐車台数約1,020台[332]
閉店時の直営店舗面積約8,275m2[330]
盛岡市三本柳にあった店舗で[329]、1979年(昭和54年)に開店した当初は盛岡近郊における店舗面積13,000m2を誇る郊外型大型店の先駆けとして[328]、盛岡市南部の都南地区の中核的な商業施設だった[333]。そのため、順調に売上を伸ばし[328]、1998年(平成10年)に売上高約70億円を上げていたが競合する大型店の出店などの影響で2003年(平成15年)に売上高約40億円に落ち込んで約1.5億円の赤字となるなど業績が低迷すると共に老朽化に伴う修繕費が毎年6000万円かかるようになったため[328]、業績の回復が困難だとして2006年(平成18年)3月31日に閉店した[329][328][333]
マイカル東北が運営していたが2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
建物は2009年(平成21年)4月末に解体に着手して秋までに更地にされた[334]。この店舗は、上述のマイカル本体へ移管された店舗であった。跡地にはケーズデンキ新盛岡南店(運営はデンコードー)が[333]2011年(平成23年)7月28日にオープンした。
旧店舗閉店後の2006年(平成18年)9月15日に開店したイオン盛岡南ショッピングセンター(現:イオンモール盛岡南)内のサティ(現在のイオン盛岡南店)とは別店舗。
  • ピボット7(盛岡市[335]、1974年(昭和49年)9月開店[335]-?閉店)
売場面積280.5m2[335]
  • 東北ニチイ・エルメ(盛岡市中ノ橋通1-15-22[323]
売場面積386m2[323]
  • ハロービビ(1998年(平成10年)[336]2月閉店)
マイカル東北が経営していた服飾専門店[336]
  • ニチイ釜石店(釜石市大町1-1-9[337]、1964年(昭和39年)12月20日開業[338] - 2002年(平成14年)5月31日閉店[339]
丸光釜石店として開業し[338]、東北ニチイが営業を継承した[340]また、最後まで残ったニチイ業態の店舗でもあった。
店舗面積約3,673m2(うち直営店舗面積約3,493m2[341]、延べ床面積約6,055m2[341]
店舗跡は取り壊されて空地となっていたが2017年に釜石市民ホールが完成[340]
  • 一関ショッピングデパート千葉久(一関市新大町1[342]、1975年(昭和50年)に資本提携して店名変更 - 1997年(平成9年)8月閉店[343]
売場面積3,742m2[344]
駅前通りと大町商店街の交差点角に出店していた地場資本の百貨店千葉久がニチイと資本提携したもの[343]
  • 江刺サティ✩(江刺市岩谷堂下惣田96-2[345]現・奥州市江刺豊田町2丁目1−7)、1986年(昭和61年)10月25日開業[345] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[346]、 旧・ニチイ江刺店 → 江刺サティ → ジャスコ江刺店 → イオン江刺店)
敷地面積約13,318m2[345]、鉄骨鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[345]、延べ床面積約7,425m2[345]、店舗面積約5,846m2[345](当社店舗面積約4,500m2[345])、駐車台数約310台[345]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
店舗跡には2003年(平成15年)4月に「ジャスコ江刺店」が出店したが、2011年(平成23年)3月1日に「イオン江刺店」に改称後、2019年(令和元年)11月10日をもって閉店。500m程の距離に同年11月29日に開業したイオンタウン江刺の核店舗として「イオンスタイル江刺」が出店したためであり、事実上の移転となる。
  • 宮古サティ✩(宮古市栄町5-1[347]、1980年(昭和55年)11月25日開業[348]、2002年(平成14年)8月31日に閉店[349]。旧・宮古ファミリーデパート玉木屋 → サンホーユー宮古店 →ニチイ宮古店 → 宮古サティ)
店舗面積約6,155m2[298]、延べ床面積約10,572m2[298]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
店舗跡地はテナントを集めた商業施設として利用することになり[350]、2003年(平成15年)12月12日にキャトル宮古として開業し[351][352]、2004年(平成16年)1月17日に宮古駅側の入口も完成して完全な形で開業した[353]。しかし、キャトル宮古は新型コロナウイルス感染症の拡大による経営不振で2021年12月10日に閉店[354][355]。建物は宮古市が取得し、再開発を行う方針を示している[355]
  • 遠野サティ✩(遠野市新穀町1−11[342]、1989年(平成元年)11月23日開業[74] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[356]
店舗面積約6,902m2[298]、延べ床面積約17,253m2[298]、敷地面積約7,351m2[357]
ニチイが70%・玉木屋が30%を出資して設立した「岩手ファミリーデパート」が「遠野ショッピングセンターとぴあ」の核店舗として開業時の店舗面積約3,527m2で出店した[357]。テナント30のうち岩手県外はわずか3社で地元の遠野市からの業者が22社と地場の店舗が大半を占めており、2階中央の展示などに使われる「とぴあホール」などのコミュニティ施設も併設していた[357]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「キクコーストア」を核店舗とした「遠野ショッピングセンターとぴあ」が2002年(平成14年)12月1日[358] に開業した。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、遠野市役所本庁舎が多大な被害を受けたため、当施設の2階部分を改装し、役所機能の一部を「遠野市役所とぴあ庁舎」として移転させた[広報 23]
2017年(平成29年)9月には、当施設の平面駐車場だった場所を含む一帯に遠野市役所本庁舎が落成し、本庁舎との間に連絡通路が設けられた[359]

宮城県

売場面積595m2[316]、駐車台数約10台[360]。旧・武田ストア店舗。
1964年10月、前身のカネ長武田百貨店仙台店がオープン。
閉店後は解体され、現在はパチンコ店「パチンコタイガー長町店」。
売場面積1,604m2[344]
売場面積4,628m2[344]
ファミリーデパートゆやす→サンホーユーの業態で出店。
1986年(昭和61年)9月1日には、ファミリーデパートノムラ[362]福島県原町市(現在の南相馬市原町区))と対等合併し、有限会社ホーユーの店舗となった[363]
4階建て・延べ床面積11,320m2[364]、店舗面積約7,544m2[298]
古川ショッピングデパートとして開業し、約500台収容の立体駐車場と約400台収容の平面駐車場を併設していた[364]
マイカル東北が運営していた[5]
  • 築館サティ✩×(栗原郡築館町藤木1−48[342](現・栗原市築館藤木1−48)、1979年(昭和54年)3月[298]、築館ファミリーデパート白鳥屋 → サンホーユー築館店 → ニチイ築館店 → 築館サティ → マックスバリュ築館店 → 2008年(平成20年)8月閉店)
延べ床面積約5,487m2[298]、店舗面積約3,812m2[298]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
跡地にはケーズデンキ築館店(運営はデンコードー)が2010年(平成22年)11月3日にオープンした。
売場面積4,223m2[253]。『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 1994年版』 東洋経済新報社、1994年。</ref>
涌谷ファミリーデパートたから屋[367] → サンホーユー涌谷店[368] → ニチイ涌谷店 → 涌谷サティと変遷

秋田県

  • ニチイ鷹巣店(1976年(昭和51年)9月開業[341] - 2001年(平成13年)8月末閉店[369])秋田県北秋田郡鷹巣町松葉町6-18
延べ床面積約2,038m2[341]、店舗面積約1,185m2[341]
1966年(昭和41年)にイシヤマ鷹巣店として開業し、アイケーイシヤマ鷹巣店(1976年(昭和51年)9月開業)、サンホーユー鷹巣店(1989年(平成元年)開業)を経て、1994年(平成6年)にニチイ鷹巣店に転換した。
    • 閉店後は解体され、現在は「小規模多機能型居宅介護事業所 のぞみ」。
  • 能代サティ✩×(能代市南元町2-40[370]、1977年(昭和52年)3月開業[253] - 2002年(平成14年)6月閉店[371]
延べ床面積約26,628m2[298]、店舗面積約13,696m2[298]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
2003年(平成15年)1月17日にTMO能代が専門家を招いて店舗跡地の活用について勉強会を行い[372]、コンサルタントの提案で共同出資会社を設立して[373] 建物を再活用して新たな施設を開業する方向で一旦まとまったが[374]、同年11月に能代商工会議所が建物を再活用する方針を撤回して計画は白紙に戻った[375]
店舗後の再活用の白紙撤回を受けて2004年(平成16年)3月に能代市が再開発案の検討を始め[376]、同年5月には能代商工会議所が再開発の案を提案し[377]、6月には能代市議会で海潮園を店舗跡地に設置する案が出された[378] が実現しなかった。
能代市や能代商工会議所などが主導する再開発が実現しなかったため、2005年(平成17年)12月に民間企業が国や県の補助金を活用して事業化を目指した[379] がこの構想も実現せず、店舗後の建物はそのまま残り続けたため2008年(平成20年)11月に地元企業が買収して解体する方向となった[371]

山形県

米沢ファミリーデパート→サンホーユーの屋号で出店。地下1階の食品売場はヨークベニマル[382](福島県外1号店)。米沢市の最大の商店街であった平和通りにあった旧米沢市役所本庁舎跡地の敷地面積2,805m2に建設した地上5階建ての店舗で延べ床面積は約11,748m2であった[381]
地場資本の衣料品店「クサカリ」と提携して開業したもので、開業時には5階にボウリング場が入居していたが1974年(昭和49年)に撤退した[381]
1994年(平成6年)3月の米沢サティの開店に伴い閉店した[381]
閉店後は解体され、跡地は「まちの広場」として整備された後、文化複合施設「ナセBA」が2013年10月4日に開業した。
ニチイ営業当時、道路を挟んで西隣には「ジャスコ米沢店(ニチイ開業前の1971年10月22日にオープン)」があったが、1991年6月に閉店し、翌年4月に「米沢ポポロ」として再開。2018年4月に閉鎖され、現在は解体済み。
売場面積8,359m2[344]
1973年(昭和48年)3月に山形駅前にニチイ山形店として出店。地下の食品売場は、ヤマザワが担当した。
1994年(平成6年)3月1日に、ニチイからダックシティへ営業権が譲渡され、店名も山形ビブレとなったが、2000年(平成12年)1月閉店[385]
店舗跡のビルは2001年(平成13年)までに解体され、幾度もホテル等の建設計画[386]が行われるも、実現することなく空き地の状態が長らく続いている。
売場面積2,370m2[387]
新庄駅前に出店していた[388]
新庄ファミリーデパート→サンホーユーの屋号で出店。食品売場はAコープ
閉店後は解体され、長年空き地状態が続いたが、現在は「特別養護老人ホーム みどりの大地」。
  • ニチイ村山店(村山市楯岡新高田5-1[342]、1980年(昭和55年)4月開業[387] - 1995年(平成7年)8月16日閉店[320]
売場面積4,100m2[387]
村山ファミリーデパートマルシメ→サンホーユーの屋号で出店。
閉店後は解体され、現在は住宅地として整備されている。
福島市
売場面積1,752m2[323]。屋号はNマート。
山田Vボウル跡地に開店[390]
開店から1年後の1979年(昭和54年)3月5日午前10時すぎに、駐車場内で東邦銀行の集金車から1,900万円が盗まれる事件が発生した[391]
福島サティの出店に伴い閉店[336]解体後、現在はヤマダ電機
  • ハッピーストア飯坂店[392] → ニチイ飯坂店(福島市飯坂町東堀切18[393]、1969年(昭和44年)3月開業[394] - 1995年(平成7年)閉店[320]
当初は、山田百貨店の量販店部門「ハッピー産業」の店舗だったが、八戸店を運営する青森ニチイに営業権を譲渡[317]。後には東北ニチイが運営していた[394]。屋号はNマート。
延べ床面積約1,170m2[394]、店舗面積約927m2[394]
  • ハッピーストア新町店(福島市新町8-5[392]
店舗面積280m2[392]
  • ハッピーストア栄町店(福島市栄町9-18[392]
店舗面積255m2[392]
福島市以外の中通り
延べ床面積約2,939m2[341]、店舗面積約1,937m2[341]。平屋建て[396]
1980年(昭和55年)12月に、成田屋本宮ファミリーとして開業[396]
成田屋→マイカル福島(赤トリヰ)が運営していた[369]
閉店後、元市長の佐藤嘉重の選挙事務所として使用された後、跡地は2011年(平成23年)12月1日に「ヨークベニマル新本宮舘町店」(現・本宮舘町店)として開業[397]
売場面積953m2[314]
当初は、山田百貨店の量販店部門「ハッピー産業」の店舗だったが、八戸店を運営する青森ニチイに営業権を譲渡[317]
鉄筋三階建て延べ1,548m2の店舗であったが、1977年(昭和52年)7月16日に火災で全焼した[398]
鉄骨鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋2階[399]、延べ床面積約27,583m2[399]、店舗面積約4,500m2[399](直営店舗面積約3,500m2[399])、駐車台数約800台[399]
須賀川サティはマイカル東北ではなく、マイカル福島が運営していた店舗[401]
マイカルグループ離脱して2003年(平成15年)3月1日に元の名称の「赤トリヰグリーンモール」に戻し運営していた[401] が、東北地方太平洋沖地震 の影響で、店舗に地盤沈下など甚大な被害を受け2011年(平成23年)4月29日をもって閉店[402]
建物は解体され、跡地には2013年(平成25年)9月20日にフレスポ須賀川グリーンモールが開業した[403]
浜通り
敷地面積約4,003m2[404]、鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て塔屋1階[404]、延べ床面積約10,770m2[404]、店舗面積約6,435m2[404](直営店舗面積約4,784m2[404])、駐車台数約250台[404]
元々は、1924年(大正13年)に原町市四つ葉通りに野村清助が創業した雑貨店「ノムラ」が起源である[407]。1979年3月に「ファミリーデパートノムラ」として大町に新築移転[405]。1986年(昭和61年)9月1日には、同じニチイ系の「NAC(ニッポンアライドチェーン)」に属していた角田ファミリーデパートゆやす(後のサンホーユー角田店)と合併し、有限会社ホーユーが発足[407]。組織は後にニチイ本体に吸収され、店名もサンホーユー、ニチイと変遷した後、1996年(平成8年)9月27日にサティへ業態転換した[408]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
跡地には南相馬市が管理する大町南災害公営住宅が建設されることになった[409]
ノムラ時代の店名ロゴは独自のものを使っていたが、サンホーユー時代は「ニチイ(nichii)」の文字を「サンホーユー(SUNHOYU)」に差し替えて使っていた。
会津
売場面積3,696m2[314]
1961年(昭和36年)に大善百貨店として開業[412]。1971年(昭和46年)に福島ニチイが営業権を取得し[317]、ニチイダイゼンとなった。福島ニチイは、1975年(昭和50年)に東北ニチイへ吸収されている[320]ニチイ会津若松店として移転後に解体され、現在はコインパーキング『神明フジパーク24』となっている。

]

敷地面積約7,570m2[413]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建て塔屋1階[413]、延べ床面積約20,633m2[413]、店舗面積約6,618m2[413](当社店舗面積約5,148m2[413])、駐車台数約510台[413]

閉店時の直営店舗面積約7,195m2[418]

大善デパートとして1961年(昭和36年)10月に開業し[411]。1971年(昭和46年)に福島ニチイが運営する「ニチイダイゼン」となった[419]。1982年(昭和57年)7月1日に会津若松駅前へ移転し、ニチイ会津若松店として開業[420]。1993年(平成5年)3月13日にサティへ転換[421]
東北ニチイ(→マイカル東北)傘下での初めてのサティ店舗。2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]なお、マイカル本社に店舗譲渡前の旧東北ニチイ(旧マイカル東北)傘下でニチイから業態変更したサティとして最後の店舗であった。
2009年(平成21年)6月29日にマイカルや隣接した商店などの地権者で構成する「会津若松駅前地区再開発協議会」が発足して後李の利用方法の検討を行い[422]、大型店が撤退後に跡地を売却せずに地元側とまちづくりに乗り出すのは全国的にも珍しい取り組みとして注目を集めていた[423] が、協議が難航したため2012年(平成24年)2月に結論が出ないまま協議会が解散となって跡地利用は宙に浮いた状態となった[424]
現在は暫定でフレンドパーク(コインパーキング)になっているが土地はイオンリテール所有。

茨城県

  • 下館サティ(筑西市丙360、1991年(平成3年)5月開業[253][425] - 2002年(平成14年)8月末閉店[426]
売場面積10,000m2[253]
1991年(平成3年)5月に[425]水戸線真岡鐵道関東鉄道常総線のターミナルである[427] 下館駅北口の駅前市街地再開発事業で建設された[428]下館SPICAの核店舗として開業したが[427]、2002年(平成14年)8月末に閉店した[426]
店舗跡には2003年(平成15年)7月にエコスや長崎屋などが出店する下館SPICAが再開業したが[429]、2006年(平成18年)1月16日にエコスが閉店した[427]
2006年(平成18年)1月16日にエコスが閉店したため[427]、エコスの後継店舗として農協を含む食品スーパーの招致を進めたが[429]、売り上げ不振が続いて2007年(平成19年)にサントマト[428]、2008年(平成20年)にエイムと撤退が相次ぎ[428]、2007年(平成19年)に3階と4階を筑西市役所分庁舎として借り上げる状況となり[428]、最盛期に約40店舗あったテナントが2009年(平成21年)4月9日現在で12店舗に減少して核店舗もない状態になった[428]
市役所本庁舎の老朽化などにより、2017年(平成29年)2月に本庁舎機能がSPICAへ移転してきた[広報 24]
  • 境サティ(猿島郡境町松岡町122、1996年(平成8年)11月15日開業 - 2008年(平成20年)1月9日閉店[広報 25]
閉店時の直営店舗面積約6,630m2[広報 25]
2008年(平成20年)4月24日にエコス境SC店[430]などが出店するT-PLACE[431]が開業している。

栃木県

  • 大田原サティ×(大田原市山の手2丁目15−1[432]、1979年(昭和54年)6月29日開業[432] - 2003年(平成15年)10月閉店[433]
敷地面積約8,234m2[432]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[432]、延べ床面積約8,725m2[432]、店舗面積約5,631m2[432](直営店舗面積約3,636m2[432])、駐車台数約500台[432]
1979年(昭和54年)、東野鉄道大田原駅跡地にアイアイタウン・エドヤとして開店。1993年(平成5年)に大田原サティとなり、2003年(平成15年)10月に閉店[433]。その後、2004年(平成16年)6月9日には、スーパーセンター・トライアル大田原店が開店したが[433]2014年(平成27年)5月に閉店。その後建物は利活用されていなかったが、2019年(令和元年)6月にクスリのアオキ山の手店が解体後の跡地に開店した。

群馬県

敷地面積約3,072m2[434][435]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て[434][435]、延べ床面積約14,049m2[435]、店舗面積約8,453.7m2[434] → 約8,663m2[435](直営店舗面積約6,347.2m2[434] → 約7,110m2[435])、駐車台数約76台[434][435]
郡部出身者が好んで利用する店舗であった[436]
店舗跡の建物は2000年(平成12年)に解体されて駐車場になった[437]
1993年(平成5年)10月20日に同じ前橋市内に前橋サティが開業したが[438]、2010年(平成22年)10月17日に閉店した[439]
店舗面積約21,707m2(うち直営店舗面積約17,205m2[3]、延べ床面積約63,377m2[3]
地上6階建てで、1階から3階に売り場を持ち、他の階は駐車場という開業時点では群馬県内最大の大型店であった[443]
近隣に競合する大型商業施設の開業が相次いだことなどの影響により、売上高が最盛期の約40%にまで落ち込んだことから閉店となった[444]
閉店時の直営店舗面積約17,500m2[442]
閉店後の店舗跡の活用については大家であるグンゼグループが2011年(平成23年)6月に自社の中期経営計画で改装して商業施設として再生する方針を明記してテナント招致などを進め[445]、2011年(平成23年)12月にスーパーのカスミ(1,709m2[446] やブックオフ[447] などが出店する前橋リリカとして2011年(平成23年)12月8日に新装開業した[448][446]
敷地面積約4,086m2[449]、鉄骨造地下1階地上8階[449]、延べ床面積約31,098m2[449]、店舗面積約13,253m2[449](直営店舗面積約9,963m2[449])、駐車台数約300台[449]
高崎駅西口前に「ニチイ高崎店」として開店し、1987年(昭和62年)3月1日に(初代)高崎サティに業態転換[450]、1996年(平成8年)3月に高崎ビブレに業態転換した[452]
当店跡地と周辺敷地と合わせた敷地には高崎オーパが出店された[広報 26][広報 27]
イオンモール高崎にある2代目の高崎サティ(後のイオン高崎店、現イオンスタイル高崎)とは異なる。
  • ニチイ伊勢崎店(伊勢崎市大手町11-11[453][45]、1970年(昭和45年)10月29日開業[453] - 1984年(昭和59年)2月12日閉店[454]
敷地面積約5,000m2[453]、鉄筋コンクリート造地上4階塔屋1階[453]、延べ床面積約10,222m2[453]、店舗面積約5,631m2[453](当社店舗面積約3,439m2[45])、駐車台数約180台[453]
群馬県館林市に本拠を置くとりせんと提携して[454][455]、伊勢崎警察署跡地に[456]同社が開発した「伊勢崎ショッピングセンター」に同社と共に核店舗として出店していた[453]衣料品店舗[45]
敷地面積約25,653m2[459]、鉄筋コンクリート造地上2階塔屋1階[459]、延べ床面積約23,345m2[459]、店舗面積約12,400m2[459](直営店舗面積約8,368m2[459])、駐車台数約1,200台[459]
ショッピングセンター・ラブの核店舗のニチイとして開店[460]、サティへ転換した後、2002年(平成14年)3月に契約解除の通知を行って閉店[458]。閉店後、フレッセイ等が出店したが[461]2007年(平成19年)5月15日に撤退。後続テナントに丸鮮市場が出店するも、2013年(平成25年)9月25日にSCが閉店
跡地にケーズデンキ太田店
  • 沼田サティ(沼田市下之町886[462]、1993年(平成5年)4月16日開業[463] - 2002年(平成14年)8月閉店[464]
沼田市の市街地再開発事業に三井生命保険が参画して建設された[425]、再開発ビルグリーンベル21の核店舗として売場面積8,800m2で開業した[463]が、2002年(平成14年)8月に閉店[464]。「グリーンベル21」には当店の他に開業時で専門店46店が入居していたほか、当店の入る商業棟以外に立体駐車場や沼田市立図書館の入るビルがあり、それら各館と空中歩廊を用いて連絡する構造となっていた[465]
閉店後、2002年(平成14年)に沼田の観光宣伝と当施設の運営支援を兼ねて地元の物産販売や観光案内のほか沼田市内の伝統工芸士の作品展示などを行う「沼田ふるさと館」を5階に入居させ[466]、店舗跡に核店舗となる大型店を招致するため改造費の2分の1や賃貸料の2分の1を沼田市が助成する「グリーンベル21出店促進条例」を施行してサンバード長崎屋[467] や2002年(平成14年)11月に開業したAコープ群馬を新たな核店舗とするグリーンベル21としての営業を続けた[468]。しかし、2008年(平成20年)5月にサンバード長崎屋[464]、2010年(平成22年)5月にAコープも撤退し[464][469]、「沼田ふるさと館」も2012年(平成24年)3月31日で閉鎖されるなど他のテナントの撤退も相次いだ[466]。その結果、2012年(平成24年)4月初めの時点で4階は完全に閉鎖、5階は沼田エフエム放送のみ1~3階も大半が空き店舗となった[466]
2014年(平成26年)2月までにすべての小売店が撤退し[470]、2015年(平成27年)1月に沼田市は施設全体を取得したと発表し[471][472]、2015年(平成27年)7月末までに沼田エフエム放送(FM OZE)も移転して全テナントが退去することになった[473]
敷地面積約5,957m2[477]、鉄筋コンクリート造地上4階塔屋1階[477]、延べ床面積約23,475m2[477]、店舗面積約6,580m2[477](直営店舗面積約4,968m2[477] → 閉店時の直営店舗面積約5,600m2[418])、駐車台数約267台[477]
ニチイ渋川店として開業し、1995年(平成7年)10月にサティへ転換[478]
JR渋川駅に近い中心市街地に出店していたが、郊外へのスーパーなどの進出による競争激化や中心市街地の衰退を受けて[479]2009年(平成21年)7月31日に閉店し[476]、パワーセンターうおかつ[476]などが出店する渋川ショッピングプラザとなったが、2016年6月をもって完全閉鎖し、建物は解体されている[478]。跡地には2017年(平成29年)11月22日に食品スーパーベルク渋川店とコインランドリーが開業した[478]

埼玉県

旧中山道に面した旧尾張屋の店舗で、尾張屋時代から通算では約70年間営業した[483]
売場面積2,311m2[480] → 2,516m2[484]
  • ニチイ蕨店(蕨市中央3-20-13[481]、1967年(昭和42年)10月20日開業[485] - 1990年代前半閉店
店舗面積1,089m2[485] → 1,209m2[484]
旧・尾張屋[486]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「マルエツ蕨店」が入居している。
売場面積2,125m2[484]
旧・尾張屋[488]
  • ニチイ川越店(川越市新富町1-9-1[481]、1962年(昭和37年)11月27日開店[489] - 1989年(平成元年)2月閉店[490]
店舗面積4,332m2[491] → 5,667m2[490]、駐車場50台[491]
旧尾張屋の店舗[492]
営業当時の建物は現存せず、現在は健康ランドとシティホテルの「川越温泉湯遊ランド・ホテル三光」になっている。
敷地面積約2,144m2[493]、鉄筋コンクリート造5階建て[493]、延べ床面積約6,100m2[493]、店舗面積約5,157m2[493](直営売場面積4,300m2[495])。
尾張屋志木店として志木駅南口に開業した[496]
敷地面積約2,157m2[493]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て[493]、延べ床面積約10,831m2[493]、店舗面積約7,954m2[493](直営売場面積3,405m2[314])、駐車台数約90台[497]
駅前西側に出店していた[499]
同じ熊谷市内に2000年(平成12年)11月16日に熊谷サティ(現イオン熊谷店)が開業した[33]
旧・尾張屋[500]
  • ニチイ行田店(行田市中央12-1[497][487]、1975年(昭和50年)11月開店[501] - 1994年11月末閉店)
売場面積6,206m2[497]、駐車台数約170台[497]
閉店後は解体され、現在は「セレネホール行田」。
  • 武蔵浦和サティ食品館×(浦和市沼影1-8-19[502](現・さいたま市南区)、1995年(平成7年)10月6日開店[502][503] - 2000年(平成12年)閉店)
敷地面積約4,985m2[502]、鉄骨造地上1階建て[502]、延べ床面積約2,850m2[502]、売場面積2,048m2[502]
敷地面積約2,640m2[504]、鉄筋コンクリート造地上4階建て[504]、延べ床面積約7,866m2[504]、店舗面積約5,274m2[504]、駐車台数約140台[497]
旧ニチイ春日部店。春日部駅東口に[505]。、旧尾張屋と折半出資で設立した東京エーゼットの春日部ショッピングセンターの核店舗として開業[337]。1996年(平成8年)にサティへと業態転換[広報 28]
  • 三郷サティ✩(三郷市茂田井18街区3号[506]、1978年(昭和53年)12月1日開店[506] - 2005年(平成17年)6月30日閉店[広報 29]
敷地面積約10,989m2[506]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[506]、延べ床面積約16,500m2[506]、店舗面積約9,376m2[506](直営店舗面積約4,412m2[506])、駐車台数約610台[506]。閉店時の直営店舗面積約7,215m2[広報 29]
2005年(平成17年)11月23日に食品スーパーのカスミフードスクエア三郷駅前店を核店舗とする[507]「ワオシティ三郷[74]」としてリニューアルしたが、2021年(令和3年)2月21日に閉店し、建物は解体されている。
  • 本庄サティ✩×(本庄市中道3115-1[481][508](現・駅南1丁目2-1)、1972年(昭和47年)9月27日開業[508] - 閉店時期不明)
敷地面積約12,231m2[508]、鉄骨鉄筋コンクリート造地上4階建て[508]、延べ床面積約10,810m2[508]、店舗面積約6,714m2[508](直営店舗面積約5,090m2[508])、駐車台数約150台[508]
ニチイ本庄店として開業、1997年(平成9年)6月27日に本庄サティ業態転換[509]
店舗跡には本庄BLALAが出店したが、2016年8月をもって完全閉鎖し、建物は解体されている。
敷地面積約8,566m2[510]、地下1階地上12階建て[510]、延べ床面積約52,397m2[510]、店舗面積約18,337m2[510](直営店舗面積約13,213m2[510])、駐車台数約700台[510]
閉店時の直営店舗面積約12,676m2[442]
東武野田線岩槻駅前の再開発ビル「ワッツ東館」[513]の核店舗として1996年(平成8年)3月8日に開店したが[514]、近隣の大型店などとの競争激化で赤字が続いたため2010年(平成22年)3月7日に閉店した[512][513]
2010年(平成22年)6月にマルエツと専門店が開業[513]。住民からの反対運動があったが[513]、2012年(平成24年)1月4日に保健センターや教育相談室などを併設したさいたま市岩槻区役所が3階と4階に移転して開業した[515]

東京都

  • ニチイ中板橋店(板橋区中板橋16[516]、1970年(昭和45年)3月1日開業 - 1981年(昭和56年)閉店[517]
売場面積559m2[516]
1981年(昭和56年)4月にニチイの関連会社の「神奈川エヌマート」が「神奈川エヌマート中板橋店」を開店した[518]
スーパーマーケット「よしや中板橋店」の2階部分に出店していた。
ニチイ閉店後も、1階部分は現在も「よしやセーヌ中板橋本店」として営業しており、ニチイが入居していた2階部分には100円ショップのダイソーが入居している。
  • ニチイ仲宿店(板橋区中宿43-6[516]、1969年(昭和44年)11月開業 - 1981年(昭和56年)[517]
売場面積535m2[516]
1981年(昭和56年)4月にニチイの関連会社の「神奈川エヌマート」が「神奈川エヌマート仲宿店」を開店した[518]
スーパーマーケット「よしや仲宿店」の2階部分に出店していた。
ニチイ閉店後も、1階部分は現在も「よしやセーヌ仲宿店」として営業しており、ニチイが入居していた2階部分には100円ショップのキャンドゥが入居している。
売場面積626m2[516]
1981年(昭和56年)4月にニチイの関連会社の「神奈川エヌマート」が「神奈川エヌマート駒込店」を開店した[518]
敷地面積約1,545m2[520]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下2階地上5階建て[520]、延べ床面積約6,595m2[520]、店舗面積約4,203m2[520](直営約店舗面積約2,554m2[520])、駐車台数約450台[520]
ビブレ4店目となる「原宿ビブレ21」として開業[523]。地下1階・地上5階建てで店舗面積は約3,830m2[523]
開業当時は、4階が当時ニチイ・グループであったピープルが運営する会員制スポーツクラブのエグザスと美容室があり、5階にはテラス・レストランとレコーディング・スタジオを入居させるなど、店舗面積のうち約40%を非物販に当てていた[523]
2000年(平成12年)11月に三菱商事へ売却された[524]跡地は「エスキス表参道」→「ジャイル」
  • 自由ヶ丘サティ食品館✩(目黒区自由が丘1-26-4[525]、1969年(昭和44年)3月7日開店[526] - 2001年(平成13年)8月閉店[広報 28]
ニチイ自由ケ丘店として開業[163]、1996年(平成8年)4月18日にサティ食品館として開業した[広報 28]
店舗面積約1,693m2[298]
敷地面積約4,611m2[527]、鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て[527]、延べ床面積約28,726.5m2[527]、店舗面積約16,599.6m2[527](直営店舗面積約6,082.5m2[527])、駐車台数約150台[527]
ニチイ清瀬店として開業し、1996年(平成8年)3月23日にサティへと業態転換した[広報 30]
清瀬駅南口の一画に出店していた[49]清瀬サティ時代はマツモト電器が入居。跡地はマンション「アイラシティ」清瀬。
  • 神奈川エヌマート小平店(小平市東町1-4-39[518]、1978年(昭和53年)3月開業[518] - ?)
売場面積1,000m2[518]

神奈川県

  • 神奈川Nマート平塚店(平塚市明石町21-12[529]、1978年(昭和53年)10月1日開店[530]
    小田急商事と共同出資で設立した神奈川Nマートの第1号店として出店したもので、小田急OXが食品売り場を約500坪で出店し、ニチイが衣料品売り場を約1,000坪で出店する店舗形態であった[530]
  • 神奈川Nマート秦野店(秦野市今川町1-7[531]、1978年(昭和53年)10月29日開店[530]
売場面積1,000m2[532]
  • 神奈川Nマート今宿店(秦野市今宿東町1640[532]、1982年(昭和57年)9月開店[532]
売場面積3,396m2[532]
店舗面積約8,573m2[516] → 約10,878m2[253]
ニチイ大船店として開業。1996年(平成8年)10月24日にサティへ業態転換した[広報 31]
閉店後の建物はそのまま、ヤマダ電機LABI大船やライフ等が入居する商業ビル「Oh!Plaza(オー!プラッザ)」が2002年(平成14年)4月23日に開業[533][534]したが、大船駅前の大型再開発事業の進行に伴い、2017年(平成29年)4月16日に閉館した。
Oh!Plaza閉館後の建物は解体され、跡地には大型商業施設「GRAND SHIP(グランシップ)」が2021年(令和3年)2月27日に開業[535]。核店舗として三越伊勢丹ホールディングスによる「FOOD&TIME ISETAN」が出店する他、ヤマダ電機やライフが再出店した[535][536]
敷地面積約8,734m2[537]、4階建て[537]、延べ床面積約17,358m2[537]、店舗面積約8,527m2[537](直営店舗面積約6,186m2[537])、駐車台数約260台[537]
ニチイ辻堂ショッピングデパートとして開業[539]。1995年(平成7年)10月21日に辻堂サティに業態転換し、100店舗目のサティとなった[541]
  • 小田原ビブレ(小田原市栄町2-9−33[542]、1972年(昭和47年)11月28日開店[543][544] - 1999年(平成11年)8月31日閉店
敷地面積約3,070m2[542]、鉄筋コンクリート造地下1階・地上6階建て塔屋2階[542]、延べ床面積約17,145m2[542]、店舗面積約8,558m2[542](直営店舗面積約4,546m2[542])、駐車台数約78台[542]
1972年(昭和47年)11月に「小田原ショッピングデパート」として開業[545]したが、1999年(平成11年)8月31日閉店。
ヤオハン小田原店(売場面積約1,651m2)が[542]地下1階に出店[544]
店舗跡には、2000年(平成12年)4月27日にアプリ小田原が開店した[546]
  • 相模大塚サティ食品館(大和市上草柳187−2[547]、1996年(平成8年)9月26日開業[547][548] - 2001年(平成13年)1月閉店[549]
開店のほぼ1週間前の1996年(平成8年)9月19日に隣接地に長崎屋ホームセンターが開店していたため[550]、同店との買いまわりによる相乗効果を狙って食品や実用医療などの生活必需品をそろえた食品スーパーとして開業した[551]
店舗跡には2001年(平成13年)10月19日にいなげや大和相模大塚店が開業した[549]
  • 本牧ビブレ(横浜市中区本牧原19−1)
1989年(平成元年)4月30日に本牧ネビュラとして開業[74]在日米軍が接収していた米軍住宅跡地[85] に建設されたマイカル本牧に出店していた。

山梨県

  • 甲府サティ食品館(甲府市塩部1[552]-1−10、1996年(平成8年)7月20日開業[552] - 閉店時期不明)
延べ床面積約4,111m2[552]、店舗面積約3,658m2[552]

長野県

店舗面積約11,136m2、延べ床面積約21,618m2[298]
人口約25,000人の豊科町に開業させた豊科サティが周辺地域から需要を吸収して売上を順調に伸ばしたことを受け、独自の商圏で高いシェアを確保することを目指して1998年(平成10年)4月17日に開店した[129]が、マイカルの再建策の一環として2002年(平成14年)に7月24日に閉店が発表され[555]、2003年(平成15年)2月28日に閉店した[553]
店舗跡地は商業施設ときめきの街として営業している[554]
2001年(平成13年)に辰野町が当店を核とする開発計画を当店東側の辰野町開発公社所有の国営林署跡地で計画していたが、当店の閉店により実現しなかった[554]
  • アライド信州飯山店(飯山市大字飯山1180-1まるごんビル[556]
敷地面積約1,800m2[558]、鉄筋コンクリート造地下1階地上3階一部4階建て[558]、延べ床面積約5,820m2[558]、店舗面積約3,845m2[558](当社店舗面積約825m2[558])、駐車台数約50台[558]
「協同組合パラス」の「ファミリーデパートパラス・いちかわブラザー」の核店舗として[558]1階から4階に出店していた[559]
  • アライド信州野沢店[560](佐久市取出町183[560][561]、1972年(昭和47年)10月5日開店[561] - ?)
敷地面積約26,038m2[561]、鉄骨造地上2階建て塔屋1階[561]、延べ床面積約12,274m2[561]、店舗面積約7,826m2[561](当社店舗面積約1,235m2[561])、駐車台数約800台[561]
長野西友(約1,011m2)・はなおか(約1,024m2)・ホームセンターイケウチ(約1,042m2)と共にバスターミナル併設の「ショップシティ リッチランド」の核店舗として[561]2階に出店していた[559]
  • アライド信州岩村田店(佐久市岩村田793[557]、1966年(昭和41年)11月開店[562]
「いちかわ岩村田店」として開店した[562]
敷地面積約5,651.8m2[564]、鉄骨鉄筋コンクリート造地上3階建て塔屋1階[564]、延べ床面積約4,700.16m2[564]、店舗面積約3,918m2[564]、駐車台数約280台[564]
「株式会社サンマルコ」の「ショッピングツアー・サンマルコ」の核店舗として「つるや」と共に「いちかわサンマルコ店」として出店した[564]
  • アライド信州大町店(大町市大字大町高見町神明原3142-1[566]
  • サンマートオジマヤ塩尻店(塩尻市大門五番町640-3[567]
店舗面積約2,878m2[569]

新潟県

  • ニチイマート山木戸店(新潟市山木戸5-17-14[572]、1981年(昭和56年)7月1日開店[573] - 閉店)
新潟ニチイの第1号店として開店した。
  • ニチイマート寺尾店(新潟市、1981年(昭和56年)10月1日開店[574] - 閉店)
敷地面積約16,207m2[575]、鉄筋コンクリート造2階建て[575]、延べ床面積約7,070m2[575] → 約15,995m2[298]、売場面積約4,000m2[575](当社売場面積約3,200m2[575]) → 約9,536m2[298]、駐車台数約500台[575]
丸壮製作所跡地に[577]、1981年(昭和56年)10月29日にファミリーデパート江口屋として開店[575]。ファミリーデパート豊栄店へのリブランドを経て、1991年(平成3年)6月27日[578]サティへ転換。
2002年(平成14年)1月28日に閉店が発表され[555]、2003年(平成15年)2月28日に閉店した[576]
老朽化のため店舗施設を撤去して更地化され、2010年(平成22年)2月20日にウオロク葛塚店が開店[579]
  • 上越サティ☆(新井市栗原字水久保680[572][580](現:妙高市栗原4-7−11)、2002年(平成14年)8月31日閉店[581]
店舗面積約7,288m2[298]
2002年の閉店までは核テナント「サティ」と専門店「COA」が同じ建物内で営業していた。マイカル破綻後の2002年(平成14年)1月28日、収益改善が見込めないとして閉店が発表され[582]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[581]
閉店した8月末時点で後継店舗の招致が大詰めとされていた[581] が、2008年(平成20年)にようやく新井ショッピングセンターCOAとしての再出発が決まった[583]
敷地面積約13,816m2[584]、鉄筋コンクリート造2階建て塔屋1階[584]、延べ床面積約8,595m2[584]、売場面積約6,130m2[584](当社売場面積約4,700m2[584]) → 約6,321m2[298]、駐車台数約400台[584]
1985年3月29日に西頚城地域で初の郊外型SC『糸魚川ショッピングセンター アイビス』として開店[585]。店舗名はその後ニチイ→サティと変遷した。新潟ニチイ→マイカル新潟が経営する店舗だったが1999年(平成11年)3月1日にマイカル北陸へ移管されて改装された[586]
マイカルの破綻後の2002年(平成14年)1月28日に収益改善が見込めないとして閉店が発表され[582]、次の核店舗が見つかるまでの営業存続をテナントの専門店の経営者らが要請したが受け入れられず[587]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[581]
閉店後の跡地を糸魚川市が予算を用意して買収する準備を進めていた[581] が、2003年(平成15年)にマイカルが民間企業に売却したため糸魚川市による買収は実現せず[588]、建物解体の上で2009年(平成21年)にスーパーマーケットのイチコが出店することになった[583]
敷地面積約19,300m2[589]、鉄筋コンクリート造2階建て塔屋1階[589]、延べ床面積約7,070m2[589]、売場面積約3,647m2[589](当社売場面積約2,500m2[589])、駐車台数約700台[589]
1980年(昭和55年)3月7日に豊栄市の江口屋呉服店と村上市の中善商店が共同でファミリーデパート中条として開店[591]、1995年(平成7年)3月1日に中条サティに業態転換、2003年(平成15年)6月30日閉店[580]村上市のスーパー「エノモト」が入居したが2010年(平成22年)閉店。建物は2012年解体
跡地には、2013年4月11日にケーズデンキ胎内店(北越ケーズ運営)が出店している[広報 32]
店舗面積約4,735m2[592]、鉄骨造り平屋建て・延べ床面積約5,525m2[592]
  • 新潟ニチイ亀田店 → 亀田サティ(中蒲原郡亀田町西町3-5-22[594]、1982年(昭和57年)11月20日開店[595] - 2000年(平成12年)8月末閉店[596]
店舗面積約2,000m2[298]
JR亀田駅前に出店していた[596]
吉田町に本店を置き、西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)や分水町(現:燕市)に店舗を持っていた衣料品店サクライと同じく吉田町中心部で食品スーパーを運営していた主婦の店サイトーが核となったファミリーデパートよしだとして開店。その後吉田ニチイへの店名変更を経てサティにリブランド。2000年閉店。

富山県

  • 黒部サティ×(黒部市前沢1017-4[598] 、1997年(平成9年)8月27日開業[599] - 2003年(平成15年)6月30日閉店[600][601]
延べ床面積約19,869m2[298]、店舗面積約13,657m2[298]。当初は1995年秋のオープンを目指していた[602]
直営店舗面積約8,000m2で1998年(平成10年)度は売上高約36.38億円を上げたが、アピタ魚津店の進出などで2001年(平成13年)度は売上高約27.27億円まで低迷したため閉店した[600]。跡地はユニーが買収して[603] 2004年(平成16年)4月17日にアピタ黒部店を開業[604] するも、2017年(平成29年)8月20日を以て閉店。なお、跡地の入居者は2017年7月21日の時点で2、3社と入居の協議がされていた[605][606] が、2017年10月24日にPLANTが同店舗跡地に出店を検討していることが明らかになった[607] が、最終的に店舗は2019年(平成31年/令和元年)までに解体された[608]。跡地は2022年(令和4年)7月22日アルビス黒部店が[609]、同年9月22日ナフコ黒部店がそれぞれオープンした[610]
なお、これ以前にもニチイ北陸1号店となる見通しであった[611]『黒部マイカルタウン』(仮称)の出店計画が存在していた。前沢地区に敷地面積約50,000m2に建物床面積72,700m2(うち物販26,000m2)の店舗を1991年8月に着工、1992年6月にオープンを目指していたが、一部用地について地権者との同意が得られず、出店を断念すると1990年10月19日までに発表した[612]
  • 砺波サティ食品館×砺波市三島町11−28、1997年(平成9年)4月28日開業[613] → 2001年(平成13年)4月10日閉店[593]
日本製麻工場跡地にて開店[614]。鉄骨平屋建て延べ4,290m2、店舗面積3,277m2。駐車場は屋上部分の170台を含めて400台分を確保。隣接地には多目的ホール『ニチマ倶楽部 ザ・ホール』もオープンしていた。不況と全国的なスーパー間の競争が激化したため閉店[615]
跡地に、2003年(平成15年)2月14日にヤマダ電機テックランド砺波店が開業[616]
店舗面積約15,000m2[618] → 約33,000m2
1993年(平成5年)10月に北陸ニチイがワーナー・マイカル・シネマズ高岡を併設した富山県内最大級の売り場面積を誇るショッピングセンターとして開業し[620]、1996年(平成8年)に3階を増床してテナント数を増やして1997年(平成9年)2月期には売上高108億円を上げ[620]、1999年(平成11年)に300メートル離れた場所にあったダイエーを閉店に追い込むほどの影響を高岡の商業界に与えた[621]
2001年(平成13年)3月にマイカル直営店になったものの半年後にマイカルが経営破綻してイオンの傘下に入ったが[620]、そのイオンが2002年(平成14年)9月にわずか1.5キロ南に当店を上回るイオン高岡ショッピングセンター(現イオンモール高岡)を開店するなどして当店の経営を圧迫し[620]、2001年(平成13年)度以降赤字状態が続き[620]、2008年(平成20年)2月期に売上高がピーク時の約3分の1に当たる37億円へ落ち込んで[619] 収益改善の見通しが立たないとして[621] 2009年(平成21年)1月12日に閉店した[619]
店舗跡は2010年(平成22年)末から建物を解体し[622]、2011年(平成23年)11月22日にホームセンタームサシが開業している[623]
当店閉店後に高岡市の中心市街地に生鮮食品を扱う大型店がなくなって周辺住民の生活にも影響が出ていたため[624]、マルワフードの食品スーパー新鮮市場がムサシに併設されて2011年(平成23年)11月21日に開店している[623]

福井県

  • 春江サティ食品館・おしゃれ生活館(坂井市春江町江留下高道113[625]春江ハロータウン内、1991年(平成3年)11月開業[626][627] - 2001年(平成13年)4月5日閉店[626]
敷地面積約17,300m2[627]、店舗面積約4,218m2[298]
店舗跡はビッグベリーマーケットながすぎ)春江店、ホリタ文具春江店
  • 芦原サティ食品館・おしゃれ生活館(あわら市舟津46−30−1・芦原ハロータウン内[298]、2000年(平成12年)8月28日に閉店[628]
芦原ハロータウンの店舗面積約4,294m2[298]、延べ床面積約5,367m2[298]
1976年(昭和51年)に開業した福進チェーン(後に解散)のショッピングセンター「芦原ハロータウン」[629]に出店していた[298]
店舗跡はビッグベリーマーケット(ながすぎ)芦原店、あわらハロータウン(ハローおしゃれ館、100円ショップポピアあわら店)

岐阜県

  • 関サティ食品館(FC) [630]関市市平賀字鹿塚88[631]、1995年(平成7年)9月20日開業[632]
店舗面積約6,081m2[633]、鉄骨造り平屋建て・延べ床面積約8,382m2[633]
2002年(平成14年)3月7日 三起屋関食品館[634] → 2002年(平成14年)3月7日に改装してバロー関ひがし店を開業[634]
敷地面積約4,886m2[635]、鉄筋コンクリート造地上3階建て塔屋1階[635]、延べ床面積約13,685m2[635]、店舗面積約7,883m2[635](直営店舗面積約5,483m2[635])、駐車台数約500台[635]
関・土岐の2店舗は、マイカルグループから離脱し、2001年(平成13年)にバローグループ入りした岐東ファミリーデパートが現在も運営[630]
2002年(平成14年)にトミダヤが買収して[640]羽島Wing151として開業。
敷地面積約24,116m2[637]、鉄筋コンクリート造3階建て[637]、延べ床面積約16,201m2[298]、店舗面積約8,400m2[637]、駐車台数約800台[637]
浜松市
  • ニチイ浜松店(浜松市千歳町91[641]、1969年(昭和44年)9月27日開店[641] - 1991年(平成3年)2月閉店[642]
敷地面積約2,472m2[641]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て[641]、延べ床面積約12,005m2[641]、売場面積約8,664m2[641] → 7,699m2[642]、駐車台数約100台[47]
浜松駅近くのモール街と呼ばれる商店街の一角に出店していた[643]
  • ニチイ宮竹店(浜松市上西町985-1[644]、1979年(昭和54年)10月25日開店[644] - 1997年(平成9年)3月31日閉店[645]
敷地面積約24,176m2[644]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[644]、延べ床面積約19,762m2[644]、店舗面積約10,243m2[644](当社店舗面積約6,806m2[644])、駐車台数約720台[644]
跡地に後継店として宮竹サティを開業[253]
  • 宮竹サティ(浜松市上西町985、2001年(平成13年)8月31日閉店[646]
店舗面積約10,878m2[253]
ニチイ宮竹店を1997年(平成9年)3月31日に閉店した[645] ことに伴う後継店としてに開業。
店舗跡は改装されて浜松プラザウエストとなったが閉店し、2015年(平成27年)10月に解体されることになった[647]跡地には2017年にユニクロやGUなど複数の店舗が独立した建物で相次ぎオープンした。
浜松市以外
  • 神奈川Nマート幸原店(三島市幸原町1-8[531]、1978年(昭和53年)10月19日開店[530][531]
    小田急商事と共同出資で設立した神奈川Nマートとして出店したもので[530]、東海ストアと共同出店していた[531]
  • ニチイ沼津店(沼津市大手町1-1-3[648]、1970年(昭和46年)12月1日開店[648] - 1995年(平成7年)2月閉店[642]
敷地面積約1,277m2[648]、鉄筋コンクリート造地下2階地上9階建て[648]、延べ床面積約12,540m2[648]、店舗面積約6,787m2[648](当社店舗面積約4,840m2[648])、駐車台数約700台[648]
売場面積3,473m2[314]
沼津駅南口前の[649]中心街の一角に出店していた[650]「協同組合沼津商連会館」の「新沼津ショッピングセンター」の核店舗だった[648]
敷地面積約6,869m2[652]、鉄筋コンクリート造地上6階建て[652]、延べ床面積約15,307m2[652]、売場面積約9,899m2[652](当社店舗面瀬約3,697m2[652])。
富士ショッピングセンターパピーの核テナントとして2階から5階に出店していた衣料品店[653]。地階の食品売り場は当初、静岡鉄道の関連企業ファミリーストアが担当していたが1979年(昭和54年)に撤退[653]、後継としてシズオカヤが出店したが[653]ニチイと同じ年に閉店した。

愛知県

敷地面積約11,416m2[654]、地下1階地上12階建て[654]、延べ床面積約63,311m2[654]、店舗面積約19,572m2[654](直営店舗面積約16,020m2[654])、駐車台数約1,800台[654]
店舗面積約16,020m2[253]
1995年(平成7年)4月26日に名古屋鉄道豊田市駅東地区市街地再開発事業で建設された再開発ビル「GAZA」の核店舗として開店した愛知県下初出店の店舗だった[655]
1970年代から郊外地域にユニーやジャスコ、トヨタ生協が本部店を立地していて既存店舗間による競争があるところに出店したため、売上高は約60億円に留まって豊田市内の総売上高に占めるシェアも約20%に留まった[657]
店舗跡は1階にはトヨタ生協メグリアセントレとして入居[656]2階・3階は専門店街が移転して営業している。残りのフロアはオフィスビル化されている。このフロアへのエスカレーター・エレベータは使用できなくなっている。
鈴鹿市
敷地面積約33,550m2[658]、鉄筋コンクリート造地上4階建て[658]、延べ床面積約22,092m2[658]、店舗面積約11,798m2[658](当社店舗面積約4,270m2[658])、駐車台数約1,600台[658]
ヤマナカ」(約1,487m2)と共に[658]「ショッビングセンターアイリス」の核店舗の衣料品店として出店していた[659]
1998年(平成10年)10月23日に鈴鹿サティが開店したが[660]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[661]
2004年(平成16年)10月22日にアピタ鈴鹿店(現:MEGAドン・キホーテUNY鈴鹿店)を開業[663]
シネマコンプレックスワーナー・マイカル・シネマズ鈴鹿」(7スクリーン、計1,014席)やボウリング場「パームボウル」を併設していた[664]
ワーナー・マイカル・シネマズはイオンモール鈴鹿へ移転。
伊賀市
  • ニューフジヤ店(上野市(現・伊賀市)、1971年(昭和46年)3月20日新装開店[337] - ?閉店)
    1971年(昭和46年)に地場資本のスーパーを系列化して出店した[657]
  • ニチイ上野ショッピング(上野市中町2976[666](現・伊賀市、1967年(昭和42年)3月20日開店[666] - ?閉店)
    売場面積2,322m2[666]
  • 上野店(上野市中町2976[668](現伊賀市上野中町)、1977年(昭和51年)5月開店[669] - 1996年(平成8年)2月閉店[670]
    売場面積4,356m2[667]
    上野市の中心である中町商店街にあった[669]鉄骨造り地上5階建てで店舗面積4,356m2の店舗で隣にあった1971年(昭和46年)開店のジャスコ上野店と共に商店街の核となっていた[671]
    閉店後の建物はそのまま、伊賀市に売却され「上野ふれあいプラザ」として利用されていたが、市内の福祉機能を伊賀市総合福祉会館内に複合化したため、2020年3月末をもって閉鎖された。
    閉鎖後も建物が残されており、2021年10月より旧上野ふれあいプラザの売却先の募集を行っている。

滋賀県

マイカルによる地元自治体と組んだ駅周辺の都市開発プロジェクトの先駆けとして[675]JR栗東駅前に駅と2階部分がペデストリアンデッキでつながる建物内に[673] 1998年(平成10年)3月20日に開店した[672] が、イオンの岡田元也社長が会社更生手続きの事業管財人となった後の2002年(平成14年)7月24日に追加の閉鎖店舗の一つとして記者会見で発表され[555]2003年(平成15年)2月末に閉店した[673]
閉店後、店舗を改装した上で2003年(平成15年)4月25日にアル・プラザ栗東が開業[673][676]
中京区
  • ニチイ四条高倉店(京都市中京区高倉通蛸薬師下ル貝屋町[677]、1965年(昭和40年)4月29日開業[677] - 閉店時期不明)
  • 三条サティ(京都市中京区三条通神泉苑角[678](現・京都市中京区上瓦町53)、1962年(昭和37年)12月開業[679] - 閉店時期不明)
売場面積323m2[484]
衣料品店であった[680]
敷地面積約1,982m2[155]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て[155]、延べ床面積約10,809m2[155]、店舗面積7,225m2[155]
ニチイ発祥店舗の1つ「ヤマト小林商店」跡地であり、店舗名としてはニチイ河原町店[523]→河原町ビブレ21[523]→河原町ビブレ[682]という変遷となっている。
「ニチイ」として開業した当時から衣料品専門の店舗であった[682]
2003年(平成15年)1月29日にロフトを1階から5階までの核店舗として新装開店し[684][685]、閉店時には直営は地下1階の衣料品だけとなっていた[682]ロフトは市内移転。
店舗跡には1階部分に店舗が入居する地上11階・地下1階建てのマンション建設計画を不動産会社が立て、2015年(平成27年)12月に竣工したが、地元の商店街などは建設に反対していた[683]
  • ニチイ西新道店(中京区壬生森ノ前町14-1[686]1969年(昭和44年)6月27日開業[686] - 閉店時期不明)
売場面積606m2[686]
上京区
  • ニチイ出町店(京都市上京区河原町今出川寺町東入ル一真町1-73[677]、1967年(昭和42年)9月23日開業[677] - 閉店時期不明)
売場面積172m2[484][687]
衣料品店であった[680]
  • ニチイ千本店(京都市上京区千本寺ノ内上ル・ホテイ市場内[680]、1958年(昭和33年)8月開業[677] - 1988年(昭和63年)2月閉店[490]
売場面積106m2[484][490]
衣料品店であった[680]
その他の京都市
  • ニチイ島原店(京都市下京区松屋町花屋長下ル[677]、1953年(昭和28年)4月開業[677] - 1976年(昭和51年)2月閉店[688]
  • ニチイ東山店(京都市東山区東山三条東入ル分木町[687]、1959年(昭和34年)4月開業[689] - 閉店時期不明)
古川町商店街に出店していた[689]
売場面積169m2[484]
衣料品店であった[680]
1階にマツダ系列のディーラー「ユーノス」とイタリアンレストラン「ラ・ヴィータ」、2階に輸入家具などの店舗を設けていた[690]
現在は、結婚式場のアイネスヴィラノッツェ宝ヶ池。
  • 桂サティ✩×(京都市西京区川島有栖川町13[691]、1970年(昭和45年)6月開店[692] - 2002年(平成14年)4月11日閉店)
店舗面積約2,373m2[692]。(ニチイ桂店時の売場面積1,085m2[693]。)
旧ニチイ桂店。サティ転換後は、ポロロッカ食品館を併設する業態をとっていた。
2001年(平成13年)7月末に契約していた駐車場の一部の閉鎖による収容台数の減少が2001年(平成13年)9月25日の京都市大規模小売店舗立地審議会で認められたが、その際には民事再生法適用申請後であったためそのことの審議への影響について委員から質問が出ている[694]
閉店後の建物はそのまま、「KATSURA Fマートビル」として利用され、スーパーマーケット「Fマート桂店」等が入居していたが、後に閉店。現在は解体され、跡地に「ダックス西京桂駅西口店」が2021年7月22日に開業した。
  • 京都花園サティ✩×(京都市右京区太秦安井藤ノ木町16[687]、1961年(昭和36年)5月開業[253] - 2001年(平成13年)8月19日閉店[528]
売場面積609m2[484]
1996年(平成8年)9月にはニチイからサティへ業態転換。
マイカルナック商事の経営であった。清水ママセンター破綻後出店、閉鎖後は解体。
  • 新大宮サティ✩(京都市北区紫竹西高縄町2[678]、1969年(昭和44年)11月1日開業[494] - 2001年(平成13年)閉店)
売場面積777m2[484]
旧ニチイ新大宮店で、衣料品のみの取り扱いであった。
上友ビルに出店していた。
閉店後の建物はそのまま、100円ショップのキャンドゥや、衣料品チェーンのオンセンドが入居している。
  • (初代)ニチイ伏見店(伏見区南部町60[689]、1967年(昭和42年)6月1日開店[689][695] - 閉店日不明)
1973年(昭和48年)9月15日に火災で半焼し、約864m2が焼損して1名が負傷した[696]
  • ニチイ洛南店(南区明田町18[686]1969年(昭和44年)5月17日開業[686] - 閉店時期不明)
売場面積400m2[686]
京都市以外
  • 長岡サティ✩×(長岡京市開田2丁目1-1[697]、1971年(昭和46年)7月2日開業[697] - 1998年(平成10年)閉店)
敷地面積約6,673m2[697]、鉄筋コンクリート造地地上3階建て[697]、延べ床面積約7,022m2[697]、店舗面積約4,500m2[697](当社店舗面積約2,504m2[697])、駐車台数約300台[697]
閉店後の建物はそのまま、「エピコット長岡」として利用され、衣料品チェーンのオンセンドや、100円ショップのシルク等が入居していたが、2019年7月をもって閉鎖された。
  • 八幡サティ✩(八幡市八幡源氏垣外1-4[698]、1983年(昭和58年)11月30日開業[698] - 2007年(平成19年)11月12日閉店[広報 25]
敷地面積約8,405m2[698]、鉄筋コンクリート造地地上3階建て[698]、延べ床面積約11,331m2[698]、店舗面積約6,435m2[698](当社店舗面積約5,619m2[698])、駐車台数約600台[698]
店舗面積約5,761m2[253]、閉店時の直営店舗面積約5,940m2[広報 25]
小売市場である「八幡市場」に隣接する八幡ショッピングセンター(売場面積約7,331m2)の核店舗として売場面積約5,761m2で「ニチイ八幡店」として出店した[657]
当地は核店舗として平和堂が出店する計画が進んでいた場所であったが、調整の結果ニチイが選ばれて出店した[657]
店舗跡は商業施設「ファミレ八幡」となり、2008年(平成20年)8月8日に1階にコノミヤ八幡店が出店[699]。その後2023年(令和5年)7月5日にコノミヤ八幡店が閉店[700]、2023年(令和5年)9月28日にコノミヤ八幡店跡地にKOHYO八幡店が出店した[701]
北区 (大阪市)
  • ニチイ天神橋筋店(北区天神橋筋4-32[487][702]、1950年(昭和25年)3月1日開業[702] - 1994年(平成6年)8月閉店
売場面積1,382m2[703]
旧「セルフハトヤ」創業の地。
閉店後の建物はそのまま、子会社のマックロードへ移管され「マックロード天神橋店」となるも、後に閉店。
  • ニチイ梅田店(北区曾根崎中1-48[704]
売場面積965m2[704]
中央区 (大阪市)
  • ニチイ千日前店(南区(現中央区)千日前2-10−1、1967年(昭和42年)3月1日開業[702] - 1972年(昭和47年)5月13日閉店[705]
千日デパートビル3〜4階に出店していたが、改装工事中の売り場での火の不始末から燃え広がった火災により閉店となった[705]
売場面積2,640m2[706]
  • 心斎橋ビブレ×大阪市中央区周防町1[519]、1987年(昭和62年)11月1日開店[707] - 2001年(平成13年)11月30日閉店[708]
    地下3階地上10階建て[709]、延べ床面積約10,564.7m2[710]、店舗面積約4,618m2[710](直営店舗面積約4,068m2[710])。
    「心斎橋ビブレ21」として開業[707]。9階にはピープルの新業態スポーツクラブ「ジ・アドバンスドクラブ・エックスワン心斉橋」が開業時に開設された[711]
    閉店後もビル(心斎橋AXY)はそのまま残り、長らくビームスの大阪旗艦店などが入居していたが、2011年にビルを解体。跡地は三井不動産によって再開発が進められ、南北2つの低層店舗に生まれ変わった。南棟には2013年10月、ヒューゴ・ボスの路面店が開業。北棟には2015年3月8日、バーバリーの路面店が開業した。ビームスはビル解体後、大丸南館に移転した)
淀川区・東淀川区
  • ニューニチイ十三店 → 十三サティ✩(大阪市東淀川区十三本町1-12-1[691]ショウキン第8ビル[298](旧・十三西之町2-89-4[712])、1960年(昭和35年)9月開店[712][692]
売場面積1,570m2[712] → 約3,649m2[692]
ポロロッカ食品館を併設。
店舗の規模が小さかったため、マイカル本体をサティやビブレを中心とした大型店舗の開発に特化するため中小型店をマイカルナック商事へ移管した際に当店も同社へ移管された[713]
  • ニチイ駒川店別館(東淀川区駒川町8-34[702]、1959年(昭和34年)4月10日開店[702] - 閉店時期不明)
売場面積679m2[714]
売場面積1,560m2[714]
住之江区
  • ニューニチイ安立店(住之江区安立町7-4[712]、1960年(昭和35年)3月25日開店[712] - 閉店時期不明)
売場面積148m2[712]
  • ニチイ安立店(住之江区安立町3-6-26[716]、1964年(昭和39年)9月開店[717] - 閉店時期不明)
売場面積111m2[484]
  • ニチイ粉浜店(住之江区粉浜2-13-8[716]、1956年(昭和31年)5月開店[702] - 閉店時期不明)
売場面積277m2[484]
住吉区・東住吉区
  • ニチイ長居店(住吉区長居町中3-4-3[716]、1966年(昭和41年)3月開店[717] - 1990年(平成2年)2月17日閉店[718]
売場面積130m2[716]
  • 駒川サティ✩×(大阪市東住吉区駒川5丁目23−9、1976年(昭和51年)4月開業[719] - 2002年(平成14年)閉店[720]
店舗面積約6,808m2[298]
1976年(昭和51年)3月別館閉店[688]
1995年(平成7年)10月にサティへ業態転換。
その他の大阪市
売場面積98m2[678]
  • ニチイ野田店(福島区中江町193[721]、1963年(昭和38年)4月25日開業[721] - 1974年(昭和49年)9月閉店[722]
売場面積264m2[721]
  • ニチイ生野店(生野区林寺1-5-8[678][723]、1966年(昭和41年)10月21日開店[724] - 2001年(平成13年)閉店
売場面積1,658m2[678]
1974年(昭和49年)1月29日に火災が発生し、1,187m2を焼失した[723]
閉店後の建物はそのまま、大幅に改装され「大林寺病院」として利用されていたが、後に閉院。
現在は解体され、2019年12月に11階建てのマンション「グランデュール林寺」が竣工した。
  • ニチイ九条店(西区九条2-7-15[687]、1957年(昭和32年)7月開店[717] - 閉店時期不明)
売場面積646m2[484]
  • ニチイ港店(港区八幡屋1-13-16[678][703]、1968年(昭和43年)3月29日開店[703] - 閉店時期不明)
売場面積384m2[484]
  • ニチイ泉尾店(大正区泉尾中町3-28[712]、1965年(昭和40年)9月25日開店[712] - 1974年(昭和49年)月閉店[722]
売場面積439m2[712]
  • ニチイ今里店(東成区大今里1-32-18[725]、1968年(昭和43年)9月27日開店[712] - ?閉店)
売場面積507m2[725]
衣料品店であった[725]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「ビス進興 今里店」が入居している。
  • 千林サティ✩×(大阪市旭区千林2丁目11−27[726](旧・千林町3-78[727])、1952年(昭和27年)3月開業[719] - 2002年(平成14年)3月閉店[728]
敷地面積約12,783m2[727]、鉄骨造地上5階建て[727]、延べ床面積約8,194m2[727]、店舗面積約5,908.2m2[727](当社直営店舗面積約4,919.5m2[727])。
岡本常男が開いた旧「赤のれん」創業店[728]
1996年(平成8年)5月にサティへ業態転換。
店舗の規模が小さかったため、マイカル本体をサティやビブレを中心とした大型店舗の開発に特化するため中小型店をマイカルナック商事へ移管した際に当店も同社へ移管された[713]
売場面積1,258m2[680]
ニチイ四貫島店として開業。1996年(平成8年)にサティへ業態転換。
ポロロッカ食品館を併設
店舗の規模が小さかったため、マイカル本体をサティやビブレを中心とした大型店舗の開発に特化するため中小型店をマイカルナック商事へ移管した際に当店も同社へ移管された[713][広報 35]
堺市
  • ニチイ堺店(堺市(現・堺市堺区)北瓦町1-3-15[731]、1968年(昭和43年)11月23日開店[732] - 1988年(昭和63年)12月閉店[490]
ニチイ初のショッビングセンターの店舗で[48]、敷地面積1,423m2[732]、鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建て[732]、延べ床面積6,229m2[732]、店舗面積4,678m2[732] → 4,992m2[490]
  • ニチイ鳳店(堺市(現・堺市西区)鳳東町3-265[733]、1971年(昭和46年)4月29日開店[733][734] - 閉店時期不明)
敷地面積約2,310m2[733]、鉄骨造地上4階建て[733]、延べ床面積約6,000m2[733]、店舗面積約4,356m2[733](当社店舗面積約1,980m2[733])、駐車台数約50台[733]
「パリオ鳳店」(約990m2)と共に「オオトリショッピングセンター」の核店舗として出店していた[733]
1974年(昭和49年)2月に偽爆弾電話が掛けられた事件が発生した[735]
ニチイ営業当時、同建物に堺市農業組合(JA堺市)が入居していた。
閉店後の建物はそのまま、1階部分にスーパーマーケット「食鮮館パレット」が入居していたが、2021年7月末に閉店した。
  • ニチイ綾之町店 → 綾之町サティ✩×(堺市桜之町東1-1-2[680][678](旧・桜之町6丁目[736][737]、現・堺市堺区)、1960年(昭和35年)4月開業[736] - 閉店時期不明)
売場面積231m2[736]
閉店後は解体され、住宅地として整備された。
堺市以外の大阪府南部
  • ニチイ岸和田店 (岸和田市宮本町12-25[680](旧・1949[337])、1968年(昭和43年)3月23日開業[738] - 閉店時期不明)
    鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て[732]、延べ床面積約7,756m2[732] → 約9,451m2[738]、売場面積約6,245m2[732] → 5,350m2[314]
    岸和田市内には他に、1979年(昭和54年)11月29日に開業したニチイ東岸和田店があり[74]、その後東岸和田サティを経て[181]、イオン東岸和田店として2020年(令和2年)8月31日まで営業した[広報 15]
敷地面積約3,882m2[739]、鉄筋コンクリート造地上5階建て[739]、延べ床面積約4,268m2[739]、店舗面積約2,651.08m2[739](当社店舗面積約1,880.64m2[739])。
地元資本によって開発されたショッピングセンターへ出店していた[412]
  • ニチイ泉佐野店(泉佐野市上町1168-234[736]、1969年(昭和44年)5月30日開店[736] - 閉店時期不明)
敷地面積約1,594m2[741]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て[741]、延べ床面積約8,629m2[738]、売場面積6,320m2[736]
南海本線泉佐野駅前にあった店舗で、1974年(昭和49年)2月17日に泉州銀行の店舗外への現金自動預け払い機第1号機が設置された[742]
  • ニチイ和泉府中店(和泉市府中町7-110[743]、1970年(昭和45年)6月26日開業[741]
    敷地面積約4,509m2[741]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[741][743]、延べ床面積約8,636m2[743]、店舗面積約5,984m2[743](当社店舗面積約3,707m2[743])、駐車台数約68台[743]
  • ニチイ天美店(松原市天美南5-19-20[744]、1968年(昭和43年)6月1日開店[712] - 閉店時期不明)
    敷地面積約1,780m2[744]、鉄筋コンクリート造地上2階一部3階建て[744]、延べ床面積約3,170m2[744]、店舗面積約1,736m2[744](当社店舗面積約788m2[744])、駐車台数約42台[744]
    天美ショッピングセンターに出店していた[744]
    閉店後の建物はそのまま、大幅に改装され「天美メディカルセンター」として利用されている。
敷地面積約38,349m2[745]、延べ床面積約22,916m2[745]、店舗面積約13,415m2[745]、駐車台数約1,000台[745]
現在は3階部分に娯楽施設ストライクス、2階部分に娯楽施設100KING、1階部分にはディスカウント食料品スーパーラ・ムー、100円ショップひゃくえんやが入る。
敷地面積約10,586m2[746]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[746]、延べ床面積約20,455m2[746]、店舗面積約6,935m2[746](当社店舗面積約4,200m2[746])、駐車台数約500台[746]
ニチイ熊取ショッピングデパートとして開業[539]
阪和線熊取駅近くの明治紡績工場跡地に岩出建設がデベロッパーとなって開発2[747]
じゃんぼスクエア熊取の核店舗であった。2013年(平成25年)5月20日をもって万代が閉店し、解体されたため、この建物は現存しない。
東大阪市
  • (初代)ニチイ布施店 → 布施西店(東大阪市足代1-46[721]、1963年(昭和38年)10月5日開業[721] - 1974年(昭和49年)2月閉店[748]
売場面積917m2[749]
1階が道路も通路とする形で商品を並べた売り場となっており、2階は婦人服売り場となっていた[750]
敷地面積約3,736.50m2[751]、鉄筋コンクリート造地下1階地上7階建て[751][752]、延べ床面積約26,591m2[752]、店舗面積約16,417.5m2[751](直営店舗面積約9,544.2m2[751] → 閉店時の直営店舗面積約9,391m2[753])。
旧(2代目)ニチイ布施店。近鉄布施駅前にあった地下1階地上7階建ての店舗で約半分を直営売り場とし、約半分が約80店舗の専門店街となっていた[754]
1993年(平成5年)に布施サティに業態転換し、2008年(平成20年)3月20日をもって閉店した。
代替店舗として、1996年(平成8年)3月1日に「ヴェル・ノール布施」の核店舗として開業した「布施ビブレ」を業務転換した「布施駅前サティ」(現・イオン布施駅前店)が、布施サティ閉店の8日後に開業している[186]
  • ニチイ花園店 → 大阪花園サティ✩(東大阪市花園本町1-6-7[755][721]、1968年(昭和43年)9月25日開店[721] - 閉店時期不明)
敷地面積約2,380m2[755]、鉄骨造地上2階建て[755]、延べ床面積約4,538m2[755]、店舗面積約2,612m2[755](当社店舗面積約989m2[755])。
「花園食糧百貨」の核店舗として出店していた[755]非食のみの取り扱いだった。
八尾市
  • 八尾サティ✩×(八尾市北本町2丁目10-22[756]、1977年(昭和52年)9月23日開業[756] - 2007年(平成19年)2月28日閉店[広報 25]
敷地面積約8,930m2[756]、鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建て塔屋2階[756]、延べ床面積約17,590m2[756]、店舗面積約10,451m2[756](当社店舗面積約8,141m2[756] → 閉店時の直営店舗面積約9,373m2[広報 25])、駐車台数約500台[756]
ニチイ八尾ショッピングデパートとして開業[163]
店舗跡の土地の一部に2011年(平成23年)12月に12階建ての大阪経済法科大学八尾駅前キャンパスが完成し、2012年(平成24年)春に正式にキャンパスとなることになった[757]
  • 南木の本サティ✩×(八尾市南木の本4-4-7[758]、1982年(昭和57年)2月開業[253] - 閉店時期不明)
敷地面積約3,300m2[758]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[758]、延べ床面積約3,114m2[758]、売場面積1,401m2[253]
養鶏場跡地への出店[758]
旧・ニチイマート南木の本店。サティ転換後は、ポロロッカ食品館を併設する業態をとっていた。
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「Fマート南木の本店」が入居していたが、後に閉店。
現在は解体され、跡地にはスーパーマーケット「万代南木の本店」が[759]2010年(平成22年)11月1日に開業した。
枚方市
  • ニチイ枚方店(枚方市岡本町7-9[760]、1968年(昭和43年)3月22日開業[721] - ?閉店)
敷地面積約1,980m2[760]、鉄骨造地上3階建て[760]、延べ床面積約4,290m2[760]、店舗面積約2,807.22m2[760](直営店舗面積約2,066.40m2[760])。
枚方デパートに出店していた[48][761]
売場面積1,839m2[314]
1974年(昭和49年)6月に火災が発生した[735]
1990年(平成2年)4月に京阪電鉄枚方市駅前の再開発事業で建設されたショッピングセンター「ビオルネ[177]の核店舗として開業した枚方ビブレで[178]、2008年(平成20年)2月27日にサティへ業態転換した[178]現在のイオン枚方店とは別店舗。
  • 枚方北山サティ食品館(枚方市北山1丁目23-1[341]、1998年(平成10年)3月1日開業[762] - 2009年(平成21年)2月1日閉店[753]
閉店時の直営店舗面積約2,267m2[753]
サティ食品館の関西地区2店舗目として1998年(平成10年)3月1日に開店した[762]
大阪府下におけるサティ食品館としては最後の店舗であった。
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「スーパーストアナカガワ北山店」が入居していたが、後に閉店。
現在は解体され、跡地にはドラッグストア「ディスカウントドラッグコスモス北山店」や、スーパーマーケット「産直市場よってって 枚方北山店」が2020年(令和2年)9月に開業し、フィットネスジム「アクトスWILL_G 枚方北山」が翌年10月に開業した。
高槻市
  • 高槻サティ✩×(高槻市高槻町17—4[337]、1969年(昭和44年)6月7日開業[732] - 2002年(平成14年)3月閉店)
鉄筋コンクリート造地上5階建て[732]、延べ床面積約11,642m2[732] → 約8,290m2[341]、店舗面積約7,650m2[732] → 約5,867m2(うち直営店舗面積約4,313m2[341]
ニチイ高槻ショッビングデパートとして開業[732]1995年(平成7年)4月にサティへ業態転換。
マイカルナック商事[341]
  • 南高槻サティ✩×(高槻市沢良木町18-3[341]、1985年(昭和60年)5月31日開店[763] - 2005年(平成17年)5月30日閉店[広報 29]
敷地面積約15,310m2[764]、鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建て[764]、延べ床面積約29,665m2[341]、店舗面積約12,627m2[341](うち直営店舗面積約11,160m2[341])。閉店時の直営店舗面積約11,160m2[広報 29]
東洋紡績研究所跡地への出店[764]
1994年(平成6年)にサティへ業態転換。
閉店後、跡地には2004年(平成16年)9月10日にマックスバリュ高槻南店が開業[765]
その他の大阪府北中部
  • ニチイ柏原店(柏原市今町1-26[766]、1969年(昭和44年)9月30日開業[766] - 90年代前半閉店)
    敷地面積約1,254m2[766]、鉄筋コンクリート造地上5階建て[766]、延べ床面積約5,346m2[766]、店舗面積約2,511m2[766](当社店舗面積約1,532m2[766])。
柏原デパートに出店していた[766]
ニチイ営業当時、同建物に和光デンキが入居していた。
閉店後の建物はそのまま、1階部分にスーパーマーケット「食鮮市場 栄吉」が入居していたが、後に閉店。現在は大幅に改装され駐輪場となっている。
また、2008年(平成20年)には、3・4階部分に「柏原市民交流ひろば」が開業[広報 38]するが、2017年(平成29年)12月28日をもって閉館[広報 39]
  • ニチイマート寺方店(守口市松下町22若草ビル[767]、1979年(昭和54年)9月開店[768] - 閉店)
店舗面積1,315m2[769]
  • ニチイ関大前店(吹田市千里山東1-7-18[678]、1976年(昭和51年)3月[770]1日開業 - 閉店時期不明)
売場面積1,647m2[678]
効率運営を目指した小型スーパー業態C.D.Sの1号店で、開業時点では正社員ゼロでパート従業員29名のみで運営していた[770]
阪急関大前駅に程近いボウリング場「フタバボウル」内に出店。屋号はNマート。
非食品部門をニチイが、食品部門をニッショーストア(現在の阪急オアシス)が担当していた。
ニチイやニッショーストアが撤退した現在も、フタバボウル自体は現在も営業を続けている。
  • (初代)ニチイ茨木店(茨木市本町3-4[771]、1963年(昭和38年)3月開業[724] - 閉店時期不明)
売場面積136m2[771]
1974年(昭和49年)5月25日に(2代目)ニチイ茨木店が開業した[772]
  • 茨木本町中央銀座商店街に出店していた[724]
  • (2代目)ニチイ茨木店(茨木市元町[773]7-5(現茨木市元町7−18)、1974年(昭和49年)5月25日開業[772] - 1990年(平成2年)12月閉店
売場面積3,334m2[314]
同じ茨木市内に2001年(平成13年)1月1日にマイカル茨木(現・イオンモール茨木)が開業した[168]
  • 豊中サティ✩×(豊中市本町1-9-12-10[774]、1968年(昭和43年)12月1日開業[774][732] - 閉店時期不明)
敷地面積約1,943m2[774]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階一部7階建て[774]、延べ床面積約10,988m2[774]、店舗面積約7,431m2[774](当社店舗面積約4,540m2[774])、駐車台数約20台[774]
ニチイ豊中ショッビングデパートとして開業[337]
ライフ駅前店(約532m2)と共に「豊中新開地ビル」の核店舗として出店していた[774]
1995年(平成7年)に阪神大震災により被害を受けたため、小林敏峯社長を室長とする阪神大震災復興対策室の支援を受けて店舗の再建を行った[775]
  • 交野サティ✩(交野市私部西1丁目33-20[776]、1982年(昭和57年)11月30日開業[776]、- 2003年(平成15年)6月30日閉店
敷地面積約16,726m2[776]、鉄骨鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建て[776]、延べ床面積約15,803m2[776]、店舗面積約6,018m2[776](当社店舗面積約4,000m2[776])、駐車台数約600台[776]
1997年(平成9年)4月23日にサティへ業態転換。
ショッピングセンター・ジャンボスクエア交野の核店舗であった。現在は核店舗を「イズミヤ交野店」に変えて営業。
敷地面積約8,373m2[752]、鉄筋コンクリート造A棟地上2階建て・B棟地上3階建て[752]、延べ床面積A棟約5,412m2・B棟約8,177m2[752] → 約15,232m2[341]、店舗面積A棟約2,017m2・B棟約5,869m2[752] → 約10,128m2[341](うち直営店舗面積約9,039m2[341])。
ニチイ藤井寺ショッビングデパートとして開業し、開業時にはB棟1階に食品スーパーのサンプラザイズミダイワが出店していた[777]
神戸市
売場面積181.5m2[778]
  • ニチイ・エイティーン(神戸市三宮町1-18[779]、? - ?)
売場面積380m2[779]
  • (初代)ニチイ西神戸店(神戸市長田区大橋町6-4-1・スカイビル地階[687]、1967年(昭和42年)12月9日開業[778] - 閉店時期不明)
    売場面積470m2[687]
1988年(昭和63年)11月10日に神戸市西区王塚台に2代目「ニチイ西神戸店」が開業したが[74]、西神戸サティを経てイオン西神戸店に転換後、2014年(平成26年)12月31日に閉店した[208]
  • ニチイ板宿店(神戸市須磨区飛松町3-4 板宿名店デパート内[687]、1968年(昭和43年)11月開業[780] - 1987年(昭和62年)2月閉店[490]
売場面積845m2[490]
衣料品店であった[725]
  • ニチイ湊川店(神戸市兵庫区荒田町1-36[781][779]、1960年(昭和35年)9月開業[781] - 閉店時期不明)
売場面積247m2[781][779]
売場面積249m2[725]
衣料品店であった[725]
湊川パークタウンに出店していた。
サティ閉店後、居抜きで「わくわくショッピング きてや湊川店」が入居している。
  • ニチイ御影店(神戸市東灘区御影町854[781]、1964年(昭和39年)11月3日開業[781] - 閉店時期不明)
売場面積300m2[781]
  • 甲南山手サティ(神戸市東灘区森南町1丁目5-1、1992年(平成4年)10月27日開業[782] - 2003年(平成15年)7月末閉店[783]
店舗面積約15,205m2[298]
1992年(平成4年)10月に阪神間で最大規模を誇った旧森市場を再開発したセルバの核店舗として誘致されて「東神戸サティ」として[775]開業[783]
1995年(平成7年)に阪神大震災により被害を受けたため、小林敏峯社長を室長とする阪神大震災復興対策室の支援を受けて再建を行った店舗の1つである[775]
1997年(平成9年)度に売上高73億円を上げていたが、競争の激化により2001年(平成13年)度に売上高46億円に落ち込み[783]、2003年(平成15年)7月末に閉店した[783]
店名変更は店舗裏手の甲南山手駅開業にあわせた対応。
セルバ自体はそのままで、サティ部分の退去跡には2003年(平成15年)11月22日に地下1階に関西スーパーを皮切りに2階のユニクロや4階の100円ショップザ・ダイソーなど全13店が順次開業した[784]
尼崎市
  • ニチイ杭瀬店(尼崎市杭瀬本町1-46[687][778]、1963年(昭和38年)3月29日開業[778] - 閉店時期不明)
売場面積466m2[687]
衣料品店であった[725]
ニチイ閉店後も、杭瀬市場には「ニチイチェーン 杭瀨店」の看板が残されている。
  • 尼崎サティ✩(尼崎市神田北通5-135[731]、1965年(昭和40年)5月30日開業[785] - 1987年(昭和62年)4月29日業態転換(尼崎サティ)→ 1996年(平成8年)9月4日業務転換(尼崎ビブレ)→ 1999年(平成11年)10月31日閉店
尼崎ビブレの店舗面積約4,998m2[785]
旧・ニチイ尼崎店。1987年4月29日、サティ2号店として「サティ尼崎」に業態転換し、その後「尼崎サティ」に改称。
尼崎サティ時代には食品の取り扱いが無かった為、従業員の名札、看板は青色だった。
1996年9月4日に「尼崎ビブレ」に業務転換し、1999年10月31日をもって閉店。尼崎ビブレ閉店後、「NAC尼崎」に再び業務転換したが、2002年3月に閉店した。
西宮市
  • (初代)ニチイ西宮店 → (2代目)西宮北口店(西宮市北口町2-22[781][687]、1933年(昭和8年)開業[781]1989年(平成元年)2月閉店[490]
売場面積825m2[781] → 約171m2[687][490]
1974年(昭和49年)8月に(2代目)西宮北口店へ店名を変更した[722]
衣料品店であった[725]
  • (初代)西宮北口店(西宮市、? - 1974年(昭和49年)7月閉店[722]
敷地面積約9,266m2[786]、鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建て塔屋2階[786]、延べ床面積約25,831m2[786]、店舗面積約15,562m2[786](当社店舗面積約9,574m2[786])、駐車台数約200台[786]
関西スーパーマーケット(当社店舗面積約1,452m2)と共に核店舗として出店していた[786]
1973年(昭和48年)に阪急電鉄西宮北口駅の南側にニチイ西宮店として開業。5階建ての総合スーパーで、開店当初は広域から集客して売上を伸ばし、2001年(平成13年)2月期に売上高78億円を上げていたが、同年9月のマイカルの破綻の影響や周辺への競合の大型店の出店などの影響で2004年(平成16年)2月期に売上高43億円にまで落ち込んだ上、建物の一部が西宮市が駅周辺で進めている土地区画整理事業の道路用地になっていたため営業継続には建替えが必要で、資金面から対応が難しいこともあり、2005年(平成17年)1月10日をもって閉店した。店舗周辺にはマイカルイストの飲食店など、グループ企業店舗が何店舗があった[788]
国内スーパー業界初のアスレチッククラブ併設の店舗として開業した[787]。(ピープル・エグザス(現・コナミスポーツ)の第1号)。現在コナミスポーツは西宮北口駅前の本店と駅西側の本店アネックスで営業中。
1995年(平成7年)に阪神大震災により被害を受けたため、小林敏峯社長を室長とする阪神大震災復興対策室の支援を受けて再建を行った店舗の1つである[775]
店舗の移転計画が進められていたが業績悪化に伴い2001年(平成13年)に移転計画を断念した[789]
  • ニチイ鳴尾店(西宮市笠屋町15-5[725]、1964年(昭和39年)3月7日開業[778] - 閉店時期不明)
売場面積356m2[725]
衣料品店であった[725]
その他の兵庫県
1974年(昭和49年)4月に火災が発生した[735]
1983年(昭和58年)夏に内定していた逆瀬川駅前東地区市街地再開発事業(アピア3として完成)への出店を撤回した[791]
  • 本町サティ✩(明石市本町1丁目3-15[725]、1960年(昭和35年)9月開業[725] - 閉店時期不明)
店舗面積約182m2[725]
衣料品店であった[725]
旧ニチイ明石店。
サティ転換後、しばらくは「明石サティ」の店名であったが、1997年10月23日に「マイカル明石(現・イオン明石ショッピングセンター)」が開業し、店名を「本町サティ」に改称した。
  • 三田サティ✩×(三田市三輪字茂原315[792](現・4丁目5-16)、1980年(昭和55年)3月1日開業[792] - 2002年(平成14年)11月30日閉店[793]
敷地面積約9,216m2[792]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[792]、延べ床面積約14,108m2[792]、店舗面積約5,939m2[792](当社店舗面積約5,629m2[792])、駐車台数約750台[792]
1980年(昭和55年)3月に開業し[793]、自社の店舗である三田ウッディタウンサティ(現:イオン三田ウッディタウン店)がニュータウンに立地し、映画館などを備えて顧客の一部流れていた上[193]、店舗に近い三田本町通りセンター街の店舗数が最盛期の約半分の29店にまで減少するなど、中心市街地の衰退が進んだことにより、1991年(平成3年)度に94.2億円だった売り上げが[794]2001年(平成13年)2月期に約55.82億円へ減少、2004年(平成16年)2月期には約28.97億円まで落ち込み、土地と建物の賃貸契約が2005年(平成17年)12月末に満了を迎えるため[795]、その直前の2005年(平成17年)11月30日に閉店した[793]
店舗跡は2006年(平成18年)7月から解体工事が行われ、食品スーパーを核店舗とする商業施設を招致する計画が進められていると、同年11月15日の三田市議会決算特別委員会にて明らかにされた[796]
2007年(平成19年)12月にミスミモールが開業
  • 伊丹サティ✩(伊丹市中央1-1-1[797](旧・若松町401[798])、1971年(昭和46年)4月28日開店[797][799] - 閉店時期不明)
敷地面積約2,170m2[797]、鉄筋コンクリート造地下1階・地上8階建て・塔屋2階[798]、延べ床面積16,052.5m2[798]、店舗面積 約8,335m2[797](当社店舗面積約4,173m2[797])、駐車台数約230台[797]
関西スーパーマーケットの開設した「伊丹ショッピングデパート」内にニチイ伊丹店として開業した[799]
ニチイや関西スーパーが開業した1971年(昭和46年)4月には、他にも「ジャスコ伊丹店(初代、1995年閉店)」や「長崎屋伊丹店(後のシャル長崎屋伊丹店、1990年閉店)」が伊丹駅前に開業しており、スーパーマーケット4店が一気に開業した[163]
阪神・淡路大震災で被災し、1995年1月17日にニチイとしての営業を終了。その後、サティに業務転換した。
サティ閉店後、関西スーパーは現在も営業を続けている。
伊丹市内では、2011年に開業したイオンモール伊丹昆陽の核テナント「イオン伊丹昆陽店」が実質的な後継店舗となっているが、これは同店舗が当初2008年の開業を予定していてその際の店舗名が「伊丹西サティ」となっていたためである。
奈良市
  • ニチイ奈良店 → 奈良ビブレ(奈良市小西町25[55]、1968年(昭和43年)11月21日開業[800] - 1990年(平成2年)6月28日ビブレ業態転換[55] - 2013年(平成25年)1月20日閉店[801]
敷地面積約1,758m2[800]、鉄筋コンクリート造地下1階地上5階建て[800]、延べ床面積約7,757m2[800]、店舗面積約5,178m2[800](当社店舗面積約3,396m2[800])、駐車台数約50台[800]
1990年(平成2年)6月28日に奈良ビブレに業態転換した[55]
  • 学園前サティ×(奈良市中山町西1丁目716[802]、1984年(昭和59年)3月15日開業[539][802]、2001年(平成13年)5月31日閉店[803]
敷地面積約4,428m2[802]、鉄筋コンクリート造地下1階地上2階建て[802]、延べ床面積約8,627m2[802]、店舗面積約3,794m2[802](当社店舗面積約2,788m2[802])、駐車台数約200台[802]
1984年(昭和59年)3月にサティ1号店として開業[804][805]。開店時は「サティ学園前」と名称が逆表示となっていた。また、食品の取扱いはなく、衣料品のみであった。看板は青色だった。
店舗跡は、閉店翌月の6月29日にLICKS学園店が開業した[806]
跡地は地下構造(駐車場部分)を残して建て替えられ、現在、ならコープ「コープ学園前店」となっている。
  • ジュニアストア奈良店(奈良市東向中町17[807]、1962年(昭和37年)12月開業[807] - 1973年(昭和48年)4月閉店[748]
1962年(昭和37年)12月に「もも屋奈良店」として開店し[807]、1971年(昭和46年)7月15日に「ニチイ」が「もも屋」を吸収合併して営業を継承した[808]
奈良市東向中町17には[809]1973年(昭和48年)6月に「エルメ奈良店」が開店した[748]
天理市
  • ニチイ天理店(天理市川原城町75-1[810]、1964年(昭和39年)4月1日開業[810] - 閉店時期不明)
敷地面積約1,492m2[810]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て[810]、延べ床面積約8,231m2[810]、店舗面積約2,793m2[810](当社店舗面積約1,333m2[810])。
衣料品店であった[680]
天理ビル内に[811][812]「いそかわ」(約532m2(現在のマルヤスと共に核店舗として出店していた[810]
閉店後の建物はそのまま、100円ショップのダイソーや、衣料品チェーンのオンセンドなどが入居している。
  • ニチイ天理南店(天理市川原城町本通り[678][680]、1967年(昭和42年)10月開業[680] - 1994年(平成6年)8月閉店
売場面積469m2[678][484]
1967年(昭和42年)10月に[680]「もも屋天理店」として開店し[813]、1971年(昭和46年)7月15日に「ニチイ」が「もも屋」を吸収合併して営業を継承した[808]
衣料品店であった[680]
閉店後の建物はそのまま、子会社のマックロードに移管され「マックロード天理店」となるも、後に閉店。
現在は「天理駅前第2ビル」として利用されている。
桜井市
  • (初代)ニチイ桜井店[811] → ニチイ桜井本町店[484]桜井市本町2-932[687](旧・932[811])、1952年(昭和27年)7月開店[811] - 閉店時期不明)
売場面積871m2[811] → 1,060m2[484]
衣料品店であった[680]
1967年10月、前身の「シンツ桜井店」がオープン。
閉店後の建物はそのまま、再び「シンツ桜井店」として利用されていたが、後に閉店。
  • 桜井サティ✩×(桜井市栗殿251-2[814]、1978年(昭和53年)4月1日開業[814] - 2002年(平成14年)閉店)
敷地面積12,437.25m2[815]、鉄筋コンクリート造3階建て[815][814]、延べ床面積22,240.79m2[815]、売場面積約10,255m2[814](直営約7,674m2[814])、駐車台数約400台[814]
総合スーパーとして桜井本町店と並行して営業していた[680]
1990年(平成2年)4月にサティへと業態転換[253]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「ヤマトー桜井ショッピングセンター」が入居していたが、2012年(平成24年)10月31日をもって閉店した。
店舗は解体され、跡地にはスーパーマーケット「スーパーセンタートライアル桜井粟殿店」が2020年(令和2年)2月5日に開業した。
高田市
敷地面積約1,996.5m2[816]、鉄骨造地上2階が一部3階建て[816]、店舗面積約2,385m2[817]、駐車台数約10台[816]
天神橋筋商店街に出店していたが、オークタウンに対抗するために増床移転する形で閉店した[819]
建物は2022年現在も現存しており、南河生鮮市場高田店が入居している。
敷地面積約13,049m2[820] → 約15,233m2[824]、鉄筋コンクリート造地上4階建て[820]、延べ床面積約37,913m2[820][825][824]、店舗面積約16,162m2[820](当社店舗面積約11,531m2[820])、駐車台数約600台[820][825]
近鉄高田市駅前の一角にある[822]片塩町の国道168号沿いに1976年(昭和51年)5月28日に[821]2代目高田店として開業[819]。地上4階建ての専門店も入居した総合スーパー[826]で、大和高田市の中核的な商業施設となり[822]、1991年(平成3年)度に売上高134億円を上げており、1992年(平成4年)4月22日に増床した上でサティへ業態転換[827][824]を行った際には、初年度売上高目標として160億円を見込むほど売上を伸ばしていた[824] が、当地でも1977年(昭和52年)にユニチカが工場を閉鎖するなど繊維産業の衰退と生産拠点の海外移転が進み、大和高田市の人口がピークの1997年から約8000人減少して約6万8000人となり[822]、また近隣に競合するスーパーが出店するなどして[826]店舗周辺の人通りも減るなど[822]商環境が変化したため、2004年(平成16年)9月10日に熟年層をターゲットに改装を行った[828]。しかし、それでも売上が伸び悩み、建物の老朽化で修繕費などが嵩むようになったことも重なり[826]2010年(平成22年)6月30日をもって閉店した[823]
閉店直後の2010年(平成22年)7月に行われた毎年恒例の大和高田商工会議所による商店街の通行量調査で、サンサン中通りが平日で前年度比42.34%減で休日が57.66%減となり、片塩コスモス通りも合計で23.26%減となるなど店舗に近い商店街ほど大きく落ち込むなど、店舗閉鎖は周辺商店街の集客に大きなマイナスの影響を与える結果となった[829]
店舗跡は2011年(平成23年)9月に地元大和高田商工会議所会頭が経営する[830]大和ガスが取得して食品スーパーの招致に乗り出し[831]、「近商ストア」大和高田店が2013年(平成25年)4月4日に開店した[832][833]
五條市
  • ニチイ五條店(五條市新町1-1-2[811]、1952年(昭和27年)7月開業[811] - 1975年(昭和50年)11月閉店[834]
五條デパート内に出店していた[811]
売場面積137m2[811]
その他の奈良県
売場面積497m2[680]
衣料品店であった[680]
  • 生駒サティ✩(生駒市元町1丁目8−2[678][835][680]、1963年(昭和38年)11月開業[680] - 1992年(平成4年)5月閉店)
売場面積220m2[678][836][680]
1951年(昭和26年)に[837]当地で「ヒガシモト衣料店」として開店して[807]1962年(昭和37年)3月1日に[837]「株式会社もも屋」を設立し[807]、1963年(昭和38年)11月に[680]鉄筋コンクリート造5階建ての店舗を新築して[807]「もも屋生駒店」として開店した[835]。1971年(昭和46年)7月15日に「ニチイ」が「もも屋」を吸収合併して営業を継承した[808]
衣料品店であった[680]
  • 香芝サティ✩(香芝市磯壁3丁目40-1、1989年(平成元年)4月1日開業 - 2001年(平成13年)4月30日閉店[838]
店舗面積約8,382m2[298]
現在、サティ跡には2階に「エディオン」(旧:ミドリ電化)香芝店、1階には「近商ストア」が入居している。現在の施設名はじゃんぼスクエア香芝であるが、かつてはこの名称の最後に香芝サティが付いて、じゃんぼスクエア香芝サティという名称であった。
  • 八木サティ✩×(橿原市八木町1丁目8−15[839][680]、1970年(昭和46年)7月開業[719] - 閉店時期不明)
敷地面積約4,568m2[839]、鉄筋コンクリート造地上6階建て塔屋1階[839]、延べ床面積約17,319m2[839]、店舗面積約10,337m2[839](当社店舗面積約5,489m2[839])、駐車台数約510台[839]
スーパー「ヤマトー八木店」(約532m2)と共に核店舗として出店していた[839]
衣料品店であった[680]
店舗跡は建物再利用で総合スーパー「ヤマトー八木店」となったが、建物の老朽化や郊外型量販店との競合激化で2009年(平成21年)1月末で閉店した[840]。その跡地に「ヤマトー」が食品スーパーで再出店を計画している[840]
敷地面積約25,762m2[841]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[841]、延べ床面積約10,557m2[841]、店舗面積約7,905m2[841](当社店舗面積約6,314m2[841])、駐車台数約320台[841]
閉店時の直営店舗面積約5,833m2[418]
2010年(平成22年)に居抜きで「スーパーおくやま結崎店」が入居している[843]
敷地面積約1,127.27m2[844]、鉄筋コンクリート造地上3階建て[844]、延べ床面積約2,420.28m2[844]、店舗面積約1,611.93m2[844](当社店舗面積約948.20m2[844])、駐車台数約50台[844]

和歌山県

  • サティ和歌山 → 和歌山ビブレ☆×(和歌山市元寺町1-3-1[845]、1973年(昭和48年)3月30日開業[846][847] - 2001年(平成13年)5月閉店[848]
敷地面積約2,194m2[845]、鉄筋コンクリート造地下1階地上12階建て塔屋1階[845]、延べ床面積約20,079m2[845]、店舗面積約9,597m2[845](当社店舗面積約7,272m2[845])。
ぶらくり丁商店街の一角の[848]日の丸ビルに出店していた[846]
ニチイから1985年(昭和60年)3月にファッションビルの「サティ」へ業態転換した[849]
店舗跡は総合卸売問屋ワボック → 現在は建て替えられパチンコ店マルハン
  • ニチイ橋本店(橋本市古佐田2-128[678][680]、1963年(昭和38年)9月1日開店[846] - 閉店時期不明)
売場面積1,017m2[846][484][680]
衣料品店であった[680]
映画館「橋本東映」跡に開業した「橋本トーエイ」の核店舗として出店していた[846]
閉店後の建物はそのまま、1階部分が改装され、ガレージや倉庫として利用されている。
鉄筋コンクリート造地上2階建て[850]、延べ床面積約10,000m2[850]、店舗面積約5,293m2[850](当社店舗面積約3,300m2[850])。
「リバータウン」の核店舗として出店していた[850]
売場面積681m2[678][680] → 約694m2[490]
紀比デパートに出店していた衣料品店であった[680]
  • 箕島サティ✩(有田市箕島北広瀬92-1[851]、1981年(昭和56年)1月8日開店[851][846] - 2002年(平成14年)閉店)
敷地面積約9,240m2[852]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[851]、延べ床面積約11,332m2[851]、店舗面積約5,729m2[851](当社店舗面積約3,960m2[851][846])、駐車台数約600台[171]
「ライオン蚊取り線香工場」跡地に開発された[852]「ミノシマショッピングセンター」の核店舗として出店していた[851]
店舗跡は2002年(平成14年)11月8日にオークワ箕島店が開業[853]。なお、かつてのオークワ箕島店は「プライスカット有田店」に業態変更。
  • 高野口サティ✩:(伊都郡高野口町伏原140[854](現:橋本市高野口町伏原139−1)、1980年(昭和55年)12月1日開店[854][846] - 2001年(平成13年)1月10日閉店[855]
敷地面積約8,319m2[854]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[854]、延べ床面積約9,655m2[854]、店舗面積約4,716m2[854](当社店舗面積約3,800m2[854][846])、駐車台数約350台[854]
高野口駅から東へ約2㎞の国道24号沿いへ出店[856]
店舗跡は2001年(平成13年)10月31日付でオークワが買収し[855]、2002年(平成14年)3月8日にオークワ高野口店が開業[857]
JR和歌山線紀伊山田駅から約1キロ離れた国道24号沿いに立地していた[857]
  • ニチイ紀ノ川店 → 岩出サティ✩(那賀郡岩出町中迫字塚本147[858](現:岩出市中迫147)、1980年(昭和55年)12月1日開店[858][846] - 2000年(平成12年)閉店)
敷地面積約16,235m2[858]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[858]、延べ床面積約12,759m2[858]、店舗面積約6,613m2[858](当社店舗面積約5,125m2[858])、駐車台数約650台[858]
2000年(平成12年)11月29日にオークワミレニアシティ岩出店が開業[859]
岩出町清水にあった「紀ノ川協同組合」の小売市場の移転大型化計画に合わせて出店[856]
和歌山県からすべてのサティが撤退。和歌山ビブレも2001年5月に撤退し、和歌山県内からマイカル系列の店舗が消滅した。

鳥取県

敷地面積約12,497m2[860]、鉄筋コンクリート造地上3階建て塔屋1階[860]、延べ床面積約13,469m2[860]、店舗面積約7,781m2[860](当社店舗面積約5,298m2[860])、駐車台数約800台[860]
当初、「米子ホープタウン」として開業し[862]、同グループだった出雲ファミリーデパート、浜田ファミリーデパートと合併し、「サンメルトホープタウン店」となった。1993年(平成5年)3月に、米子駅前に出店した「米子サティ」を経営する米子ニチイ(ニチイ100%出資子会社)などと合併して、「サンインニチイ」が発足[785]。店名は「ホープタウンサティ」となった[785]。なお、サンインニチイは後にマイカルサンインに社名変更を行っている。
その後、同エリア内でのサティ2店舗による自社競合を避けるため、米子サティは百貨店業態に転換し「米子ビブレ」となる(運営もマイカル本体に移管)。この後、ホープタウンサティは「(2代目)米子サティ」にリニューアル。
マイカル破綻後、マイカルサンインはマイカルグループから独立。「ホープタウン」と社名変更し、米子サティも店名を再び「ホープタウンサティ」に変更した。その後、リニューアルを繰り返す中で徐々にマイカル色を払拭し、サティの店名も外し「ホープタウン」となる[863]。2008年(平成20年)にはマルイと提携し、マルイが食品部門に入居する形態となり、食品部門のみ「ホープタウンマルイ」となった[864]
2022年(令和4年)1月31日閉店[865][866]

島根県

  • 出雲サティ✩(出雲市今市町259-1[867]、1980年(昭和55年)9月12日開業[868] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[869]
敷地面積約20,035m2[867]、延べ床面積約26,527m2[867]、店舗面積約15,419m2[867]。駐車台数約960台[867]
商業施設「パラオ」[870] と共に開業するが、2002年(平成14年)8月31日に閉店[869]
店舗跡にはサティよりも食品や下着、子供関連の売場を強化すると共に化粧品や医薬品などを扱うヘルス&ビューティーケア売場の導入し、ヤングファミリー層をメーンターゲットとした「ジャスコ出雲パラオ店」として2002年(平成14年)10月6日に開店した[871]が、2008年(平成20年)6月に[235]ゆめタウン出雲(イズミ)が出店、同年9月27日に松江サティが対抗して増床[235]、また同年10月に[235]ジャスコ日吉津店も増床する[233]など大型ショッピングセンターの競争が激化したため[235]売上が伸び悩み、2009年(平成21年)1月20日にジャスコ出雲パラオ店は閉店となった[872]。その後、2009年(平成21年)4月22日にトライアルが出店した[873][874]が、2016年(平成28年)2月14日に閉店。
併設された専門店街の「パラオ」は競合するショッピングセンターの開業に伴う競争激化で、売上高も1993年(平成5年)度の64億円が2011年(平成23年)3月期に約10億円に落ち込み、店舗数もピーク時の70から減少し続けて45にまで減少するなど業績が低迷したため、専門店街を運営していた協同組合「出雲ショッピングセンター」が2012年(平成24年)2月29日に松江地方裁判所に自己破産を申し立てて倒産し、営業停止となった[870]
ジャスコ閉店後、2009年(平成21年)4月22日にトライアル出雲店が開業[873][874]するも、2016年(平成28年)2月14日に閉店。
トライアル閉店後、建物は解体され、跡地の一部にマックスバリュ西日本が「マックスバリュ今市店」を2022年(令和4年)9月3日にオープンした[875]
敷地面積約3,871m2[876]、鉄骨鉄筋コンクリート造地上3階建て[876]、延べ床面積約7,800m2[876]、店舗面積約4,021m2[876](当社店舗面積約3,000m2[876])、駐車台数約200台[876]
延べ床面積約7,832m2[298]、店舗面積約5,854m2[298]
「朝日木材」工場跡地に[879]、浜田ファミリーデパートとして開業[877]
店舗跡はシティパルク浜田 → ゆめマート浜田
倉敷市
売場面積728m2[880]
衣料品店であった[725]
  • ニチイ玉島店(倉敷市玉島通り町450[882][880]、1963年(昭和33年)9月1日開業[882] - 1975年(昭和50年)2月閉店[834]
売場面積840m2[882][880] → 728m2[484]
  • 水島サティ✩(倉敷市連島町亀島新田1427[883](現:倉敷市神田町2丁目1-40)、1975年(昭和50年)7月2日開業[884] - 2002年(平成14年)1月20日閉店[広報 22]
岡山エステートビル[298]。延べ床面積約14,660m2[298]、店舗面積約4,929m2[171] → 約8,945m2[298]、駐車台数約430台[171]
ニチイ水島店として開業[884][広報 22]。1995年(平成7年)にサティへ業態転換した[広報 22]
  • 新倉敷サティ✩(倉敷市玉島1962-3[885][886]、1979年(昭和54年)3月16日開業[885][887] - 2002年(平成14年)7月28日閉店[888]
    敷地面積約11,978m2[885]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[885]、延べ床面積約14,431m2[885]、店舗面積約7,331m2[885](当社店舗面積約4,700m2[885])、駐車台数約1,000台[885]
地元主導型ショッピングセンター「パオ」内に[889]ニチイ新倉敷ショッピングデパートとして1979年(昭和54年)3月16日に開店[887]
1990年(平成2年)10月24日に[886]サティに業界転換[890]
店舗跡はトライアル倉敷店[891]が居抜き出店したが、2020年(令和2年)5月17日に閉店[892]解体後、2021年10月にハローズ玉島店が出店。
  • 児島サティ✩(倉敷市児島下の町1丁目1-2880−5[893]、1981年(昭和56年)3月6日開業[893] - 2001年(平成13年)3月5日閉店[894]
    敷地面積約29,218m2[893]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[893]、延べ床面積約17,335m2[893]、店舗面積約10,220m2[893](当社店舗面積約6,667m2[893])、駐車台数約870台[893]
地元主導型の共同店舗に出店する形で[895]、ニチイ児島店として開業[896]。1992年(平成4年)9月23日にサティへ業態転換[896]するが、競争激化による売り上げ不振を理由に2001年(平成13年)3月5日閉店[894]
倉敷市以外
  • ニチイ津山店(津山市戸川町26[897]、1971年(昭和46年)11月26日開業[898] - 1996年(平成8年)閉店[899]
店舗面積約3,143m2[171]
中心商店街の銀天街に出店していた[899]
衣料品店であった[725]
  • 笠岡サティ☆(笠岡市笠岡2388[900][901]、1979年(昭和54年)11月16日開業[900] - 2002年(平成14年)5月末閉店[902]
敷地面積約27,380m2[900]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋2階[900]、延べ床面積約22,270m2[900]、店舗面積約12,932m2[900](当社店舗面積約6,786m2[900])、駐車台数約1,000台[900]
笠岡シーサイドモールの核店舗として出店していた[900]
店舗跡は2002年(平成14年)7月に山陽マルナカが開業[903]
鉄骨造り平屋建て[904]・店舗面積3,936m2[904]
店舗跡は2003年2月1日にハローズ[905] 庭瀬店が開業[906]
呉市
  • ニチイ呉店(呉市中通4-8-20[880][907]、1968年(昭和43年)4月24日開店[907] - 1987年(昭和62年)2月閉店[490]
敷地面積約1,848m2[907]、鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て[907]、延べ床面積約7,689m2[907]、店舗面積約4,581m2[907](当社店舗面積約1,437m2[907] → 1,678m2[490])。
「協同組合銀座デパート」の運営する同名のショッピングセンターの核店舗として出店していた[907]
  • 広サティ☆(呉市広町10269広ショッピングセンター[908]、1978年(昭和53年)4月開業[244] - 1999年(平成11年)4月閉店
店舗面積約4,824m2[836][171]、駐車台数約500台[171]
1996年(平成8年)5月31日にサティへ業態転換。
店舗跡はナフコ広店)
福山市
  • 福山ビブレ☆×[909]福山市東桜町1−41[880][910]、元ニチイ福山店:1970年(昭和45年)10月2日開店[910][911] - 1993年福山ビブレに転換 - 1999年(平成11年)8月末閉店[912]
敷地面積約2,970m2[910][911]、鉄筋コンクリート造地下2階地上7階建て[911]、延べ床面積約22,188m2[911]、店舗面積約13,999.6m2[911](直営店舗面積約9,442.6m2[911])。
  • 跡地は建物を改装しビジネスホテル「ホテル1-2-3」とオフィスなどのテナントビルになったが、北側のオフィス部分は2018年 (平成30年) に老朽化に伴い解体開始[913]。「ホテル1-2-3」は南側部分で営業を継続し[913]、2021年 (令和3年) 3月6日に新館が開業した[914]。その後ホテルの旧館部分も解体されて駐車場となった[909]
  • ニチイチェーンみとう鞆店[915](福山市鞆町石井403-6[916]1968年(昭和43年)12月19日開店[916] - 1975年(昭和50年)2月閉店[834]
店舗面積約677m2[917]
  • ニチイチェーンみとう沖野上店 (福山市沖野上町13-626[916][880]1968年(昭和43年)12月24日開店[916]
店舗面積約492m2[880]
  • ニチイチェーンみとう手条店 (福山市手条町1丁目南116-1[917][880]。)
店舗面積約495m2[917]
  • ニチイ旭ヶ丘店 (福山市引野町456[918]、)
店舗面積約880m2[484]
  • 駅家サティ✩×(福山市駅家町大字近田258-1[919]、1980年(昭和55年)1月10日開業[919] - 2001年1月20日閉店
敷地面積約15,074m2[919]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[919]、延べ床面積約12,534m2[919]、店舗面積約7,099m2[919](当社店舗面積約5,610m2[919])、駐車台数約500台[919]
ニチイ駅家店として開業[253]1994年にサティへ業態転換した。
店舗跡は2005年(平成17年)3月にハローズしまむら等の「駅家モール」が開業[920]
  • 神辺サティ✩×(福山市神辺町字湯野378−1[921]、1980年(昭和55年)6月27日開業[921] - 1999年(平成11年)9月30日閉店[922]
敷地面積約13,959m2[921]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[921]、延べ床面積約7,745m2[921]、店舗面積約4,044m2[921](当社店舗面積約2,716m2[921])、駐車台数約410台[921]
店舗跡はホームセンターユーホーとなるが、同店の新築移転後、パチンコ店(マンハッタン)となった。2022年10月31日から11月3日にかけてエブリイウォンツなどのアクロスプラザ神辺となっている。
  • 三吉サティ食品館(福山市三吉町4丁目10−22、2001年(平成13年)5月20日閉店[923]
店舗跡は2001年(平成13年)7月21日にフレスタ三吉店が開業した[924]
三原市
  • (初代)ニチイ三原店(三原市港町602-1[883][925]、 1954年(昭和29年)開店[925] - 閉店時期不明)
店舗面積約1,518m2[883][926]
  • 婦人洋品雑貨店として開業し、1960年(昭和35年)にスーパーに業態転換した「まりも」の創業店・本店だった[925]
    中国ニチイが運営していた[927]
  • (2代目)三原店(三原市城町610[928](現:三原市城町1-2−1)、1981年(昭和56年)3月21日開店[929][928] - 1996年(平成8年)8月閉店[670]
敷地面積東館約5,970m2[928]・西館約5,158m2[928]、東館鉄筋コンクリート造地下2階地上7階建て塔屋2階[928]・西館鉄筋コンクリート造地上7階建て塔屋1階[928]、延べ床面積東館約35,290m2[928]・西館約21,375m2[928]、店舗面積約21,805m2[928](当社店舗面積約5,074m2[928])、駐車台数約162台[928]
三原駅前再開発ビル「ペアシティ三原」西館に出店していた[930]
店舗跡は1階に三原スーパーのパルディ三原駅前店が出店していたものの、2015年9月に閉店。中層階は、三原市と第三セクターが取得して総合保健福祉センター等として活用されている[930]
その他の広島県
  • (初代)ニチイ尾道店(尾道市土堂1-11-11[880]、1965年(昭和40年)開店 - 1979年(昭和54年)4月閉店[244]
1966年11月8日、福山市に本社を置くみとうが尾道店を開店[931]1969年、みとうがニチイと合併し瀬戸内ニチイ尾道店となる。1972年にはニチイ本体に営業が移管されニチイ尾道店となった。1979年、天満町の東洋繊維尾道工場跡地に新店舗を開店する為に閉店。以降はイオン尾道店を参照。
  • ニチイ竹原店(竹原市竹原町字本川465-1[883]、開業時期不明 - 1980年(昭和55年)6月閉店[249]
店舗面積約1,625m2[883][932]
国鉄竹原駅前の竹原ショッピングセンターに出店。同じ建物内には三原スーパーも出店していた。
店舗面積約2,437m2[484]
1964年、前身のみとう府中店がオープン[933]。府中市内初の大型店として開業した[934]
  • 因島サティ✩×(因島市土生町塩浜南区1899-3[883](現・尾道市因島土生町1899-3)、1972年(昭和47年)11月開業[935] - 2008年(平成20年)11月30日閉店[935]
ニチイ因島店は店舗面積約2,796m2[883]
閉店時の直営店舗面積約2,293m2[753]
1972年(昭和47年)11月に因島土生町の土生商店街に開店、因島南部と愛媛県上島町を商圏として1983年(昭和58年)2月期は売上高約26億円を上げていたが、2008年(平成20年)2月期には売上高10億円弱に落ち込んで営業損益が数千万円の赤字となり、店舗の老朽化も進んでいたことも相俟って2008年(平成20年)11月30日に閉店して36年の歴史に幕を下ろした[935]
店舗跡は2009年(平成21年)1月8日から解体工事が行われ[936]更地になり、地権者が因島の島外資本を含めた集客力のある食品スーパーの出店交渉を行って最終的に日立造船因島生活協同組合が出店することになり[937]、同年10月26日に地鎮祭を行って建設工事に入り[938]、2010年(平成22年)4月16日に日立造船因島生活協同組合「コープ・フレニール」が開店した[939]
広島初の7スクリーンのシネマコンプレックスであったワーナー・マイカル・シネマズ広島[941] を併設して1997年(平成9年)10月に開店し[940]、中四国最大の11スクリーンを持つシネマコンプレックスの「広島バルト11」を併設するダイヤモンドシティ・ソレイユ(現在のイオンモール広島府中)が2004年(平成16年)3月に開業し[941]、8スクリーンのシネマコンプレックスの「TOHOシネマズ緑井」を併設するフジグラン緑井が2004年(平成16年)9月30日に開業した[942] のに対抗して2004年(平成16年)9月18日にリニューアルを行った[943]が、ショッピングセンター間の競争激化の影響を受けて[940]2011年(平成23年)7月18日閉店した[2]
サティからイオンへのブランド変更が発表された時点で閉店が決まっていたため、2011年3月以降も「サティ」ブランドは継続していた。
サティ直営の売場の閉店後の各テナントの営業継続は各々との協議に委ねられて一律に閉鎖しなかったため[940]ワーナー・マイカル・シネマズなどの専門店は継続営業を行っていた。
サティの直営店の店舗跡のうち1階部分が2011年(平成23年)9月21日にマックスバリュ段原店となり[944]、翌月には残りの階も整備しイオンモールが運営する「広島段原ショッピングセンター」として開店。5階部分は移転に伴ってマックスバリュ西日本の本社とイオンリテール中四国カンパニーが入居する事務所フロアとなった[945] 以外のフロアは大型専門店や雑貨、サービス、飲食など店舗が入り、広島段原ショッピングセンターとして開業した[946]
2024年3月1日、マックスバリュ西日本がフジと経営統合(持株会社のフジが事業子会社のフジ・リテイリングとマックスバリュ西日本を吸収合併)したことに伴い、フジが本社を愛媛県松山市から当ビルに移転し、マックスバリュ西日本の本社を新本社として使用している[広報 40][広報 41][947]
下関市
  • ニチイ下関店(下関市竹崎町169—1[910]、1971年(昭和46年)4月29日開業[948] - 1985年(昭和60年)3月31日閉店)
敷地面積約2,318m2[910]、鉄筋コンクリート造地下1階地上8階建て[910]、延べ床面積約16,087m2[910]、店舗面積約8,344m2[910]
  • ニチイます屋唐戸店 (下関市赤間町[949]
売場面積990m2[949]
  • 山の田サティ✩×(下関市大字幡生字玉の甲633-1[950]、1979年(昭和54年)10月27日開業[950] - 2009年(平成21年)2月28日閉店[951][952]
SC名称:山の田ショッピングプラザ[950]
敷地面積約9,156m2[950]、鉄骨造地下1階地上3階建て塔屋1階[950]、延べ床面積約17,965m2[950]、店舗面積約4,747m2[950](当社店舗面積約3,792m2[950]) → 約9,000m2[951]、駐車台数約459台[950]
2、3階が売り場の店舗だった[951]
1995年(平成7年)にサティへ業態転換した[951]
ニチイ時代の1985年(昭和60年)度には売上高約35億円を上げたが、競合店の度重なる出店などによる商環境の変化の影響を受けて2007年(平成19年)度に売上高が約10億円にまで落ち込み、そのうえ建物も老朽化していて将来の収益の目処が立たないとして2009年(平成21年)2月28日に閉店[951]
建物は暫くの間廃墟として放置されていたが後に解体され、跡地にはマンションが建築された[953]
山口市
  • 山口サティ✩(山口市道場門前2丁目3−6[883]、1960年(昭和35年)4月開業[954] - 1998年(平成10年)5月31日閉店[955]
延べ床面積約3,089m2[298]、店舗面積約2,218m2[883]
衣料品スーパー・ニチイ山口店として開店し、1996年(平成8年)3月に「山口サティ」に業態転換した[954]
ダイエー山口店とともに道場門前商店街に出店[956]。1978年(昭和53年)度に売上高約13.4億円を上げ[957]、3階建てで売り場面積は2,218m2と小規模だったため1994年(平成6年)度からは衣料品とベーカリーを組み合わせた業態に転換し、売上の回復を目指したが、1997年(平成9年)度に売上高約3.18億円に落ち込むなど業績が好転しなかったため、1998年(平成10年)5月末をもって閉店した[957]。ダイエー山口店も翌月6月末に閉店し[956]、ダイエー跡地には生活協同組合コープやまぐちどうもん店が出店した[958]
  • ニチイ小郡店(小郡町大字下郷1329-17[725](現・山口市小郡町)、1966年(昭和41年)4月開業[725] - 閉店時期不明)
店舗面積約475m2[725][959]
衣料品店であった[725]
萩市
  • ニチイ萩店(萩市東田町68[883]、1954年(昭和29年)11月開店[960] - 閉店時期不明)
店舗面積約1,360m2[883][959]
「セルフちちぶや」として開店した[960]
跡地は売却された[961]
  • ニチイ萩呉服店 (萩市)[962]
その他の山口県
敷地面積約1,386m2[963]、鉄筋コンクリート造地下1階地上7階建て[963]、延べ床面積約8,740m2[963]、店舗面積約5,880m2[963]、駐車台数約400台[171]
ニチイ徳山ショッピングデパートとして開業[963]
店舗跡は1999年(平成11年)7月21日にダイソーが開業(1階・地下1階部分のみ)[966] → コインパーキング
開業時の店舗面積は5,880m2[948]。徳山サティ閉店後は空き店舗対策として1999年(平成11年)7月21日にダイソーが暫定的に1階・地下1階に入居[966]。スペースGが営業していた[967] が、その後建物は解体されてコインパーキングになった。
  • ニチイ小野田店(小野田市西公園通5991[910]、1970年(昭和45年)4月26日開店[968] - 1987年(昭和62年)1月閉店[490]
鉄筋コンクリート造地上2階建て[910]、延べ床面積約2,893m2[910]、店舗面積約2,645m2[910] → 2,728m2[969] → 1,368m2[490]
  • ニチイ岩国店(岩国市麻里布町2-68-2[970]、1974年(昭和49年)6月29日開業[971] - 1995年(平成7年)1月16日閉店[972]
地下1階地上7階建て、店舗面積12,010m2[971]

徳島県

敷地面積約24,750m2[973]、鉄筋コンクリート造地上2階建て塔屋1階[973]、延べ床面積約18,150m2[973]、店舗面積約7,305m2[973](当社店舗面積約5,000m2[973])、駐車台数約650台[973]
閉店時の直営店舗面積約7,659m2[753]
1995年(平成7年)3月にサティへ業態転換[975]
店舗跡は田岡病院が2008年(平成20年)12月に店舗跡地を取得する契約を締結して2009年(平成21年)6月23日付で売買を成立させた[976](2011年(平成23年)3月1日開院)
地場百貨店のつぼ美屋の新館として1974年に建設された地上13階・地下1階建て延べ約8,400m2のビルに出店していた[980]
コムサイズムを核店舗とする「ラスタ徳島」(複合商業ビル)が[981] 2001年(平成13年)10月12日に開業したが[982]、2003年(平成15年)1月27日閉店した[981]
跡地は2005年(平成17年)にノヴィルが取得したが、地震などによる損壊の危険性を避けるため2012年(平成24年)9月から解体された[980]
店舗面積約4,178m2[253]
1996年(平成8年)3月1日にサティへ業態転換した[984]
店舗跡はキョーエイ小松島店(2002年(平成14年)開店[983]
店舗跡は2002年(平成14年)9月14日にサンシャインとして再開業[985]
これにより、徳島県から全てのサティが消滅。同県では、過去に徳島市中心部に徳島ビブレが1999年(平成11年)4月に閉店したことから、県内からマイカルグループの店舗が完全に消滅した。

香川県

  • 高松ビブレ☆(高松市丸亀町14-8[519]、1965年(昭和40年)開業 - 1999年(平成11年)8月閉店[986]
    元は広島県福山市に本社を置いた衣料品スーパー「みとう」が1966年(昭和41年)7月8日に開店した店舗である[987]。みとうのニチイとの合併を経て1972年にニチイ高松店へと業態変更、1982年には高松ビブレとなった[広報 42]。1991年9月、高松ビブレパートⅡ(別館)がオープン[988]。ビブレ閉店後のビルには2000年(平成12年)11月17日にイトキンがファッション専門店「MAXY高松店」を開店した[986]
  • 高松勅使サティ✩×(高松市勅使町570-1[989][990]、1984年(昭和59年)6月1日開業[991] - 1999年(平成11年)12月31日閉店[992]
ニチイ高松勅使店は店舗面積約3,400m2[993]
SC名称:高松勅使ショッピングデパート[994]
当初はニチイ勅使店として開店。1995年(平成7年)の高松サティ(現:イオン高松東店)開店後、1996年(平成8年)に改称。
郊外の立地だったが、1997年(平成9年)に約1.1km東にあるウインズ高松来場者の不法駐車対策で駐車場を有料化したこと、1998年(平成10年)10月にゆめタウン高松(約2.6km先)が開店したことで客離れを引き起こし、閉店。
2003年(平成15年)5月解体。
延べ床面積約35,380m2[42]、店舗面積約12,491m2[42]
閉店時の直営店舗面積約11,000m2[418]
ニチイ観音寺ショッピングデパートとして開店[995]、1994年(平成6年)3月にサティへ業態転換。観音寺市唯一の大型店舗として営業していたが、1994年(平成6年)をピークに売り上げが下降線をたどり、閉店前の数年は採算ラインを割り込んでいた。2008年(平成20年)11月5日に同じイオングループのマックスバリュ観音寺駅南店が先行オープンして同月12日に同店を核店舗とするイオンタウン観音寺ショッピングセンターが開業[997]し、観音寺市内における小売店競争が激化したために客離れを引き起こし、2009年(平成21年)2月27日に9月30日をもって閉店した[996]
2011年(平成23年)6月23日にビッグ・エスが運営する家電量販店ケーズデンキ観音寺店がオープン[998]店舗西側の平面駐車場にはサティの駐車場入場標識が残っていたが、2021年現在宅地開発によりそれも失われている。

愛媛県

  • (初代)ニチイ今治店(今治市米屋町一丁目[999]、開業時期不明 - 1976年(昭和51年)2月閉店[688]
今治銀座商店街に裏通りで売場面積約346m2出店していた小規模な衣料品スーパー[657]
  • (2代目)ニチイ今治店(今治市大正町1-2-3[1000](現今治市大正町1-2-5)、1976年(昭和51年)4月開店[1001] - 1999年(平成11年)閉店[657]
敷地面積約3,171m2[1000]、鉄筋コンクリート造地上5階建て塔屋2階[1000]、延べ床面積約15,901m2[1000]、店舗面積約8,565m2[1000](当社店舗面積約6,918m2[1000])、駐車台数約170台[1000]
「今治センター(後の今治髙島屋)」の東隣りに[999]新設された中山ビルに[999]売場面積約7.878m2の「今治ショッピングデパート」として移転する形で開店した[1002]
店舗跡地には閉店後に取り壊され[657]、2002年(平成14年)にマルナカが買収して[1003]2003年(平成15年)7月に食料品スーパー「マルナカ今治駅前店」(売場面積約1,702m2)が出店した[657]
中心市街地からしまなみ海道の今治インターチェンジ近くに移転する形で売場面積約12,287m2の今治サティが[657]1999年(平成11年)4月24日に同じ今治市内に開業し[1004]、現在はイオン今治店となっている。
  • (初代)ニチイ松山店(松山市湊町[1005]、1968年(昭和43年)4月開店[1006] - 1970年(昭和45年)9月閉店[1007]
なにわやから営業を継承した四国ニチイが[48]、湊町に新装開店した[1005]
1973年(昭和48年)11月23日に[74]松山銀天街の商店4店が建設した銀天街ショッピングビル「ラブリープラザ」の核店舗の(2代目)ニチイ松山店として出店した[1006]。1997年(平成9年)に松山サティに転換された後、1999年(平成11年)6月30日に閉店[1008]
閉店後の建物はそのまま、翌年に「松山銀天街GET!」が開業したが、2020年(令和2年)9月30日をもって閉館した。
銀天街ショッピングビルは、店舗面積約10,635m2[1011]、延べ床面積約16,878m2[1011]
松山銀天街の商店4店が建設した銀天街ショッピングビル「ラブリープラザ」の核店舗の(2代目)ニチイ松山店として開業した[1006]
1995年(平成7年)、周辺用地(パチンコホームラン跡地)を買収し、ビブレ化を画策するも、地元商店の反対(地権者の土地売却不同意)にあい頓挫。1997年(平成9年)には、近隣のダイエー千舟町店も閉店しており、松山中央商店街で残った唯一の総合スーパーとなったが、1999年(平成11年)閉店[1008]
その後、建物は(協)銀天街ショッピングビルが運営し、ショッピングセンタGETとなっている[74]
鉄筋コンクリート造地下1階地上4階建て塔屋1階[1012]、延べ床面積約16,546m2[1012]、店舗面積約6,792m2[1001]
「登り道商店街」に出店していた[1012]
建物は後にはぴねす福祉会の特別養護老人ホーム/短期入所生活介護事業所「若水館」とリニューアルされ現存。店舗裏手に「ニチイ 荷受所」と書かれたビルが2012年頃まで残っていたが後に解体されている。また駐車スペースに関してもコインパーキング「パーキングドーム」に姿を変えて現存している。

高知県

  • ニチイ高須店 (高知市高須401[1013]、1966年(昭和41年)3月開店[1013]
店舗面積約1,545m2[1013]
2002年(平成14年)6月29日にショッピングプラザ四万十として新装開店[1014][1015]
  • サティ食品館クリハラ(宿毛市長田町2-7、1994年(平成6年)4月28日開店[1016]- 閉店時期不明)
1973年 (昭和48年)にニチイが主宰していた日本アライドチェーンに加盟した株式会社くりはら[広報 43]が、サティ食品館のフランチャイズ1号店として開店した[1016]

福岡県

ニューます屋売場面積1,380m2[1017] → ニチイ門司店店舗面積約2,348m2[883]
閉店時の直営店舗面積約1,442m2[753]
ニューます屋として開業[1017]。門司サティの閉店により、九州地区のサティは全てイオン九州の運営となった。建物は閉店後改修され、2009年(平成21年)1月にサンキュードラッグが1階と2階に入居した[1019]
  • ニチイ天神店 → 天神ビブレ(福岡市中央区天神1-96[1020]、1976年(昭和51年)11月6日開店[1020] - 1982年(昭和51年)3月20日ビブレ21に業態転換[1021] - 2020年(令和2年)2月11日閉店[1022]
敷地面積2,430.25m2[1023]、鉄筋コンクリート造地下3階地上8階建て塔屋2階[1023]、延べ床面積23,809.96m2[1023]、店舗面積約13,836m2[1021](直営店舗面積約9,533m2[1021])。
因幡町商店街跡の第一防災ビル[1024]「天神第1名店ビル」の[1025]核店舗「ニチイ天神ショッピングデパート」として開業した[1021]
しかし、業績が伸び悩んだことから業態転換を図り、1982年(昭和51年)3月20日ビブレ21に業態転換した[1021]。この業態転換時にはインショップ形式を全面的に採用し、ヤング・ジュニア層向けへ改装した[1026]
  • 天神ビブレ2(福岡市、1997年(平成9年)3月開店[1027] - 2001年(平成13年)2月25日閉店[1028]
  • 天神ビブレの隣接ビルで[1027]別館として営業していた[1028]
敷地面積約4,076m2[1030]、鉄筋コンクリート造地下1階地上6階建て塔屋1階[1030]、延べ床面積約16,426m2[1030]、店舗面積約8,235m2[1030](当社店舗面積約7,217m2[1030]) → 約9,934m2[1029]、駐車台数約100台[1030]
福岡市内で寝具店を展開するてんぐ屋産業所有のビルに福岡ニチイ西新店(西新ショッピングデパート)として開店[1033][広報 44]
1990年(平成2年)4月25日にビブレにリニューアル後[1029]、1999年4月4日に閉店した。
  • 解体後、てんぐ屋産業による住居・商業複合施設SAVOY 西新テングッドシティ(現:TenGoodCity SAVOY)が開業。

イオン九州運営店舗

※は旧マイカル九州時代の閉鎖店舗

福岡県

売場面積400m2[1034]
サンマートとして開業した[1035]
閉店後、3月1日にサニーに営業を譲渡し[1036]、同年5月19日にサニー福重店として新装開店した[1037]
  • ※月隈サティ食品館(福岡市博多区月隈2-5−7、開業時期不明 - 2001年(平成13年)2月18日閉店[広報 22]
3月1日にサニーに営業を譲渡し[1036]、同年5月19日にサニー月隈店として新装開店した[1037]
敷地面積約18,100m2[1038][1040]、鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建て[1038][1040]、延べ床面積約18,875m2[1038]、店舗面積約8,723m2[1038](当社店舗面積約6,311m2[1038])、駐車台数約400台[1038]
  • ニチイます屋店 (北九州市門司区栄町9-10[1017]
売場面積693m2[1017]
  • アライド九州西長住店(福岡市南区西長住2-25-[1041]、1980年(昭和55年)7月開業[1042]
  • 九州サンマート七隈店(福岡市城南区七隈8-12-18[1043]、1980年(昭和55年)7月開業[1034]
売場面積500m2[1034]

長崎県

  • ニチイかほう店 (長崎市浜町14-16[1044]、1967年(昭和42年)10月開店[1044] - )
売場面積778m2[1044]
  • ※長崎サティ(長崎市浜町2−32[1013]、1972年(昭和47年)3月開店[1013] - 2001年(平成13年)8月19日に閉店[1045]
店舗面積約1,394m2[1013]
閉店後、2001年(平成13年)10月12日にデオデオ長崎店(現・エディオン長崎本店)が開業[1046] 
  • ニチイマルセイ店 → (2代目)ニチイ島原店 (島原市中堀町61[1047][678]、1949年(昭和24年)開店[1047] - 1984年(昭和59年)11月閉店[1048]
売場面積990m2[678]
1970年(昭和45年)6月に島原市の「マルセイ」などと「ニュー九州ニチイ」を設立したが[48]、(2代目)ニチイ島原店の閉鎖に伴って「有限会社マルセイ」を設立して営業を継承した[1048]
  • 九州サンマート大村店(大村市武部郷宮の本326[1034]、1980年(昭和55年)5月開業[1034]
売場面積2,157m2[1034]
  • ※諫早サティ(諫早市本町24[47]、1972年(昭和47年)9月29日開店[1049] - 2005年(平成17年)6月10日に閉店[1050]
店舗面積約2,992m2[47]、駐車台数約50台[47]
SC名:諌早ショッピングデパート[1051]
  • ※福江サティ(五島市吉久木町731[16]、1998年(平成10年)9月24日開業[16] - 2003年(平成15年)閉店) → 福江シティモール → 五島シティモール
延べ床面積約17,476m2[1052]、鉄骨造2階建て[1052]、店舗面積約8,240m2[16]

熊本県

  • ※ニチイ水俣店(水俣市大黒町1-3-35[1053]、1970年(昭和45年)10月28日開業[1054] - 1983年(昭和58年)2月27日閉店[1055]
延床面積4,223m2[1054]、売場面積3,960m2[1054]
鉄筋コンクリート造3階建てで[1054]、水俣市中心部の国道3号沿いに出店していた[1056]
1872年明治元年)に創業した「衣屋」が[1056]、「ショッピングデパート衣屋」として開業させた[1056]水俣市初のスーパー[1054]
1978年(昭和53年)にニチイの傘下となって「水俣ファミリーデパート」となったが、営業不振で閉店することになった[1056]
  • 天草ショッピングデパート → ※ニチイ本渡店(本渡市中央新町14-13[1057]、1975年(昭和50年)5月19日開業[1058] - 1999年(平成11年)2月19日閉店[1059]
売場面積3,851m2[1058]
本渡中央商店街に出店していた[1059]
敷地面積597m2[1060]、延床面積425m2[1060]、売場面積320m2[1061]
1953年(昭和28年)1月12日に八代市本町2-4-43で合資会社熊本屋衣料品店として設立され、1961年(昭和36年)6月にスーパーに業態転換した[1060]。1967年(昭和42年)5月に合資会社クマモトヤに商号を変更すると共に八代市本町1-10-34に移転した[1060]
SC名:八代ショッピングデパート[1051]
敷地面積約2,964m2[1064]、地下1階地上6階建て延床面積約15,813m2[1064]、店舗面積は約10,267m2[1064](直営店舗面積約9,029m2[1064])
2001年(平成13年)に閉店した壽屋と共に同じ八代市の中心商店街に出店していた[1063]
1974年(昭和49年)5月に本町商店街のアーケードに隣接して開店し、店舗を改装した1992年(平成4年)度に売上高約48億円を上げていたが、2004年(平成16年)度に前年度比15.5%減の売上高約24億円で経常損益は500万円の赤字に落ち込み、2004年(平成16年)秋から2005年(平成17年)夏にかけて競合相手となる複合商業施設が相次いで出店したことなども影響して2006年(平成18年)1月31日に閉店した[1062]
1992年(平成4年)3月1日にサティへ業態転換[1064]
跡地に2007年(平成19年)9月1日0時にマックスバリュ八代店を核テナントとして2F建ての複合商業施設が開業した[1065]

大分県

  • ※中津サティ✩×(中津市大字島田字手渡232番地中津大交ビル本館[1066](現・中津市東本町1-1)、1977年(昭和52年)4月14日開業[1067] - 2000年(平成12年)8月20日閉店[1068]
延べ床面積 店舗棟約14,851.46m2[1066]・駐車場棟約7,153.47m2[1066]、店舗面積約8,470m2[1069]、駐車台数約400台[1066]
中津駅南口の耶馬渓鉄道跡に大分交通が建設した「中津大交ビル」に「丸吉百貨店」として開業[1067]。1981年(昭和56年)にニチイグループ入りし、ニチイ中津店[1070]へ、1993年(平成5年)3月18日にサティへ業態転換した[1070]
店舗の入居していた中津大交ビルは2004年(平成16年)に解体されて駐車場として利用されていたが、大分交通が8,413m2の敷地に鉄骨2階建て延べ床面積4,063m2の建物を建設して2012年(平成24年)3月にサンレーが経営する結婚式場VILLA LUCE(ヴィラ・ルーチェ)として開業することになった[1071]
  • 九州サンマート五領店(中津市大字高瀬字林田46-3[1034]、1979年(昭和54年)11月開業[1034]
売場面積300m2[1034]
  • 九州サンマート宮永店(中津市上宮永2-67-5[1034]、1979年(昭和54年)12月開業[1034]
売場面積300m2[1034]
売場面積8,520m2[171]、駐車台数約500台[171]
中央町商店街の一角に[1075]ニチイ大分ショッピングデパートとして開業[1072]
大分市に本社を置く地元の不動産会社の西原パーキングがイオン九州と2009年(平成21年)11月30日に土地・建物の譲渡契約を締結し[1076]、同年12月10日に地元の百貨店トキハの子会社でスーパーを運営するトキハインダストリーがテナントとして出店することが明らかになり[1077]、地下に約1,000台が収容できる駐輪場として整備する設備などの工事費を一般会計補正予算案として2010年(平成22年)6月7日に開会する定例議会に大分市が提案する[1078] など地元政財界の支援を受けて改装が進められ、同年10月25日にトキハインダストリー若草公園店や大分市営の地下駐輪場などがオープンした[1079]
4-8階・屋上を解体後、地階は駐輪場、1階はトキハインダストリー若草公園店、2階は専門街店、3階は店舗駐車場という構成の「セントポルタビル」として2010年(平成22年)10月に開業した[1073]

宮崎県

  • ニチイ小林店(小林市大字細野1866[1013]、1970年(昭和45年)10月開店[1013] - 閉店時期不明)
売場面積380m2[1013]
1970年(昭和45年)6月に小林市の「大和」などと「ニュー九州ニチイ」を設立した[48]
  • ※くしまサティ(串間市大字西方仮屋下5590[1080]、1997年(平成9年)11月19日開業[1081] ー 2002年(平成14年)2月閉店)
鉄骨造地上2階建て塔屋付[1080]、延べ床面積約10,817m2[1080]、店舗面積約8,381m2[1081](当社店舗面積約6,538m2[1080])。
宮崎唯一の店舗。マイカルと地元出資の株式会社武田が運営していた店舗。地元テナント5社でサティ存続のために「有限会社あきんど」を設立し、マイカルナック商事と交渉を行っていた。店舗跡は、2002年(平成14年)4月にニシムタが「N's CITY串間店」を開業。
売場面積756m2[1082] → 790m2[1034]
売場面積891m2[1084]
旧・やまいち油津店[1084]
売場面積198m2[1084]
売場面積92m2[1034]
売場面積297m2[1034]
旧・やまいち大堂津店[1084]
売場面積363m2[1082]
旧・やまいち吾田店[1082]
売場面積396m2[1084]
売場面積429m2[1034]

店舗の一例

参考/出店を断念した店舗

ニチイ

  • 秋田駅前:秋田駅前再開発の一角である金座第1共同ビルへの出店計画だったが、商業調整協議会での事前調整で直営 店舗面積約3,100m2店舗面積6,000m2以下で地元専門店のテナント部分6,000m2を合わせた合計の店舗面積12,000m2以下とされたため、1979年(昭和54年)に出店を断念[1087]
  • 深谷ショッピングデパート(深谷市大字上野台字御屋敷2352[1088]
地上2階建て[1088]。延べ床面積約19,578m2[1088]、店舗面積約14,035m2[1088]
「日本ショッピングセンタービル」が鋳物工場跡に開発を進めていたショッピングセンターの核店舗としての出店計画[1088]
鉄筋コンクリート造地上3階建て[1089]。延べ床面積約21,500m2[1089]、店舗面積約14,315m2[1089]
上尾公園近くの住宅街への出店計画[1089]
鉄筋コンクリート造地上3階建て[1090]。延べ床面積約26,327m2[1090]、店舗面積約18,107m2[1090]
住友金属鉱山研究所グラウンドの一角への出店計画[1090]
  • 君津ショッピングデパート(君津市中野土地区画整理事業地保留地21[1091]
地上3階建て[1091]。延べ床面積約28,601m2[1091]、店舗面積約20,281m2[1091]
  • 鴨宮:1979年(昭和54年)9月に発表された大同毛織工場敷地跡の一部に出店を打ち出すもたが[545]、地元の小売業者などが「西湘地区大型店対策協議会」を結成して「第1種大型店出店の凍結宣言」出ともとに「小田原商工会所」も「大規模小売店舗出店凍結」を出す[1092]など反対が強かったことからした[545]。代わりにイトーヨーカドーが出店する形で[545]1993年(平成5年)10月21日にダイドープラザとして開業し[1093]2000年(平成12年)9月28日にはロビンソン百貨店[1094]が入居するウエストモールが増設され[1095]、イトーヨーカドー小田原店が入居する既存のイーストモールと合せて百貨店と総合スーパーの2核を持つショッピングセンターダイナシティとなった[1095]
店舗面積約7,800m2[1096]
1980年(昭和55年)5月の商調協の結審で店舗面積約1,000m2と90%以上削減された[1096]
鉄筋コンクリート造地上2階建て[1097]。延べ床面積約13,000m2[1097]、店舗面積約9,900m2[1097]
塩沢町湯沢町の商店街の中間付近に郊外型ショッピングセンターとして出店する計画だった[1097]
名古屋鉄道名古屋本線有松駅前のウインハート有松に2000年(平成12年)4月に出店を目指し[1098]、100%出資の子会社のマイカル総合開発が1999年(平成11年)4月17日に名古屋市と契約を交わして、総額76.3億円のうち土地代金相当額約37億6607万円を支払ったが[1099]、2002年(平成14年)1月21日にマイカル総合開発が会社更生法第103条1項を根拠に有松駅前第1種市街地再開発事業に関する事業参画契約の解除を申し入れて出店の中止を目指し[1100]、最終的にはイオンが出店を肩代わりしてイオン有松ショッピングセンター(現:イオンタウン有松)として開業した。
近鉄グループひらかた丸物が開業したが、枚方近鉄百貨店、近鉄百貨店枚方店を経て2012年(平成24年)2月29日に閉店。建て替えの上、2016年(平成28年)5月16日枚方T-SITEが開業した[広報 45]
1990年、駅北口側のビオルネに枚方サティが開業し。ビブレへの改称とサティへの再改称を経て、現在はイオン枚方店。
  • 新上野ショッピングデパート(上野市四十九町字矢倉谷1156-2[1102]

:鉄筋コンクリート造地上4階建て[1102]・延べ床面積約23,982m2[1102]、売場面積約15,698m2[1102](直営売場面積約11,899m2[1102])。1988年(昭和63年)4月30日の開業を目指していた[1102]

  • 名張ショッピングデパート本館(名張市夏見字下河原299-1[1103]

:鉄筋コンクリート造地上4階建て[1103]・延べ床面積約20,011m2[1103]、売場面積約14,843m2[1103](直営売場面積約10,025m2[1103])。1989年(平成元年)8月3日の開業を目指していた[1103]

  • 名張ショッピングデパート別館(名張市夏見字下河原273-1[1103]

:鉄筋コンクリート造地上2階建て[1103]・延べ床面積約4,134m2[1103]、売場面積約2,000m2[1103]1989年(平成元年)8月3日の開業を目指していた[1103]

地上3階建て[1104]。延べ床面積約21,798m2[1104]、店舗面積約16,608m2[1104]
1980年(昭和55年)5月の商調協の結審で店舗面積約1,545m2と90%以上削減された[1104]
鉄筋コンクリート造地上4階建て[1106]。延べ床面積約3,715m2[1106]、店舗面積約2,402m2[1106]
予備校跡地への出店計画で、1階が食品で2階が家庭雑貨など、3階が衣料品という売り場構成を計画していた[1106]
  • 新大宮ショッピングデパート(奈良市横領町小柳[1106]
鉄筋コンクリート造地上3階建て[1105]。延べ床面積約21,278m2[1105]、店舗面積約13,348m2[1105]、駐車台数約700台[1105]
国道308号沿いへの出店計画[1105]
敷地面積約13,000m2[1107]、鉄筋コンクリート造地上2階建て[1107]、延べ床面積約12,420m2[1107]、店舗面積約8,360m2[1107]
近鉄大阪線近鉄下田駅近くの国道165号沿いへの出店計画[1107]
  • 天理ショッピングデパート(天理市田部町字三十三89番1[1108]

:鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建て[1108]・延べ床面積約21,001m2[1108]、売場面積約13,499m2[1108]1991年(平成3年)3月2日の開業を目指していた[1108]

  • 北倉敷ローズタウン(倉敷市宮前字馬場326-1[1109]
地下1階地上2階建て[1109]、延べ床面積約21,658m2[1109]、店舗面積約15,888m2[1109]
倉敷駅北約2㎞への出店計画[1109]
敷地面積約10,000m2[1110]、店舗面積約15,000m2[1110]
柳井駅南の国道188号沿いへの出店計画[1110]
  • 高松ショッピングセンター(香川県高松市)
瓦町駅の南部に建設予定であった「常盤町共同ビル」に出店予定であったが[1111]。基本的資料の不備により1978年(昭和53年)12月14日に出店断念[1112]
  • 行橋ショッピングデパート(行橋市大字折橋[1113]、1983年(昭和58年)10月1日開店予定[1113]
店舗面積約3,700m2[1113]
行橋駅裏の安川電機工場北側への出店計画[1113]

サティ

  • 盛岡サティ:岩手県盛岡市前潟で2003年(平成15年)の開業を目指していたが[1114]、業績悪化に伴い2001年(平成13年)に出店を断念した[1115]。予定地に、2003年(平成15年)8月[1116] 9日にイオンモールがイオン盛岡ショッピングセンター(現・イオンモール盛岡)を開業。
  • 仙台サティ:仙台市太白区のセイコーインスツルメント工場跡地約44,000m2に店舗面積約20,784m2で出店する構想で[1117]

2000年(平成12年)12月の開業を目指して1999年(平成11年)の着工を計画していた[1118]。しかし、長町荒巻青葉山線の建設遅延や工業地域の指定解除が進まなかったことでアミューズメント施設の併設が不可能な状況が続いていたことから開設延期を模索したものの、セイコー側が出店延期を拒絶したことから2000年(平成12年)3月に出店を断念した[1117]

  • 新庄サティ:山形県新庄市で出店を目指していたが業績悪化に伴い出店を断念した[1119]
  • 松本サティ:長野県松本市に売場面積約44,681m2で出店する計画だった[1120]
  • 富山サティ:富山県富山市で出店を目指して用地選定していたが業績悪化に伴い出店を断念した[1121]
  • 大垣サティ:1997年(平成9年)8月7日に岐阜県大垣市のオーミケンシ大垣工場跡地に出店する計画を発表していたが[1122]、業績悪化に伴い2001年(平成13年)に出店を断念した[1123]。予定地に、2007年(平成19年)10月27日にユニーがアクアウォーク大垣を開業[1124]
  • 稲沢サティ:稲沢市大塚五丁目の兼松トップ跡地に1999年(平成11年)の出店を目指していたが[1125]、業績悪化に伴い出店を断念した。
  • 天理ショッピングデパート:天理市田部町字三十三89番1[1108]。鉄筋コンクリート造地下1階・地上3階建て[1108]。延べ床面積約21,001m2[1108]、店舗面積約13,499m2[1108](うち直営店舗面積約9,500m2[1108]
  • 橿原サティ:奈良県橿原市で出店を目指していたが業績悪化に伴い2001年(平成13年)に出店を断念した[1126]
イオン伊丹昆陽ショッピングセンターの核店舗として出店する予定だったが、開業延期[1127]とマイカルのイオンリテールへの吸収合併による店舗ブランド統一の時期[1]が被ったことにより「イオン伊丹昆陽店」として開業した。
2017年(平成29年)、イオンスタイル伊丹昆陽へと転換[広報 46]
  • 緑井サティ:広島市安佐南区の緑井駅前再開発への出店を目指していたもので[1128]、2000年(平成12年)3月4日に再開発ビルの管理会社を設立した時点や[1128]、再開発工事の着手時点までは商業棟にはマイカルが出店予定だったが[1129]、マイカルが破たんした影響を受けて2003年(平成15年)にフジに変更され[1130]、2004年(平成16年)10月2日に「フジグラン緑井」として開業した[1131][1132]
  • 周南サティ:山口県下松市で出店を目指していたが業績悪化に伴い出店を断念した[1133]
  • 北島サティ:1998年(平成10年)2月20日に、徳島県板野郡北島町の日清紡徳島工場社宅跡地の区画整理事業予定地に出店を発表、2000年(平成12年)3月の開店を目指していたが[1134] 申請した売場面積から22.4%削減された[1135] ため、そのことを理由として1999年(平成11年)11月に出店を正式に断念した[1136]。予定地には、2001年(平成13年)11月2日にフジがフジグラン北島を開業[1134]

このほか、沖縄県那覇新都心地区おもろまち4丁目の大型店舗計画でサティとしてダイエー、ジャスコ(現:イオン)とともに入札したがダイエーに敗れた。そのダイエーも経営が苦しくなり出店断念、再入札でサンエーが取得し現在はサンエー那覇メインプレイスとなる。


脚注

注釈

  1. 相模原市の橋本サティ(旧・橋本ビブレ)とは別

出典

  1. 武内彩(1998年8月4日). “サティ:名称「イオン」に 全国91店舗で”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  2. “広島サティ:閉店 SC競争激化直撃 営業14年“感謝””. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2011年7月19日)
  3. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。
  4. “一関商圏(中)人の流れ中心部を離れる”. 岩手日報 (岩手日報社). (2003年10月7日)
  5. “マイカル東北が再生法を申請”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年9月24日)
  6. “イオン、盛岡南SC開業 岡田元也社長「GMSの新しい試み」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2006年9月27日). pp3
  7. “マイカル、6年ぶり「サティ」開業”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2006年4月27日)
  8. “「盛岡南サティ」9月15日(金)グランドオープン 5年9ヶ月ぶりの新規出店 岩手県盛岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2006年9月7日)
  9. “特集 東北六県大型店現況・計画一覧”. 東北ジャーナル 1997年8月号 (建設新聞社) (1997年8月).pp27-62
  10. “秋田市に大型SC サティ船出 1800台収容駐車場も満杯”. 秋田魁新報 (秋田魁新報社). (1995年4月29日)
  11. “SC INFORMATION 横手サティ”. ショッピングセンター 1997年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年7月1日).pp95
  12. “イオン、横手でジャスコとサティを同時改装 SuCとサティで相乗効果”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2004年3月31日)
  13. “SC NEWS 米沢サティ”. ショッピングセンター 1994年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年5月1日).pp76
  14. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2007年版』 東洋経済新報社、2007年。
  15. “SC INFORMATION 横手サティ”. ショッピングセンター 1995年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年11月1日).pp76
  16. “’98年開店SC一覧(1998年1月~12月)”. ショッピングセンター 1999年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年1月1日).pp13
  17. “’98年開店SC一覧(1998年1月~12月)”. ショッピングセンター 1999年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年1月1日).pp12
  18. “マイカル「古河サティ」9月9日開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年8月31日)
  19. “流通ニュース”. いっとじゅっけん 1993年6月号 (経済産業調査会) (1993年6月).pp62
  20. “ホソガネニチイ、「高萩サティ」オープン“生活百貨店”地元も期待”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年7月31日)
  21. “ホソガネニチイ、「高萩サティ」開店 年商50億円目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年7月17日)
  22. “北関東・新潟地区夏期特集 大手チェーンの次世代店舗戦略 ニチイ高萩サティ”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年8月30日)
  23. “オープン情報 マイカル「高崎サティ」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2006年10月18日). pp4
  24. ““新生”マイカル、新店相次ぎ攻勢に弾み イオンSC初出店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2006年1月8日). pp4
  25. “イオンモールにサティ初出店 イオン高崎SC 10月20日オープン 群馬県高崎市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2006年10月19日)
  26. “lY3店、新生長崎屋・・・秋の話題店舗総まくり!!”. 販売革新 2000年11月号 (アール・アイ・シー) (2000年11月).pp188-189
  27. “マイカル、「大宮サティ」オープン、惣菜で差別化図る”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2000年11月8日)
  28. 『さいたま市告示第874号 平成23年6月24日』 さいたま市、2011年6月24日。
  29. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp280
  30. “日本のSC ニチイ北浦和ショッピングデパート”. ショッピングセンター 1981年4月号 (日本ショッピングセンター協会) (1981年4月1日).pp7
  31. 杉村暢二 『中心商業地の構造と変容』 大明堂、2000年7月16日。ISBN 978-4470540235
  32. “SC開店予定(11月)”. ショッピングセンター 2000年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (2000年11月1日).pp75
  33. “熊谷サティ11月16日オープン 埼玉県熊谷市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年11月27日)
  34. 『埼玉年鑑 昭和61年版 本編』 埼玉新聞社、1985年。pp519
  35. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp312
  36. “ニチイ、狭山ショッピングデパートオープン”. 総合食品 1980年1月号 (総合食品研究所) (1980年1月).pp157
  37. “ニチイ、「狭山サティ」開店 食品ゾーンを拡大”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年10月6日)
  38. イオン武蔵狭山店、2020年2月29日閉店-旧・マイカル狭山サティ”. 都商研ニュース (2019年12月4日). 2020年7月13日閲覧。
  39. 地域の日常に密着 イオン・武蔵狭山店跡地に新店舗 「そよら」26日オープン /埼玉”. 毎日新聞 (2023年9月12日). 2023年10月5日閲覧。
  40. イオン跡に“そよら武蔵狭山”オープン、埼玉に初出店 15専門店、冷凍食品は地域最大級 全国初の売り場も”. 埼玉新聞 (2023年9月27日). 2023年10月5日閲覧。
  41. 高橋栄松 “予算をカル~クオーバー絶好調ニチイせんげん台店”. 販売革新 1989年1月号 (アール・アイ・シー) (1989年1月).pp86-91
  42. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2005年版』 東洋経済新報社、2005年。
  43. “ニチイ、GMS「せんげん台サティ」開店 サティ103店舗に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年11月17日)
  44. 『自動車部品・用品名鑑 1987年版』 自動車産業通信社、1986年12月25日。pp750
  45. 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp198
  46. “オンライン漢字情報検索システム カナで入れても漢字で出力”. 通研月報 第33巻 第8号 (日本電信電話公社武蔵野電気通信研究所) (1980年8月20日).pp15
  47. 『自動車部品・用品名鑑 1987年版』 自動車産業通信社、1986年12月25日。pp751
  48. 牧大門 『ニチイ トータル・ライフを売る』 朝日ソノラマ、1980年3月。
  49. 『週刊東洋経済 臨時増刊 首都圈商業地マップ 1995年版』
  50. 山口貴久男 “大型店出店規制とこれからの百貨店のあり方”. 日本百貨店協会会報 1095号 (日本百貨店協会) (1982年7月5日).pp10
  51. “【新座市】イオン新座が2/29一時閉店【ニチイ→サティ→イオンと44年間の歴史に幕】”. (2023年12月17日). https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/86477b8e1ecbd8e94c7a525bca4e276979321929 2023年12月31日閲覧。
  52. “日本のSC 市川妙典サティ(千葉県市川市)”. ショッピングセンター 1999年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年10月1日).pp46
  53. “マイカル「市川妙典サティ」、”街”イメージを強調”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年4月12日)
  54. “マイカル「市川妙典サティ」開店、関東初の店内銀行も”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年3月29日)
  55. “必見店舗リスト55店”. 販売革新 1991年4月号 (アール・アイ・シー) (1991年4月).pp158-163
  56. 阿部亮三 “スリースター稲毛ビル”. エレベータ界 1991年10月号 (日本エレベータ協会) (1991年10月).pp58
  57. “マイカルが稲毛商業施設を買収”. 稲毛新聞 (稲毛新聞社). (1999年5月8日)
  58. “稲毛商業開発(株)が解散 メテオSCは稲毛サティと合体”. 稲毛新聞 (稲毛新聞社). (2000年7月)
  59. “ペルシャ&パキスタン手織り絨毯専門店 惜しまれながら1月26日閉店”. 稲毛新聞 (稲毛新聞社). (2011年1月8日)
  60. “開店予定”. ショッピングセンター 1994年3月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年3月1日).pp80
  61. “視察と見学のための最新店情報”. 食品商業 1992年6月号 (商業界) (1992年6月).pp176-177
  62. “ニチイ、6日ユーカリが丘サティに大型復合食品専門ショップの第3弾「モタ」開設”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年3月6日)
  63. “マイカル、ユーカリが丘サティに雑貨新業態「2番街」新設”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年3月1日)
  64. “SC開店予定(12月)”. ショッピングセンター 2000年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (2000年10月1日).pp35
  65. “マイカル板橋サティ5月25日オープン 東京都板橋区”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年6月12日)
  66. “25日「板橋サティ」開業へ 大木伸銅”. 日刊産業新聞 (産業新聞社). (2000年5月9日)
  67. “マイカル「板橋サティ」好スタート、専門店で差別化”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年6月2日)
  68. “視察と見学のための最新店情報”. 食品商業 1991年7月号 (商業界) (1991年7月).pp120
  69. “ニチイ出店に関する地域の消費者及び一般小売店の反応調査”. 流通情報 1982年3月号 (流通経済研究所) (1982年3月).pp14
  70. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp198
  71. “イオンモール、多摩に初の大型SC「イオンモール日の出」出店 核店にサティ”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2007年10月24日). pp4
  72. “イオンモール、既存SCを活性化 競争力回復目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2007年11月28日). pp4
  73. “イオン日の出SC、核店舗にマイカル”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2007年6月6日)
  74. 都道府県別・政令指定都市別・市町村別SC (Report). 日本ショッピングセンター協会. (2012年1月)
  75. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp565
  76. “会員5000人を数える総合スポーツ施設 ニチイ天王町S.D.”. ショッピングセンター 1981年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1981年9月1日).pp23
  77. “ニチイ、天王町を天王町サティに業態転換、19日にオープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年2月17日)
  78. “マイカル、食品特化で再出発 「天王町サティ」リニューアルオープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2005年3月21日)
  79. イオン天王町店が2月9日に一時閉店!2022年にリニューアル開業予定”. はまこれ横浜. 2020年2月9日閲覧。
  80. “トーカイプラザ・ニチイ東神奈川ショッピングデパート”. ショッピングセンター 1978年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1978年11月1日).pp7
  81. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp547
  82. “芙蓉ビル新築工事”. セメント工業 158号 (日本セメント) (1978年11月1日).pp巻頭カラー
  83. 「イオンスタイル」が続々登場!東神奈川店もリニューアルオープン イオンリテール南関東カンパニー”. 日本食糧新聞. 百菜元気新聞 (2017年8月1日). 2023年10月5日閲覧。
  84. “大型店届出情報”. ショッピングセンター 1996年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年11月1日).pp63
  85. 太田泉生 (2012年3月13日). “【商店街探訪】本牧通り(2)”. 朝日新聞 (朝日新聞社)
  86. “マイカル「本牧店」改装開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年3月10日)
  87. “ニチイ、「本牧サティ」リニューアル 直営専門ショップ強化”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年4月3日)
  88. “本牧に新商業施設「ベイタウン本牧5番街」22日オープン、地域密着で本牧の顔に”. 神奈川新聞 (神奈川新聞社). (2010年10月19日)
  89. “会員の動向”. ショッピングセンター 1993年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年9月1日).pp79
  90. “ダイエー,西友ストアーに続いてニチイもデパート進出第1号「ダックシティ厚木百貨店」 百貨店連合のグループカを結集してオープン”. 販売革新 1982年1月号 (アール・アイ・シー) (1982年1月).pp114-116
  91. “7つの映画館、マルチプレックス・シネマで魅力向上を図る「海老名サティ」”. ショッピングセンター 1993年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年10月1日).pp49
  92. “ニチイ、「海老名サティ」24日開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年4月16日)
  93. 西川立一 “話題の店舗ウォッチング 新百合ヶ丘ビブレ ”. 商業界 1997年11月号 (商業界) (1997年11月).pp13-16
  94. “SC開店予定(9月)”. ショッピングセンター 1997年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年9月1日).pp90
  95. “新百合ヶ丘サティ・ビブレ 11月7日リニューアルオープン 神奈川県川崎市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年11月27日)
  96. “マイカル、29日「新百合ヶ丘ビブレ」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年8月6日)
  97. “宇多津ビブレなど6店舗、サティに”. 四国新聞 (四国新聞社). (2001年5月27日)
  98. “日本のSC 茅ヶ崎サティ(神奈川県茅ヶ崎市)”. ショッピングセンター 1995年4月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年4月1日).pp53
  99. “新生イオン誕生控え、サティとジャスコが合同で「入社式」/茅ケ崎”. 神奈川新聞(神奈川新聞社). (2011年2月28日)
  100. 広川純一 柴田米三 川野祐二 “ニチバクビル(茅ヶ崎サティ)”. BE建築設備 1995年9月号 (建築設備綜合協会) (1995年9月1日).pp2
  101. イオンスタイル湘南茅ヶ崎 オープン前に長蛇の列”. タウンニュース茅ヶ崎版. 2018年9月16日閲覧。
  102. “マイカル、「つきみ野サティ」オープン、MS充実で差別化目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年11月22日)
  103. 来年建て替え19年秋に閉店へ イオンつきみ野店”. 神奈川新聞 (2017年9月21日). 2023年10月5日閲覧。
  104. “流通ニュース”. いっとじゅっけん 1998年3月号 (経済産業調査会) (1998年3月).pp50-51
  105. “マイカル「橋本ビブレ」開店、街を変える生活提案へ”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年3月20日)
  106. “マイカル、ビブレから業態変換で「北千里サティ」開業、葉物野菜・惣菜を充実”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年3月7日)
  107. “流通ニュース”. いっとじゅっけん 1991年2月号 (経済産業調査会) (1991年2月).pp65
  108. “新潟県のJR燕三条駅前SC内に性格の異なる2つのAM店舗登場”. アミューズメント産業 1991年6月号 (アミューズメント産業出版) (1991年6月1日).pp56
  109. “大型店届出情報”. ショッピングセンター 1997年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年8月1日).pp94
  110. “新潟サティ10月20日(金)オープン 新潟県新潟市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年11月20日)
  111. “’98年開店SC一覧(1998年1月~12月)”. ショッピングセンター 1999年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年1月1日).pp11
  112. “日本のSC 御経塚サティ(石川県野々市町)”. ショッピングセンター 1998年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年9月1日).pp58
  113. “感謝の寄せ書き、床にまで イオン御経塚、営業31日まで”. 北國新聞 (北國新聞社). (2021年5月30日). オリジナルの2021年5月31日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210531201339/https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/425532 2022年5月22日閲覧。
  114. “【石川】イオン御経塚 23年の歴史幕 大勢の買い物客”. 中日新聞Web. (2021年6月1日). オリジナルの2021年6月1日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210601025911/https://www.chunichi.co.jp/article/264243 2022年5月22日閲覧。
  115. “複合商業施設が28日オープン イオン御経塚SC跡”. 北國新聞 (北國新聞社). (2023年6月8日). https://www.hokkoku.co.jp/articles/-/1110139 2023年10月5日閲覧。
  116. “SC開店予定(4月)”. ショッピングセンター 2000年4月号 (日本ショッピングセンター協会) (2000年4月1日).pp79
  117. “金沢サティ4月21日オープン 石川県金沢市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年5月1日)
  118. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2008年版』 東洋経済新報社、2008年。
  119. 馬場礼之 “"新しい商業地"に展開”. いっとじゅっけん 1999年11月号 (経済産業調査会) (1999年11月).pp45
  120. “マイカルのSCに「マックスバリュ」が初出店『石和(いさわ)サティ』5月30日 リニューアルオープン 山梨県笛吹市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年6月5日)
  121. >“マックスバリュ東海/山梨県笛吹市にザ・ビッグ石和店、14日オープン”. 流通ニュース (流通ビジネス). (2015年3月13日). https://www.ryutsuu.biz/backnumber/store/h031313.html 2022年5月22日閲覧。
  122. “ニチイ、サティ業態では長野県下2店目「飯田サティ」オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年7月5日)
  123. 『全国商業通覧 1982年版 東日本』 通商産業調査会、1982年4月28日。pp2356
  124. “権兵衛トンネル1年~その後の地域”. 伊那毎日新聞 (伊那毎日新聞社). (2007年1月31日)
  125. “届出情報”. ショッピングセンター 1989年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1989年7月1日).pp98
  126. 高原正文 『安曇野市中心市街地の近代史(下)豊科市街地の生活環境と郡都機能の消長』 信濃 第62巻 第9号 (信濃史学会) (2010年9月20日)。pp743
  127. “1993年オープンSC一覧(146SC)”. ショッピングセンター 1993年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年12月1日).pp86
  128. 『流通経済の手引 1998年版』 日本経済新聞社、1997年10月20日。ISBN 978-4532216580
  129. “マイカル信州「辰野サティ」開店、購買流出防ぎ独自商圏確立へ”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年5月1日)
  130. 『長野県商圏調査報告書 平成21年度』 晃洋書房、2009年。
  131. “イオンモール、SC「イオンモール新瑞橋」オープン サティは名古屋市内初出店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2010年3月19日). pp4
  132. “’99年開店SC一覧(1999年1月~12月)”. ショッピングセンター 2000年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (2000年1月1日).pp83
  133. “マイカル「春日井サティ」29日開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年3月10日)
  134. “豊川サティ開店、マイカル直営年商95億円見込む”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年9月21日)
  135. 水谷正道 山下元 中村浩久 “進化するSC マイカル桑名とパワーシティ四日市”. HRI report 1995年3月号 (百五総合研究所) (1995年3月1日).pp2
  136. “ニチイ、「マイカル桑名」オープン カテゴリー専門化目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年3月29日)
  137. 渡辺聖子(2015年4月18日). “「東急ハンズ」県内初 イオンモール桑名が開店”. 中日新聞 (中日新聞社)
  138. “2.話題の最新ショッピングセンター一覧”. 販売革新 1979年3月号 (アール・アイ・シー) (1979年3月).pp217-219
  139. “第13回国内研修(中京圏)報告 郊外型SCの問題点を視る・聞く・考える”. ショッピングセンター 1979年2月号 (日本ショッピングセンター協会) (1979年2月1日).pp50
  140. 豊田直也(2024年2月14日). “イオン津SC 一時休業 地域に根ざし45年”. 中日新聞 (中日新聞社) pp14
  141. “津サティ23日オープン、売場構成など新機軸”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年4月27日)
  142. 豊田直也(2023年12月15日). “イオン津SC 2月から一時休業 担当者 「後継施設 立地含め検討」”. 中日新聞 (中日新聞社) pp15
  143. “日本のSC 近江八幡サティ”. ショッピングセンター 1991年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年9月1日).pp9
  144. “マイカル、2000年メドに関西地区に複合施設マイカルタウン2カ所計画”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年8月6日)
  145. “「マイカルタウン近江八幡」、10月6日にオープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年9月29日)
  146. “大型ショッピングセンター相次ぎオープン”. 滋賀報知新聞 (滋賀報知新聞社). (2008年11月27日)
  147. 中村禎一郎 (2008年2月6日). “「イオンモール草津」の概要発表 県内最大規模、12月開業予定”. 中日新聞 (中日新聞社)
  148. “SC INFORMATION 亀岡サティ”. ショッピングセンター 1994年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年8月1日).pp80
  149. “ニチイ、24日京都に「亀岡サティ」開設 京都府下では2店目”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年6月8日)
  150. “イオン高の原ショッピングセンター サティ関西第一号店を核に5月1日オープン 京都府木津川市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2007年5月17日)
  151. 『自動車部品・用品名鑑 1981年版』 自動車産業通信社、1981年1月10日。pp953
  152. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp293
  153. イオン伏見店 今冬に閉店、建て替えへ 42年地域の暮らし支える”. 京都新聞 (2020年6月24日). 2023年10月6日閲覧。
  154. “開店ニュース”. 販売革新 1997年5月号 (アール・アイ・シー) (1997年5月).pp188-189
  155. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp583
  156. “京都のイオン向日町店、来年5月に閉店へ 新形態で営業模索”. 京都新聞(京都新聞社). (2014年12月26日)
  157. 向日市史編さん委員会 『向日市史 下巻』 向日市、1985年2月28日。pp726
  158. “マイカル「向日町サティ」、リニューアルオープン オリジナル・専門店導入”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年4月16日)
  159. “ぞうきんやタオル530枚役立てて 向日町サティ、市社協に贈る”. 京都新聞 (京都新聞社). (2009年9月15日)
  160. “「買い物どこに行けば」…イオン閉店で地域に不安 京都・向日”. 京都新聞(京都新聞社). (2015年6月1日)
  161. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1084
  162. “第一種大規模小売店舗の小売業の公示”. 通産省公報 No.9963 (通商産業調査会) (1983年3月24日).pp7
  163. 三家英治 『現代日本小売経営戦略』 晃洋書房、1985年5月。ISBN 978-4771002906
  164. “イオン大久保店、5月閉店へ 京都・宇治”. 京都新聞(京都新聞社). (2015年12月1日)
  165. “宇治の「イオン大久保店」跡地にリハビリ病院 城陽から移転、22年4月開院”. 京都新聞. (2021年1月21日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/474513#google_vignette 2024年3月3日閲覧。
  166. “京都・宇治で初のリハビリ専門病院が開院へ 7月1日、城陽の病院が新築移転”. 京都新聞. (2023年6月30日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1055680 2024年3月3日閲覧。
  167. “開店予定”. ショッピングセンター 1990年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年5月1日).pp8
  168. “マイカル、「マイカル茨木」が来年元旦の開業決定”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年11月10日)
  169. “現在の容器包装リサイクルの取り組み状況の紹介”. 生活と環境 1998年6月号 (日本環境衛生センター) (1998年6月1日).pp39
  170. “作品作風 千里北センター商業施設開発事業核店舗棟”. 建築と社会 1994年5月号 (日本建築協会) (1994年5月1日).pp11
  171. 『自動車部品・用品名鑑 1983年版』 自動車産業通信社、1983年2月10日。pp904
  172. 大石義朗 “規模決定は商圏内の車依存度調査に基づいて”. ショッピングセンター 1979年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1979年5月1日).pp21
  173. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1168
  174. イオン新金岡店・エブリー専門店街、2019年5月19日閉館-旧・新金岡サティ”. 都商研ニュース (2019年4月13日). 2019年9月8日閲覧。
  175. “新しい夢と暮らしのSC「ビオルネ」オープン”. ショッピングセンター 1990年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年7月1日).pp44
  176. “新しい夢と暮らしのSC「ビオルネ」オープン”. ショッピングセンター 1990年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年7月1日).pp40
  177. 『倒産速報 (株)ビオルネ』(レポート)東京商工リサーチ、2010年9月7日。
  178. “マイカル サティへ業態転換「枚方サティ」2月27日(水)オープン 大阪府枚方市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年3月24日)
  179. “大阪府枚方市の第三セクター「ビオルネ」、再生手続き申請…負債26億円”. 産経新聞 (産経新聞社). (2010年9月7日)
  180. “日本のSC トーク岸和田”. ショッピングセンター 1980年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1980年10月1日).pp7
  181. “マイカル東岸和田サティ、増床開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年3月10日)
  182. “イオンリテール、そよら東岸和田オープン 一番の生活拠点に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2023年10月6日)
  183. “ヴェルノール布施”. ショッピングセンター 1996年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年6月1日).pp91
  184. “ニチイ、ヴェル・ノール核店舗「布施ビブレ」3月開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年2月21日)
  185. 土井剛 “「ヴェル・ノール布施」布施駅北口第一地区第一種市街地再開発事業”. 再開発コーディネーター 第76号 (再開発コーディネーター協会 (1998年11月15日).pp25
  186. “布施駅前サティ 3月28日リニューアルオープン 大阪府東大阪市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年4月7日)
  187. “日本のSC マイカル明石(兵庫県明石市)”. ショッピングセンター 1998年4月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年4月1日).pp49
  188. “マイカル、「マイカル明石店」開店 ビブレとサティ食品展開は初”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年11月3日)
  189. マイカル取材班 (2001年9月22日). “マイカル破たん 地権者・開発主体に波紋広がる”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  190. “日本のSC アル・クリオ、カリヨン広場(兵庫県津名町)”. ショッピングセンター 1993年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年12月1日).pp14
  191. “日本のSC アル・クリオ、カリヨン広場(兵庫県津名町)”. ショッピングセンター 1993年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年12月1日).pp11
  192. 直江純 (2005年4月29日). “託すということ 淡路市長選 上 土地余り 浮かんで消えた大事業”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  193. マイカル取材班 (2002年9月14日). “県内店舗、守りから攻めへ マイカル破たんから1年”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  194. 内田尚典 (2005年10月15日). “地元食材をPR 淡路サティに特設販売所”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  195. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1335
  196. 田中徹 “長期経営計画「66計画」から「5・3・2計画」へ”. 運輸と経済 1987年3月号 (交通経済研究所) (1987年3月).pp52
  197. “ニチイ、11月20日「小野サティ」サービス充実へ増床しリューアルオープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年11月13日)
  198. 弓岡和明 “ニチイ加古川ショッピングデパート(商業・サービスビル部門)”. IBEC 1986年7月号 (建築環境・省エネルギー機構) (1986年7月).pp38
  199. “ニチイ加古川ショッピングデパート開店”. 総合食品 1982年12月号 (総合食品研究所) (1982年12月).pp176
  200. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1315
  201. “ニチイ加古川ショッピングデパート開店”. 総合食品 1982年12月号 (総合食品研究所) (1982年12月).pp177
  202. 坂口清二郎 (2006年11月2日). “サティに総合サービスプラザ開設 加古川市”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  203. “マイカル、「三田ウッディタウンサティ」開業”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年10月27日)
  204. “三田ウッディタウンサティ11月1日オープン 兵庫県三田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年11月30日)
  205. “日本のSC ジェームス山サティ(神戸市垂水区)”. ショッピングセンター 1997年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年10月1日).pp18
  206. “マイカル、6月6日「ジェームス山サティ」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年5月21日)
  207. “大阪小売流通特集:マイカル・わが社の注目店舗「ジェームス山サティ」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年9月30日)
  208. 鎌田倫子 (2014年6月23日). “イオン西神戸店が年内閉店 跡地は商業開発へ”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  209. “姫路サティ5月27日 リニューアルオープン 兵庫県姫路市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2005年7月7日)
  210. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1282
  211. “業界展望 流通業界の新しい動きと問題点を探る”. 商店界 1979年11月号 (誠文堂新光社) (1979年11月).pp214-219
  212. 『姫路商工会議所創立70周年記念誌 おかげさまで創立70周年』 姬路商工会議所、1992年。
  213. “大型店届出情報”. ショッピングセンター 1994年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年6月1日).pp88
  214. 佐藤信次 “もっとダイナミックに売場活性化に取り組もう”. 販売革新 1997年5月号 (アール・アイ・シー) (1997年5月).pp164-168
  215. “ニチイ、「サティ食品館三木」5月1日オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年4月27日)
  216. “マイカル「三木サティ」開店、衣・住関連新館を新設”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年9月9日)
  217. “マイカル、食品館+衣料・住関で「三木サティ」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年8月31日)
  218. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1358
  219. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp598
  220. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1365
  221. 富士エージェンシー制作「創立三十年記念誌 西大和ニュータウン『おかげさまで三十年』1993年12月1日、西大和開発・西大和サービス発行
  222. “マイカル西大和サティに12月1日複合映画館併設オープン 奈良県北葛城郡河合町”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年1月4日)
  223. 河合の「イオン西大和店」閉店”. 奈良新聞. 2022年2月6日閲覧。
  224. イオンシネマ西大和が8月21日閉館”. 奈良新聞. 2022年5月22日閲覧。
  225. “情報レーダー”. ショッピングセンター 1990年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年8月1日).pp54
  226. “米子ビブレ、2月25日にいったん閉鎖して三月初旬にはサティで再オープンへ 鳥取県米子市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年2月22日)
  227. “『米子サティ』オープン 商戦激化 注目される駅前”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (1990年6月30日)
  228. “ブランド そろえ米子ビブレ開店 JR米子駅前”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (1996年3月14日)
  229. “サティ交流広場廃止 米子市、賃借料解消へ”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2008年8月27日)
  230. “米子駅前2駐車場有料化へ 近隣との不平等解消”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2009年6月11日)
  231. “イオン米子駅前店の店舗棟 米子市に譲渡へ”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2015年10月27日)
  232. “開店を前に7千人並ぶ 松江サティ開業”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (1994年5月2日)
  233. “松江サティ商業面積1.3倍に”. 山陰中央新報 (山陰中央新報社). (2007年12月1日)
  234. “松江サティ増床へ 9月1日オープン”. 中国新聞 (中国新聞社). (2008年2月8日)
  235. “松江サティ、あす増床開店 大型SC競争激化へ”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2008年9月26日)
  236. “マイカル 松江サティ9月27日リニューアルオープン 島根県松江市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年10月6日)
  237. “中海圏域 流通戦国時代”. 日本海新聞 (新日本海新聞社). (2008年9月28日)
  238. 『中国年鑑 昭和60年版 別冊』 中国新聞社、1984年。 pp119
  239. “7月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1998年2月号 (ゼンセン同盟) (1998年2月1日).pp76
  240. 益田市誌編纂委員会 『益田市誌 下巻』 益田市、1978年6月30日。pp902
  241. 益田市誌編纂委員会 『益田市誌 下巻』 益田市、1978年6月30日。pp901
  242. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1479
  243. “第一種大規模小売店舗の小売業の公示”. 通産省公報 No.10125 (通商産業調査会) (1983年10月5日).pp6
  244. 川嶋光 “小売流通徹底研究 激戦期八〇年代!!小売流通の戦況と展望 ローカルスーパーは生き残れるか 広島県”. 総合食品 1981年1月号 (総合食品研究所) (1981年1月).pp98
  245. イオン尾道店 建て替えで19年2月に閉店 老朽化で”. 日本経済新聞 (2018年11月26日). 2019年5月27日閲覧。
  246. イオン尾道店閉店 イオンスタイル建設へ /広島”. 毎日新聞 (2019年3月2日). 2019年5月27日閲覧。
  247. 富永正 “我が社の防火管理”. 防火 1989年10月号 (日本防火・防災協会) (1989年10月1日).pp29
  248. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1493
  249. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp173
  250. イオン海田店、建て替えへ 18年2月いったん閉店”. 日本経済新聞 (2017年11月30日). 2019年5月27日閲覧。
  251. マックスバリュ西日本/イオン海田店跡地に「MV海田店」生鮮惣菜強化”. 流通ニュース (2019年5月23日). 2023年10月6日閲覧。
  252. “第一種大規模小売店舗の小売業の公示”. 通産省公報 No.10141 (通商産業調査会) (1983年10月25日).pp7
  253. 『流通会社年鑑 1998年版』 日本経済新聞社、1997年12月2日。
  254. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp176
  255. “イオン跡地を医療拠点に 廿日市市が土地建物取得へ”. 中国新聞(中国新聞社). (2014年9月25日)
  256. “イオンモール、地域密着型の大型SC「イオンモール広島祇園」を公開”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年5月4日). pp5
  257. “イオンモール、「イオンモール広島祇園」4月29日オープン 地域密着型のSC目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2009年3月18日). pp5
  258. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1515
  259. “マイカル「ニチイ防府店」を「防府サティ」に業態転換”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年2月22日). pp3
  260. “宝酒造が防府ビルをマイカルに貸与、3月開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年1月25日)
  261. “マイカル、「防府サティ」を改装オープン、買い回り性を向上”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年9月26日)
  262. “従業員 320人が入社式 来月からイオン防府店に”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社). (2011年2月28日)
  263. 「SC情報」『ショッピングセンター』7月1日、日本ショッピングセンター協会、1974年7月1日、8頁、NDLJP:2837985/5
  264. “3月から店名「イオン」/県内ジャスコ、サティ4店”. 四国新聞 (四国新聞社). (2011年1月26日)
  265. イオン坂出店が休業 約半世紀の歴史に幕 買い物客「毎日無かったらいかん店」 香川・坂出市 KSBニュース(2024年2月29日)2024年3月3日閲覧
  266. イオン坂出店休業へ 74年開業 取り壊し、新店検討”. 四国新聞 (2023年9月2日). 2023年9月2日閲覧。
  267. “イオン坂出店休業へ 74年開業 取り壊し、新店舗検討”. 四国新聞 (四国新聞社). (2023年9月2日)
  268. “地元安ど マイカル県内4店存続”. 四国新聞(四国新聞社).(2002年9月16日)
  269. “’95年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1995年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年12月1日).pp55
  270. “地域密着型のイオンへ/高松サティで「入社式」”. 四国新聞 (四国新聞社). (2011年3月1日)
  271. “地域に根ざす店づくり 高松サティ リニューアル”. 四国新聞 (四国新聞社). (2007年2月24日)
  272. “’99年開店SC一覧(1999年1月~12月)”. ショッピングセンター 2000年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (2000年1月1日).pp84
  273. “マイカル、「今治サティ」改装オープン、地場食品・衣料など強化”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年3月21日)
  274. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1548
  275. “高知サティ「イオン高知旭町店」に”. 高知新聞 (高知新聞社). (2011年2月24日)
  276. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp377
  277. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp374
  278. 『ショッピングセンター名鑑 1979年版』 日本ショッピングセンター協会、1979年11月20日。pp949
  279. “大野城SCをリニューアルオープン イオン九州 新規で39専門店が入居”. 週刊経済 2011年4月26日発行 No.1201 (地域経済センター) (2011年4月26日).
  280. “昭和52年度大規模小売店舗法施行状況”. 九州商工時報 1978年5月号 (九州商工協会) (1978年5月).pp16
  281. 平成22年度 北九州市商圏調査報告書 (Report). 北九州市. (2010年)
  282. “旧ダイエー原店跡に原サティオープン マイカル九州 3月8日、7年ぶりの新店”. 週刊経済 2007年3月6日発行 No.996 (地域経済センター) (2007年3月6日).
  283. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1615
  284. “福岡東サティ4月23日 福岡県志免町に開店”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年5月18日)
  285. “イオン戸畑SCをリニューアルオープン イオン九州 新規12専門店導入”. 週刊経済 2010年6月1日発行 No.1155 (地域経済センター) (2010年6月1日).
  286. “ジャスコ、サティ店名「イオン」に やまジャスも変更”. 佐賀新聞 (佐賀新聞社). (2011年1月25日)
  287. “ワーナー・マイカル上峰が閉館 13年の歴史に幕”. 佐賀新聞 (佐賀新聞社). (2010年4月28日)
  288. イオン上峰店が閉店、惜しむ声 「サティ」から地域と24年”. 佐賀新聞 (佐賀新聞社). (2019年3月1日)
  289. “開店予定情報”. ショッピングセンター 1988年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1988年11月1日).pp46
  290. “新たな大型商業施設・イオンタウン姶良、開業 市長、交流人口増へ期待感”. 朝日新聞(朝日新聞社). (2016年3月11日)
  291. “経済日誌”. 地域経済情報 1994年7月号 (鹿児島地域経済研究所) (1994年7月).pp39
  292. “鹿児島レポート 日商岩井が国分市に“寝耳に水”の大型SC計画”. 財界九州2002年10月号 (財界九州社) (2002年10月)
  293. “北雄ラッキー、「ラッキー星置店」4月にもオープン”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2002年3月8日)
  294. “札幌圏におけるチェ-ンストア化の動向と中小小売業の課題”. 中小企業金融公庫調査時報 1991年11月号 (中小企業金融公庫) (1991年11月1日).pp7
  295. “北海道ニチイが“新戦略”発表 大谷地店は百貨店並み プールやホールも併設”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1989年9月19日)
  296. “大谷地サティ閉店 営業13年 来店者、惜しむ声”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2002年10月17日)
  297. “札幌の大谷地サティが10月16日で閉店した 北海道札幌市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年11月18日)
  298. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2000年版』 東洋経済新報社、2000年。
  299. “マイカル北海道、「大谷地」開店で全道サティ化完了”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年10月18日)
  300. “色鮮やかな旬を提供 きょう「キャポ大谷地」開業”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2002年4月16日)
  301. “生まれ変わる閉鎖大型店舗 札幌で動き活発化 キャポ大谷地 集客増狙い32店入居/ポスフール西岡店 百貨店並み品ぞろえ”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2002年4月24日)
  302. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp35
  303. “北海道の手稲サティ、8月末で閉店が決定”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年5月18日)
  304. “「卸スーパー」開業 札幌の手稲サティ跡に 津司”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2005年6月17日)
  305. “大型ゲーム施設開店 手稲サティ跡 市内で最大規模”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2005年9月2日)
  306. 平成観光「KEINZ手稲店」建設進む 旧ニチイ手稲店跡地を利用”. 北海道リアルエコノミー (2017年7月14日). 2022年6月15日閲覧。
  307. パチンコ「KEIZ手稲店」12月下旬開業、平成観光初の北海道大型店”. 北海道リアルエコノミー (2017年12月18日). 2023年12月31日閲覧。
  308. “マイカル北海道、道内初の新業態生鮮主体の「新琴似サティ食品館」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年11月11日)
  309. “流通の旗手は今 検証・北海道現象 中 デフレの風の中で マイカル北海道、ラルズ、北雄ラッキー、北海道西友”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2001年8月8日)
  310. “新琴似サティ跡地を北雄ラッキーが買収し今春3月オープンへ 北海道札幌市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年1月25日)
  311. “全国小売流通特集:新店舗挑戦・グルメスーパー=ラッキー新琴似四番通店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年7月5日)
  312. “サッポロファクトリー、日本で初のフェスティブセンター、オープン3日間28万人来場”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年4月21日)
  313. “雪印乳業、北イタリア料理店「クリスタッロ」を9日、サッポロファクトリーにオープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年4月7日)
  314. 『流通会社年鑑 1981年版』 日本経済新聞社、1980年11月17日。
  315. 『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp501
  316. 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。 pp255
  317. 伊藤 1996, pp. 164–165.
  318. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp293
  319. 『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp500
  320. 伊藤 1996, pp. 166–167.
  321. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp946
  322. “スーパー一番店レポート ダイエーの真似して悪評を買うローカルの大将亀屋みなみチェーンのやりたい放題の中身”. 総合食品 1983年8月号 (総合食品研究所) (1983年8月).pp92-93
  323. 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp59
  324. “商店街のワクを広げる 八戸ショッピングプラザめでたくオープン”. デーリー東北 (デーリー東北新聞社).. (1971年10月8日)
  325. “ニチイ八戸店きょう閉店 4半世紀の歴史に幕”. デーリー東北 (デーリー東北新聞社).. (1996年9月1日)
  326. “ユニバース、来月で撤退”. 東奥日報 (東奥日報社). (1994年4月16日)
  327. “ニチイが4月撤退 中心街空洞化に拍車”. デーリー東北 (デーリー東北新聞社).. (1995年11月21日)
  328. “来年3月で閉店 盛岡南サティ”. 岩手日報 (岩手日報社). (2005年9月13日)
  329. “跡地の利用は未定”. 盛岡タイムズ (盛岡タイムス社). (2005年9月14日)
  330. 『イオン株式会社 2007年2月期 決算補足資料(82期)』イオン(株) (2007年4月6日)
  331. 『河北年鑑 昭和57年版』 河北新報社、1981年11月1日。 pp723
  332. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp119
  333. “サティ跡地にケーズ出店 盛岡都南地区、来春完成”. 岩手日報 (岩手日報社). (2010年7月15日)
  334. “閉店からはや3年、旧サティの解体始まる 跡地利用を検討へ”. 盛岡タイムズ (盛岡タイムス社). (2009年5月5日)
  335. 『流通会社年鑑 1986年版』 日本経済新聞社、1985年11月11日。pp178
  336. “「マイカル東北「ニチイ」店を全廃」”. 日経流通新聞 (日本経済新聞社). (1998年1月27日)
  337. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。
  338. 鈴木実 『火の人 佐々木光男伝』 丸光、1973年。
  339. 『読売年鑑 2003年版』 読売新聞社、2003年2月。ISBN 4643030011
  340. 『平成18年度マスターセンター補助事業 岩手県内13市(14地区)の中心市街地活性化に関する調査研究報告書』社団法人 中小企業診断協会岩手県支部. 2007年1月。
  341. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2003年版』 東洋経済新報社、2003年。
  342. “3、4月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1994年6月号 (ゼンセン同盟) (1994年6月1日).pp47
  343. 矢作弘 『都市はよみがえるか 地域商業とまちづくり』 岩波書店、1997年12月19日。ISBN 978-4000233262
  344. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp947
  345. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp120
  346. “マイカル東北が岩手県内の江刺サティ、宮古サティ、釜石サティの三店舗の閉鎖が決まる 岩手県”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年4月15日)
  347. 『全国繊維企業要覧 昭和64年版 東日本篇』 信用交換所大阪本社、1988年9月20日。pp1569
  348. 宮古市教育委員会 『宮古市史 年表』 宮古市、1991年3月30日。 pp523
  349. “八月閉鎖の宮古サティ跡は地元の民間新会社が取得しテナント方式で存続へ”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年7月18日)
  350. “8月閉鎖の宮古サティ店「テナント方式で存続」”. 岩手日報 (岩手日報社). (2002年7月31日)
  351. “再出発のキャトル宮古に大勢の買い物客”. 読売新聞 (読売新聞社). (2003年12月13日)
  352. “総合商業施設・キャトル宮古開店”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2003年12月13日)
  353. “キャトル宮古グランドオープン”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2004年1月18日)
  354. 宮古最大の商業施設「キャトル宮古」閉館 テナント撤退相次ぐ”. 河北新報. 2021年12月11日閲覧。
  355. 宮古市が駅前再開発「キャトル宮古」の建物と土地取得へ”. NHK. 2023年10月6日閲覧。
  356. “遠野サティ8月末で閉店後は地元協同遠野S・C中心に新S・Cとぴあに生れ変わる 岩手県遠野市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年8月26日)
  357. 川村等 “大型店と地元小売業の共存共栄の道を探る”. 岩手経済研究 1990年10月号 (岩手経済研究所) (1990年9月).pp17
  358. “遠野サティに代わるS・Cは12月1日開業目指す 岩手県遠野市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年6月17日)
  359. 市役所本庁舎開庁式”. 遠野テレビ (2017年9月4日). 2022年9月6日閲覧。
  360. 『自動車部品・用品名鑑 1983年版』 自動車産業通信社、1983年2月10日。pp902
  361. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年。pp149
  362. ファミリーデパートノムラ→サンホーユー原町店→ニチイ原町店→原町サティ(2002年5月31日閉店)
  363. 「オーナー登場 ファミリーデパートノムラ(原町市) 代表取締役社長 野村昭次郎氏 3店目の出店めざす」『福島民報』(福島民報社)1986年12月4日、朝刊7面、ふくしま経済面(福島民報縮刷版昭和61年12月号63頁)。
  364. 樋口芳明 “13日は防災の日”. 防火 1988年11月号 (日本防火・防災協会) (1988年11月1日).pp27
  365. “マイカルの古川サティが八月で閉店を決める 宮城県古川市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年5月17日)
  366. “9月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1987年11月号 (ゼンセン同盟) (1987年11月1日).pp53
  367. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp57
  368. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 1994年版』 東洋経済新報社、1994年。
  369. “マイカル東北が再生法を申請”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2001年9月24日)
  370. “3、4月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1994年6月号 (ゼンセン同盟) (1994年6月1日).pp46
  371. “旧能代サティ解体へ 地元業者が用地買収の方向”. 秋田魁新報 (秋田魁新報社). (2008年11月21日)
  372. “能代サティの活用手法を学ぶ―TMO能代”. 河北新報 (河北新報社). (2003年1月18日)
  373. “「共同出資会社設立を」/旧能代サティの再活用/コンサルタント提案”. 秋田魁新報 (秋田魁新報社). (2003年5月15日)
  374. “建物「再活用型」で開業へ/旧能代サティ”. 河北新報 (河北新報社). (2003年5月5日)
  375. “「サティ問題、仕切り直し/能代商工会議所」再利用方針を白紙撤回”. 河北新報 (河北新報社). (2003年11月26日)
  376. “能代市・「旧サティ再開発案検討」”. 河北新報 (河北新報社). (2004年3月3日)
  377. “能代商工会議所 サティ跡の再開発提案”. 河北新報 (河北新報社). (2004年5月25日)
  378. “市議会開会「海潮園を旧サティ跡に」”. 河北新報 (河北新報社). (2004年6月10日)
  379. “「サティ問題、再び動く-能代」テラタが事業化の意向:国・県補助の活用で!!”. 河北新報 (河北新報社). (2005年12月8日)
  380. 『山形県年鑑 昭和58年版』 山形新聞社、1982年10月。pp703
  381. 米沢市史編さん委員会 『米沢市史 第5巻 現代編』 米沢市、1996年3月31日。
  382. 1972年の出店当初は、紅丸商事の「ベニマル」の店名。
  383. 『山形県年鑑 昭和58年版』 山形新聞社、1982年10月。pp627
  384. 山形市史編さん委員会 『山形市史 現代編』 山形市、1981年。
  385. “山形ビブレ1月10日に閉店 山形県山形市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年2月7日)
  386. “「どうする県都の玄関口」JR山形駅東口 空き地続く旧ビブレ跡地”. 河北新報 (河北新報社). (2005年9月6日)
  387. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp948
  388. “ようやく審議再開新庄市商調協”. とうほく財界 1984年9月号 (東日本出版) (1984年9月).pp36
  389. 「Nマート福島店がオープン」『福島民報』(福島民報社)1978年3月19日、朝刊12面、県北版(福島民報縮刷版昭和53年3月号308頁)。
  390. 商工ニュース「【福島】東北ニチイNマート福島店開店」『福島民報』(福島民報社)1978年3月18日、朝刊16面、県北版(福島民報縮刷版昭和53年3月号288頁)。
  391. 「集金車(東邦銀行)の1900万円奪われる」『福島民報』(福島民報社)1979年3月6日、朝刊1面(福島民報縮刷版昭和54年3月号91頁)。
  392. 『特集 日本のスーパーマーケット 食品流通年報1972年版』 日本食糧新聞社、1971年11月25日。pp206
  393. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp294
  394. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 1996年版』 東洋経済新報社、1996年。
  395. 『全国繊維企業要覧 昭和62年版 東日本篇』 信用交換所大阪本社、1986年9月20日。pp1440
  396. 「大郡山本宮版「商工ニュース【本宮】「本宮ファミリーがオープン」」『福島民報』、1980年12月7日、朝刊(『福島民報昭和55年12月』郡12頁)。
  397. “赤トリヰ本宮店跡地にベニマル店舗を移転”. 福島民友新聞 (福島民友新聞社). (2011年3月8日)
  398. 『河北年鑑 昭和53年版』 河北新報社、1977年11月。pp132
  399. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp200
  400. 「遊園地とデパートが一緒 須賀川市の赤トリヰ・グリーンモール きょうオープン」『福島民報』(福島民報社)、1981年(昭和56年)10月27日、朝刊12面、ワイド地方版(『福島民報縮刷版昭和56年10月号』、510頁)。
  401. “マイカル福島「赤トリヰ」に社名変更 3月1日スタート”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年2月17日)
  402. “須賀川の赤トリヰグリーンモール、閉店”. 福島民報 (福島民報). (2011年4月30日)
  403. “複合商業施設オープン フレスポ須賀川グリーンモール” 福島民友新聞 (福島民友新聞社). (2013年9月21日)
  404. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp198
  405. 「初日に4万人も詰めかける 原町の大型デパート・ノムラ」『福島民報』(福島民報社)1979年4月1日、朝刊15面、相双版(福島民報縮刷版昭和54年4月号相1頁)。
  406. 「23年余りの歴史に幕 原町サティが閉店」『福島民報』(福島民報社)2002年6月1日。
  407. 「オーナー登場 ファミリーデパートノムラ(原町市) 代表取締役社長 野村昭次郎氏 3店目の出店めざす」『福島民報』(福島民報社)1986年12月4日、朝刊7面、ふくしま経済面(福島民報縮刷版昭和61年12月号63頁)。
  408. 「「原町サティ」オープン」『福島民報』(福島民報社)1996年9月28日、朝刊15面(福島民報縮刷版平成8年9月号665頁)。
  409. “南相馬市役所 大町南災害公営住宅の実施設計を委託 田畑建築設計に決定” 建設新聞 (建設新聞社). (2013年8月2日)
  410. 『福島民報年鑑 昭和58年度版』 福島民報社、1982年11月1日。
  411. 『日本繊維商社銘鑑 昭和39年版 上巻』 信用交換所大阪本社、1965年2月20日。pp1468
  412. 『日本商業年鑑 1971年版』 商業界、1971年。
  413. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp184
  414. 五十嵐勇作 『会津歴史年表』 会津史学会、1994年。
  415. “会津サティ閉店へ 来年6月末”. 河北新報 (河北新報社). (2008年11月14日)
  416. “会津サティ:閉店 最後のセール好調 大半の従業員、再就職先未定”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2009年7月1日)
  417. “会津サティが27年の歴史に幕 中心市街地の空洞化懸念”. 福島民友新聞 (福島民友新聞社). (2009年7月1日)
  418. 『イオン株式会社 2010年2月期 決算補足資料(85期)』イオン(株) (2010年4月6日)
  419. 福島民報』(福島民報社) 1971年(昭和46年)6月1日 朝刊16面、会津版 広告より。
  420. 「ニチイ若松ショッピングデパートきょうオープン」『福島民報』(福島民報社)1982年7月1日 朝刊・「8万5千人の買い物客 駅前再開発に期待 にぎやかに開店」『福島民報』(福島民報社) 1982年7月2日 朝刊。
  421. 「13日オープンの会津サティ 東北初の生活百貨店 初日から大にぎわい」『福島民報』(福島民報社)1993年3月15日 朝刊。
  422. “会津サティ跡地利用検討へ きょう閉店 マイカルなどが協議会”. 読売新聞 (読売新聞社). (2009年6月30日)
  423. “マイカルも再開発参加 会津若松駅前のサティ跡地一帯”. 河北新報 (河北新報社). (2009年7月3日)
  424. “若松駅前再開発協が解散へ 協議は今後も継続”. 福島民報 (福島民報). (2012年1月28日)
  425. 平成20年第5回沼田市議会定例会継続会会議録 議事日程第3号 (Report). 沼田市議会. (2008年12月5日)
  426. “下館サティ8月末で撤退し、そのあとで売却!茨城県下館市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年4月11日)
  427. 中西公一 (2006年3月13日). “スーパーエコス閉店から2カ月…後継店選びが難航 筑西市”. 東京新聞 (中日新聞社)
  428. 中西公一 (2009年4月11日). “駅前再開発ビル『スピカ』市街地活性化へ再生を”. 東京新聞 (中日新聞社)
  429. “エコスが来月16日閉店 下館駅前再開発ビル”. 東京新聞 (中日新聞社). (2005年12月28日)
  430. “オープン情報=エコス「エコス境SC店」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2008年4月23日)
  431. 4月24日、茨城県境町にエコス境SC店がオープンします (Report). エコス. (2008年4月18日)
  432. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp251
  433. “「トライアル」が開店/旧サティ跡をリニューアル/大田原市”. 下野新聞 (下野新聞社). (2004年6月10日)
  434. 『ショッピングセンター名鑑 1976年度版』 日本ショッピングセンター協会、1976年4月30日。pp89
  435. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp256
  436. 戸所隆 『商業近代化と都市』 古今書院、1991年11月1日。ISBN 978-4772217156
  437. “旧ニチイ前橋店解体し跡地を駐車場に! 群馬県前橋市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年6月22日)
  438. “県内経済記事”. 調査月報 1993年12月号 (群馬経済研究所) (1993年12月).pp53
  439. “前橋サティ10月閉店”. 上毛新聞 (上毛新聞社). (2010年4月17日)
  440. “スポット”. アミューズメント産業 1993年11月号 (アミューズメント産業出版) (1993年11月1日).pp66
  441. “2010年 重大ニュース(5)前橋の大型2店撤退 郊外型出店で打撃”. 上毛新聞(上毛新聞社). (2010年12月18日)
  442. 『イオン株式会社 2011年2月期 決算補足資料(86期)』イオン(株) (2011年4月6日)
  443. “カスミ12月開店へ ドラッグストアも検討・旧前橋サティ”. 上毛新聞 (上毛新聞社). (2011年8月22日)
  444. “前橋サティ、10月閉店”. ぐんま経済新聞(群馬経済新聞社). (2010年4月22日)
  445. 菅原洋 (2011年6月22日). “旧前橋サティ「商業ビル再生」明記新中期経営計画”. 東京新聞 (中日新聞社)
  446. “オープン情報=カスミ「フードマーケットカスミ前橋リリカ店」”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2011年11月16日)
  447. “国内最大の「ブックオフ」前橋に”. ぐんま経済新聞 (群馬経済新聞社). (2011年11月12日)
  448. “にぎわい復活 リリカ開店に2000人行列・前橋サティ跡”. 上毛新聞(上毛新聞社). (2011年12月9日)
  449. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp260
  450. 松橋寛 “大手チェーンの62年度出店計画(下〉”. 企業と広告 1987年4月号 (チャネル) (1987年4月).pp38
  451. 『高崎市総合計画』 高崎市、1981年12月。pp234
  452. 増田勝彦 (2014年4月1日). “高崎ビブレ:閉店 38年の歴史に幕”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  453. 『ショッピングセンター名鑑 1976年度版』 日本ショッピングセンター協会、1976年4月30日。pp90
  454. “流通トピックス”. 激流 1984年3月号 (国際商業出版) (1984年3月).pp10-13
  455. 伊勢崎市制四十年誌編集委員会 『伊勢崎市制四十年誌』 伊勢崎市、1981年。
  456. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp111
  457. 雨笠忠一 “Members Now 127 「お客様第一主義」を掲げる地元主導型SC「ラブ」”. ショッピングセンター 1998年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年11月1日).pp23
  458. “群馬県の太田サティにマイカルの管財人が契約解除の通知”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年4月1日)
  459. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp267
  460. 『太田市史 通史編 近現代』 太田市、1994年。
  461. “太田高林サティ跡地にフレッセイが出店 群馬県太田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年5月6日)
  462. “届出情報”. ショッピングセンター 1989年3月号 (日本ショッピングセンター協会) (1989年3月1日).pp90
  463. “ニチイ「沼田サティ」開店、初のSCキー店で”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年4月21日)
  464. “沼田都市開発『法的整理も視野に』”. 東京新聞 (中日新聞社). (2010年5月13日)
  465. “沼田市が建設の複合商業施設「グリーンベル21」完成 新たな核として役割を担う”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年4月23日)
  466. “大型店出店に内装補助 グリーンベル21で沼田市”. 上毛新聞 (上毛新聞社). (2012年4月4日)
  467. “長崎屋が来月撤退 グリーンベルと市 後継店誘致に全力 サンバード沼田店”. 上毛新聞 (上毛新聞社). (2008年4月18日)
  468. “沼田サティ跡には11月上旬Aコープ群馬オープン 群馬県沼田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年10月7日)
  469. “沼田都市開発「抜本改革困難なら法的整理検討も」”. 読売新聞 (読売新聞社). (2010年5月13日)
  470. “グリーンベル取得へ 4億円超か 市庁舎移転も視野 沼田市”. 上毛新聞 (上毛新聞社). (2014年10月8日)
  471. 米川康(2015年1月8日). “沼田市:グリーンベル21、全体の取得完了”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  472. 井上実于(2015年1月8日). “グリーンベル全体、沼田市が購入終了 三セク解散検討”. 朝日新聞(朝日新聞社)
  473. “グリーンベル、残ったFM局移転 沼田市、費用負担も”. 朝日新聞(朝日新聞社). (2015年6月11日)
  474. 渋川市市誌編さん委員会 『渋川市誌 第3巻 通史編 下 近代・現代』 渋川市、1991年3月。pp837
  475. 『渋川倉庫株式会社九十年史』 渋川倉庫、1990年。
  476. “今秋、渋川サティ跡1階に【カルチャー】”. ぐんま経済新聞 (群馬経済新聞社). (2009年8月6日)
  477. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp272
  478. 沿革”. 渋川倉庫株式会社. 2023年10月7日閲覧。
  479. “買い物難民(1)大型店も撤退 高齢者悲鳴”. 読売新聞 (読売新聞社). (2009年6月2日)
  480. 浦和市市史編さん室 『浦和市史 第5巻 現代史料編2』 浦和市、2000年3月30日。 pp353
  481. 『埼玉年鑑 昭和60年版 本編』 埼玉新聞社、1984年11月1日。pp490
  482. 三家英治『商業集積地における大規模小売店の競合分析-1-』 京都学園大学論集 第11巻 第3号 (京都学園大学学会) (1983年3月)。pp101
  483. 浦和市市史編さん室 『浦和市史 第5巻 現代史料編Ⅰ』 浦和市、1999年3月30日。
  484. 『流通会社年鑑 1980年版』 日本経済新聞社、1979年11月12日。pp63
  485. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 152.
  486. “地域別大規模小売店売上、効率ランキングNo.3 埼玉、千葉、茨城編”. ヤノニュース 1977年9月15日号 (矢野経済研究所) (1977年9月15日).pp15
  487. 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。 pp128
  488. “地域別大規模小売店売上、効率ランキングNo.3 埼玉、千葉、茨城編”. ヤノニュース 1977年9月15日号 (矢野経済研究所) (1977年9月15日).pp14
  489. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 151.
  490. “大店法の規制緩和と大手スーパーの動向”. 日本債券信用銀行調査時報 No.111 (日本債券信用銀行) (1991年3月).pp18
  491. 川越市市史編纂室 『川越市史 第5巻 現代編Ⅱ』 川越市、1981年12月。
  492. 永野征男 『都市地理学研究ノート』 冨山房インターナショナル、2009年12月。ISBN 978-4902385816
  493. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp556
  494. “開店ニュース”. 販売革新 1969年9月号 (アール・アイ・シー) (1969年9月).pp159
  495. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp184
  496. 『志木市史 通史編 下 近代・現代』 志木市、1989年3月31日。 pp559
  497. 『自動車部品・用品名鑑 1987年版』 自動車産業通信社、1986年12月25日。pp749
  498. 寺阪昭信・平岡昭利・元木靖 『関東 Ⅱ 地図で読む百年 埼玉・茨城・栃木・群馬』 古今書院、2000年3月10日。ISBN 978-4772230278、17頁。
  499. 菅野峰明・佐野充・谷内達日本の地誌 5 首都圏I』 朝倉書店、2009年4月25日。ISBN 978-4-254-16765-8
  500. “地域別大規模小売店売上、効率ランキングNo.3 埼玉、千葉、茨城編”. ヤノニュース 1977年9月15日号 (矢野経済研究所) (1977年9月15日).pp13
  501. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp950
  502. 築山明徳 “カテゴリーマネジメントで核売場をつくる”. 販売革新 1995年11月号 (アール・アイ・シー) (1995年11月).pp190-192
  503. “ニチイ、「武蔵浦和サティ食品館」開店 オリジナル・専門店充実”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年10月6日)
  504. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp555
  505. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp120
  506. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp325
  507. “オープン情報=カスミ「フードスクエア三郷駅前店」”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2005年12月2日)
  508. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp308
  509. “マイカル「本庄サティ」好調推移 専門店の強化で売上高増”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年9月19日)
  510. “SCINFORMATION”. ショッピングセンター 1996年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年10月1日).pp73
  511. “ニチイ、8日開店の「岩槻サティ」“時間消費型”狙う”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年3月18日)
  512. “来年3月閉店へ 住民、駅前の衰退懸念 岩槻サティ”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社). (2009年9月5日)
  513. “岩槻区役所 再開発ビルに移転方針”. 東京新聞 (中日新聞社). (2010年5月18日)
  514. “ニチイ、「岩槻サティ」開店 直営で100億円目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年3月11日)
  515. “新岩槻区役所が開庁 活性化に期待”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社). (2012年1月5日)
  516. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp136
  517. “1ケタ成長,地方スーパー健闘-「小売業調査」より”. 生協運営資料 1982年8月号 (日本生活協同組合連合会) (1982年8月).pp108-109
  518. 『全国繊維小売総覧 東日本篇 1986』 東京信用交換所、1985年11月30日。pp99
  519. 『全国繊維企業要覧 昭和64年版 西日本篇』 信用交換所大阪本社、1988年9月20日。pp1569
  520. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp475
  521. 高井眞・橋本徹 『大阪経済のダイナミズム 企業環境の変遷と展望』 清文社、1990年3月。ISBN 978-4792018009
  522. “マイカル、旗艦店の原宿表参道ビブレを10月22日で閉店へ 東京都渋谷区”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年6月12日)
  523. 近藤公彦 『業態開発におけるイノベーションと競争 ビブレのケース』 流通研究 第5巻第1号 (日本商学学会) (2002年)
  524. “三菱商事が「原宿表参道ビブレ」買収 東京都渋谷区”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年11月30日)
  525. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp197
  526. “ビッグストアの出店をめぐる話題”. 販売革新 1969年4月号 (アール・アイ・シー) (1969年4月).pp13
  527. 『ショッピングセンター名鑑 1976年度版』 日本ショッピングセンター協会、1976年4月30日。pp184
  528. “マイカルの大船サティなど4店舗閉鎖へ”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2001年7月27日)
  529. “SC情報”. ショッピングセンター 1974年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1974年8月1日).pp60
  530. “スクラップはやらないというニチイの強気な戦略”. 総合食品 1978年11月号 (総合食品研究所) (1978年11月).pp120-121
  531. “トピックス ニュースージャーナル”. 商業界 1978年9月号 (商業界) (1978年9月).pp47-55
  532. 『全国繊維小売総覧 東日本篇 1986』 東京信用交換所、1985年11月30日。pp1155
  533. “ライフコーポレーション、「ライフ大船店」オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年5月8日)
  534. “「ライフ大船店」4月23日(火)オープン 神奈川県横浜市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年5月20日)
  535. “ライフ、大船駅前の大型複合施設「グランシップ」に出店、年商40億円目標”. ダイヤモンド・チェーンストア・オンライン. (2021年2月24日). https://diamond-rm.net/store/76543/ 2024年1月5日閲覧。
  536. “大舟駅前 グランシップに「イセタン」”. タウンニュース. (2021年2月24日). https://www.townnews.co.jp/0112/2021/05/27/575890.html
  537. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp604
  538. 小口牧通 “ニチイ辻堂店の「品種から品態MDingへ」の新挑戦 ファッションでつけた自信を食分野の改革に向ける”. 販売革新 1984年12月号 (アール・アイ・シー) (1984年12月).pp106-112
  539. “(1)「ニューSC」元年であった昭和59年”. ショッピングセンター 1984年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1984年12月1日).pp23
  540. “マイカル、5店閉鎖決定、合計で28店に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年12月23日)
  541. “「サティ」が100店舗に、ニチイが辻堂店をリニューアル”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年10月30日)
  542. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp610
  543. 『食品流通の現状と50年代への展開 食品流通年報1974年版』 日本食糧新聞社、1974年5月25日。pp291
  544. 荒屋勝 “スーパーマーケット情報”. 食品と科学 1973年1月号 (食品と科学社) (1973年1月).pp64-66
  545. 『小田原市史 通史編 近現代』 小田原市、2001年3月28日。
  546. “旧小田原ビブレ跡に「アプリ」4月27日オープン 神奈川県小田原市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年4月27日)
  547. 西川立一 “相模大塚サティ食品館 惣菜ショップを集客の柱に「質」を高める”. 販売革新 1996年11月号 (アール・アイ・シー) (1996年11月).pp146-148
  548. “マイカル、9月26日開店「相模大塚サティ食品館」 必需品+こだわり商品揃える”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年10月7日)
  549. “いなげや、大和相模大塚店オープン、デイリーユース重視”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年11月12日)
  550. “長崎屋、「HC相模大塚店」開店 サティと相乗効果”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年9月25日)
  551. “マイカル、「相模大塚サティ食品館」開店 生活便利目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年9月27日)
  552. “県内経済トピックス(7月を中心として)”. 山梨中央銀行調査月報 1996年9月 No.239 (山梨中央銀行) (1996年9月).pp11
  553. “辰野サティ、2月28日閉店 長野県上伊那郡辰野町”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年3月31日)
  554. “辰野新病院周辺を商業用地に 宅地開発も検討”. 長野日報 (長野日報社). (2011年6月10日)
  555. “マイカル、4店追加閉鎖へ”. 産経新聞 (産経新聞社). (2002年7月24日)
  556. 『長野県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp99
  557. 『全国商業通覧 第3回 1985年版 東日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2597
  558. 『ショッピングセンター名鑑 1979年版』 日本ショッピングセンター協会、1979年11月20日。pp497
  559. 『事業所名鑑 昭和63年版 本編』 総務庁統計局、1988年12月。pp1034
  560. 『長野県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp113
  561. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp706
  562. 『全国繊維企業要覧 昭和54年版 東日本篇』 信用交換所大阪本社、1978年9月20日。pp1418
  563. 『全国商業通覧 第3回 1985年版 東日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2598
  564. 『ショッピングセンター名鑑 1979年版』 日本ショッピングセンター協会、1979年11月20日。pp498
  565. 『長野県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp82
  566. 『長野県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp96
  567. 『全国商業通覧 1982年版 東日本』 通商産業調査会、1982年4月28日。pp2354
  568. 『長野県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp200
  569. 高原正文 『安曇野市中心市街地の近代史(下)豊科市街地の生活環境と郡都機能の消長』 信濃 第62巻 第9号 (信濃史学会) (2010年9月20日)。pp737
  570. 『全国商業通覧 1982年版 東日本』 通商産業調査会、1982年4月28日。pp2356
  571. 『長野県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp176
  572. “3、4月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1994年6月号 (ゼンセン同盟) (1994年6月1日).pp51
  573. 『新潟県年鑑 1982年版』 新潟日報社、1981年10月10日。pp106
  574. 『新潟県年鑑 1983年版』 新潟日報社、1982年10月1日。pp113
  575. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp663
  576. “新潟県内の豊栄サティと巻アイビス2月28日閉店 新潟県”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年3月31日)
  577. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp254
  578. 『「豊栄サティ」が開店 豊栄』平成3年6月28日読売新聞朝刊22面新潟読売下越県央
  579. “豊栄サティ跡地に ウオロク葛塚店 新潟県新潟市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2010年3月8日)
  580. “マイカル 中条サティも閉鎖 追加5店発表 新潟、県央は継続”. 新潟日報 (新潟日報社). (2002年12月21日)
  581. “上越・糸魚川サティあす閉店 商業の核どう再建 後継店舗探し大詰め 上越 買収準備へ市が予算 糸魚川”. 新潟日報 (新潟日報社). (2002年8月30日)
  582. “マイカル 上越・糸魚川サティ閉鎖 全国で計19店 収益改善見込めず”. 新潟日報 (新潟日報社). (2002年1月29日)
  583. “スーパー「イチコ」糸魚川に来夏初出店 サティ跡地 上越ではSCも開業”. 新潟日報 (新潟日報社). (2008年9月26日)
  584. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp661
  585. 『糸魚川市史 昭和編 年表・索引』(2007年3月31日、糸魚川市発行)50ページ。
  586. “糸魚川サティの経営主体 マイカル新潟からマイカル北陸へ 来月1日再オープン”. 新潟日報 (新潟日報社). (1999年2月5日)
  587. “糸魚川サティ閉鎖“核”探す間営業を 説明会でテナントが要請”. 新潟日報 (新潟日報社). (2002年4月16日)
  588. “糸魚川サティ跡地 市の買収遠のく マイカルが他社に売却”. 新潟日報 (新潟日報社). (2003年3月12日)
  589. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp668
  590. 『新潟県年鑑 1983年版』 新潟日報社、1982年10月1日。pp794
  591. 『新潟県年鑑 1981年版』 新潟日報社、1980年10月1日。 pp117
  592. “大型店届出情報”. ショッピングセンター 1996年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年6月1日).pp87
  593. “マイカル、今期の閉鎖店まず8店決定”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2001年3月23日)
  594. “流通ニュース”. いっとじゅっけん 1985年11月号 (経済産業調査会) (1985年11月).pp45
  595. 『新潟県年鑑 1984年版』 新潟日報社、1983年10月1日。pp110-111
  596. “激戦地レポート 新潟市(新潟県) 郊外を抑え込まれ、苦戦する中心市街の大型店群”. 激流 2000年11月号 (国際商業出版) (2000年11月).pp62-67
  597. 『新潟県年鑑 1986年版』 新潟日報社、1985年10月1日。pp781
  598. 西川立一 “2万5000m²160億円都市型複合専門百貨店の中身”. 販売革新 1997年10月号 (アール・アイ・シー) (1997年10月).pp163-166
  599. “マイカル北陸、「黒部サティ」開店 食品フロア600坪”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年8月18日)
  600. “富山県 ユニー、黒部サティ継承へ『アピタ店』来春オープン”. 北陸中日新聞 (中日新聞社). (2003年10月23日)
  601. 北日本新聞』2003年7月1日付朝刊32面『黒部サティ 最終セールにぎわう 従業員涙ながらに見送り』より。
  602. 『北日本新聞』1994年5月13日付朝刊6面『「黒部サティ」開設申請 北陸ニチイ 来年秋にもオープン』より。
  603. “サティ跡地、ユニー 居抜き出店 三重と富山、来期中に”. 日経MJ (日本経済新聞社). (2004年1月29日)
  604. “アピタ黒部店 4月17日オープン 富山県黒部市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年5月24日)
  605. 北日本新聞 2017年1月13日付1面『アピタ黒部店閉店』より
  606. 北日本新聞 2017年7月22日付28面『アピタ跡地「入居の協議聞いている」』より。
  607. 富山新聞 2017年10月24日付5面『PLANTが出店検討 8月閉店のアピタ黒部店跡地』より
  608. 北日本新聞 2018年12月18日付5面『旧アピタ黒部店取り壊し始まる ユニー 来夏完了予定』より。
  609. 『北日本新聞』2022年7月23日付6面『黒部にアルビス新店 旧アピタ跡地』より。
  610. ナフコ 黒部店をオープン(DIAMOND Chain Store Online、2022年9月21日)
  611. 『北日本新聞』1990年3月14日付朝刊5面『ニチイ黒部出店 来秋開店へ準備本格化 用地交渉ほぼ同意』より。
  612. 『北日本新聞』1990年10月20日付朝刊6面『北陸ニチイ 黒部進出を白紙撤回 用地所得見通し立たず』より。
  613. “’95年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1995年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年12月1日).pp56
  614. 『砺波市五十年史』(2004年3月25日、砺波市発行)312ページ「郊外型店舗の隆盛」より。
  615. 『砺波市五十年史』(2004年3月25日、砺波市発行)282ページより。
  616. “砺波サティ食品館跡に「テックランド砺波店」2月14日オープン 富山県砺波市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年3月27日)
  617. 五十嵐宅雄 “店舗診断 高岡サティ(富山県) ショッピングの業態ポジションを確立”. 販売革新 1997年5月号 (アール・アイ・シー) (1997年5月).pp58-62
  618. “1993年オープンSC一覧(146SC)”. ショッピングセンター 1993年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年12月1日).pp90
  619. “閉店惜しみ2万人 ショッピングセンター「高岡サティ」16年の歴史に幕”. 富山新聞 (北國新聞社). (2009年1月13日)
  620. “高岡サティ来年1月で閉店 赤字続きで再建断念”. 富山新聞 (北國新聞社). (2008年5月15日)
  621. “高岡サティ、1月撤退 競争激化で業績低迷”. 北日本新聞 (北日本新聞社). (2008年5月15日)
  622. “高岡サティ跡地に今秋にもホームセンタームサシ開業「食品館」を併設”. 富山新聞 (北國新聞社). (2011年2月11日)
  623. “新幹線見据え出店・改装 高岡駅南にムサシ”. 北日本新聞 (北日本新聞社). (2011年11月22日)
  624. “高岡サティ跡にホームセンター”. 読売新聞 (読売新聞社). (2011年2月18日)
  625. “これだけは見ておきたい店舗リスト一覧”. 販売革新 1993年4月号 (アール・アイ・シー) (1993年4月).pp204-211
  626. “春江サティ食品館閉鎖、マイカル本県撤退”. 福井新聞 (福井新聞社). (2001年3月16日)
  627. “専門店化・大型化に傾斜するニチイ 〝脱スーパー路線〟の象徴・MYCAL路線も成熟の兆し”. 実業往来 1992年7月号 (実業往来社) (1992年7月).pp25
  628. “福井県芦原町の芦原サティ八月二十八日で閉店 福井県坂井郡芦原町”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年9月4日)
  629. 『福井県史 通史編6 近現代二』 福井県、1996年。
  630. “バロー特集:グループ企業紹介=岐東ファミリーデパート”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2005年7月23日)
  631. “機関決定事項・内容”. 月刊ゼンセン 1996年7月号 (ゼンセン同盟) (1996年7月1日).pp63
  632. “SC開店予定(9月)”. ショッピングセンター 1995年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年9月1日).pp75
  633. “届出情報”. ショッピングセンター 1994年2月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年2月1日).pp82
  634. “バロー、「バロー関ひがし店」改装オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年3月13日)
  635. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp860
  636. “旧サティ土岐店昨年末からバローグループに”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年2月25日)
  637. “日本のSC参考図”. ショッピングセンター 1981年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1981年11月1日).pp47
  638. “日本のSC ニチイ羽島ショッピングデパート”. ショッピングセンター 1981年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1981年11月1日).pp3
  639. “羽島サティ来春2月閉店し撤退へ 岐阜県羽島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年11月27日)
  640. “トミダヤが旧羽島サティを買収し6月末にも一階オープンをめざす 岐阜県羽島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年4月25日)
  641. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp575
  642. “見直される商店街と大型店の関係 中心商業地の再活性化に向けて”. SERI monthly 1997年5月号 (静岡経済研究所) (1997年5月).pp3
  643. 『浜松商店界連盟創立50周年記念誌 行きたくなる、歩きたくなる そんな街したくて50年』 浜松商店界連盟事務局、1998年。
  644. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp727
  645. “本紙ふれあいクッキング、浜松・ニチイ宮竹店で開催”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年3月17日)
  646. “マイカル・宮竹サティ8月31日で撤退!静岡県浜松市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年9月10日)
  647. 赤野嘉春(2015年10月30日). “ヨーカドー宮竹店とウエスト 閉店2棟解体へ”. 中日新聞 (中日新聞社)
  648. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp731
  649. 棟田他喜男 『現代ビジネス用語 即戦力 1996』 朝日出版社、1996年1月。ISBN 978-4255950310
  650. “市政の課題 南北分断解消に仮設通路案 沼津市長選を前に”. 読売新聞(読売新聞社). (2012年10月20日)
  651. “地域の核店舗として、地域商店街の再活性化へ寄与するために 富士ショッピングセンターパピー”. ショッピングセンター 1992年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1992年12月1日).pp47
  652. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp574
  653. “ホットプレイス訪問(17)パピー 核店舗撤退の苦境からよみがえった駅前ショッピングビル”. 専門店 1996年4月号 (協同組合連合会日本専門店会連盟) (1996年4月).pp30-33
  654. “SC INFORMATION”. ショッピングセンター 1995年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年6月1日).pp84
  655. “ニチイ、愛知県下初出店の「豊田サティ」好調な出足”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年5月10日)
  656. “5月末で閉店の豊田サティ後継テナントはトヨタ生協 愛知県豊田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年5月20日)
  657. 安倉良二『日本の商業政策の転換による大型店の立地再編と中心市街地への影響に関する地理学的研究 早稲田大学〈博士(学術) 乙第2375号〉、2013年。hdl:2065/40253NAID 500000574810https://id.ndl.go.jp/bib/024808172
  658. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1012
  659. “SC情報”. ショッピングセンター 1976年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1976年5月1日).pp10
  660. “マイカル、23日に鈴鹿サティ開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1998年10月9日)
  661. “鈴鹿サティきょう閉店 映画館やボウリング場も”. 中日新聞 (中日新聞社). (2002年8月31日)
  662. “鈴鹿サティ開店から三年八ヶ月で八月末で閉店 三重県鈴鹿市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年6月6日)
  663. “アピタ鈴鹿店10月22日オープン 三重県鈴鹿市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年11月11日)
  664. “マイカル「鈴鹿サティ」開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1998年11月18日)
  665. 『特集 日本のスーパーマーケット 食品流通年報1972年版』 日本食糧新聞社、1971年11月25日。pp235
  666. 『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp119
  667. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp961
  668. 『三重県地域防災計画添付資料 昭和58年修正』 三重県防災会議、1982年。pp470
  669. “ニチイ、三重県上野市から撤退”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年9月18日)
  670. 『平成14年度創業・起業促進型人材育成システム開発等事業 (大型閉鎖店舗再生等対策の総合プロデュース人材育成事業) 報告』 経済産業省、2004年3月31日。
  671. “上野市にジャスコ南下で“激戦の前兆””. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1994年1月31日)
  672. “近畿・中国・四国版 新店開店情報”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年3月18日)
  673. “平和堂、「アル・プラザ栗東」オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年4月25日)
  674. “平和堂、「栗東サティ」跡に出店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年2月28日)
  675. “マイカル破たん 地域経済への影響懸念 京滋企業は商品引き揚げも”. 京都新聞 (京都新聞社). (2001年9月15日)
  676. “平和堂のアル・プラザ栗東 栗東サティ跡地にオープン 滋賀県栗東市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年5月12日)
  677. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 406.
  678. 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。 pp130
  679. 『日本スーパーマーケット名鑑 1969年版』 商業界、1969年。pp406
  680. 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp199
  681. 『徳島年鑑 1982年版』 徳島新聞社、1982年5月10日。
  682. “「河原町ビブレ」7月閉店 開業40年、商圏変化響く”. 京都新聞(京都新聞社).(2012年2月3日)
  683. “京都『河原町ビブレ』跡地にマンション計画、住民ら中止を要求”. 京都新聞(京都新聞社).(2012年8月30日)
  684. “マイカル、「河原町ビブレ」改装オープン、「ロフト」を導入”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2003年2月7日). pp10
  685. “河原町ビブレ「ロフト」導入し 1月29日(水)改装オープン 京都府京都市” タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年2月17日)
  686. 日本スーパーマーケット名鑑 1970, p. 400.
  687. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp138
  688. 赤司一路 『スーパーニチイの経営 商人道を追求する企業集団』 評言社、1978年3月15日。pp228
  689. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 407.
  690. 「宝ケ池ビブレが3月1日オープン 京都」『朝日新聞』、1991年2月26日、朝刊、京都。
  691. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp137
  692. 『流通会社年鑑 1986年版』 日本経済新聞社、1985年11月11日。pp184
  693. 『流通会社年鑑 1981年版』 日本経済新聞社、1980年11月17日。
  694. “桂サティに渋滞の緩和求める 京都市大店審 駐車場の縮小”. 京都新聞 (京都新聞社). (2001年9月26日)
  695. 『商業界二十年 日本商業20年譜 1948-1967』 商業界、1967年10月17日。pp227
  696. 『京都年鑑 1975年版』 夕刊京都新聞社、1974年11月1日。pp156
  697. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1087
  698. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1089
  699. “京都初進出「コノミヤ八幡店」8月8日オープン 京都府八幡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年8月25日)
  700. 八幡のコノミヤが7月5日で閉店”. 枚方つーしん (2023年6月13日). 2023年10月1日閲覧。
  701. 光洋/「ファミレやわた」に新店舗オープン、地元商品を強化”. 流通ニュース (2023年9月28日). 2023年10月1日閲覧。
  702. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 429.
  703. 日本スーパーマーケット名鑑 1970, p. 422.
  704. 日本セルフ・サービス年鑑 1967, p. 307.
  705. 毎日新聞社メディア編成本部 『毎日新聞戦後の重大事件早見表』 毎日新聞社、1991年6月10日。ISBN 978-4620307947
  706. 日本セルフ・サービス年鑑 1967, p. 308.
  707. “保存版・必見店舗リスト”. 販売革新 1990年4月号 (アール・アイ・シー) (1990年4月).pp219-230
  708. “心斎橋ビブレ11月に閉鎖/マイカルの旗艦店”. 四国新聞 (四国新聞社). (2001年7月31日)
  709. “ニュースダイジェスト”. 総合食品 1986年1月号 (総合食品研究所) (1986年1月).pp113
  710. “産業・企業情報”. 週刊ダイヤモンド 1987年10月31日号 (ダイヤモンド社) (1987年10月31日).pp38-39
  711. “特集I フィットネス戦線異状あり フィットネス進化論 ジ・アドバンスドクラブ・エックスワン心斉橋”. スクール・サイエンス 1988年2月号 (環境工学社) (1988年2月).pp42-46
  712. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 431.
  713. “近畿・中国・四国版 マイカル、中小型20店舗をNAC商事に移管”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年4月29日)
  714. 日本セルフ・サービス年鑑 1967, p. 311.
  715. 『自動車部品・用品名鑑 1981年版』 自動車産業通信社、1981年1月10日。pp952
  716. 『流通会社年鑑 1979年版』 日本経済新聞社、1978年10月20日。 pp139
  717. “レディスウェア100億消費市場全国21都市(その6)大阪”. ヤノニュース 1984年10月25日号 (矢野経済研究所) (1984年10月25日).pp53
  718. “上旬予定で近商 着々開店準備 食料品は二階”. 抄録長居付近 1990年3月号 (新聞長居付近編集部) (1990年3月1日).pp4
  719. 『流通会社年鑑 1990年版』 日本経済新聞社、1990年11月24日。
  720. “マイカル・駒川サティ来春で閉店 大阪府大阪市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年12月20日)
  721. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 432.
  722. 赤司一路 『スーパーニチイの経営 商人道を追求する企業集団』 評言社、1978年3月15日。pp226
  723. 『大阪府消防統計 第53号 昭和49年』 大阪府、1974年5月15日。pp43
  724. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 428.
  725. 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp200
  726. “救助袋、降下中に宙吊り事故”. 消防通信 1992年11月号 (消防通信社) (1992年11月).pp45
  727. 『日本のショッピングセンター ショッピングセンターの現状分析 1971年版』 日本繊維経済研究所、1971年1月10日。pp302
  728. 石村真一 “商店街の出現と発達”. 国立歴史民俗博物館研究報告 第117集 (国立歴史民俗博物館) (2004年2月)
  729. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp277
  730. 『流通会社年鑑 1998年版』日本経済新聞社、1997年、347頁。
  731. 『産経会社年鑑 第9版』 産業経済新聞社、1970年12月31日。pp874
  732. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp593
  733. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1158
  734. “地域の開発”. 地域経済 1981年6月号 (泉州銀行) (1981年6月).pp16
  735. “"おみこし集団"ニチイ・西端イズムの光と影 船頭多くして…合併企業の行く末に難問山積み”. 激流 1976年7月号 (国際商業出版) (1976年7月).pp212-220
  736. 日本スーパーマーケット名鑑 1970, p. 420.
  737. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp282
  738. “近づく貝塚市の大型量販店進出”. 地域経済 1986年3月号 (泉州銀行) (1986年3月).pp10
  739. 『ショッピングセンター名鑑 1979年版』 日本ショッピングセンター協会、1979年11月20日。pp704
  740. 『日本商業年鑑 1971年版』 商業界、1971年6月15日。 pp27
  741. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp592
  742. 『泉州銀行三十年史』 泉州銀行、1982年。
  743. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1223
  744. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1219
  745. “日本のSC 泉南サティ(大阪府泉南市)”. ショッピングセンター 1997年4月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年4月1日).pp59
  746. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1245
  747. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp111
  748. 赤司一路 『スーパーニチイの経営 商人道を追求する企業集団』 評言社、1978年3月15日。pp225
  749. 日本セルフ・サービス年鑑 1967, p. 312.
  750. 『スーパーマーケット・レイアウト集 1964年版』 商業界、1964年。pp130
  751. 『日本のショッピングセンター ショッピングセンターの現状分析 1971年版』 日本繊維経済研究所、1971年1月10日。pp220
  752. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp594
  753. 『イオン株式会社 2009年2月期 決算補足資料(84期)』イオン(株) (2009年4月6日)
  754. 『日本商業年鑑 1970年版』 商業界、1970年。
  755. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1237
  756. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1208
  757. 宮崎亮 (2011年12月15日). “大阪経法大が12階建て校舎 近鉄八尾駅前に新キャンパス”. 朝日新聞 (朝日新聞社)
  758. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp105
  759. “万代 八尾市南木ノ本四丁目 旧「サティ」撤退跡地”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2011年4月4日)
  760. 『ショッピングセンター名鑑 1979年版』 日本ショッピングセンター協会、1979年11月20日。pp710
  761. 枚方市史編纂委員会 『枚方市史 第五巻』 枚方市役所、1984年3月31日。
  762. “近畿・中国・四国版 新店売上げ情報”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年3月18日)
  763. 発智達夫 “雑貨のニューウェイブ商品&売場徹底研究 健康と美をテーマにしたニチイのフィジカル・エリート(南高槻店)の新しさ&可能性分析”. 販売革新 1985年8月号 (アール・アイ・シー) (1985年8月).pp102-107
  764. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp97
  765. “イオン、「マックスバリュ高槻南店」オープン 惣菜など個食化対応”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2007年11月21日)
  766. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1226
  767. 『事業所名鑑 昭和57年版 その1 事業所編』 総務庁統計局、1983年3月。pp835
  768. 建野堅誠 『日本スーパー発達史年表』 長崎県立国際経済大学論集 第23巻(別冊) (長崎県立国際経済大学学術研究会) (1990年3月)。pp116
  769. “ニチイのD型プロジェクト第1号"ニチイマート寺方店"船出1ヵ月後の姿 初体験の単独スーパーマーケットに戸惑いと計算違いも出ているが”. 販売革新 1979年12月号 (アール・アイ・シー) (1979年12月).pp162
  770. “ニチイ 小田急商事と提携 関東でもC.D.S店舗展開”. 野田経済 1978年2月号 (野田経済研究所) (1978年2月).pp88
  771. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp285
  772. 『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp278
  773. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp963
  774. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1177
  775. “ニチイ、阪神大震災復興対策室設置 室長に小林社長”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年2月15日)
  776. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1243
  777. 『食品流通の現状と50年代への展開 食品流通年報1974年版』 日本食糧新聞社、1974年5月25日。pp281-282
  778. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 452.
  779. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp288
  780. 日本スーパーマーケット名鑑 1970, p. 447.
  781. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 453.
  782. “ニチイ、27日東神戸サティをオープン。サティ業態での神戸市出店は初”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年10月12日)
  783. “神戸の甲南山手サティ、7月末に閉鎖”. 神戸新聞 (神戸新聞社). (2003年1月6日)
  784. “ユニクロなど出店 サティ閉店の甲南山手「セルバ」”. 神戸新聞 (神戸新聞社). (2003年11月22日)
  785. 『流通会社年鑑 1997年版』 日本経済新聞社、1996年12月4日。
  786. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1300
  787. 『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp279
  788. “西宮サティが撤退 来年1月 老朽化と競争激化で”. 神戸新聞 (神戸新聞社). (2004年10月19日)
  789. “マイカル、西宮サティ移転と難波駅前大型ビル計画ともに当面凍結と決る”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年9月10日)
  790. 荒屋勝 “スーパーマーケット情報”. 食品と科学 1971年10月号 (食品と科学社) (1971年10月).pp60-62
  791. 宇治原邦浩 “各論1 逆瀬川駅前再開発事業概要 逆瀬川駅前東地区再開発事業(公団施行)”. 建築と社会 1987年10月号 (日本建築協会) (1987年10月1日).pp54
  792. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1336
  793. 吹田仲、黒川裕生、藤井伸哉 (2005年12月1日). “三田サティが閉店 跡地利用は未定”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  794. 斉藤絵美 (2005年10月26日). “JR三田駅前の商業ビル オープンから1カ月”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  795. “三田サティ閉鎖へ 西宮に続き県内 3店目”. 神戸新聞 (神戸新聞社). (2004年11月2日)
  796. 斉藤絵美 (2006年11月16日). “三田市、サティ跡地に複合商業施設誘致へ”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  797. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1309
  798. “スケッチブック 最近竣工した新築9点(No.730~738)”. 建築と社会 1972年2月号 (日本建築協会) (1972年2月1日).pp25
  799. “国内ニュース”. 販売革新 1971年5月号 (アール・アイ・シー) (1971年5月).pp160-162
  800. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1345
  801. “「なくなると寂しい」 奈良ビブレ閉店、客ら別れ惜しむ”.朝日新聞(朝日新聞社). (2013年1月21日)
  802. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1346
  803. “マイカルの学園前サティ5月31日についに閉店 奈良県奈良市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年6月21日)
  804. 山崎聖文 『ニチイ MYCAL グループの挑戦 進化・成長する生活提案企業の全貌』 ダイヤモンド社、1988年11月。ISBN 978-4478310496
  805. 株式会社マイカル 第39期有価証券報告書 (Report). マイカル. (2001年1月31日)
  806. “マイカル「学園前サティ」跡にLICKS学園店6月29日再オープン 奈良県奈良市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年6月25日)
  807. 『日本繊維商社銘鑑 1969年版』 東京信用交換所、1968年。pp1996
  808. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp37
  809. 『奈良県事業所名鑑 昭和61年7月1日現在』 総務庁統計局、1987年9月。pp1
  810. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1354
  811. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 465.
  812. 奈良県における小売商業の現況と大型店舗等の出店動向. 奈良県中小企業総合指導所. (1978年3月)
  813. 『日本繊維商社銘鑑 1970年版』 東京信用交換所、1969年10月1日。pp1946
  814. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1357
  815. “スケッチブック 最近竣工した新建築9点(No.1378~1386)”. 建築と社会 1978年12月号 (日本建築協会) (1978年12月1日).pp14
  816. 『日本のショッピングセンター ショッピングセンターの現状分析 1971年版』 日本繊維経済研究所、1971年1月10日。pp195
  817. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年。pp297
  818. 『奈良県年鑑 1967年版』 大和タイムス社、1966年10月1日。pp304
  819. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp279
  820. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1351
  821. “(5)ニチイ高田ショッピングデパート 地域住民のニーズに合った売り場づくり”. ショッピングセンター 1977年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1977年8月1日).pp52
  822. 元永達夫 (2011-4-13). “「商都復活」展望示して…奈良・大和高田市長選”. 読売新聞 (読売新聞社)
  823. “34年の歴史に幕-高田サティが閉店”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2010年7月1日)
  824. “ニチイ、奈良県のニチイ高田店をサティ化、22日増床オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年4月13日)
  825. 山崎兌 『日本におけるアメリカ郊外型ショッピングセンターの出現について』 東洋大学工学部研究報告 17号 (東洋大学工学部研究報告編集委員会) (1982年3月)。pp91
  826. “高田サティ、6月末で閉店-営業34年で商圏変化”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2009年12月22日)
  827. 鈴木哲男 “個店戦闘力の高さを証明した高田サティの地域密着型業態転換”. 販売革新 1992年9月号 (アール・アイ・シー) (1992年9月).pp80-87
  828. “熟年層をメインターゲットに 高田サティ 9月10日(金)リニューアルオープン 奈良県大和高田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年9月27日)
  829. “通行量 減少-高田サティ閉店の影響大”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2010年8月18日)
  830. “まちづくり会社発足-商店街の再生を計画/大和高田・片塩商店街”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2012年4月21日)
  831. “大和ガスが取得へ-食品スーパー誘致/高田サティ跡地”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2011年10月3日)
  832. 山本和良 (2013年4月3日). “高田サティ跡地:近商ストアがプレオープン 片塩商店街に活気を 大和高田の活性化目指す”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  833. “高田サティ跡地:近商ストアがプレオープン”. 毎日新聞(奈良版). (2013年4月3日). http://mainichi.jp/area/nara/news/20130403ddlk29020459000c.html 2013年4月4日閲覧。
  834. 赤司一路 『スーパーニチイの経営 商人道を追求する企業集団』 評言社、1978年3月15日。pp227
  835. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp298
  836. 『流通会社年鑑 1980年版』 日本経済新聞社、1979年11月12日。pp64
  837. 『全国繊維企業要覧 昭和47年版 西日本篇』 信用交換所大阪本社、1971年9月20日。pp1037-1038
  838. “マイカル、全国で閉鎖一号店は奈良香芝サティで三月下旬と決まる 奈良県”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年3月19日)
  839. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1355
  840. “八木駅南に「ヤマトー」食品スーパー計画/市街地活性化に期待”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2012年1月22日)
  841. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1361
  842. “結崎サティが閉店 - 25年の歴史に幕【川西町】”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2009年6月5日)
  843. “奈良県結崎サティ跡に 地元スーパーおくやまが出店 奈良県川西町”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2010年5月31日)
  844. 『ショッピングセンター名鑑 1976年度版』 日本ショッピングセンター協会、1976年4月30日。pp432
  845. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1367
  846. “オークワにおんぶにダッコの加藤産業”. 総合食品 1983年6月号 (総合食品研究所) (1983年6月).pp33
  847. “和歌山市・タキモト 外売を重視するスポーツ用品店(18)地方No.1専門店の経営ノウハウを探る”. 商店界 1973年6月号 (誠文堂新光社) (1973年6月).pp124-129
  848. 大型閉鎖店舗再生等対策の総合プロデュース人材育成事業 副読本 (Report). 経済産業省. (2003年).
  849. 『ジャスコ「現場の英雄たち」』 評言社、1986年4月1日。pp49
  850. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1373
  851. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1374
  852. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp139
  853. “オークワ「箕島店」11月8日(金)オープン「サティ箕島店」跡に 和歌山県有田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年12月5日)
  854. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1378
  855. “オークワ、旧サティ高野口店を買収・改装”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2001年11月12日)
  856. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp142
  857. “オークワ、高野口店きょう開店、買収サティ店舗の2店目”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年3月8日)
  858. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1377
  859. “和歌山紀北最大級SC オークワ「ミレニアシティ岩出店」11月29日(水)大幅増床オープン 和歌山県那賀郡岩出町”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年12月21日)
  860. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1382
  861. “5月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1993年7月号 (ゼンセン同盟) (1993年7月1日).pp64
  862. 米子市史編さん協議会 『新修米子市史 第十一巻 資料編 現代』 米子市、2006年2月
  863. “米子サティ地元資本に”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年11月29日)
  864. “マルイとホープタウンが業務提携 「ホープタウン・マルイ」 オープン 鳥取県米子市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年12月4日)
  865. ホープタウン閉店の波紋(上)経営方向性や店舗活用”. 日本海新聞. 2021年12月9日閲覧。
  866. 米子のショッピングセンター「ホープタウン」1月末で閉店へ”. NHK. 2021年12月9日閲覧。
  867. 塚越正夫 “善戦する地域主導型共同店舗((協)出雲ショッピングセンター)”. 商工ジャーナル 1992年1月号 (商工中金経済研究所) (1992年1月).pp95
  868. 『出雲市四十年誌』 出雲市、1982年3月。pp631
  869. “出雲サティが8月31日で閉店と決定 島根県出雲市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年4月1日)
  870. 高田史朗、中村申平 (2012-3-1). “「パラオ」自己破産申請 負債総額13億円 スーパーなど出店響く”. 読売新聞 (読売新聞社)
  871. “イオン、出雲サティを「ジャスコ出雲パラオ店」として開業”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2002年9月13日)
  872. “ジャスコ出雲パラオ店が20日閉店”. 山陰中央新報 (山陰中央新報社). (2009年1月6日)
  873. “トライアル出雲店、22日オープン”. 山陰中央新報 (山陰中央新報社). (2009年4月16日)
  874. “トライアル出雲店、22日オープン”. 島根日日新聞 (島根日日新聞社). (2009年4月17日)
  875. “マックスバリュ西日本/島根県出雲市に「マックスバリュ今市店」出店”. 流通ニュース. (2022年8月26日). https://www.ryutsuu.biz/store/o082615.html 2024年4月3日閲覧。
  876. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1394
  877. 石井信彦 “我が社の防火管理”. 防火 1988年11月号 (日本防火・防災協会) (1988年11月1日).pp35
  878. “浜田サティ6月30日で20年の歴史に幕 島根県浜田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年8月1日)
  879. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp153
  880. 『特集 日本のスーパーマーケット 食品流通年報1972年版』 日本食糧新聞社、1971年11月25日。pp178
  881. “転換期の大型店戦略 消費低迷の中で 中 顧客開拓 新規出店で奪い合い カード会員にDM 購買行動追い分析”. 山陽新聞. 山陽新聞社. (1993年3月11日)
  882. 日本スーパーマーケット名鑑 1969, p. 498.
  883. 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。 pp129
  884. 『山陽年鑑 昭和51年版』 山陽新聞社、1975年10月20日。pp121
  885. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1425
  886. 辺見澄夫 “地域一番店として再構築、生活・新・呼吸「パオ」 ”. ショッピングセンター 1991年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年6月1日).pp51
  887. 平野一義・春山光男 “ヒットイベント ニチイ新倉敷ショッピングデパート「パオ」/パークスクエア”. ショッピングセンター 1982年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1982年1月1日).pp61
  888. “新倉敷サティ、7月28日閉店 岡山県倉敷市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年8月19日)
  889. 辺見澄夫 “地域一番店として再構築、生活・新・呼吸「パオ」 ”. ショッピングセンター 1991年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年6月1日).pp48
  890. 辺見澄夫 “地域一番店として再構築、生活・新・呼吸「パオ」 ”. ショッピングセンター 1991年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年6月1日).pp49
  891. “新倉敷サティ跡へ スーパーセンタートライアル(福岡)が進出 岡山県倉敷市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2005年10月24日)
  892. トライアル倉敷店、2020年5月17日閉店-旧・マイカル新倉敷サティ・パオ | 都市商業研究所”. 2021年1月16日閲覧。
  893. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1426
  894. “児島サティは来春3月5日で閉店 競合激化で回復の見込み立たず契約期間も終了”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年4月24日)
  895. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp158
  896. “ニチイ、「児島サティ」新装開店、年商64%増を見込む”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年9月23日)
  897. 『山陽年鑑 1980年版』 山陽新聞社、1979年11月10日。pp505
  898. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp377
  899. 森川洋 篠原重則 奥野隆史 編 『日本の地誌 中部圈』 朝倉書店、2005年3月28日。ISBN 978-4-254-16769-6
  900. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1438
  901. 『山陽年鑑 1983年版』 山陽新聞社、1982年11月13日。pp562
  902. “笠岡サティ5月末で閉店 岡山県笠岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年3月28日)
  903. “山陽マルナカ、笠岡サティ跡に進出し七月オープン 岡山県笠岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年7月4日)
  904. “大型店届出情報”. ショッピングセンター 1995年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年10月1日).pp75
  905. “ハローズがマイカルの店舗「庭瀬サティ食品館」を取得 岡山県岡山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年2月20日)
  906. “ハローズ、岡山市に出店 「庭瀬サティ食品館」取得”. 日本経済新聞. 日本経済新聞社. (2003年1月22日)
  907. 『ショッピングセンター名鑑 1979年版』 日本ショッピングセンター協会、1979年11月20日。pp864
  908. 『1982年版 全国商業通覧 西日本』 通商産業調査会、1982年4月28日。pp3982
  909. “エム・シー福山 駐車場が完成し工事が完了 ホテル1-2-3福山本格稼働”. 経済リポートWEB版. (2022年4月1日). https://keizai.info/general-bingo/109090 2024年1月9日閲覧。
  910. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp600
  911. 『日本のショッピングセンター ショッピングセンターの現状分析 1971年版』 日本繊維経済研究所、1971年1月10日。pp226
  912. “マイカル福山ビブレを八月末で撤退を決める 広島県福山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年8月9日)
  913. “エム・シー福山オフィス部分を解体し新「ホテル123」を建設”. 経済リポートWEB版. (2018年5月10日). https://keizai.info/general-bingo/56358 2024年1月4日閲覧。
  914. “福山に新たなホテル、6日オープン 老朽ビルを一部解体し建設”. 中国新聞 (中国新聞社). (2021年3月5日)
  915. 『中国年鑑 昭和47年版』 中国新聞社、1971年11月1日。pp787
  916. 『全国食品スーパー名鑑 1973年版』 食品新聞社、1973年1月20日。pp142
  917. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp316
  918. 『1982年版 全国商業通覧 西日本』 通商産業調査会、1982年4月28日。pp4002
  919. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1486
  920. “サティ跡地に ハローズ駅家店(仮称)05年3月オープンへ 広島県福山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年8月5日)
  921. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1498
  922. “神辺サティ今秋9月30日で閉店 広島県深安郡”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年7月29日)
  923. “三吉サティ5月20日で閉店 広島県福山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年5月7日)
  924. “フレスタが福山・三吉サティ食品館跡に7月21日オープン 広島県福山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年8月27日)
  925. 『日本繊維商社銘鑑 1970年版』 信用交換所大阪本社、1970年。pp1681
  926. “全国大規模小売業地域別、店別売上高ランキング(No.5)”. ヤノニュース 1980年6月25日号 (矢野経済研究所) (1980年6月25日).pp58
  927. 『会社履歴総覧 会社四季報長期データ版 創刊 1992年版』 東洋経済新報社、1991年10月。
  928. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1477
  929. “市施行の再開発ビル・ペアシティ三原オープン”. 商業界 1981年6月号 (商業界) (1981年6月).pp21
  930. 『再開発ビルの再整備事例集 平成24年3月』 全国市街地再開発協会市街地再開発技術研究所、2012年3月。
  931. 平櫛資正『尾道の記録 瀬戸内の古都 明治・大正・昭和』
  932. “全国大規模小売業地域別、店別売上高ランキング(No.5)”. ヤノニュース 1980年6月25日号 (矢野経済研究所) (1980年6月25日).pp50
  933. 府中商工会議所『府中市商工業発展史』
  934. 杉村暢二 『中心商業地の構造と変容』 大明堂、2000年7月。ISBN 978-4470540235
  935. “因島サティ11月末に閉店”. 中国新聞 (中国新聞社). (2008年5月1日)
  936. “因島サティ解体始まる 近隣商店に説明会 跡地の利用は未定”. せとうちタイムズ (せとうちタイムズ). (2009年1月17日)
  937. “因島サティ跡地に日立生協”. 中国新聞 (中国新聞社). (2009年6月5日)
  938. “日立因島生協がサティ因島店跡地へ来春新店舗”. びんご経済レポート (備後レポート社). (2009年11月1日)
  939. “「コープ・フレニール」日立因島生協オープン サティ跡地に新店舗”. せとうちタイムズ (せとうちタイムズ). (2010年4月17日)
  940. “広島サティのスーパー撤退へ”. 中国新聞 (中国新聞社). (2010年12月25日)
  941. “シネコン競争激化へ 2館、今年オープン”. 中国新聞 (中国新聞社). (2004年2月19日)
  942. “大型フジ5店舗目 広島”. 中国新聞 (中国新聞社). (2004年10月1日)
  943. “広島サティ9月18日 リニューアルオープン 広島県広島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年10月28日)
  944. “マックスバリュ段原店開店 旧広島サティに”. 中国新聞 (中国新聞社). (2011年9月22日)
  945. 花井悠希 (2011-9-14). “天満屋の選択(下)37年の4店体制が崩壊”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社)
  946. “広島段原SC:サティ跡に今秋オープン-イオンモール”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2011年8月2日)
  947. “スーパーのフジ、広島市に本社移転へ 2024年3月”. 日本経済新聞. (2023年5月18日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC186M80Y3A510C2000000/ 2023年3月3日閲覧。
  948. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp379
  949. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp319
  950. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1501
  951. “山の田サティ閉店へ 売り上げ減などで-下関”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社). (2008年9月5日)
  952. “山の田サティ:来年2月末で閉店 競争激化で売り上げ減-下関”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2008年9月6日)
  953. “山の田サティ跡、マンション建設計画 8月着工へ/ 山口”. 山口新聞. (2015年5月20日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2015/0520/6p.html 2016年1月5日閲覧。
  954. 西津貞宏 “山口市の中心市街地動向 生き残りをかける商店街”. 日経研月報 1998年9月号 (日本経済研究所) (1998年9月1日).pp39
  955. 『山口銀行史 資料編』 山口銀行、1999年6月20日。
  956. “ダイエー山口店、6月末で閉鎖”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社). (1998年4月3日)
  957. “山口サティが撤退-5月末、経営不振で”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社). (1998年3月19日)
  958. 是川晴彦. “山口市中心市街地の実態と活性化政策”. 山形大学紀要 (社会科学) 第40巻 第1号 (山形大学) (2009年7月): 79-94.
  959. “全国大規模小売業地域別、店別売上高ランキング(No.6)”. ヤノニュース 1980年7月5日号 (矢野経済研究所) (1980年7月5日).pp50
  960. 『繊維小売年鑑 1965年版』 繊維小売年鑑刊行会、1964年11月1日。pp701
  961. “山口県萩市の旧ニチイ萩店跡地新会社で大型店出現に期待 山口県萩市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年6月17日)
  962. 『奈良県年鑑 1971年版』 大和タイムス社、1970年10月15日。pp612
  963. 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年5月20日。pp601
  964. “SCファイルボックス”. ショッピングセンター 1999年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年6月1日).pp87
  965. 13年度 中小商業・サービス業対策調査研究事業実施報告書 (Report). 経済産業省 中国経済産業局 産業部流通産業課. (2002年3月)
  966. “徳山サティ跡に100円ショップダイソー7月21日にオープン”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年8月9日)
  967. “徳山サティ跡のスペースG上々スタート 山口県徳山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年10月4日)
  968. 『日本商業年鑑 1971年版』 商業界、1971年6月15日。 pp26
  969. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp967
  970. “SC情報”. ショッピングセンター 1974年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1974年9月1日).pp62
  971. 『食品小売業を巡る課題と戦略 食品流通年報 1976年版』 日本食糧新聞社、1976年2月25日。pp280
  972. 『岩国商工会議所五十年史』 岩国商工会議所、1998年。
  973. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1528
  974. 『徳島新聞五十年史』 徳島新聞社、1997年3月25日。
  975. “買い物客、閉店惜しむ 徳島サティ、27年の歴史に幕”. 徳島新聞 (徳島新聞社). (2008年4月7日)
  976. “徳島サティ跡地を取得 田岡病院など運営の倚山会”. 徳島新聞 (徳島新聞社). (2009年6月24日)
  977. “にゆ~す NEWS あとらんだむ”. 総合食品 1987年6月号 (総合食品研究所) (1987年6月).pp54
  978. 『徳島年鑑 2000年版』 徳島新聞社、2000年6月30日。ISBN 978-4886060693
  979. 『徳島年鑑 1999年版』 徳島新聞社、1999年6月30日。
  980. “旧ラスタビル取り壊し 築40年で老朽化、跡地利用は未定”. 徳島新聞(徳島新聞社). (2012年9月14日)
  981. 『徳島年鑑 2003年版』 徳島新聞社、2003年9月30日。ISBN 978-4886060884 pp98
  982. “徳島ビブレ撤退後のラスタ・トクシマの1~3階が10月12日オープン 徳島県徳島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年11月26日)
  983. “小松島サティ7月に閉鎖し その跡には(株)キョーエイが9月下旬オープンめざす 徳島県小松島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年5月16日)
  984. 阿波銀行百年史 p.230(阿波銀行、1997年5月) 渋沢社史データベース、公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター、2022年7月7日閲覧。
  985. “徳島県の貞光サティ食品館 9月14日サンシャインに衣替えして再スタート 徳島県美馬郡貞光町”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年10月10日)
  986. “MAXY高松店が丸亀町に開店”. 四国新聞(四国新聞社).(2000年11月17日)
  987. 商業界編集部 編『日本スーパーマーケット名鑑 1967年版』商業界、1967年2月10日、135頁。NDLJP:2455745/80
  988. 「ストアニュース」『総合食品』第15巻第7号、総合食品研究所、1991年12月1日、95頁、NDLJP:3326399/50
  989. 『事業所名鑑 昭和63年版 本編』 総務庁統計局、1988年12月。pp1025
  990. 産業計画センター編集部 編『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』産業計画センター、1980年10月20日、198頁。NDLJP:12020700/104
  991. 『日本スーパーマーケット名鑑 1985年版』商業界、1984年12月10日、997頁。NDLJP:11937845/503
  992. “高松勅使サティ閉店へ”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年11月15日)
  993. 『流通会社年鑑 1986年版』 日本経済新聞社、1985年11月11日。pp185
  994. 香川県公告第六百七十二号 - 2011年12月4日閲覧
  995. 『食料年鑑 1990年版』 日本食糧新聞社、1990年6月29日。
  996. “競合激化、売り上げ低迷で閉店へ/観音寺サティ”. 四国新聞 (四国新聞社). (2009年2月28日)
  997. “マックスバリュ西日本 イオンタウン観音寺SC 11月12日(金)オープン 核のマックスバリュ観音寺駅南店が11月5日に先行オープン 香川県観音寺市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2008年11月17日)
  998. “「ケーズデンキ観音寺店」がオープン”. 四国新聞 (四国新聞社). (2011年6月24日)
  999. 『今治商工会議所八十年史』 今治商工会議所、1984年。
  1000. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1544
  1001. 『全国都市統計総覧』 東洋経済新報社、1982年9月。pp968
  1002. 愛媛県史編さん委員会編 『愛媛県史 地誌 東予西部』 愛媛県、1986年12月31日
  1003. “マルナカが今治市の旧ニチイ今治店跡を買収して来春6月新店舗オープン 愛媛県今治市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年11月14日)
  1004. “新店開店情報=マイカル”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年4月14日)
  1005. 『松山商工会議所百年史』 松山商工会議所、1982年9月30日。 pp362
  1006. 愛媛県史編さん委員会編 『愛媛県史 地誌2(中予)』 愛媛県、1984年3月31日。 pp129
  1007. 赤司一路 『スーパーニチイの経営 商人道を追求する企業集団』 評言社、1978年3月15日。pp220
  1008. “さよなら『松山サティ』ビルの再生へ模索 きょう閉店”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (1999年6月30日)
  1009. 愛嫒県史編さん委員会 『愛媛県史 年表』 愛媛県、1989年2月28日。 pp612
  1010. “経済日誌”. IRC monthly 1999年8月号 (いよぎん地域経済研究センター) (1999年8月1日).pp50
  1011. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2006年版』 東洋経済新報社、2006年。
  1012. 大西政行 “我が社の防火管理”. 防火 1988年11月号 (日本防火・防災協会) (1988年11月1日).pp47
  1013. 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp201
  1014. “高知・窪川サティ、サンシャイン系に転換 ハマヤが店舗買収”. 日本経済新聞. 日本経済新聞社. (2002年6月22日)
  1015. “高知県の窪川サティが6月29日から店舗名を四万十S・Pに改称”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年8月29日)
  1016. “ストアニュースダイジェスト”. 総合食品 1994年5月号 (総合食品研究所) (1994年5月).pp69
  1017. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp336
  1018. 北九州市史編さん委員会 『北九州市史 五市合併以後』 北九州市、1983年2月10日。
  1019. 北九州市門司区栄町に出店 サンキュードラッグ 門司サティ跡に』(プレスリリース)ふくおか経済Web、2009年2月24日https://www.fukuoka-keizai.co.jp/news/%E5%8C%97%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E5%B8%82%E9%96%80%E5%8F%B8%E5%8C%BA%E6%A0%84%E7%94%BA%E3%81%AB%E5%87%BA%E5%BA%97%E3%80%80%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B0/2023年10月7日閲覧
  1020. 伊藤次夫 “その7 天神ショッピングデパート・ビブレ21(業態転換)”. ショッピングセンター 1982年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1982年7月1日).pp54
  1021. 伊藤次夫 “その7 天神ショッピングデパート・ビブレ21(業態転換)”. ショッピングセンター 1982年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1982年7月1日).pp52
  1022. 菅原普(2020年2月12日). “さよなら天神ビブレ 44年の歴史に幕「寂しさある」”. 朝日新聞(朝日新聞社).
  1023. 因幡町商店街35年史編集委員会 『因幡町商店街35年史』 天神ビブレ商店会、1984年6月20日。 pp126
  1024. 因幡町商店街35年史編集委員会 『因幡町商店街35年史』 天神ビブレ商店会、1984年6月20日。 pp115-117
  1025. 因幡町商店街35年史編集委員会 『因幡町商店街35年史』 天神ビブレ商店会、1984年6月20日。 pp123
  1026. 伊藤次夫 “その7 天神ショッピングデパート・ビブレ21(業態転換)”. ショッピングセンター 1982年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1982年7月1日).pp53
  1027. “福岡三越開店で始まる天神百貨店生き残り競争 目指すはファッション一番店”. 財界九州 1997年9月号 (財界九州社) (1997年9月). pp30-34
  1028. “マイカル、天神ビブレ別館2月25日閉鎖 福岡県福岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年3月1日)
  1029. “1990年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1990年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年12月1日).pp88
  1030. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1593
  1031. “SC情報”. ショッピングセンター 1974年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1974年8月1日).pp62
  1032. 小安稔一 “競合から崩壊へ "流通覇王"たちの仁義なき戦い(4)〈福岡存亡編その1〉勝者なき流通戦争 市場規模を超えた飽くなき出店ラッシュ”. 2020 AIM 1999年12月号 (オフィス2020) (1999年12月).pp9
  1033. 福岡商工会議所「福岡市商店街マーケット名簿」(1980年)
  1034. 『会員名簿 1981年』 日本セルフ・サービス協会、1980年12月25日。pp282
  1035. 『吉富町総合計画基礎調査報告書』 九州経済調査協会、1986年1月。pp89
  1036. “マイカル九州が三月一日付けで、福岡市内サティ二店舗を(株)サニーに営業譲渡!福岡県福岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年2月19日)
  1037. “(株)サニー、マイカル九州から2店舗を譲りうけ5月19日オープン 福岡県福岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年6月7日)
  1038. 『ショッピングセンター名鑑 1988年版』 日本ショッピングセンター協会、1988年12月27日。pp1565
  1039. “マイカル九州、更生計画前倒しへ”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2004年9月2日)
  1040. “ニュースダイジェスト”. 総合食品 1981年1月号 (総合食品研究所) (1981年1月).pp158
  1041. 『全国商業通覧 第3回 1985年版 西日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2249
  1042. “レディスウェア100億消費市場全国21都市(その11)北九州市・福岡市”. ヤノニュース 1984年12月15日・25日号 (矢野経済研究所) (1984年12月15日).pp70
  1043. 『福岡県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp197
  1044. 『全国繊維企業要覧 昭和45年版』 信用交換所大阪本社、1969年9月15日。pp2948
  1045. “長崎サティ8月19日で閉鎖へ 長崎県長崎市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年7月23日)
  1046. “家電のデオデオが8月に閉店した長崎サティ跡に10月12日新店オープン 長崎県長崎市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年11月8日)
  1047. 『全国繊維企業要覧 昭和45年版』 信用交換所大阪本社、1969年9月15日。pp3078-3079
  1048. 『全国繊維企業要覧 1990年版 西日本篇』 信用交換所大阪本社、1989年9月20日。pp2332
  1049. 『親和銀行三十年』 親和銀行、1972年12月10日。 pp257
  1050. “諫早サティ 6月10日閉店 長崎県諫早市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2005年7月28日)
  1051. 参考資料:通産省産業政策局「全国市町村別大規模小売店舗要覧 -第1種大規模小売店舗と商業状況一覧-」1984年(昭和59年)。
  1052. “届出情報”. ショッピングセンター 1996年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年5月1日).pp90
  1053. 『熊本県事業所名鑑』 総務庁統計局、1985年8月。pp60
  1054. 『熊本年鑑 昭和53年版』 熊本年鑑社、1978年1月20日。pp73
  1055. “経済日誌”. 九州経済統計月報 1983年4月号 (九州経済調査協会) (1983年4月).pp37
  1056. 出家健治 『水俣市小売業の分析 過当競争による構造変化』 産業経営研究 1号 (熊本学園大学付属産業経営研究所) (1983年3月)。pp59
  1057. 『全国商業通覧 第3回 1985年版 西日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2494
  1058. 『本渡市誌』 本渡市、1984年11月1日。pp408
  1059. “DIK経済日誌 1999年2月15日~3月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1999年4月号 (地域流通経済研究所) (1999年4月).pp35
  1060. 『全国繊維企業要覧 昭和45年版』 信用交換所大阪本社、1969年9月15日。pp2958
  1061. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年3月20日。pp351
  1062. “さよなら「八代サティ」…不安や惜しむ声”. 読売新聞 (読売新聞社). (2006年2月1日)
  1063. “八代サティ “市民のデパート”31年の歴史に幕”. 熊本日日新聞 (熊本日日新聞社). (2006年2月1日)
  1064. “九州ニチイ、ニチイ八代店を「八代サティ」として3月1日から増床、業態転換し開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1992年2月28日)
  1065. “第二種特例区域・サティ八代店跡に マックスバリュ八代店 8月31日(金)24時グランドオープン 熊本県八代市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2007年9月3日)
  1066. 『大分交通40年のあゆみ 前身会社より通算89周年』 大分交通、1985年4月20日。 pp206
  1067. 『大分交通40年のあゆみ 前身会社より通算89周年』 大分交通、1985年4月20日。 pp119
  1068. “経済日誌”. おおいたの経済と経営 1999年10月号 (大銀経済経営研究所) (2000年2月25日).pp24
  1069. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp418
  1070. “ニチイ中津店をリニューアル、生活百貨店「中津サティ」で18日に開店、対面で食品充実”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年3月19日)
  1071. “中津駅前に結婚式場 大分交通が建設”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2011年7月13日)
  1072. “サティきょう閉店”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2009年3月20日)
  1073. 中心市街地の空きビル活用及びリニューアル事例調査 報告書 平成24年3月 (Report). 国土交通省都市局. (2012年3月)
  1074. “最終営業日 閉店「大分サティ」”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2009年3月20日)
  1075. 『全国取材 大型店対策を現地に探る』 誠文堂新光社、1978年9月22日。 pp420
  1076. “大分サティ跡地 譲渡契約を締結”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2009年12月1日)
  1077. “サティ跡にトキハインダ出店 1年後に開店”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2009年12月10日)
  1078. “駐輪場へ整備 大分サティ跡の地下フロア”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2010年6月4日)
  1079. “トキハインダ開店 サティ跡地300人が列”. 大分合同新聞 (大分合同新聞社). (2010年10月25日)
  1080. “届出情報”. ショッピングセンター 1996年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年5月1日).pp15
  1081. “基本調査 ′97年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1997年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年12月1日).pp15
  1082. 『特集 日本のスーパーマーケット 食品流通年報1972年版』 日本食糧新聞社、1971年11月25日。pp232
  1083. 『全国商業通覧 第3回 1985年版 西日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2625
  1084. 『特集 日本のスーパーマーケット 食品流通年報1972年版』 日本食糧新聞社、1971年11月25日。pp231
  1085. 『日本セルフ・サービス年鑑 1968年版』 日本セルフ・サービス協会、1968年3月20日。pp412
  1086. 『全国商業通覧 第3回 1985年版 西日本 2』 通商産業調査会、1985年3月。pp2632
  1087. 『秋田市史第5巻近現代 Ⅱ 通史編』 秋田市、2005年3月31日。
  1088. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp133
  1089. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp135
  1090. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp159
  1091. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp174
  1092. 『小田原地方商工業史 昭和二十年まで』 小田原商工会議所、1986年10月。
  1093. “イトーヨーカ堂、小田原店オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年10月27日)
  1094. ロビンソン百貨店は、2013年3月1日に西武小田原店になったが、2018年2月28日に閉店。
  1095. “「ロビンソン百貨店小田原」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年10月13日)
  1096. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp255
  1097. 『大型店舗計画 昭和56年版 東日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp257
  1098. “マイカル、中部圏での集中出店加速”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年7月10日)
  1099. 日本共産党名古屋市議団 市政情報232 (Report). 日本共産党名古屋市議団. (2001年10月)
  1100. 名古屋市議会都市消防委員会 議事録 (Report). 名古屋市議会都市消防委員会. (2002年1月23日)
  1101. 『総合名古屋市年表 昭和編(六)』 名古屋市会事務局、1995年3月22日。pp301
  1102. “届出情報”. ショッピングセンター 1987年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1987年7月1日).pp62
  1103. “届出情報”. ショッピングセンター 1988年10月号 (日本ショッピングセンター協会) (1988年10月1日).pp60
  1104. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp52
  1105. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp131
  1106. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp72
  1107. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp136
  1108. “届出情報”. ショッピングセンター 1990年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年5月1日).pp86
  1109. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp160
  1110. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp187
  1111. 商店界編集部 1978, p. 355-363.
  1112. 『10年のあゆみ』高松商工会議所、1979年10月2日、105頁。NDLJP:11916300/82
  1113. 『大型店舗計画 昭和56年版 西日本版』 産業計画センター、1980年10月20日。 pp235
  1114. “マイカル東北が盛岡市前潟に大型S・C15年の開業目指す 岩手県盛岡市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年12月21日)
  1115. “マイカル盛岡出店断念”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年7月26日)
  1116. “大規模集客施設 立地誘導の条例制定へ”. 全国商工新聞(全国商工団体連合会). (2007年10月15日)
  1117. “今年の仙台流通を揺るがす巨艦店舗5つの動き”. 仙台経済界2000年4月号 (仙台経済界) (2000年4月).pp18
  1118. “仙台サティ年内着工し来年12月オープンへ 仙台市太白区”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年7月26日)
  1119. “新庄サティの出店計画白紙還元と決まる”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年7月29日)
  1120. “県内小売業の現状と大型店の出店動向 大型店出店のもたらす地域小売業の変化”. 経済月報 1999年7月号 (長野経済研究所) (1999年7月).pp11
  1121. “マイカル北日本 富山サティの用地選定中 富山県富山市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年5月22日)
  1122. “中部地区夏期特集 ジャスコ、マイカルが名古屋と大垣に大型店計画”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年8月13日)
  1123. “マイカルが大垣サティ出店を断念 岐阜県大垣市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年3月1日)
  1124. “ユニーの中京地区初のモール型SC アクアウォーク大垣 10月27日(土)オープン 岐阜県大垣市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2007年10月29日)
  1125. “中部流通特集 中部圏で集中出店、ジャスコ5・マイカル6”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年7月24日)
  1126. “マイカル橿原サティの出店を断念 奈良県橿原市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2001年5月24日)
  1127. 末永陽子(2011年1月30日). “梅田百貨店競争にピリピリ 商業施設増改築続々と”. 神戸新聞 (神戸新聞社)
  1128. “広島・緑井駅開発ビル管理会社3月4日設立2003年春の開業をめざす 核はマイカルに決定済み”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年4月13日)
  1129. “広島市の緑井駅前再開発はマイカルの商業棟と住宅棟で12月着工し03年3月完成 広島県広島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年11月27日)
  1130. “広島市安佐南区 緑井再開発にフジが出店「フジグラン緑井(仮称)」平成16年秋オープン予定”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2003年9月1日)
  1131. “フジ、「フジグラン緑井」開業 広島市北部の拠点店舗に”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2004年10月15日)
  1132. “フジグラン緑井 10月2日(土)オープン 広島県広島市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2004年10月21日)
  1133. “マイカルの山口県周南サティの出店計画を取り止める 下松市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年9月9日)
  1134. 駒木伸比古「大店法末期における地方都市郊外へのショッピングセンター出店プロセスの検討 : 自治体・企業・地元小売業者の行動を通じて」『観光科学研究』第4号、首都大学東京 大学院都市環境科学研究科 観光科学域、2011年3月、29-38頁、CRID 1050845763385939328hdl:10748/4290ISSN 18824498
  1135. “マイカル「北島サティ」の申請が22.4%削減され撤退を含め再検討中 徳島県板野郡”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年10月4日)
  1136. “マイカル徳島県北島町の出店を正式に断念”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (1999年11月18日)

広報資料・プレスリリースなど一次資料

  1. イオン株式会社によるマックスバリュ東北株式会社の完全子会社化に関する株式交換、並びにイオンリテール株式会社(東北カンパニー)及びマックスバリュ東北株式会社の会社分割(吸収分割)に関するお知らせ』(PDF)(プレスリリース)マックスバリュ東北株式会社・イオン株式会社、2019年12月10日https://aeontohoku.co.jp/company/uploads/News/MV/new_191210_3.pdf2020年3月8日閲覧
  2. 埼玉県初!新都市型ショッピングセンター 9/26(火)「そよら武蔵狭山」グランドオープン”. イオンリテール (2023年9月1日). 2023年10月5日閲覧。
  3. 3/19(金)「イオンスタイルせんげん台」オープン”. イオンリテール (2021年3月15日). 2023年10月5日閲覧。
  4. イオンユーカリが丘店閉店のお知らせ”. イオンリテール株式会社. 2016年6月10日閲覧。
  5. 6/10(金)イオンタウンユーカリが丘グランドオープン (PDF). イオンタウン株式会社/イオンリテール株式会社 (2016年5月17日). 2016年6月12日閲覧。
  6. ユーカリが丘公式タウンポータルサイト『ユーカリが丘タウンガイド』”. 2018年1月17日閲覧。
  7. 「イオンシネマ ユーカリが丘」閉館に関するお知らせ』(PDF)(プレスリリース)イオンエンターテイメント株式会社、2018年4月11日http://www.aeoncinema.com/company/press/18/04/0411.pdf2023年12月16日閲覧
  8. 10月18日「イオン天王町ショッピングセンター」グランドオープン』(PDF)(プレスリリース)イオンリテール株式会社、2022年9月2日https://www.aeonretail.jp/pdf/220902R_1.pdf2022年9月4日閲覧
  9. 都市型SCへ刷新「そよら湘南茅ヶ崎」6/1(木)オープン』(PDF)(プレスリリース)イオンリテール株式会社、2023年5月19日https://www.aeonretail.jp/pdf/230519R_1.pdf2023年5月25日閲覧
  10. 10/12(土)「イオンスタイルつきみ野」グランドオープン”. イオンリテール (2019年10月2日). 2023年10月5日閲覧。
  11. イオンシネマ津 (@ac_tsu) の2024年2月2日 11:12のツイート2024年2月21日閲覧。
  12. イオンフードスタイル東向日店が阪急京都線東向日駅近くに2018年4月21日(土)オープン”. 京都つうしん (2018年4月14日). 2018年5月9日閲覧。
  13. 閉店のご案内 イオン大久保店 http://shop.aeon.jp/store/01/0113090/info/2791/%5B%5D
  14. 7月17日(土)「そよら新金岡」オープン”. イオンリテール (2023年6月16日). 2023年10月6日閲覧。
  15. 9月26日(火)「そよら東岸和田」グランドオープン”. イオンリテール (2023年8月24日). 2023年10月6日閲覧。
  16. イオン徳力店閉店のお知らせ”. イオン九州 (2017年2月1日). 2023年10月6日閲覧。
  17. イオン原店 11月19日(木)オープン!』(PDF)(プレスリリース)イオン九州株式会社、2020年11月6日https://www.aeon-kyushu.info/files/management_news/2017/pdf.pdf2022年5月22日閲覧
  18. 戸畑サティは「イオン戸畑ショッピングセンター」に変わります。4月23日(金)「イオン戸畑店」がグランドオープンにさきがけ新生オープン! (PDF) - イオン九州株式会社 ニュースリリース、2016年9月3日閲覧。
  19. イオン姶良店閉店についてのお知らせ - イオン九州公式、2016年5月1日閲覧。
  20. 沿革”. ポスフール. 2005年9月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年2月7日閲覧。
  21. JOYFIT札幌手稲閉店のお知らせ』(プレスリリース)オカモトグループ、2015年12月18日http://www.okamoto-group.co.jp/announce/close-joyfit-sapporoteine2016年5月1日閲覧
  22. 閉鎖店舗の進捗状況』(プレスリリース)株式会社マイカル、2001年7月2日。 オリジナルの2002年4月8日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20020408174033/http://www.mycal.co.jp/mycal/01_07_02a.pdf2022年2月16日閲覧
  23. 広報遠野 No.70”. WARP. p. 11 (2011年4月). 2019年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年3月25日閲覧。
  24. 筑西市役所 本庁舎機能が スピカビル へ移転します”. 筑西市 (2017年1月1日). 2023年10月7日閲覧。
  25. 『イオン株式会社 2008年2月期 決算補足資料(83期)』イオン(株) (2008年4月6日)
  26. イオンモールの新たな成長戦略・都市シフトを本格始動 「(仮称)高崎オーパ」・「(仮称)水戸オーパ」新規出店決定! イオンモール・OPA 2016年6月10日掲載・12月31日閲覧
  27. “北関東エリア最大級のファッションビル誕生” 高崎駅前に新たなランドマーク 「高崎オーパ」 10月13日(金)AM10:00 グランドオープン OPA・イオンリテール 2017年9月8日掲載・9月10日閲覧
  28. 春日部サティ 相模大塚サティ食品館・自由が丘サティ食品館の閉鎖について』(プレスリリース)株式会社マイカル、2001年5月25日。 オリジナルの2004年7月17日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20040717032936/http://www.mycal.co.jp/mycal/01_05_25b.pdf2023年10月7日閲覧
  29. 『イオン株式会社 2006年2月期 決算補足資料(81期)』イオン(株) (2006年4月6日)
  30. 清瀬サティの閉鎖について (PDF). マイカルニュースリリース (2001年7月30日). 2003年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月24日閲覧。
  31. 大船サティの閉鎖について』(プレスリリース)株式会社マイカル、2001年7月30日。 オリジナルの2004年7月17日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20040717040516/http://www.mycal.co.jp/mycal/01_07_30d.pdf2023年10月7日閲覧
  32. 新着情報一覧 バックナンバー:2013年 - 北越ケーズ
  33. 宝ヶ池ビブレ店舗ページ(1999年2月9日)”. マイカル. 2019年2月8日閲覧。
  34. 全国のビブレ一覧(2000年10月15日)”. マイカル. 2019年2月8日閲覧。
  35. 閉鎖店舗の進捗状況について”. web.archive.org (2004年1月10日). 2021年1月6日閲覧。
  36. 店舗閉鎖について』(プレスリリース)株式会社マイカル、2001年12月19日。 オリジナルの2004年7月16日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20040616233059/http://www.mycal.co.jp/mycal/pdf/02_12_19a.pdf2023年10月7日閲覧
  37. 店舗閉鎖について』(プレスリリース)株式会社マイカル、2002年1月28日。 オリジナルの2006年9月8日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20060908221052/http://www.mycal.co.jp/mycal/pdf/02_01_28.pdf2023年10月7日閲覧
  38. 広報かしわら No.664 (PDF). 柏原市. pp. 1 (2008年7月1日). 2023年10月8日閲覧。
  39. 市民交流ひろば閉館のお知らせ”. 新着情報. 柏原市社会福祉協議会. 2023年10月8日閲覧。
  40. 統合新会社の商号及び本社所在地に関するお知らせ (PDF). 株式会社フジ (2023年5月18日). 2024年3月3日閲覧。
  41. 統合新会社の本社所在地に関するお知らせ (PDF). 株式会社フジ (2023年10月11日). 2023年10月12日閲覧。
  42. 株式会社ウイントン 会社沿革 - ウェイバックマシン(2021年1月11日アーカイブ分)
  43. 会社概要』(プレスリリース)株式会社くりはら、2014年7月11日http://sukumo-kurihara.co.jp/guid/index.html2022年2月18日閲覧
  44. てんぐ屋>てんぐ屋95年のあゆみ - 株式会社てんぐ屋産業ウェブサイト、2013年5月6日閲覧
  45. 日常に寄り添い生活を彩る、生活提案型デパートメント 枚方市駅前に枚方T-SITEオープン』(プレスリリース)カルチュア・コンビニエンス・クラブ、2016年5月16日。 オリジナルの2016年5月21日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20160521122558/https://www.ccc.co.jp/news/2016/20160516_004986.html2016年9月9日閲覧
  46. “~どこよりも身近に、より生活に密着したモールへ~ 「イオンモール伊丹昆陽」4月2日(日)まで リニューアルオープン第一弾キャンペーン開催中! ”. イオンリテール・イオンモール プレスリリース

参考文献

  • 『日本セルフ・サービス年鑑 1968』日本セルフサービス協会、1967年。全国書誌番号:68008713
  • 『日本スーパーマーケット名鑑 1969年版』商業界、1969年。
  • 『日本スーパーマーケット名鑑 1970年版』商業界、1970年。
  • 商店界編集部 編『大型店対策を現地に探る : 全国取材』誠文堂新光社、1978年9月22日。NDLJP:12024758
  • 伊藤大作『マイカル宣言 : 独自のソフト構築をめざすプロ集団』東洋経済新報社、1996年7月。ISBN 4492552677。

関連項目

サティ (チェーンストア)
ビブレ
マイカルタウン
イオングループの商業ブランド
過去に存在したジャスコの店舗
過去に存在したダイエーの店舗
過去に存在したマルエツの店舗
  • 他社の過去に存在した店舗一覧記事
過去に存在したイトーヨーカ堂の店舗
過去に存在した西友の店舗
過去に存在した長崎屋の店舗
過去に存在したユニーの店舗
過去に存在したオークワの店舗
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.